第200話 ガルアドラ X 不穏
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レインが掬い上げる様に斬撃を放つとガルアドラは上から押し潰す様に爪による斬撃で迎え撃つ。
―ギィィィンッ…
―ドッ……
硬質なもの同士がぶつかり合う音と衝撃波が周囲を波立たせていく。その硬直する隙を狙って他の四人は周囲から攻撃を仕掛ける。
最初にジュジュの放つ空気の刃が眼を狙って飛んでくるがそれを後ろに頭を引いて躱すと左右から氷の槍、油を纏い固められた剣、騎乗槍による刺突が襲いかかる。それを空中に飛んで躱すと全員に向けて雷撃が放たれる。
―雷刃術式、雷光斬
―操空圧縮術式、空射加速
レインは雷術を使用して切り払うと地面を蹴って空中に跳び上がる。その途中で空術により弾丸の様に射出されると刀を突き出しながら特攻していく。
迫り来るレインに対してガルアドラは空を蹴り下側に躱す。空術を使いこなしている。
そこを狙ってガエルが槍の穂先を回転させながら突きを繰り出していく。その背中にはジュジュがしがみついている。ジュジュの雷術で雷を防ぎ協力して空術を発動させ相手に向かって飛び上がっていた。
ガルアドラは高速で回転する穂先をギリギリまで引きつけると唐突に消える様に躱した。レインの使う空射加速に似た魔術を使用して一瞬の内に地面に降り立つ。
高速移動をすると共に風圧でガエル達を吹き飛ばしていた。ガエルとジュジュは森の枝葉の中に突っ込んでいく。
更に加速して地表に向かっているレインに狙いを付けて飛びかかろうと踏み込んだ。そこに、雷撃を水術で防いでからずっと隙をうかがっていたロイドの氷刃魔術が放たれる。
一直線に放たれた氷の刃がガルアドラの頭部に迫ると眼前で軌道を変えて前足の甲に当たる部分を狙う。ロイドの狙いは足を上から地面まで刺し貫いて縫い止めることにあった。
だが、それは爪の一振りにより簡単に弾かれる。しかし、一瞬動きは止まる。その一瞬の隙にリリーアンの攻撃がねじ込まれる。
油を魔力で固めて作り出した大剣の一振りがガルアドラの首を目がけて襲いかかる。普通の相手であれば外すことのない絶好の機会を捉えた攻撃。リリーアンには当たる確信があった。
しかし、ガルアドラは空気が破裂する様な爆音と共にリリーアンの視界から消え失せる。地面に降り立ったレイン目がけて矢の様に突き進んでいく。
魔物はレインに固執しているように見える。リリーアンもロイドも存在を無視されている様に感じていた。
―空射加速
レインは迫り来る相手に対して同じように加速して正面から挑んでいく。
―ドッッッッ……!!
刀と爪が再びぶつかり合うと衝撃波が広がり森全体を揺らしていく。そこから両者共に加速空術を使用した高速戦闘に移る。
木々の間を縫う様に飛び回りながら刃と爪を交わしていく。木の枝葉を吹き飛ばし、時には幹をへし折りながら何度も接触と離脱を繰り返していく。
―ドドドドドドド……
―ガガガガガガガ……
地響きの様な振動音と甲高い硬質音が森全体を揺らしつつもその発生源は絶えず高速で移動し辺りを混沌に巻き込んでいく。
他の四人はその戦闘についていく事が出来ずに状況を見守ることしか出来なかった。
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(気に入らないわね… )
リリーアンは見ているだけの状況に内心腹立たしい思いを感じていた。ガルアドラが自分を無視してレインだけを狙っていることに無力感がある。自らの実力が足りていないことを自覚させられる。
ガルアドラに対する怒りももちろんあった。自分自身の覚悟を歯牙にも掛けない様な態度に不遜を感じる。騎士としての誇りが軽く見られている様にも感じていた。
しかし、一番許せないことはガルアドラが自分を敵として重要視していないことに内心ほっとしている自分がいると言うことだった。そんな自分に気付いたときリリーアンは烈火のごとく怒りに震えた。
このままでは終われない。何としてでもガルアドラに有効打を浴びせてやる。そう決意してロイドに話しかける。
「ロイド… あれをやるわよ 」
「あれをか? 通用するとは思えないが… 」
「兎に角やるのよ。一発当ててやらないと気が済まないわ 」
「そうか、お嬢らしいな… それならやるか 」
若き騎士の誇りを掛けた反抗が始まろうとしている。
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激しい空中戦を行いながらレインは相手に違和感を感じていた。
(手応えがないな… 強いことは強いが… )
激しい戦いではある。お互いに手を抜いているという感じはしない。だが、何が何でも相手を殺すという気迫は感じられない。どこか様子見をしている様な気がする。何かを試していると言った方が近いかも知れない。
(それなら本気を出したくなる様にしてやる… )
―結合術式:空射加速、斬空加速
さらに刃と爪が何度か交差するとレインは反動を利用して後ろに飛んで地面に降り立つ。
その瞬間、空中を駆けるガルアドラを見据えて超速の魔術を発動させる。
―覇空遷移
魔術が発動した瞬間、ガルアドラにはレインの存在が消えた様に見えた。気がついたときには上を取られている。刃が頭部に向けて振り下ろされていた。
レインの刀とガルアドラの角が交差する。その瞬間、ガルアドラは角に雷撃を纏わせる。まばゆい閃光が闇を照らしていく。しかし、不意の一撃を防ぎきれずに落下させられる。
地面に四つ足で降り立つ。レインの姿を完全に見失っていた。そこに高速で飛来してくる物体がある。
ロイドの操る巨大な氷刃だ。木々の間をすり抜けてガルアドラに迫る。だがその様子がおかしい。上に人が乗っている。リリーアンが剣の側面に足を乗せて身を低くした態勢を取っている。
相手を間合いに捉えると氷刃は高速回転を始める。リリーアンは回転と推進する勢いを利用して斬撃を放つ。避けられないと判断したガルアドラは全身を魔力で固めて受け止める決断を下す。
リリーアンの振るう剣、それは油を魔術で固めた鞭の様にしなる細く長大な剣だった。それがガルアドラの側面、腹部に向かって振り下ろされると同じ場所に刃が当たり続ける。
螺旋を描きながら刃は対象を表面から削り取っていく。毛を削りきり表皮に到達するとそれを削る。やがて刃の先端が抜けていく直前、肉を切り裂き血しぶきを舞わせる。
初めて傷らしい傷を負わせることが出来た。リリーアンは反対側に抜けていきながら喜びを噛みしめる。これでまだ騎士としてやっていけると思えた。
大した負傷ではなかったがそれはガルアドラにとって意外なものであった。防ぎきれると思っていた。全力で防御したわけではなかったが突破されるものとは考えていなかった。そこに隙が生まれる。
―…………ィィィィィィィ………―
ガエルの放つ槍の先端が迫る。最初に放ったものよりも回転速度も推進速度も明らかに速い。ガエルとジュジュが協力して空術を放った結果である。
避けられる機会はもうない。ガエルもジュジュも当たると確信していた。当たれば少なくとも内臓まで達するはず。
だが…
一瞬の内にガルアドラの全身が雷光で覆われるとこれまでにない速さで動く。しかし、その動きはわずかなもの。攻撃に対して軽く身を引くと正面に見据える。
腕を上げて振り下ろすと雷を纏った前肢は回転する槍先を捉えて地面に押しつける。槍先は地面にめり込んでいくと魔術構成を破壊され回転を止められた。
一連の動きは何気なく行われたかの様に見える。それ程までに無駄なく洗練された動きだった。使われた魔術はレインの使用する雷神装と同等のもの。ガルアドラが初めて見せた本気だった。
これから本気の戦いが始まるかと思っていたレインだったが目の前の魔物は魔術を解くとふたたびレインを見つめる。そこに戦いへの高揚感はなかった。
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ずっと違和感を感じていた…
自分から俺達のところにやって来て置いて戦いに積極性を感じられない。最初に出会ったときの方がまだ敵意を感じられた。そのくせこの場から感じる嫌な圧力は肌がひりつくほどに強い。
本当に目の前の相手からプレッシャーを感じているんだろうか? こいつが内包する魔力を思えばありえなくはないがどこかちぐはぐな感じを受ける。
ガエル達も疑問を感じてきている様だ。
こいつではないのか……?
その疑問を感じたとき俺の本能が最大限の警鐘を鳴らしてくる。
―術式極大化、
別の何かがいる。それが可能性から確信に変わりつつある。俺は自分が使える最大の魔術を構築しながら周囲を探っていく。
―限界解除、精密調整制御
ジュジュは俺の懸念に気付いたようだ。ガルアドラから注意を外して索敵の補助に入る。他の三人は俺の変化には気付いたが第三者の存在には思い至っていない。警戒を強めるが戸惑いがある。
俺は“守継”を引き抜いて魔力を込めていく。出し惜しみをしている余裕もない。存在の大きさを先ほどまでより大きく感じる。
―操雷電装術式、
どこにいる… どこからくる…
―ゾクッ…!!
不意に攻撃の意思を感じ背筋を冷たいものが走る。愉悦混じりの敵意だ。獲物を定め、これから始まる戦いに喜んでいる。
戦いが好きなんだな…
自然とそういう理解が生まれた。
相手の意思が固まったことで居場所が分かる。
上、だな… 上空にいる…
狙いは…
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それは上空から見下ろしている。漆黒の空の元、闇に溶け込む様に空中に浮かんでいる。翼を広げ自らが起こす風に揺らめきながら地上で戦うものどもを観察している。
それにとって退屈極まりない戦いだった。このまま地上に降り立ちすべてのものどもを蹴散らしてやろう。そう考え始めたときその中に妙に気になる存在を発見する。
小さきものどものなかに一際強い存在がいる。まだ力を出し切ってはいないがそれでも自分に比べれば取るに足りないだろう。標的に比べても劣る。
頭ではそう思っているのだが自分の勘が囁く。
何かを秘めている、あれは強者だと。
自らの勘を信じて標的を変更する。そう決めるともうそれしか見えなくなっていた。
魔術を解くと重力に任せて落下していく。翼で姿勢を整えると一直線に標的に向かっていった。
それの表情に変化はない。しかし、戦いの予感に胸は高鳴っている。
地上に黒い影が迫る。




