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機鋼神エイジャックス ー神石転生異世界記ー  作者: 井上 斐呂


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第2話 プロローグ②

ここは…どこだ…


気がつくと何もない白い空間に立っていた。


立っているといっても重力が感じられず浮いているような感覚だ。目印も何もないような空間で自分の感覚が正しいのかもわからない。


ふと、目の前に相対するように一人の人物が立っていることに気付く。


いつの間に現れた?


気味が悪いとは思わなかった。ただ、頭の中を(かすみ)がかかったように思考がまとまらない。


目の前に人がいることで、かろうじて自分は直立の姿勢をとっているのだろうと自覚できた。


俺はこの人物をまじまじと見つめる。


見覚えがない…誰なんだ? それにこの空間はなんなんだ?


記憶が曖昧(あいまい)になっているせいで不安がこみ上げてくる。ここにきた経緯を思い出そうとしても詰まって出てこないような感覚があった。それがもどかしくて苛立ちにさいなまれる。


不快感から逃れるように再び目の前の人物に注視するとどのような人物なのか観察してみる。どういうわけか目の前のことに集中すると頭が冴えてくるような気がした。


透き通るように白い長髪は胸の部分ぐらいまで伸びている。作り物めいた整った顔立ちで虹彩(こうさい)の色は青く、柔和(にゅうわ)な表情を浮かべていた。


身長は白い空間のせいでよくわからないが高くも低くもないようだ。神官のような白いひらひらした服を着ていた。


白い空間にいる白い人。普通の人間なら怪しいことこの上ないと感じただろう。だが、目の前の超然(ちょうぜん)とした人物に俺は興味を引かれていた。よく知りたいとすら思う。


とにかく情報を得ようと質問をしようとした。するとそれを制するように白い人から話しかけられる。


「君は展示会場で暴走したロボットを止めようとした 」


声の質から男であることがわかったが、この存在に性別の意味があるのか疑問に思った。相手が確認を(うなが)していることが感じられたため、働かない頭に鞭打って思考を加速させる。


なぜか思い出すことを拒否しようとしている自分がいると自覚できていた。そんな自分を押しのけて答えを導き出していく。


「ああ。そうだ 」

「そして、ハッチから操縦席に入り緊急停止レバーを引いた 」

「……そうだ 」


確認をしながら記憶をまさぐるとだんだんと認識が明瞭(めいりょう)になってくる。それと同時に思い出したくないという気持ちが強くなり苛立ちや焦燥(しょうそう)に似た感情が再び巻き起こる。


「その直後、君は衝撃に襲われ体が機体から投げ出された 」

「……… 」


こちらの状態などお構いなしに続けていく。もはや確認の相づちを待つこともしないようだ。


「投げ出されたその体勢が悪かった。君は天井を見ながら頭から堅いコンクリートの床にたたきつけられた 」

「……そのあとどうなったんだ? 」


全身から脂汗(あぶらあせ)が吹き出すような、心臓が締め付けられるような感覚に襲われながら次をうながすと謎の男は左手を突き出し横に振る。


俺と男の中間付近の、俺から見て右側の空中に映像が映し出された。


そこに映し出されたものを見ると何故か心が冷えていくように冷静になれた。いつの間にか不快感も頭にかかった霞もどこかにいったようだ。


映し出されたのは病室のように見える。木目調の床の上、白を基調としたベッドがあった。


頭に包帯を巻き、人工呼吸器につながれた人がベッドの上に横たわっている。腕には点滴が刺さり、心電図を表示しているだろうモニタが波形を表示していた。


ベッドの横には父さんに母さん、妹の梓が沈痛(ちんつう)な面持ちで《《俺》》を見つめている。


人工呼吸器のマスクで顔はほとんど確認できないが、家族がいることであれは自分なのだと確信することができた。


心電図の波形は弱々しく医学知識に乏しい俺にも危険な状況にあるとわかる。


「君の死は確定している 」


男は事もなげに告げる。死神なのかとも思う。表情をうかがうが無表情をつらぬくばかりで何を考えているのがわからない。


ふと、目の前の男がこちらの状況の理解を待っているのではないかと考えが浮かんだ。この男が何者で何のためにこんなことをしているのか疑問がわいてくる。思考を巡らせていると自然と冷静になれた。


好奇心が仕事をし始めるとこの死神に似つかわしくない美しい男の話に乗ってやろうじゃないかと意欲がわいてくる。


「なにが望みだ? 」


まさか死に(ぎわ)にあるただの一個人の所に、わざわざ茶飲み話をしに来たわけでもないだろう。何か狙いがあると思い単刀直入に問いかける。いままでの()り取りから目の前の存在に合理性を感じていた。


「君に、ある世界に行ってもらいたい 」


漠然(ばくぜん)とした答えが返ってきた。いまいち目的がわからない。こちらから質問をしてみようと決意した。持てる知識を総動員して相手から情報を引き出そうとする。


「それは俺の致命傷を完治した上で別の世界に送り込むっていうことか? 」


「この世界の身のまま、かの世界に転移すれば時空を渡る衝撃で死ぬことになるだろう 」

「では今の俺の…魂…? のようなものを現地の命に移すのか? 輪廻転生のように 」

「魂などない。輪廻転生などありはしない 」

「? ではどうする? 」


男は目の前に右手をかざすと手のひらの上に赤い物体が出現した。宝石のような結晶だ。一握り位の大きさのものが浮かんでいる。


「この石に君の情報をすべて写し送り込む 」

「……そんな石になったとしてどうしようもないと思うが 」

「この石に秘められた力を使いこなすことができれば君は自由自在に自分の体を形成することができる。今まで君が行ってきた競技のように機械の身体を構築して操ることも可能だ 」

「体を構築できたとして俺は何をすればいい? 」

「何もしなくていい。好きにしてかまわない 」


好きにって…そういうのが一番困る


「……どういうことだ? ここまでお膳立(ぜんだ)てしておいて何も目的がないなんてわけないだろう 」

「疑問はもっともだが目的と呼べるようなものはない 」

「信用できないな 」


相手が情報を隠しているような気がして簡単には承諾できないでいる。このまま死ぬことが確定しているならばメリットこそあれデメリットはないはずだ。それでもすべてを預ける以上少しでも信用できる何かが欲しい。


俺の態度に、このままでは話が進まないと考えたのか男の雰囲気が変わる。何故かそれがわかった。


俺の心の奥底まで見通してくるような目で見てくる。不快感はないが、なんだろう…この男が今までより大きく感じる。


これは…畏怖…


「君が在りし世の未来において叶えることができない希望…彼の地では異なる形ながら実現することが可能となるだろう 」


急に予言者めいた口調で関係ないことを口に出してきた。


知らない人間からすれば意味はわからなかっただろう。だが、その言葉は俺の心の芯を捉えた。見透かされたような気分になり、苛立ちを覚える。思わず詰問(きつもん)するような言葉が出た。


「どういう意味だ…? 」


謎の男は俺の言葉にかまう様子もなく続けていく。


「Aクラスのジャックス、特別にエイジャックスと呼ばれる競技はチームの経営陣の意向が大きく影響する。チームの最終的な意思決定は操縦者や技師を超えて行われることが当然のようにある 」


なんだと…


それを聞いて不思議な気分になった。超然とした存在が別世界の遊びについてなぜ語りだすのか意外に思い話に耳を傾ける。俺はとりあえず話を聞いてみることにした。


「多くの人間が関わる競技だ。個人の意思は反映させづらい。おまけに莫大な金銭がかかる。新技術や新戦略を試すのも容易ではない 」


いったん話を区切り俺を見つめる。俺の反応を見ているのだろう。様子をうかがったあと、また話を続ける。


「君の叶わぬ望み。それはすなわちエイジャックスの個人参戦 」


痛いところをついてくる。確かにその通りだ。しかし、それがすべてじゃない。チームで勝利を目指すことにも意味はあるはずだ。操縦士とメカニックの両立は難しいが…


「個人での参加ができるのはせいぜいCクラスまで。Dクラスでの実績をいくら積もうとBクラスひいてはAクラスのメインメンバーになれる保証もない 」


たたみかけるようにメリットを強調してくる。


「この石の力を適切に使うことができればより大きなロボットをひとりで作成することも可能だ。銃火器類を装備することもできる 」


この男を信用してもいいのではないかと思い始めている自分がいる。俺についての情報を精査しているようだ。どうでもいい理由で話を持ちかけているわけではないということに安堵を覚えた。


しかし、まだ聞いておかなければならないことがある。


「確認したい。いくつか質問したいことがある 」

「かまわない 」


少し迷ってから質問を口に出す。かすかな緊張を(ともな)った。


「あの事故を起こしたのはおまえか? 」

「答えは否だ。物質界に干渉することは今は不可能だ 」


わずかな表情や声色の変化ものがすまいと注視していたが何事もないかのようにあっさりと答える。


答えの真偽を確認する手段はないが嘘は言っていないように思われた。わざわざ嘘をつく必要性がこの超常(ちょうじょう)の存在にあるとは思えない。


この質問が重要であるとは思っていない。意味はなかったとしても聞かざるを得なかったというのが正しい。重要なのは次の質問だ。


「俺を別の世界に送り込んだとしておまえは何を得ることができる? 」

「………可能性だ 」


初めて表情に変化があったように思う。答えるべきか迷っていたのか長めの間を置いて答えた。


「可能性とは? 」


踏み込んだ質問をすると独白するように語り出した。


「私にはやり残したことある。そして、私自身はそのことに干渉する(すべ)がない。私にはそれを完遂(かんすい)する義務はない。しかし、事態の解決を私は願っている 」

「ならそれを解決してこいと俺に命令すればいい。俺は拒否できる立場でもないだろう 」

「すべての決定は自由意志で行われなければならない。可能性は開かれなければならない。私の意思が可能性を決定すればそれは可能性を閉じることに等しい。(ゆえ)に私にできることは因果(いんが)のゆらぎに石を投げ波紋を起こすことだけ… 」


謎の男は少し間をおいて続ける。


「私は可能性を探していた。膨大な試行回数を繰り返したのちあらわれた最適解が君だ。君こそが私の可能性なのだ 」


そう言い切ると俺の答えを待つようにだまったまま見つめてきた。これ以上話をするつもりがないのだろう。


俺の方も答えなければならない。もとより答えは決まっていた。


重要なのは信頼できるかどうかだ。都合のいいように利用されるのは避けなければならない。この存在は俺にかなり気を遣っているようにも思った。俺の趣味嗜好(しゅみしこう)まで考慮(こうりょ)した上で提案を持ちかけてきている。ならばこちらも応えなければならない。


「わかった。提案を飲もう 」


すでに相手も答えはわかっていたと思う。しかし、声に出してはっきりと伝えることに意味があると判断した。もとより後戻りはできない。覚悟を決める必要があった。


俺の答えに白い男は微笑みを浮かべているような気がした。実際には何も変わっていなかったのかもしれないが。


そんな男にふと気になった疑問を投げかけてみる。


「ああ、そうだ。もう一つ質問があった。俺が暴走した試作機を止めなかったならどうなっていたと思う? 」


今更そんなことを聞いたところでどうにもならないと思っていたが、自分の死に意味があったのかどうか無性に気になってしまった。だからそんな質問がつい口から出てしまう。


「君があれを止めていなかった場合、死者は4人、けが人は多数、君や君の友人もけが人に含まれていた。君はよくやったと思う 」

「そうか… 」


その言葉を聞いて少し肩の荷が下りたような気になった。完全に心に(くすぶ)っているものがなくなったわけではないがそれでも救われた気になったことは事実だ。


「それでは君の肉体の死とともに施術を開始する。次に目覚めるときは別の世界となる。私とも二度と会うことはないだろう 」


そこで俺の意識は徐々に薄れていき眠りにつくように意識を失った。



巧の病室。そこでは目を覚まさない巧が横たわるベッドを、巧の家族とおぼしきものたちが悲痛な面持ちで囲んでいた。


心電図は拍動(はくどう)の間隔が長くなり波形は弱くなっていた。やがて完全に波形がなくなり心臓の停止を無機質な機械音が告げる。病室にすすり泣く声が響く。


そんな時だ。


重苦しい空気の病室にどこからともなく真っ白な男が現れた。周囲の人間には見えていないようで誰もその男に注意を向けない。


男は巧の遺体に近づき深紅の結晶を横たわる額にかざす。すると結晶から何本もの赤い光の糸のようなものが脳に向かって伸びていく。


結晶がまばゆく明滅する。しばらく明滅を繰り返すと光が収まり光の糸も結晶に戻っていく。男は結晶を持ったまま病室から消え失せる。


後には、いつまでもすすり泣く声が響いていた。



とあるビルの屋上に例の白い男が現れる。結晶を持った手を天にかざすと黒い円が空間に浮かび上がった。


円の中はときおり紫や赤の閃光が走り、もやのようなものが渦巻いている。


結晶から手を離すと、黒い穴に向かって吸い込まれていった。完全に結晶が見えなくなると黒い円は直径を(せば)めていき完全に消失する。


虚空を見つめる目には感情の変化は見られない。だが、男は心の中でつぶやいた。


(願わくば自身の目的の優先よりも触れ合う世界への深い愛敬(あいけい)の念を持たんことを… )


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


月のない深夜、高山よりも遙か上空、黒い円が現れる。そこから深紅の結晶が徐々に先端から現れてくる。


完全に結晶があらわれると黒い円はゆっくりと閉じていき、結晶が自由落下を始めた。かなりの速度に達したとき結晶は赤い光の玉に包まれ減速を始める。


そのまま垂直に落下していった。直下には森林が確認できる。


さらに減速し森の木々の間を抜けて、ゆっくりと光の玉は地面に降下した。


光の玉が消えると木の根の間に深紅の結晶が微かな月明りを反射して静かに光沢を放つ。


無事、異世界に到着した瞬間であったが巧の意識はまだ目覚めてはいなかった。


そんな中、巧がこの地に降り立つ間、空間のゆらぎに気づき興味をひかれた存在がいた。


(なんだ? 妙な気配を感じる… )


それはゆっくりとねぐらから()い出るとぐるりと周辺を見回し気配の出所を探る。気配を探り当てると目を凝らす。目線の先にかすかな赤い光の筋が確認できた。しかし、すぐに消えてしまう。


(あれほど強かった気配がすぐに消えてしまった。確認は無理か )


大きな力は感じなかったが今までに感じたことがない種類の波長を感じて胸の奥がざわつく。


(何かが起きる前触れか、それとも…なりゆきを見守るしかないか… )


心に留め置き、ねぐらへと帰る。夜の世界は何事もなかったかのように静まりかえっていた。









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