第199話 ガルアドラ X 開始
「そのときワシは臆していたのだ。ヤツを追うことも出来たはず、だが足を動かすことが出来なかった、、、」
「それからどうなったんだ? 」
「その後のことはおぼろげにしか覚えていない。あの時出会った狩人が他の狩人達をまとめ上げて対応してくれていたようだった。狩人達には感謝しかない… 結局あの狩人の仲間はもう一人しか助からなかったのが心残りだったが…
二人が死んだことで騎士団を辞めようとも思った。しかし、続けていけばまたあいつと会えるかも知れない。そう考え定年まで勤め上げることにした。だが、定年を迎えてもそれは敵わなかった。
諦めきれなかったワシは狩人になり追跡を続けることにした。異変があれば必ず森に入るようにしてな。それでもなかなか機会は訪れなかった。
狩人になって四十年ほどになるがようやくヤツと相まみえることができた。レインには感謝している。迷惑はかけたがお前と組めて良かった… 」
「、、、なるほどな、あの魔物とガエルの因縁は理解した。俺は納得した 」
復讐とか仇討ちの類いだったか… あの時感じた魔力からいって薄々気付いていたが、本人から事情を詳しく聞くことでしか分からないものもある。
「わたしは納得していないわ。せっかく生き残ったのにどうして命を危険にさらすような真似をするのかしら? 死んだ二人だってそれを望むとは思えないのだけれど…
家族だっているんでしょう? あなたに死んで欲しくないと思っているんじゃなくて? 」
「そうかも知れないな、、、だがな、、騎士の家庭に入った以上、死別は覚悟しなければならない。息子もすでに独り立ちしている。いまさら誰に文句を言われる筋合いもない 」
「騎士ですって? もうあなたは騎士じゃないでしょう。辞めて狩人になったくせに騎士みたいな恰好をしてっ… 騎士としても狩人としても中途半端なのよ…今のあなたは 」
、、、辛辣だな
ガエルは黙ってしまった。ロイドは止めるべきか止めないべきか視線を彷徨わせている。
しかし、リリーアンの言うことももっともではある。それに辛辣ではあるが彼女なりにガエルを気遣っての事なのだろう。
ガエルがヤツに向かって飛びかかったとき真っ先に飛び出していったのはリリーアンだった。勝てる見込みがないことは分かっていただろうに。貴族家に生まれたものとしての責務を背負っているという自負心が強い。
宿命というやつだろうか? まだまだ騎士として経験が浅いようにも感じるが騎士の本懐を誰よりも理解しているのが彼女なのかも知れない。それ故に危うさも感じるけれど、、、
それを思うと彼女の父親がロイドを付けた意図が何となく理解出来る。ロイドは真っ先に彼女を連れて逃げようとしていた。騎士としてはまったくなっていない行為なんだろうがロイドの役割を考えると合点がいく。
なかなかに面白い組み合わせだな俺達は…
若干重苦しい無言の時間が過ぎていく。焚き火の爆ぜる音を聞きつつ揺らめく炎を見ているとまた気持ちの整理がついたのかガエルがぽつりぽつりと心情を吐露し始める。
「お前さんの言う通りワシは騎士としても狩人としても半端者なのかも知れん。だが自分でも気が遠くなるぐらいの歳月を騎士として過ごしてきた。立場が変わったぐらいでは変えられないものもある
騎士となってから結婚し子が生まれ、その子がまた結婚し子を産む。世代が変わるぐらいの長い年月だ。キースとハルツが死んだときワシら三人には孫が生まれるかも知れないと言うときだった。孫の顔を見ることができたのはワシだけだ。
そのときに思ったよ… なぜ自分だけが生き残ったのだろうと… なぜ二人は死ぬことになったのかと…
ワシにはこの命で何かを成し遂げねばならん宿命があると思っている。それが何なのかは確固たるものはない。しかし、ワシはヤツに挑む。そう決めたのだ。今更どうにも出来ん 」
さらに空気が重くなったよ…
薪をくべつつぼんやりと火を眺める。自然とガエルの思いについて考えが巡る。
ガエルは自分だけ生き残ってしまったことが許せないんだろうか? そこに後悔を感じていると?
俺にもあったな、似たようなことが… あの時、見捨てる決断をして生き延びたなら俺の後悔はどれほどのものだっただろうか? 比較出来るものではないだろうが考えてしまう。
だからかな… 俺はこのじいさんのことが何となく放っておけないようだ…
最初は軽い気持ちで骨は拾ってやろうだなんて思ってもいたがずいぶんと重い言葉になってしまったものだ。この骨という言葉にいろいろな意味が、ひと一人の人生まで含まれるとは思ってもいなかった。
拾うには少し重すぎるかな?
それならば拾わないことにする。じいさんには生きて自分でケリを付けてもらおう。
リリーアンとロイドはどうするんだろうな? 聞いてみるか…
俺は二人の方を見て質問を投げかける。
「二人はどうするんだ? もうガエルの事情は聞いたし帰るのか? 」
「最後まで残るわ。この先が気になるもの 」
即答するリリーアンに対してすかさずロイドが警告をする。
「お嬢、危険だ。命の保証は出来ない 」
「わたしはまだ死なないわ 」
「根拠は? 」
「勘よ 」
「勘か、、、お嬢の勘は当たるからな 」
「あなたこそどうするの? 一人で帰ったら? 」
「お嬢を残してはいけないな。俺も残ることにする 」
「死ぬかもしれないわね 」
「俺も死なないさ 」
「根拠は? 」
そこでロイドは俺の方を見て言う。
「勘だ 」
「そうね 」
リリーアンも俺を見て同意する。どうやら俺は二人からずいぶんと信頼されているらしい。やはり実力を見せたからだろうな。
残ると決めたからには二人もガエルのことを認めたと見なしていいだろう。なんだかんだで心に響くものはあったらしい。
しかし、悪い気はしないが面倒なことにはなった。二人には帰ってもらった方が楽ではあったがこうなったら仕方がない。ガエルも含めた三人と協力して事に当たっていこう。
「ではよろしく頼む。全員が死力を尽くせば何とかなるだろう。頼りにしている 」
俺の言葉に三人は一瞬あっけに取られたような顔をするが、次の瞬間には引き締まった表情を見せ、それぞれから返事が返ってくる。
「ええ、まかせて 」「了解した 」
「、、、改めて感謝するぞ、レイン 」
方針は決まった。しかし、場合によってはレインメーカーを使う必要が出てくるかも知れないな。その時はどうしよう、、、気絶でもさせるか?
漫画みたいに首の後ろをトンッてやれば気絶しないかな? 無理か…、魔石の影響でなかなか気絶しないだろうな。気絶するぐらい強く手刀を打ったら首が落ちるかも知れない、、、死んじゃう…
電撃を浴びせるのはどうだろう? どこにどのぐらい流せばいいのかわからないな、、、これも下手すると死んでしまう
まあ、いいか、、、
正体を隠さなくても良しとしよう
リリーアンは貴族家出身ではあるが騎士として経験が浅いみたいだし信用はそこまでないだろう。ロイドもそこまで熱心に活動していないようだから信用はいまいちかな? ガエルも騎士を辞めて長いようだし今は一介の狩人でしかない。
この三人が俺の正体について吹聴したとしても事が事だけに信じる人はあまりいないかな? 俺の方が世間の信用は高いと言っていいだろう。星の数は信頼の明かし…
それにこの三人は俺が黙っててくれと言ったら言わないような気がする。
ガエルは快く承諾しそうだ。武人気質というのか裏でこそこそ動くのは苦手とみた。信頼出来る。
他の二人はそもそもあまりそう言ったことに興味がなさそう。誰かに話したところで信じさせるように説得するのがめんどくさいと考えるタイプとみた。相手が信じたからと言ってその後どうするのかを含めて無駄なことと考えるだろう。
よくよく考えてみれば二人について俺がそう思うのも信頼のようなものか、、、信頼の形にもいろいろあるな…
俺の中で方針が決まるとまだ一つやり残していることを思い出す。それを決めるために三人に提案をする。
「ああ、そうだ。ヤツに名前を付けておこう。名前が有った方が気持ちが入るだろう 」
「そうね、名前を付けるのにふさわしい相手だわ 」
リリーアンが積極的に賛同してくれる。他の二人も異論はない様だ。騎士団では特別な討伐対象に名前を付けるのが通常だしな。三人は俺が名付けるものと思っている様で俺の方をじっと見てくる。
やはりそう来たか…
一応考えていたがいざ口に出すとなると躊躇があるな。変な名前だと思われたらどうしよう。期待の込められた視線が痛い。いや、期待してはいないか… ただの名前だ。
「ガルアドラはどうだろうか? 」
ガルルル…っていううなり声と日本語の虎を入れた。こちらの言語で雷を意味するトーラも掛けている。全体の語感をそれっぽくして魔物の名前として違和感なく仕上げたつもりだ。どうよ?
「いいわね。思ったよりまともだったわ。これでいきましょう 」
おいっ、まともってなんだよ。打ち解けたつもりだったが相変わらず俺に辛口だな。謎に上から目線だし…
他の二人は俺の案に納得している様でリリーアンの言葉に頷いている。とりあえず戦う前にやることはすべて終わったかな?
後は夜明けを待って再びガルアドラを探しに行くだけだ。
夜が明けるまで誰一人眠るつもりはないようで焚き火を囲みつつみな思い思いに過ごしている。
いや、ジュジュが眠っていたな。熟睡まではしていない。眠っているように見えて魔物が来ても感知出来て直ぐに戦闘に移れる。俺も訓練して一応出来るけどジュジュはまだ一歳程度なのにいつの間にか出来るようになっていた。さすが魔物と言ったところだな。人間とは根本的に違うのだろう。
眠っているジュジュを撫でながら他の面々の様子を見る。覚悟は決まっている落ち着いた様子だった。
考えてみれば奇妙な組み合わせになったものだな…
騎士を辞めてもひたすらに騎士であろうとする老狩人、
騎士としては奇異に見えるが騎士精神に溢れる若い騎士、
騎士でありながら頑なに狩人であろうとする半端な騎士、
魔物でありながら人間と共に生きることを選んだ魔物、
異世界からやって来て人間のように生きる石、
五者五様のバラエティーに富んだ組み合わせだ。なにか因縁めいたものを感じる。偶然に過ぎないと言えばそれまでだが…
集めていた薪をくべ続け黙々と火を絶やさずに維持し続ける。残りの薪も少なくなってきた。
夜明けまで数刻という時間になったときジュジュが何かに反応して目を覚ます。立ち上がって頻りに耳を動かしヒゲをピクピクとさせる。
魔物だろうな…
俺も神経を研ぎ澄ませると少し遅れて浸食してくる様な嫌な圧を感じ始める。急ぎ立ち上がりいつでも動ける体勢を整える。
残りの三人もただならない俺達の様子に飛び起きる様に警戒態勢を取り周囲を探る。この嫌な圧を感じたのだろう。緊張が見て取れる。
そして、暗闇の中に光を放つ二つの球を見つける。それが徐々に近づいてくると朧気ながらに全体が見えてくる。ガルアドラだ。光の玉はヤツの眼球だった。
俺はこのことに意外なものを感じている。一度、自分から引いていったはず。追いかけてくる様に自分から俺達の前に現れるのはどう言うつもりだろうか?
しかも、不意打ちもなく前から堂々とやって来てもいる。俺達など余裕で倒せるという意思の表れなのか?
まあ、こいつの考えなんて分かるはずもない。あちらさんから来たのなら探す手間が省けた。戦うだけだな。
俺を真ん中にして左にロイドとリリーアンの組が位置取り、右側にはガエルとジュジュの組が並ぶ。迎え撃つ態勢を取る俺達に対してガルアドラは正面からゆっくりと近づいてくる。
その視線は以前と同じように俺に向けられている。そのまま真っ直ぐ俺に歩み寄ってくると距離を開けて向かい合う形になる。
他の二組がガルアドラを挟み込むように展開するがこいつは気にした風でもなく俺を直視し続けている。
相当気に入られたみたいだな… ジュジュがいるから間に合っているんだが…
きっぱりと断るためにもこちらから仕掛けていこう。
俺は両手で持った“絶雷”に魔力を込めるとこちらを見下しているガルアドラへと駆けていく。




