第198話 ガエルの過去
「そうね、そろそろ話してくれてもいいんじゃないかしら? 私達の話を聞いたんだし… 騎士としては長いの? まさか百年は超えていないわよね 」
リリーアンも援護射撃を行ってくる。こういうときは彼女の気安さが助けになるな… 女性特有のものだろうか? こちらは狩人の不文律により踏み込むには躊躇がある。
ガエルはしばらく押し黙っていたが、やがて重い口を開くと絞り出すように答えた。
「百三十年だな、、、」
「そんなにっ! 」
「三十の時に特務騎士の任を受けた。それまでは従士として活動していんだ。異例の大抜擢のように思えるかも知れないが当時は特務騎士のなり手はあまりいなかった。新設されたばかりだったしな 」
「それでもいきなり従士から騎士は荷が重いと思うけど 」
「そうだな。ワシも斥候任務は得意だったが実力が伴っていないと思っていた。そこで候補生を集めて訓練が課されることとなった。そこでワシは知り合った。生涯の友となり得る二人と… 」
じいさんは語り始めた。どうやらすべてを話す決心がついたらしい。俺達はすべてをガエルに任せて聞き役に徹することにした。口を差し挟んでいい空気じゃない。
「厳しい訓練が終わってワシら三人は晴れて特務騎士として任を受けることになった。そして、三人で小隊を結成して任務に当たることになった。希望が通った形だな
三人で協力し合って着実に仕事を熟していった。他の特務騎士が死んだり辞めていく中でワシらは一人もかけることなく勤め上げてきた
やがて定年が見え始めた頃だった。ワシが三人の中で一番年上だったからな。ワシの定年に会わせて三人揃って騎士団を辞める約束をした
そんな矢先、この北部大森林に大規模な異変が起こったのだ。ちょうど今起こっているような異変だった… 」
どうやら話の核心に入っていくようだ。俺は静かな怒りを湛えるガエルの魔力を感じつつ黙って聞くより他なかった。
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森の中はおびえたように静まりかえっている。この規模の異変は長らく北部大森林の調査を担ってきたガエル達にとっては初めてと言うことではなかったが今回の異変はどこか様子が異なっているように感じられた。
すでに異変の兆候が現れ始めてから一週間ほどが経過していた。表層を越えて異変が広がりつつある。三人は危険を感じつつも特務騎士として原因に繋がる情報を得るために探索を行っていた。
「ガエル、こんなに静かなのは初めてだな。そのくせ魔物は狂ったように襲いかかってくる 」
探索の合間に休憩をしていると隊長役のガエルにキースが話しかける。やはり今の状況に違和感を覚えているようだ。
「そうだな、、、危険な状況なのは間違いない。これ以上深くに行くべきではないんだろうな 」
「それならばどうする? 引き返して西側を探索するか? 」
もう一人の相棒、ハルツが今後の方針を聞いてくるとガエルはしばらく考えた後、二人に提案をする。
「それなんだが境界区域を越えて狩猟ギルドの管理区域を調べてみようと思う 」
「ギルドの? 規則上問題はないがどうしてまたそんなところを、、、? 」
「どうにもあちら側から魔物が流れているように思える。何かあるとしたらそこだろう。騎士団はこちらの深層側とオルボート領に展開していてギルド側は狩猟者達に任せきりだ。たまにはこちら側から調査を出した方がいい 」
「なるほど、、、」
「他に意見はないか? 反対があれば変えるが、、、」
「いや、賛成だ 」
「俺もだ 」
「では行くとしよう 」
方針が決まると三人は東側にあるギルドの管理区域を目指して進んでいく。
途中で谷となっている境界区域を通るとそこは魔力感覚から明らかに魔物の数が増えているとガエルには感じられた。そのことからギルド区域から魔物が流れて来ていると確信を深める。
調査を優先させるため魔物との接触を避けて進み、戦闘をすることなくギルド側に抜けることが出来た。
そこはガエルの予想していた通り流れた分魔物の数が減少しているようで探索をしていても魔物の気配を感じることが極端に少なかった。
しかし、それにも関わらず魔境から感じられる圧は身がすくむほどに強い。三人はこの付近に異変の元凶たり得る何かが潜んでいると確信した。
探索を続けていくと多少は圧に馴れてくるがそれでも精神的な消耗は激しい。全身はじっとりと汗ばみ不快さも精神を蝕んでくる。肉体の疲労はそれほどないはずだが精神の疲労が体の動きにも影響を及ぼし始めてきた。
場に飲まれたガエル達はそのことに気付くのが遅れる。日が落ち始めて森の中は暗くなり始めていた。
しばらく休憩を取ってから魔境を出る。三人でそう決めるとそれぞれ清発を行い気分を一新させてからその場に座り込み息をつく。
じきに森の中は暗くなる。長々と休憩を取るつもりもなく直ぐに帰還の途につくつもりだった。
戻ろう… そう思ったとき三人は信号笛の放つ魔力波を感じた。さして間を開けることなくもう一波の信号が再び放たれる。
それは、危険を知らせるものと救助を請うものだった。
「感じたか? 」
「ああ、狩人だろうな 」
「救助に向かおう 」
誰からともなく信号が放たれた方向に全力で駆けていく。距離はそこまで離れていないようだがこれだけ魔境の圧が強いと感覚は狂う。到着が遅れる程ずれていく可能性があった。
接近していくと数分とかからずに人間の魔力波を感知することが出来た。対象の人物はひどく錯乱しているらしいと魔力波から感じ取れる。正確な場所を掴むとガエル達も意識して自分たちの存在を伝えて落ち着かせるように努める。
相手を視界に捉えられる位置までやってくると予想通りそこには狩人が一人いた。低木の影に身を潜めてうずくまりながら震えている。
そんな男だったがガエル達の存在を近くに感じると顔を上げて走り寄ってくる。その表情は安堵と喜びが見えるが恐怖で歪なものとなっていた。まだ錯乱しているようで場所もかまわず大きく声を上げる。
「助けてくれっ! 」
「落ち着け、大きな声を出すな 」
ガエルは男を落ち着かせるためにとりわけ落ち着いた声で注意を促す。キースとハルツも冷静に魔力波を紡いでガエルを補助していく。その甲斐あって男はすぐに話が出来る程度にはなる。
「、、、あ、ああ、、わかった、、、 」
「それで何があった? 」
ガエルの問いかけに男は恐怖を思い出したのか表情を引きつらせるがたどたどしくも答えていく。狩人としての矜持が支えているのかも知れない。
「化け物、、、だ、、、強い、、強力な、 魔物… 」
「魔物だな? それで仲間はいるのか? お前一人か? 」
ガエルは男が中級程度の狩人だと見積もっていた。おそらく組を作って狩りをしていたと考え、他の狩人について訪ねる。
「仲間、、? そ、そうだっ! あいつらはっ!? 」
「落ち着けっ… いるようだな、はぐれたか… 」
「そうだ、、バラバラに、に、逃げた、、助けてやってくれ、、、」
仲間のことを思い出すと恐怖よりも罪悪感が勝ったのか一際落ち着いたように見える。そんな男にガエルは力強く答える。
「ああ、助けに行く。だが先ずはお前さんからだ 」
ガエル達はひとまず男を安全な場所まで移動させるために表層側へ向かっていく。しかし、進み始めて直ぐにまた信号笛による救難信号を感知する。
「な、仲間だっ、助けを呼んでいるんだっ! 」
男はそれを仲間のものだと思い動揺し出す。ガエル達は決断を迫られることになった。
「どうするべきか、、、」
「ガエル、、迷っている時間はないぞ。俺とハルツで救援に行く。お前はそいつを連れて行ってくれ 」
「いや、しかし、、、」
ガエルはキースの提案自体には納得していたが一人だけ離れることには躊躇する。そこにハルツからさらなる提案がなされる。
「他の狩人に救援に来てもらえばいい。近くに何人かいるはずだ。狩人に預けてから俺達を追いかけるようにすれば後で合流出来るだろう。信号笛は定期的に吹くようにする 」
「、、、そうだな。必ず追いかける。死ぬなよ 」
「ああ、後でな 」
二人と別れるとガエルは直ぐに信号笛を鳴らしながら表層に向けて走り出す。幸い狩人の男も外傷はなくガエルの後に着いてくることが出来ている。
更に幸運なことに数分も経たないうちに別の狩人が放つ信号を捉えることが出来た。そちらに向かっていくと狩人の方もガエル達に向かって走ってきているようで直ぐに合流することが出来た。
(強いな、、、)
やって来た狩人は一人だった。感じられる魔力の大きさや圧から上級狩人だとガエルは判断した。状況が状況だけに余計な遣り取りはせずに本題に入る。
「すまないが保護した狩人を預かって貰えないだろうか? 」
「騎士か、、、すまないな。面倒をかけた 」
これほどの狩人が素直にこちらの要請を聞いたこともそうだが騎士であるガエルに気を使ったことに驚愕を覚える。ガエルはこの男と話をしてみたい気持ちもあったが振り切って仲間の元へ戻ることを優先しなければならない。
「感謝する 」
一言だけ伝えると踵を返して仲間の元に戻っていく。そして、しばらく進んでいくと信号笛の魔力波を感知した。その方向に進んでいくと間隔を開けて次の信号が飛んでくる。
そのことから二人がまだ無事であることが分かりひとまずは安心するが悠長にはしていられない。二人との距離が掴めるとより一層蹴り出す足に力がこもる。
だが、進むほどに魔境から感じる嫌な気配はむしろ濃くなっているように感じられた。近づくほどに二人との距離は開いていくような錯覚すら覚える。
ガエルの胸中に焦りが生まれる。背中を冷たい汗が流れていく。森の中はいつの間にか闇が濃くなっている。
そんな時、ガエルは一際大きな魔力の増大を感じた。
―……ズンッッッ……
続いて地響きにも似た、微かだが重い衝撃が通り抜けていく。ガエルにはそれに心当たりがあった。
(まさか… 今のはキースの… )
キースは爆破魔術を得意としている。ここぞと言うときに使用する隠し球的な魔術でありそれを使用したと言うことは危機的状況にあると考えていい。
(無事でいてくれ… )
嫌な予感が頭の中をよぎるがそれから目を背けて一心不乱に前へ進んでいく。信号笛は途絶えている。魔術もあれ以来放たれることがない。
最後の魔術だけを頼りに方向を決めて突き進んでいく。時間をかけるほどに方向が分からなくなるような気がしていた。
永遠にも感じられる様な時間の後、ガエルは森の木々が倒れて開けている場所にたどり着く。
へし折られたように倒れているものや鋭い刃物で幹の半ばから切り落とされているようなものまである。地面には所々抉られているような痕がある。明らかに戦闘があった場所であると理解出来る。
「キースッ! ハルツッ! 」
いても立ってもいられず仲間の名前を叫ぶ。だが、それに応えるものはいない。
心臓が早鐘を打つ。激しく息を吸っているのに肺に空気が入ってこない。体の奥底は熱いのに皮膚が冷えているように感じる。ガエルの脳裏には最悪の結末が浮かんでいた。
「キースッ!! ハルツッ!! 」
それを振り払うようにもう一度、さらに大きな声で名前を叫ぶ。しかし、現実は容赦なく希望を打ち砕く。
「あ、あぁあ…… 」
地面に横たわる血塗れの姿が目に飛び込んでくる。二人とも体が綺麗に切断されていた。一目で死んでいると理解出来た。
ガエルは二人の遺体の前で地面に膝から崩れ落ちる。涙が出てくるということもない。唯々、衝撃のあまり呆然と物言わぬ仲間を見ていることしかできなかった。
ここに留まっていてはガエルも危険だったが自身の安全を顧みることすらどうでもいいとガエルは思っていた。
どれほどの時がたっただろうか? ガエルは不意に視線を感じた。魔物だと思った。顔を上げてそちらを見る。
森の奥の闇、そこに微かな電光を纏って青白く浮かび上がる巨大な魔物が静かに佇んでいた。角が生えた虎のような魔物だった。体の至る所に血の跡が見られる。それが何をするでもなくじっとガエルを見つめている。
この魔物が二人を殺したに違いない…
そう思いガエルは立ち上がると剣を取り構える。
相手は自分より遙かに強い。自分の命もここで尽きる。そう確信してその時を待つ。
しかし、一向に相手は仕掛けてこない。
そのことに疑問を感じたとき、魔物は興味を失ったかのように踵を返すと闇の中に消えていった。
ガエルはその後ろ姿を見送ることしか出来なかった。
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