第197話 沈黙 x 理由
警戒を一段上げて魔術の構築を準備しようとしたその矢先、虎は意外な行動に出る。
急に踵を返すと最初に接触した砂防ダムの方に走り出していく。そちらにはまだロイドとリリーアンがいるはずだ。
標的を変えるのか?
そう考え慌てて後を追いかけていく。虎は相変わらず本気を出そうとはしていないがそれでもあの二人にとっては脅威になり得る。
―操空降圧術式、斬空加速
魔術まで使用して追いかけると距離は詰まっていく。視界の先にはロイドとリリーアンに迫っていく虎が見える。二人はそれぞれ武器を構えて魔術を発動して備えている。
間に合うか…
ひと当てぐらいなら持ちこたえてくれるはず。そう考えてそのまま追っていくと虎は二人の目の前で大きく飛び上がる。
そして、そのまま二人を飛び越えて砂防ダムの上に着地するとこちらを顔だけで振り返り再び俺に視線を向けてくる。
、、、何が狙いだ?
ガエルやジュジュも追いついてきて再び最初と同じような立ち位置でにらみ合うこととなった。
目の前の相手からはもう戦意は感じられない。しばらく見つめ合っていると不意にこちらへの興味をなくしたかのようにこちらに尻尾を向けて去って行く。
「おのれ! 逃がすかっ! 」
ガエルはなおも追いすがろうと地面を蹴って飛び上がる。しかし…
「ぬおっ! 」
ジュジュの空術により全身を絡め取られて地面にビタンと叩きつけられる。
《ナイス、ジュジュ 》
ガエルを止めたジュジュに念話で賛辞を送ると心の中で親指を立てる。
虎はそんなことは気にも留めずに最後に一瞬だけ俺を一瞥すると駆け出して森の闇の中に消えていった。
とりあえずは終いか…
刀を鞘に仕舞って一息つくと周囲に立ち込める重苦しい空気の圧力を感じとれるようになる。これで終わりじゃないことを示しているかのようだ。
「なぜ止めた… 」
戦いの余韻に浸っているとガエルから抗議の視線と言葉が投げかけられた。
なぜって言われてもな…
バッサリと切り捨てることは簡単だがガエルの並々ならない思いが込められた魔力を感じた後だと返答に困る。
おそらくあの魔物こそガエルが追い求めていたものだろう。因縁は知らないがどこまで首を突っ込むべきか悩む。
組を作ったと言ってもな…
そんな俺に助け船を出す形になったのは意外にもリリーアンだった。
「何故も何もないでしょう… どうしてあんな無謀な真似をしたのかしら? あなただけじゃなく私達の命まで危険に晒されたのだけれど… 」
激高するでもなく言葉に怒気を込めつつも静かに抗議の言葉を投げかけていく。それに対してガエルも言い返していく。
「おぬしらは勝手に逃げていればいい。そういう話だっただろう? ワシらがどこで死のうがおぬしらには関係のないことだ 」
「そう言うわけにも行かないのよね。もう関わってしまったのだし。あなたが狩人だとしてもはいそうですかと引くわけにはいかない、、、あなたも騎士だったのなら分かるでしょう? 」
「むぅ、、、」
騎士だったという言葉はガエルにとって重い意味を持つものだったのだろう。言い返すことが出来ずに押し黙ってしまう。
それにしてもリリーアンはガエルが元騎士だったことを知っているんだろうか? ワンチャン騎士に憧れているだけの老狩人っていう線もあり得ると思うのだが、、、
いや、ないか… 下らないことを気にしているな、俺…
騎士故に騎士を知る、そう言うことなんだろう。まあ、この機会に場の仕切り直しをしておこう。
「それよりもここは一旦引くとしよう。うかうかしていると日が暮れてしまう。暗闇の中だと俺達の方が不利だ 」
「そうね、、、一度戻りましょう、癪だけど、、、」
意外にもリリーアンが賛同してくれる。彼女も同じ意見らしい。
民主主義的にナイス… 癪ってのは余計だが…
「その通りですぜ。一度本部に戻りましょうや… 騎士団を派遣するに十分な証拠でさぁ 」
ロイドも同意、と… 後はガエルだが…
「ガエル、それでいいな 」
「、、、ああ 」
確認すると渋々といった感じだが思いのほかあっさりと同意が得られた。それだけリリーアンの言葉が心の琴線に触れたのだろうか?
なんにせよ仕切り直しは出来た。ヴィルフォートに戻ればロイド達は騎士団の編成に動いてそれっきりだろう。
明日ガエルと一緒に探索するにせよ一人だけだったら最悪、気絶作戦が使えるだろうしな。
なんだったら今晩のうちにジュジュをホテルに置いて俺一人で討伐に出向いてもいい。レインメーカーなら夜でも十全に戦える。
頭の中で算段を立てながら俺を先頭に歩いて行く。俺が先頭でもリリーアンが文句を言ってこないのはさっきの戦いで実力が認められたからだろうか?
なんにせよ楽なのでいい。
全員黙々と進んでいくと砂防ダム地帯を抜けて休憩を取っていた場所にさしかかる。そこを通過しようとしたときガエルがついてこないことに気付く。
俺達が足を止めて振り返るとガエルはその場に佇んだままこちらを見つめている。決意をした男の目だった。
「ワシはここに残る。おぬし達は戻ってくれていい 」
ガエルの行動は予想しなかったわけじゃない。落ち着いて対処しよう。
「そうか、それじゃ…「そんなの認めるわけないじゃない 」
組は解消だ、俺達は戻る
そう言おうとしてリリーアンに遮られる。後でこっそり戻ってきて助けようかと思ったんだけどな…
「あなたがここに残るんだったら私達も戻らないわ 」
ええ…、それは困るな。はっきり言ってこの二人はもう俺にとって邪魔だ。見たいものは見たしさっさとお引き取り願いたい。
でも俺が邪魔だから帰れなんて言ったらよけいにこの場に残るって言うんだろうな、、、
ロイドを見ると露骨に嫌そうな顔をしている。勘弁してくれよと思っているんだろう。分かりやすいな。それなら帰るように説得してくれないかな? 役目だろ?
しかし、やつはむしろ俺が説得しろと言わんばかりにこちらに視線を送ってくる。俺はその視線から目を逸らすとジュジュを撫で回しておやつを与える。
嫌だね、めんどくさい…
そっちで何とかしてくれ…
そんな俺達をよそにガエルとリリーアンの間で話は進んでいく。
「ワシのことは放って置いてくれ。おぬし達には関わりのないことだ 」
「関わりならあるでしょう。こっちはあなたの所為で危険な状況になったのよ。あの魔物が本気だったなら今頃死人が出ていたわ 」
「、、、だが事前の取り決めでそちらは危なくなったら逃げていいと言う話だったはずだが? 」
「それとこれは別でしょう? 逃げる前にあなたが状況を危うくしたんだから。少しは状況を考えなさいよ。もう巻き込まれているのよ私達は 」
「それでもまだ生きている。今からでも遅くはない。ワシの命の心配などせんでも自分の命の心配をしたらいい 」
「死人が出なかったのはレインのお陰でしょう? 少しは感謝したらどうなの? ねぇ、レインも何か言ってやりなさいよ! 」
ここに来て俺に話を振るかね? そっちで完結して欲しかったな…
とはいえリリーアンの中でいつの間にやら俺の株が上がっているようだな。いいことなのか悪いことなのか…?
ジュジュを撫でる手を止めてすっくと立ち上がり二人に向き直ると真剣な顔を作って俺の考えを伝える。
「ここで野営をすることに決めた 」
考えじゃなくて決定だったな。まあいい、異論は認めない。二人は俺の言葉にえって言う顔になっている。ロイドの方をチラッと見ても頭の上に疑問符が乗っているような感じだ。
わからないか、、、わからないよな
「どういうことだ? 」
いち早く立ち直ったガエルから当然の疑問が投げかけられる。どこから答えていこうか?
「ガエルが残るなら俺もここに残るとしよう。まだ組は解消されていないのだろう? 」
「そ、そうだが、、、」
「俺の命の心配は無用だ。あのぐらいの魔物なら切り抜けられそうだしな。ガエルに最後まで付き合うことにしよう 」
「それは、、、ワシにとってありがたいことだが、、いいのか? 」
「別にかまわないさ、危険はいつものことだ。だがあの魔物については話してもらうぞ。追いかけてたのはあいつなんだろ? あんたとあいつの間になにがあったのかは知っておかないとな 」
「ぬぅ、しかし、、な 」
やはり過去を話すのは憚られるか、、、それでも話してもらわないとこちらの気が済まないところまで来ている。
「そうね。話してもらわないと気が済まないわね。少なくとも話を聞くまでわたしもここに残ることにするわ。あれだけの魔力を見せておいて何もなかったじゃ済まされないわ 」
リリーアンもこちらの援護をしてくれる。彼女も腹を決めたらしいな。ロイドはうげって顔をしているが、、、
「お嬢! 何を言っているんだ!? 危険すぎる、、もう調査は十分なんだ! 後は討伐隊に任せればいい。さっさと引き上げよう 」
やっぱりそう来たか、、でも彼女は動かないだろうな。もう今更だ。俺は諦めたよ。
「ロイドだけ帰ればいいわ。報告は任せたから後はよろしく 」
「なっ、、、」
ほら、言わんこっちゃない…
しかし、ロイドは帰らないだろうな。俺としては帰って欲しいが残らざるを得まい。ここで会ったときからずっとリリーアンを守るように行動していた。どういう関係か良く知らないがそういう役目なんだろう。
好きなのかな? 告っちゃえよ…
「、、、はぁ~、、仕方がない。乗りかかった船だ。俺も残ることにする。じいさん…なるべく早く話してくれ。帰るかどうかは別として聞いておかなきゃ死んでも死に切れん 」
でかいため息をつくとロイドも腹をくくったようだ。一応、俺に乗ってくれたものとしておこう。
日が暮れる前に野営の準備を終わらせるために森の中で枯れ葉や落ち枝を集める。空術を使用して集めると日が暮れる前に十分な量が集まった。
やがて完全に日が暮れると集めてきた薪に熱変換を使って火を付ける。空術で風を送って火を適度に大きくしてやると安定して燃えるようになる。焚き火の完成だ。
パチパチと木の爆ぜる音がして周囲に仄かな明かりと熱が広がる。俺とジュジュが焚き火の前にどっかりと腰掛けて予備の携帯食料を食べ出す。
すると、今まで微妙な距離を開けていた三人は自然と焚き火を囲むように集まってきて俺達と同じように休憩を取る。心なしかみんな火を囲んで穏やかな気分になっているように思える。
本能的なものかな、、、
魔力による暗視強化があっても夜の闇は人間に恐怖心を与えるものだ。明かりがあると気分が落ち着く。野生の獣が火を恐れるのと対立構造になっているんだろうか?
そう言えば、面白いことに火の魔術を使うことが出来る魔物でも火を恐れることがあるらしい。リーンから聞いたことがある。本能に刻まれているものは魔石による変異でも学習によっても解決出来ないものなのかも知れない。
やることもなくなり、みな揺らめく火を見ているだけの時間が流れていく。そろそろガエルの話を聞きたいところだがまだ話す気にはならないようだ。
もっと雰囲気を作らないとだめかな…
とりあえずリリーアンとロイドに話を振ってみるか
「なあ、二人はどういういきさつで組むことになったんだ? 」
「なによ、いきなり 」
「リリーアンは貴族だったな。ロイドは元狩人なんだろう? 特務騎士がどういうものなのか詳しくは知らないが珍しい組み合わせだと思ってな 」
「ああ、そう、、、わたしは北部の貴族家出身だから特務騎士になったのは当然とも言える流れね。ロイドは元々わたしの実家が雇っていた狩人でその縁で特務騎士になったのよ 」
「お嬢の父親に頼まれたんでな。お嬢についていく形で特務騎士になったんだ。北部貴族なら任命権に介入することもそう難しいことじゃない 」
捏ね入社ってヤツか… それが良いか悪いかは知らないが
「お父様は過保護なのよ。実際にそれで助かってはいるけど、、、」
「ロイドがリリーアンをお嬢と呼んだり変な言葉遣いで話しかけるのはどういう理由があるんだ? 」
「そ、それは、、、、」
言い淀むロイドに対してリリーアンが引きついで説明をしてくる。
「わたしに対する当てつけよ… お父様の紹介で最初に会ったとき敬意をもって話しかけなさいといったらそれ以来ワザと変な言葉遣いで話すようになったのよ 」
「、、、まあ、狩人としての矜持があったんでね。そのまま要求を受け入れるのも癪だったからな。俺なりに抵抗をしてみたわけだ… それもこれを機にやめることにしよう 」
「あら、普通に敬意を表してくれるのかしら? 」
「いや、普通に同僚の騎士としてはなす。ただし、お嬢呼びは続けるつもりだ 」
「なんでよっ! 」
「ガエルはどうだ… 元々は特務騎士だったんだろう? なんで狩人をやっているんだ? 」
「、、、何故、か… 」
ロイドとリリーアンはそのまま二人で口論でも始めそうな雰囲気だったが俺がガエルに話しかけると流石にこちらが気になったのだろう。手を引っ込めるとガエルにそれとなく注目し出す。
これが本題と言ってもいいことだからな… そりゃ気になることだろう…




