第196話 X 森林の覇王
砂防ダムに向かって進んでいく。近くに寄って見ると結構苔むしている。その風格は完全に魔境になじんでいて自然な感じだ。長いことここに存在しているように思える。
どのぐらい前からここにあるんだろうな?
コンコンと拳の裏で叩いてみると非常に固い感触が返ってくる。コンクリート製だ。劣化しているようには感じない。注意深く見るとしっかりと魔力が含まれている事が分かる。
ここがまだ表層だからと言うこともあるだろうがそれによって機能が維持されているのだろう。分解力に抗っている。
腕のいい魔技士によって施工されていると言うことか、、、使われている素材も良いものなんだろうけど
ダムの高さは三メートルぐらいだ。飛び越えて上に立つと少し行った先に同じようなダムが設置されている。
立ち並ぶ木々によって見えにくいがこの先もずっと同じように砂防ダムが続いているようだ。
押し寄せる圧に抗うように先に進む。全員言葉を交わすことなく黙々と足を動かしていく。会話をする余裕がないと言うことだ。
俺もジュジュも索敵はしているが場の圧に飲まれて感覚が鈍っている。どこまで有効か分からなくなっているな。電磁波による索敵も交えて行っていく。
四段ほど砂防ダムを登っていったときだった。登り初めてまだ数十分しか経っていないと思う。
それは唐突に目の前に現れた、いや、現れていた。
コンクリートの縁に前足をかけてこちらを見下ろしている。その視線には怒りも敵意もないように思われた。ただ、静かにこちらを見ているだけ。
その静かさが一層不気味に感じる。
いつの間にそこにいたのか気付かなかった。索敵が役に立っていなかったようだ。相手との距離は先頭を行くガエルが七、八メートルと言ったところ。既に相手の間合いの中にいるだろう。
それは虎型の巨大な魔物だった。特徴的なのは頭から生える二本の角だ。先端が鋭く尖り緩やかなカーブを描きながら後ろから前に伸びている。全身は暗い灰銀色の毛並みで覆われていて虎のような縞模様が見える。
強いな…
接近に気付けなかったこともそうだが意識して相手の魔力を読もうとするとその内包する魔力から相当に強力な魔物だと理解出来る。
以前にリーンに聞いてみたことがあった。竜種に匹敵するような胎生の魔物はいるのかと。答えは存在すると言うことだったが目の前のこいつがそうなんだろう。
おそらくは前に戦ったギルゼルンを越えている。この面子だと確実に死人が出るな。
幸いにして相手にはこちらと戦うつもりがないように思える。視線や魔力の感じからいって意欲を感じない。敵としても食料としても見られていない。
、、、ちょっとイラつくかな?
ロイドとリリーアンは引くことを決意したようだ。魔力を静かに抑えて相手を刺激しないようにしている。驚愕のあまり動けないと言う見方もあるが、、、
とりあえず二人は大丈夫だな
ガエルは……―ッ!?
突如として魔力の増大を感じる。激しい怒りを伴った魔力だ。ガエルは魔術を構成してランスの穂先を回転させ始める。
やめろっ…
止めようとするが間に合わなかった。
#
(会いたかったぞ… このときを待っていた… )
その魔物が視界に入った瞬間、ガエルの体は衝撃に震えた。心臓は自然と早鐘を打ち始める。
理性は落ち着けと叫んでいるがどうしようもなかった。血流と共に魔力は全身を駆け巡る。
この日のために鍛え上げてきた魔術がこれまでにない力を伴って発動されていく。手に握りしめた槍の穂先が力強く回転を始める。
ガエルは全身の血が沸騰するような感覚を味わっていた。それに伴って荒れ狂う魔力はガエル自身に苦痛を与えていたがむしろガエルは喜びに打ち震えていた。
これまでにない魔力の高まりに術の威力は限界以上に引き出されている。苦痛が大きいほどに相手の死に近づける。そう思うと更に魔力を引き上げていく。
―……ィィィィィィィィィ……
回転が高まる…
ガエルにとっては長く感じられた時間も一瞬のこと、十分に威力が高まると狂喜と殺意を持って仕掛けていく。
大盾を捨てて虎に向かって飛び上がる。ガエルが高い位置から槍先を仕込み剣から分離して放つと高速で回転しながら一直線に飛んでいく。
虎の方は動かなかった。高速で迫り来る回転体を見つめている。
当たる… そう思われた瞬間、虎はその場から消え失せる。何もなくなった空間を槍先は通過していき地面に突き刺さる。
―ズンッ!
着弾点に暴風が吹き荒れ爆発と共に土を撒き散らしていく。
虎は大きく横に躱して難を逃れていた。土煙すら躱すと地面を蹴って落下中のガエルに飛びかかっていく。
膨大な魔力が込められた爪による攻撃はガエルの命を奪うには十分すぎる一撃だった。
普通ならば身がすくむような攻撃に対してガエルは正面から迎え撃つ。空術で足場を作るとそれを蹴り相手に向かって跳躍する。
両手に剣を持ち直しそれを振りかぶる姿勢を取っている。表情は怒りに歪んでいるようにも笑っているようにも見える。
激突せんとしたまさにその時…
両者の間で爆発が起こる。互いに後方に押し戻されて地面に落下していった。
#
―操空火瘴術式、爆送退撃
このままだとガエルは死ぬ。俺は複合術式でメタンガスを送り込むと直ぐに爆発させる。
即席の爆発魔術で制御も甘かったがとりあえずは引き離すことが出来た。そこまで魔力は込めていなかったからじいさんも無事でいると思う、、、だよな?
地面に落下していった虎は空中でクルッと回転してすたっと柔らかく着地する。
流石ネコ科… うおっ!
―ガキィィッ
危ねえ…
相手の爪と俺の刀がつばぜり合いになる。着地後直ぐに俺に狙いを変えて飛びかかってきた。
俺は“絶雷”と“守継”を抜いて爪を受け止め踏ん張っている恰好だ。
魔力を増大させて押し返そうとするが相手も更に強化して爪を押し込んでこようとする。
魔術を使うか…
そう思ったとき虎は後ろに跳んで俺から距離を取る。わずかに遅れて何かが俺の目の前を通り過ぎた。
リリーアンの持つ剣から細長い何かが伸びている。油を伸ばして突きを放ったらしい。伸ばされた油が戻っていく。
虎は距離を取って再び砂防ダムの上から俺を見下ろしている。俺のことを一番の脅威と認識したらしい。視線を俺に固定したまま動かさない。
歓迎すべき事だがそう見せかけてと言うこともある。気は抜けない。
《ジュジュ… ガエルを… 》
ジュジュにガエルのサポートを頼んで張り付かせる。ガエルの方は先ほどの爆発でも大したダメージはなかったようで起き上がってしっかりした足取りで立っている。
良かった…
初撃を躱されたためか、俺の爆発で混乱したためかは分からないが今はとりあえず平静を保っている。いきなり飛びかかっていくことはなく剣を構えて相手の出方をうかがっている。
あの二人は…
リリーアンは既に魔術を発動して戦闘態勢を維持している。ロイドはようやく戦う決心が付いたのか遅ればせながら魔術を発動させた。
手に持った金属の棒が水に包まれると槍の形になり先端が凍り付いて刃を形成していく。
あんな風に使うのか…
棒の中に魔水が入っている構造だな。氷の刃を水で繋いで柔軟に使っていくと考えられる。面白い使い方だな。参考になる。
俺達と虎はにらみ合ったままお互いに様子見をして動かない。静かな時間が流れる。その間に状況について考えていく。
ガエルの渾身の一撃はあっさりと躱されていた。だが、見た目ほど簡単なことじゃない。あの魔術はおそらく追尾性能を持っていた。迂闊に避けようとすると躱しているところに喰らわされることになる。
虎はそのことを見抜いていてあえてギリギリで躱したんだろう。その後に起こる爆風の範囲も理解していた。相当な手練れと行っていい。
なかなかキツいな…
俺とジュジュだけなら奥の手が使えるんだが他に人がいる以上はちょっと遠慮しておきたい。後始末が面倒だ。
ロイドとリリーアンは逃げてくれるかと思ったが逃げないし…
ロイドは逃げたがっているみたいだが意外にもリリーアンが前向きだ。それに追従する形でロイドが残っている。
それ以前にガエルのじいさんが逃げそうにないから無理だけどな。でも最悪じいさん一人だったなら気絶させるなり何なりして対処出来る気がしないでもない。
我ながら物騒な考えだ…
しかし、死なせるよりはずっといい。じいさんがどう思うかは知らないがな、、、今後も選択肢として残して置いた方がいいな
っ…!
警戒と思考を同時に行っていると相手に動きがある。虎の全身が淡く光り出し毛が逆立っていく。
雷術か…
思考を中断して一層の警戒を強めつつこちらも雷術を用意する。とりあえずは防御に徹して他の三人を守りながら様子を見ることにしよう。
―操雷術式、
虎の視線は常に俺の方を向いている。二本の角に電光が集まっていくと俺に向けて雷撃が放たれる。
電撃は俺に伸びてくる途中で三本に枝分かれして全員に襲いかかる。
―纏雷・神流し
“絶雷”を地面に突き立てて俺自身は雷を纏う。相手の電撃を受けるとこちらが支配する電子で押し返して地中に逃がしてやる。
ん…?
電撃はあっさりと大地に吸収されていった。その手応えに違和感を覚える。
三本に分かれたとは言え俺への攻撃が一番キツかったはずなんだが想像よりだいぶ軽かった。纏雷を使うまでもなかったぐらいだ。
他への攻撃も牽制程度だったように思う。
ロイドは背中の水槽から水を取りだして壁を作って防いでいた。攻撃と防御でそれぞれ別の水を使い分けているらしい。ジュジュは俺と同じように雷術で防いでいた。
それぞれ一人でも余裕で防げる程度の攻撃だった。まだ小手調べと言った感じなのかも知れないがそれでも何というかやる気が感じられない。
戦う気がないならこちらとしては願ったり叶ったりではあるが俺の心の奥底にはそれとは別に怒りのようなものが湧いてくる。
虎は相変わらず高いところからこちらを見下ろしている。まさしく虎視眈々といった有様だ。
見下してんのか…
相手にそんなつもりはないだろうが何となく気に入らない。やるなと思ったりやれと思ったり誠に勝手ではあるがそこら辺はどうしようもないな。
俺の悪癖というか性分のようなものだろう。
両手に持った刀をハの字に構えてこちらから挑発を送ってみる。
激高こそしなかったものの虎は俺に向かって飛びかかってくる。左右から挟み込むように両手の爪が襲いかかる。
―操土固定術式、
俺は逆に前に出て肘の近くで刀を左右に広げて突き出し相手の腕を押さえる。すると、すかさず牙による噛み付きを仕掛けてくる。
―大山不動
オルァッ!
それを読んでいた俺は軸足を固定して虎の胸元に蹴りを放つ。足の裏で押し出すように蹴り上げて巨体を押し返してやる。
虎が後ろにのけぞって後退すると同時に水術を発動させる。
―自在操水術式、如水心拠
体中に水を纏っていく。術が完成する頃には相手も攻撃する体勢を整えている。
さっきのも本気の攻めというわけじゃなかった。どう言うつもりか知らないが本気を出すことはしないようだ。
そっちがその気なら…
「来いよっ、遊んでやる 」
再び虎の方から飛びかかってくると滑水走で後ろに下がりながら攻撃を去なしていく。
繰り出される前足の爪による斬撃を両手の刀で受け止めつつ軌道を逸らす。その際に水撃を使用して衝撃の余波は転水で受け流す。
後退していく俺に追いすがるように虎は前進して爪を繰り出してくる。同じように水術を駆使して去なし、避けられるものは体を捻ってギリギリで躱していく。
やがて樹木が林立する地帯に入っていくと俺は木々の間を縫うように移動していく。虎の方も追いかけてくるが巨体に似合わない細かな動きを見せる。
木の間隔は表層だとこいつにとって狭い。動きづらいかと思ったが柔軟な体を活かして木の間をすり抜けるように迫ってくる。
流石ネコ科だ…
しばし追いかけっこが続いていくとまるで自分自身が巨大な猫じゃらしになったかのような気分に囚われる。宣言した通り遊び感覚だ。
だが、虎が振り下ろす爪は時折木の幹をあっさりと引き裂き切り倒していく。遊び感覚の攻撃でも常人なら一瞬で死ぬだろう。
俺でも直撃は避けておきたいところ…
そんなスリルにちょっと楽しくなってきたところだが、いい加減次の手に移らないと埒が明かない。
―……ィィィィィィィィ……
そう考え始めていたところ林の中に微かに回転音が響いてくる。
じいさんか…
いつの間にか槍先を回収していたガエルが虎の後ろから飛びかかってくると回転突きを落下軌道で放つ。
虎はガエルを視界に捉えることなくその場から横に跳んで避けると回転する穂先は地面を抉り止まる。その槍を地面から引き抜くとガエルは両手で槍を抱えて先端を虎に向ける。
じいさんの方はなおもやる気でいるらしい。魔力から凄まじい気迫を感じる。
ガエルを追いかけてきたジュジュが隣に並ぶと三人で虎と相対する形でにらみ合いが始まる。
いよいよ本気か?




