第113話 シグンの過去② x 西海岸へ
少年が気絶したことを確認するとカイルゼインはきびすを返して訓練場を去って行く。去り際に騎士達に向かって指示を出す。
「面倒を見てやってくれ 」
「はっ 」
騎士達は面倒を押しつけられた形にはなったがそのことに不満はなかった。
あの言葉は従者候補生達にも届いたはずだ。今は意味がわからなかったとしても人生のどこかできっと理解できる時が来るはず。
後進の教育をしてもらった感謝もある。もちろん少年にもだ。
従者候補生たちは最初は少年にいい感情を持っていなかった。英雄に一方的にやられる姿を見て胸がすく思いがしたのも事実だ。しかし、圧倒的に実力差のある英雄に何度やられても立ち向かっていくその姿にある思いが生まれていた。
自分ならあそこまで自身を貫くことができただろうか、と、、、
いつしか少年を応援している自分がいることに気づくことになった。少年に敗北して地に着くことになった者たちでさえも仲間に起こされて戦いを見ているうちに同様の思いを抱くことになる。
もともと力を求めて騎士団の門をたたいた者たちだ。強さに憧れと敬意を持っている。対象が力にせよ他者を認める経験ができたことはきっと今後の人生で役に立つだろう。
騎士の一人が少年を抱えて医務室に連れて行く。残りの騎士達は鉄は熱いうちに打てと言わんばかりに厳しい訓練を開始していった。
少年が目を覚ますと混乱しているのかしばらく目をぱちくりさせていた。やがて上半身を起こすとキョロキョロと周囲を見回す。そうして自身の置かれている状況に整理が付いたのか大きなため息を吐き出す。
ハァ~~~…
「負けちまったな。完敗だ 」
自分が負けた光景を思い出そうとしているのか目を閉じて腕を組む。そんな少年に声がかけられる。
「そうだな。君の負けだ 」
「うおっ! いつからそこに! 」
驚く少年を無視して続けていく。
「完膚なきまでの無様な敗北だ。見所がないわけでもなかったが君の力は何一つ及ばなかった。手加減されてなお有効な攻撃を当てられなかった 」
騎士の正確な指摘に少年はぐうの音も出ない。
「うるせぇ! いちいち言われなくてもわかってるよ! そんなことは! 」
「それで君はこれからどうするね? 尻尾を巻いて田舎にでも帰るかね? 狩人になるのを諦めて 」
「はっ、そんなわけねぇだろ。狩人にはなる。そして俺は強くなる。強くなってまたあのじいさんに挑戦してやるぜ 」
「果たして勝てるかな? 」
そう聞いた騎士には侮蔑も否定も見られない。純粋に興味から発せられた言葉だった。少年の才能をそれなりに買っているのだ。
「勝つさ。いつか必ずな、、、」
真っ直ぐ騎士の目を見て答える少年の目には輝きがあった。そこには気負いのようなものは見られない。当初よりいささか険の取れたような顔つきになっている。人間としての成長が見て取れる。
(これが英雄の力というものか、、、)
彼の最高位の上官は現国王アレクシウスになる。先王が上官だった時代は知らない。早くに王位を譲られたアレクシウスの苦労話を耳にする機会は騎士団員ならある程度はある。
それ故に英雄カイルゼインを手放しで賞賛することはあまりないのだがそれでも素直に認めざるを得なかった。
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過去の話を締めくくるとシグンは言う。
「これが俺と爺の因縁だ。大して面白い話でもねぇけどよ 」
「いや。お前にとっては面白くない話だろうが、俺にとってはなかなかに面白い話だった 」
しかし、良く覚えているものだ。話だとけっこう殴られていたように思う。そんな余裕があったのか? シグンの視点だと知り得ないような情報も加味されているように感じた。
おそらく、後になって関係者に聞いて回ったんじゃないかと推測される。 本人を前にして言いづらかった人も少なからずいたんじゃなかろうか? そう考えると迷惑な話にも思えるな。
いや、騎士団員ならそう言うことはあまり気にしなそうだな。脳筋っぽいし。案外、酒の肴として広まっていたのかも知れない。本人の前でも遠慮なく言いそうな気がする。
「それから、五年ぐらい狩人をやって上級になれるところまでいったんだ。そこで爺の言葉が頭に浮かんだ。もっと広い世界を見ろってな。騎士ってやつの生き方に興味が出てきた。騎士になれば爺と戦う機会もあるかもしれないしな 」
五年で上級はかなり速い部類だな。才能があったんだろう。、、、才能だけじゃないな。じいさんと再戦することを思うなら死に物狂いで魔物と戦ってきたに違いない。
こいつはこいつでしっかりと考えて努力してきたんだろう。最初は馬鹿っぽい印象を持っていたが思ったより思慮深いのかも知れない。
でも自国の前国王を人前で爺呼ばわりはどうなんだろうな? やっぱり馬鹿なのか? まあ、人のことは言えないか。俺もじいさん呼びしている。変えるつもりもないし。
「騎士になってから戦ったことはあるのか、あのじいさんと? 」
「いいや、今の俺の力で爺と渡り合うのは無理だ。だが、十年以内に何とかしてやる 」
「十年か、、、それでも難しいと思うが 」
「わかってるよ。だが爺の力が衰える前に何とかしなきゃならねぇ。遅くても寿命でくたばる前にはな。悠長にやってられねぇんだ、、、」
「死にそうな感じはしなかったがな。何歳なんだ? 」
「今は220歳ぐらいだ。魔力の感じから250歳ぐらいまでは生きると言われているぜ 」
普通の人間なら200歳ぐらいが寿命だ。かなり長いな。あと30年くらいあるのか。余裕そうにも思えるが徐々に肉体は衰えていき代わりに魔力が増大していく。そして、ある日を境に突然魔力が急激に下がっていき完全に失うと死に至る。
しかし、死はいつ訪れるかわからない。早めに何とかしないと満足のいく戦いにならないか。
「早めに叶うといいな 」
「ああ、そうだな 」
話が終わると二人してまた町並みを黙ったまま眺め続ける。
時間がゆっくり流れていくとふと思った。
ひょっとして次は俺が話す番なのか?
そうなるとマズいな。本当の過去はもちろん話せない。偽の過去もこちらから広めるわけにもいかない。ルシオラの耳に入ったらいろいろ調べられそうだ。ただでさえ今までどんなウソを吐いたのか曖昧だってのに。
「俺から話すことは何もないぞ 」
「ああ? わかってるよ。言いたくねぇことは言わなくていい。訳ありなのは見ればわかる。そもそも大抵の狩人は詮索を嫌うしな 」
なんだ、、、意外と気遣いも出来るんだな。思ったよりいいやつだ。これもじいさんにボコボコにされた効果なのかも知れない。流石と言えば流石だ。俺は御免被りたいが。
俺ならそこまでされたら騎士になりたいだなんて思わないだろう。根が素直なやつなんだろうな、シグンは。
「それじゃあ俺はもう行くぞ 」
「ああ、一緒に戦って楽しかったぜ。今度は一緒にあの爺とやり合おうぜ 」
「俺は別にいい。あのじいさんに思い入れはないしな 」
「そうか、そいつはしゃあねぇな。またどこかでな 」
「ああ、またな 」
その場を後にすると来たときと同じルートで家に帰った。
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それから数日がたつと王都もその周辺もはすっかり元に戻ったようだ。新聞で確認したら道路はすべて開通しているとのこと。
想定はしていたがずいぶん復興が早いな。
西海岸の方にタコを買い付けに行くか?
王都でも買えなくはないがどうせなら本場で調達したい。王都だと冷凍物しか買えないようだしな。魔術を応用した冷凍ならほとんど劣化をさせないという話だがその分値が張るらしい。
科学による冷凍も最近は一般的になってきているがまだまだ未発達で質が良くないという話。今後発展していけば王都でも気軽に食べられるようになるんだろうけどそれはまだ先のことだな。
、、、よし、行こう
夜が明ける前に車で出発する。
俺の見立てだと高速道路を利用して平均時速100kmで走行していけば10時間ぐらいで到着することが出来る。
途中で休憩を挟むことなくぶっ通しで運転していく。夕方ぐらいまでに着くことができればホテルを取るのも容易になるはずだ。
拘束を飛ばしつつ運転しながら食事や飲み物を取っていく。休憩を挟んだりもしない。体力的には二、三日ぶっ通しで運転しても問題はない。トイレ休憩もしなくて平気だ。
この体は普通なら不要になるような物質も分解して吸収できるせいかトイレに行く回数も少なくて済む。まったくいかなくて済むと言うこともないが便利は便利だな。
一番近い高速の出口から目的地まではけっこう近い位置にある。目的の街に駐車場がどれぐらいあるかわからないので出口付近にある駐車場に止めて残りは自分の脚で走って行く。
16時ぐらいに着くことができたのでとりあえずはホテルを探すことにする。
けっこうすぐに見つかって部屋を取ると夕飯を食べに外に出る。港町だけあって風に潮のにおいを感じる。
魚が食べたいところだが初めて来た街でいい店なんか知らないしガイドブックもないから決め手は店の外観ぐらいしかない。
あちこちぶらぶらと歩いた結果、比較的大通りにある大きめの店に入ることにした。
ガラス窓が有り、木を主体としたシックな内装をしている。電気の明かりが煌々と灯り、明るくて清潔感のある店だ。観光客でも入りやすくしているのかも知れない。
案内されて席に着くとメニューを渡される。値段は高めだがいろいろな種類の魚の名前がメニューのあちらこちらに記載されている。明確に売りを示す戦略なんだろう。
まあ、魚の名前を出されてもこちらは良くわからないからそこは適当に頼むしかないだろう。料理の値段やメニュー表示からわかる調理法の一端からその魚の位置づけや大きさなんかを想像するしかない。
、、、むっ
メニューを確認していて気になる箇所を発見した。どうやら生魚を使用した料理があるらしい。
、、、ひょっとして刺身か?
いや、しかしこちらには醤油がないからな。刺身とは違うものだろうけどひょっとするとひょっとするかも知れない。頼んでみよう。
こちらの人は魔石の作用で成人なら食中毒とは無縁だ。理論上ほとんどのものは生で食べることが出来る。腐敗したものでも健康に何ら影響しない。上手いかどうかは別として。
こちらに来てから野菜や果物以外を生で食べる場面に遭遇したことがないから生食文化はないのかと思っていたのだが探せばそれなりにあるのかも知れない。
ほかにはタコを使ったサラダと干物を焼いた料理があったのでそれも頼んでおこう。しばらくするとサラダから運ばれてくる。
新鮮な野菜に茹でたタコの足のぶつ切りが入っている。野菜のシャキシャキ感とタコのクニュクニュした食感が楽しい。ドレッシングが独特の味をしているな。魚醤かなんかが隠し味で入っているのかも知れない。
サラダを食べていると例の生魚料理が運ばれてくる。
これは、、、
刺身ではなかったようだ。当然か。平らに並べられた切り身の上に香草と香味野菜のみじん切りがのせられ、ソースがかかっている。カルパッチョというやつじゃないか?
恐る恐る食べてみる。上に乗っているものが落ちないように身を巻かせるようにしてフォークで刺して口に運ぶ。噛みしめるが魚の臭みとかは感じられない。香草などのキリッとした味と魚のねっとりとした甘味が合わさってうまい。かけられているオリーブオイルのような油が味をまとめているのだろう。
惜しむらくはこれだけ新鮮な魚だと何も付けずに塩だけで食べてもいいんじゃないだろうか? これはこれで独自の料理としてのうまさがあるけれど、、、
そう思いつつパンをちぎって口に入れるとふと思う。
塩だけだとパンが進まないかも知れないな。パンとの食べ合わせを考えたら生魚と塩だけではパンチが弱いという見方もある。刺身がご飯にあうのか合わないのか論争に似ている問題だな、これは。
ご飯が食いたくなってきた。やめようこの話は、、、
次は干物焼きが運ばれてくる。脂の乗った魚だ。皿の上ににじみ出した油が付いている。頭と内臓が落とされた開きになっているがこれはどう食べたものか? フォークとナイフでもいけそうだが食べやすいとは思えない。箸があればいいんだが生憎とこちらにそのようなものは無い。
周囲の客がどんな風に食べているのか観察しようとするとちょうど同じようなものを頼んでいたおっさんがいたので観察してみる。
手づかみで食べ出した。一心不乱にかぶりついて咀嚼していく。歯に魔力を込めて骨までバリバリとかみ砕き飲み込む。時折、皿に置いてパンをちぎり食べていく。
なるほど、そうやって食べるのか
俺も手で持ってかぶりついていく。噛みしめると油が湧き口の中を潤していく。油の甘味と身の塩気とコクが口の中に広がっていく。それ以外にも独特の味がある。スモーキーな風味が感じられる。ただの干物じゃなく燻製にもしているのか? 漬けた調味料もこの地域特有のものなのか味わったことのないうまみを感じる。
油の着いた指でパンをちぎり口に放り込むと小麦の香ばしい味と相まって舌に満足感を与えてくれる。
食べ方を参考にしたおっさんの方を見るとちょうど食べ終わったようで皿は空になっている。油の着いた指をしゃぶって舐め取ると手拭きできれいに拭いてワインを口に含む。おもむろにはぁ~っと息をつくと満足そうな表情をする。
俺も食べ終わると指を見つめる。
舐め取ってみるか?
考えたがやめておいた。なんとなく行儀が悪いように感じる。この国ではどうだか知らないが自分の規範だと抵抗が出てくる。
なるべくパンに吸わせて食べるとなんとなく油の風味を感じてよりおいしく感じる。気のせいかも知れないが。
食べ終わると会計を済ませてホテルに戻り寝ることにした。