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第112話 シグンの過去①

《《《《《《《《《《《《《《《


王都の周辺の魔境、表層に当たる部分には騎士団の訓練施設がある。そこで新規仮採用した新人、すなわち従者候補生を訓練する。


毎年のように採用した新人に過酷な訓練を行い有望な人材をふるいに掛けている。


騎士団が管理している魔境の中にあり、王都から近い場所にあり狩猟ギルドも新人を育成する為に一部を間借りする形で使用している。


それ故にときどき狩猟者候補生が騎士団の新人従者たちと衝突する事が起きる。


その年は例年よりも激しい衝突が起きていた。


原因は赤髪の少年である。王都からほど近い場所にある農村の出身で故郷では大人も含めて負け無しの腕っ節を誇っていた。天賦の才能を持ちすでに魔術をいくつか使えるようにもなっていた。


成人する18歳を迎えることなく16歳で半ば村を飛び出すような形で王都の狩猟ギルドの門を叩いたのだ。


通常なら追い返される所だが彼の才能を認める事となり免許取得前の講習に参加することになった。


例外中の例外というわけではない。国全体で見れば毎年数名程度はそういった経緯で免許を取得する者はいる。


しかし、その事実は少年を増長させるには十分だった。


施設の中庭に当たる場所にある訓練場に争いの音が響く。


ドガッ、、、


従者候補生の一人が顔面に拳を喰らい後ろに吹き飛んで行き地面に倒れる。鼻から血を流し完全に伸びているようで起き上がってこない。周りには同じように伸びている者が何人もいる。


そんな者達と少年にひるんで後ろで固まっている従者候補生達を不遜な態度で見回すと赤髪の少年は言い放つ。


「だらしねぇな。こんなに弱くて騎士が務まるのかよ? この分だと正規の騎士より狩人の方が強えんじゃねぇか? 」


やられっぱなし、言われっぱなしだが残りの候補生達は言い返せないでいる。事実として赤髪の少年は強い。束になってかかっても勝ち目はない。そう思い込まされて動くことが出来ないでいた。


彼らを指導する立場の騎士達は遠巻きにその様子を見ているばかりで手を出そうとはしなかった。


そんな時に訓練場を訪れる者がいた。長い白髪を後ろに流した偉丈夫かつ顔に深いしわの刻まれた老人。先代の王、カイルゼインである。魔物の討伐をした帰りに近くを通ったため、たまたまこの施設を訪れていた。


「騒がしいな。なんの騒ぎだ? 」


騎士達に問いかけると中でも一番の熟練の騎士が答える。


「新人従者と狩猟者候補生達のいざこざですよ。珍しいことではありません。特別元気なやつは何処にでもいるものです 」


「なかなかやるもんだな、あいつ 」


目線の先では我慢しきれなくなって飛び出していった者が返り討ちにあっていた。


「そうですね。才能はあります。生き残るかどうかは別ですが 」


「止めなくていいのか? 自信を失って辞めてしまうぞ? 」


「そうなったらそうなったときです。このぐらいで心が折れるようだったら騎士は務まりません。魔物に敗北すれば命を落とします。この程度で済むことはありません。早めに辞める機会が訪れるならそれはそれで本人のためです。我々が出る必要はないでしょう 」


「ふむ、なるほどな。お前達はあのガキになにか教えてやろうとは思わないのか? 」


「思いません。彼に何かを教える役目なのは狩猟ギルドの教官でしょう。どのみち狩人になるならば一番の教師は魔境そのものでしょうし。一人で魔境に入ったならばおのずと理解することになります。自身の限界を 」


「正しいな、、、だが、つまらん 」


見ている内に更にもう一人伸された。


「ぐあっ! 」


カイルゼインは少年に興味が出てきたようだ。無表情で見ていたのが口元にニッとした笑みが現れる。


「ちょっと手を貸すとするか 」


その言葉を聞いて騎士達は目を見開いてその背中を見つめる。


(大人気な、、、)


そう思ったが口には出さない。王国最強とも言われる男と本気でないとはいえ対峙することが少年にとって幸運になるのか不運になるのか判断は付かなかった。


(まあ、死ぬことはないだろう、、、)


事態を静観しつつも多少は少年のことを気に掛ける。治療担当の騎士はいい顔をしないだろうが怪我の治療はいつものことだ。そこまで負担にはならないだろうと算段を付けた。


カイルゼインが近づいてくると少年はそれまで浮かべていた傲岸不遜ごうがんふそんな笑みから一転、緊張した顔になる。


(強えな、このじいさん。何者だ? )


足下から頭の天辺まで無遠慮にじろじろと見続けやがて思い当たる。


(まさか、英雄カイルゼイン!? こんなところで会うとはな、、、)


体から吹きだしてくるような魔力の圧に一時いっとき気圧けおされるものの、相手が誰だかわかると前にも増して闘志をたぎらせる。


(面白ぇ、、、英雄の実力、今この場で試してやるよ )


「おい、じいさん。あんたもやるのか? 」


「もう、始まっている 」


何故いちいちそんなことを聞く?と言わんばかりの態度にカチンときた少年は弾かれるように老人に飛びかかっていく。


「後悔させてやるよ! 」


素早い動きで接近して飛び上がると顔に向かって拳を振り抜いていく。老人は反応できていない。確実に当たると思った。


―スカッ…


(え、、、? )


拳が唸りを上げて迫るが老人は上体をわずかに反らして首を傾けると1ミリの精度で躱してしまう。少年には拳がすり抜けた様に感じられて頭に混乱を来す。


上手く着地することが出来ずに無様にも地面に尻餅をついてしまうがそれを気にしている余裕もない。


(反撃が来る! )


そのまま腕を交差させて防御姿勢を取り身を固くする。しかし、数拍の間、攻撃を待てども来ることはなかった。


(こ、こない? )


見ると老人はこちらから距離を取って静かに見下ろしている。その余裕の態度にさらに頭に血が上っていく。


―ダンッ


獣のように起き上がりつつ駆けていくとがむしゃらに攻撃を放っていく。


しかし、老人は最初よりも大振りの攻撃を余裕を持って避けていき反撃をしようとはしない。


少年はしばらく攻撃を続けていくが回を追うごとに動きに精彩が欠けていき終には攻撃の手は止まってしまう。


そんな少年に老人は声を掛ける。


「どうした? もう終わりか? 」


挑発とも取れるその声に今度は反応を見せなかった。それは疲労の所為なのかわからないが少年はむしろ冷静になると考えを巡らせる。


(強ぇ、、、これが英雄。勝てそうにねぇ )


感じている魔力などほんの一部に過ぎない。冷静になってみると相手の底知れなさに恐怖すら覚えてくる。しかし、それでこそ気持ちの整理が付くこともある。


(アレを使うしかねぇ。絶対に一泡吹かせてやる、、、)


魔力を練り上げると魔術を構築していく。


(ほう、、、)


戦闘中、表情を変えることのなかったカイルゼインだがここに来て表情に笑みが混じる。


(空術か。この若さではっきりと魔術が使えるのは珍しい。先が楽しみではあるな )


自身の使う魔術と同系統、ある程度見ること感じることはできる。しかし、あえて魔力視では見ない。


少年は魔術の完成と共に駆け出す。


最初の時のように飛び上がると顔に向かう軌道を取る。また、同じように顔面を殴ろうとするのかと思われたその時、空中を蹴って軌道を変える。


合計三回、空中で跳ねていくと瞬く間に後ろに回り背中めがけて飛んでいく。


カイルゼインが後ろを振り返るとその胸めがけて拳が突き出される。


トン…


従者候補生達の目には一瞬のことで良くわからなかったがどうやら英雄が攻撃を受けた事は理解できた。


(なっ、、、ウソだろ! )


明確な思考にはならないが脳には驚愕が走る。だが、次の瞬間には違和感に気づく。


少年の体が空中に浮いたまま静止している。時間が止まったかのような光景に自分の感覚がおかしくなったのではないかと錯覚する。


「クッ、、、クソッ、、、」


少年が声を上げて動かない体をよじろうとする。そのことでようやく魔術によるものだと理解できた。


そして、カイルゼインが動き出す。拳を握りしめると腹部をめがけて打ち上げしたたかに内蔵へ衝撃を伝える。


「ガ、ハッ、、、」


拳を引くと同時に魔術が解かれたのだろう。そのまま地面に落下すると腹部を押さえて咳き込む。


そんな少年を見下ろしながら話かけるように言葉を継げる。


「お前、狩人になりたいんだってなぁ。狩人はいいな。己の身一つで魔境に出向き魔物と死力を尽くして戦い、打ち倒す。力だけが真実だ。命の真実がそこにある 」


「な、、なにを、、、言って、、やがる 」


いきなり語り出したカイルゼインに少年は疑問を投げかけようとするが体は回復し切れていない。それにかまわず続けていく。


「だがな、どんな狩人でも生きている以上、必ず人の世に帰ってくるものだ。人が人であるために、、、な。そうでなければ魔物と変わらない 」


「うる、、せえ! 」


起き上がり殴りかかろうとするがすぐに蹴りが放たれ地面を転がっていく。そんな少年に、続けて問いが投げかけられる。


「人が人として生きるにはいろいろなものが必要だ。お前の着ている服は誰が作ったものだ? お前が食べているものは誰が作ったものだ? お前が歩いた道は? 家は? 」


「それがどうしたっ!? 」


再び正面から殴りかかっていく。足下はふらついて勢いはない。そんな少年の顔面に向けて拳がめり込む。仰向けに倒れ、鼻からは赤いものが流れていく。


「この施設も人が作ったものだ。魔境の整備に騎士団は深く関わっている。狩猟ギルドが持つ拠点の建設は必ずどこかの騎士団が警備にあたって進められていく。それは狩人の仕事ではないな。騎士団は騎士団の、狩人は狩人の仕事がある。他の仕事も同様だ 」


話を聞きながらも少年は起き上がって攻撃態勢を整える。鼻から更に血が流れ地面に赤いみを作り出す。


「狩人は命がけで戦うものだ。だが、勝てそうにない魔物に遭遇したとき狩人なら逃げる。一流ほどそうする。狩人が狩られてはならない。そう言う仕事だ。だが、騎士は違う 」


「俺は逃げねぇよ! 」


狩人の生き方を侮辱された気になり激高して殴りかかる。それをひらりと躱すと足払いをかけて転ばせる。


「後ろに守るべきものが有るならば騎士は逃げてはならない。例え死ぬとしてもだ。逃げることは許されない。騎士が盾となることで社会は守られる。社会が営まれることにより税金が支払われる。その金で騎士団は運営される。騎士は騎士として生きることが出来る 」


「俺は一人でだって生きてやるよっ! 」


飛びかかって掴みかかろうとする。しかし、空中で静止させられる。同じ魔術により再度拘束されることとなる。


動けない少年に続けて言葉を投げかけていく。


「守ることが騎士の誇りだ。しかし、生業として糧を得る以上その事実は時として誇りより重い。実利を得る以上結果を出さねばならん。

 狩人はどうだろうな? 狩人もまた魔物を狩ることにより社会を守っている。狩人が魔境から得た利益は社会を潤す。騎士は狩人からも糧を得ていると言うことだな。

 同じように魔境で命をかける仕事をしている。お互いに支え合うことが互いの利益になる。どちらが優れているというわけでもない。それは他の仕事も同じだ 」


拘束されながらもカイルゼインの言葉をしっかりと聞いていた。頭では理解し始めている。しかし、心では納得できない部分がある。


自分の力だけを頼みに周囲の反対を押し切って一人で王都までやってきた。自分の力だけで切り抜ける喜びを知っている。自分の力だけで手に入れると決めたことがある。


それは誰もが少年時代に見るような他愛のない夢。豪邸、豪華な食事、いい酒、いい女、他者からの賞賛。そんな単純な夢。だからこそ理屈の前に引き下がれない。本能が叫んでいる。


突如として少年の体が拘束から抜け出る。拘束される前に自分の体の周りに空壁を作り出していた。それを解除することで空間を作り出しすり抜けることを可能とした。


これが最後と言わんばかりの渾身の身のこなしで棒立ちのカイルゼインに迫ると顔に向かって限界まで魔力を込めた拳を振り抜いていく。


―バシッ…


あたりに破裂音が響く。今度こそ当てたのか? 少年も青年達もそう思った。だが、英雄との間には絶望的なまでの差がある。拳は左手で容易く受け止められていた。


右の拳が少年の腹部に突き刺さり体がくの字に曲がる。


左手が拳を解放し右手が引かれると後ろに向かって仰向けに倒れる。


そんな少年になおも言葉を続ける。


「自分の力だけで生きているわけじゃない。人間とはそう言うものだ。英雄などと持てはやされているが俺だってそうだ。狩人や騎士だけが人間の生き方じゃない。もっと広く世界を見ろ。もっと多くの人を見ろ。小さい人間になるな。そうしなければいつか自分の殻に押し潰されることになる 」


薄れゆく意識の中でも何故かその言葉は良く聞こえていた。しかし、意味を考える間もなく意識は黒く染まっていく。

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