第104話 王家 x 騎士団長
(別視点)
王都には高い塀に囲まれた区画がある。内部には騎士達が居住する区画があり、その内側に更に塀で囲まれた国政に関わる領主貴族達が居を構える区画がある。
そして、その中心に深く広い堀と塀に囲まれた王城が存在している。
三重の塀に囲まれた白亜の城は一般人はもとより騎士団員でもその姿を容易に見ることはなかった。最近では高層のビルや高架軌道、高速道路からも見ることができるようになり庶民の間から親しみが出てきたとの評価もある。
許可を受けた新聞記者が内部で開かれる国会の様子を取材することも可能になり敷居が低くなってきていることも事実としてある。
そんな王城の中、一般人はおろか貴族でもおいそれと入ることが出来ない一室に、王都の政治に関わる王族達が集まってきている。
話題はもちろん現在王都に迫りつつある脅威に対してだ。王都の防衛に関しては王族がすべての責任を背負っている。
「まったく忌々しいな。ようやく来てくれたと思ったら大災害級とは、、、魔力水による利益がすべて復興費に消えていくかも知れないな、、、」
不機嫌そうにそう話すのはアレクシウス・オル・レイゼルト、この一件における最高責任者に当たる現国王である。50歳の頃より王位を受け継いで今年でちょうど執政70周年を迎えている。
「それは仕方のないことです。収穫が完全に終わった秋の終わりに来てくれたことを僥倖とすべきでしょう。例年と同じ時期に来られれば作物に大きな被害が出たと思います。この時期なら保管庫の管理を厳重にするだけで済みます 」
国王に意見をしたのは妹である元第三王女、ロザリンドである。結婚後も王都に居を構えて兄王の政務を支えている。
「魔力水と言えば最近新たな水源が見つかったのではなかったかしら? ここから西にある湿原だったと思うけど 」
ふわふわした口調で話すのは元第七王女のファルーネだ。アレクシウスとは年齢が40歳ぐらい離れていて幼い頃から面倒を見てもらっていたので気安さが態度に出てしまっている。
「まだまだ可能性の話だよ、ルーネ。学会を中心に調査は行っているが調査開始から一月も立っていないんだ 」
「そう言えば水源の発見に貢献した狩猟者がいましたね。確か異国の出自とか。前例にない速さで上級狩猟者に上り詰めた逸材で第五騎士団長のエルセリア殿と懇意にしているという話ですね。王家からも依頼をしてみれば調査の進みも速いのでは? 」
ロザリンドがそう言ったとき部屋の扉が開いて白髪を長く伸ばした背の高い老人が部屋に入ってくる。扉の開閉をしながらも彼女に向けて答える。
「それは止めておくんだな、ロザリー 」
「親父、 戻っていたのか 」
「ああ、今さっき、な、、、」
入ってきた人物は現国王の父親、先王カイルゼインだった。齢100の若さで王位を譲り、それ以来100年以上魔物狩りに明け暮れている王族としては変わり者の無頼漢だ。国民からは英雄としてあがめられている人物である。
「それでお父様、やめておけというのはどういうことでしょうか? 」
「狩人は縛られることを嫌う。権威を嫌う。王族や貴族から関わりを持とうとすれば風のように去って行く。そういうものだ 」
「報告に拠れば狩猟者としてはかなり変わった人物のようですが、、、しかし、確かに止めておくべきでしょうね。自由にさせた方が国益にはなるかも知れません 」
「ほう? 」
ロザリンドが他人を、特に狩猟者をそう評価するのは珍しい。カイルゼインはその狩人に少し興味が沸いたがアレクシウスから言葉をかけられたため頭の隅に追いやる。
「それで親父、決着は付いたのか? 」
「、、、いや、また逃げられた。どうにもあちらさんは戦いに興味がないらしい 」
「そうか、、、そんなときに悪いんだが今の王都の置かれている状況については聞いているか? 」
「ああ、聞いている。馬鹿みたいに巨大なヴェゼラトルが迫ってきている 」
「そうだ。頼めるか? 」
「、、、お前は知らないかも知れないが前にも一度似たようなものが発生したことがある。150年ほど前だったか、けっこうな被害が出たな 」
「記録でなら知っているが、、、!、戦ったのか!? 実際に? 」
「いや、止められたよ。戦いたかったんだがな、、、」
カイルゼインは目を閉じて深く息をつく。当時のことを思い出しているのだろうか。やがて目を開くと絞り出すように吐き出す。
「今ならそれなりにやり合えるだろうがな、、、」
言い終わるとにやりと笑う。それを見てアレクシウスに危惧すべき事が生まれる。
「親父、今回のことは国にとっては魔力水を確保する機会でもある。やり過ぎるなよ 」
負けることなど微塵も思っていないのだろう。その言葉には自分の父親に対する信頼が多分に含まれている。
それに対して父の方は窘めるような口調で息子に対して告げる。
「今回のヤツは150年前より強力だ。そんなに甘い相手じゃあないな 」
アレクシウスは父親の諫言に対してそれ以上何も言うことが出来なかった。
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作戦当日、俺は腰に“雷豪丸”だけを佩いて騎士団が部隊を展開している海岸線まで走っていく。
すでに王都全域が暴風圏に入っている。吹き荒れる強風により雨粒が横殴りに叩きつけられるがそれを空気魔術で体に当たらないように受け流していく。
風や雨も通常のものより魔力含有量が多い。対抗するには若干魔力を多めに使わなければならないが、まだまだ弱い感じがする。
しばらく走っていくと海岸に近づいていくにつれて風も雨も強さを増していく。そこに含まれる魔力も当然のように上昇していく。
まだ上がるのか… 思ったよりヤバい相手かもわからんね
対抗して込める魔力を上げつつ一定のペースで走り続ける。
やがて海岸線付近に到着すると周囲の警戒に当たっている衛兵団員に呼び止められる。
事前に聞いていたので魔術を解くと対応に任せる。
「すみませんが身分証の提示をお願いできますでしょうか? 」
雨風の大きな音が支配的な中、その言葉ははっきりと耳に届いてくる。どうやら音響魔術を使用しているようだ。
あらためて衛兵のたたずまいを見るとこの魔力暴風雨の中でもしっかりと立つことが出来ている。
どうやら衛兵団の中でも精鋭が来ているらしい。
まあ、当然か。この未曾有の危機の中、最前線付近にいるんだからな
「了解した 」
俺も真似して音響魔術で応えると首からさげて服の中に入れてあるギルド会員証を取り出して提示する。
「ありがとうございます。レイン様ですね。話は伺っております。お通りください。ここを真っ直ぐ行くと堤防に当たるのでそこを右に少し行くと上に上がる階段があります。その階段の前に作戦本部が設置されています 」
「ああ、ありがとう。助かる 」
道を聞くと再び空気魔術を使って風雨を凌ぐと走りだす。
案内の通りに進んでいくと入り口を騎士団員が守る建物が見えてくる。
身分証を提示して中に入ると案内を受けながら廊下を進んでいきある部屋に通される。
中に入る前から気づいていたがやたらと大きな魔力を複数感じていた。その中にセリアの魔力もいたがほとんど知らない魔力だった。
部屋の中に入ると一斉に視線が俺の方を向く。今更ビビったりしないが俺じゃなきゃ緊張でおかしくなっているぞ。一般人なら卒倒しているかも知れない。それぐらいの圧を感じる。
部屋の中は重苦しい雰囲気で俺が入ってきても誰も何もしゃべらない。
どうやら値踏みされているようだ
最初に口を開いたのは赤髪の男だった。年齢はセリアと同じぐらいか少し若いかも知れない。俺ともそれほど離れていないようにも見える。実際はどうだか知らないが。
「なかなかやるようだけどよ。わざわざ呼ぶほどのものか? セリアさんよ? 」
なんかチンピラみたいな兄ちゃんだな。ここにいるって事は騎士団長クラスだと思うんだがこんなので大丈夫なんだろうか?
「魔術の多彩さはかの有名な賢者に匹敵するかも知れないぞ? お前でも勝てるかどうかわからないんじゃないか? 」
「なんだと? こいつが俺に勝てるわけねぇだろ。騎士団長の椅子がそんなに軽いわけがねぇ 」
やはり騎士団長だったのか。それらしい振る舞いを身につけた方がいいと思うが礼節とかは採用基準に入っていないのだろうか?
魔物と戦うような荒事がメインの仕事だからそんなものと言えばそんなものかも知れないが、、、
「それを言うなら彼は狩猟ギルドから認められた八ツ星の上級狩猟者です。ギルドが与えた八ツ星も軽くはないはずです 」
「なに? 」
赤髪の隣にいる金髪を長く伸ばした女性が俺についての情報を口にする。一見俺に助け船を出したようにも思えるがどうなんだろうな?
ずっと表情を変えずにいるし何を考えているか良くわからない。立ち位置的には赤髪のやつの副官のようにも思えるが魔力の大きさは赤髪と同じぐらいだ。
ん? 待てよ、、、俺が八ツ星狩猟者だってよく知っているな。名前や住所まで知られているかも知れない。
個人情報…
情報通でクールな切れ者と言った人物かな? こう言う人物が一番厄介かも知れない。
注意しなければ、、、
しかし、八ツ星の肩書きは十分以上に効果があったようだ。赤髪の態度が一変する。
「へぇ、そう言うことは早く言えよな。それなら相手にとって不足はねぇよ 」
これから戦うのはお前じゃなくてアキアトルの方なんだがね、、、
「騎士団長の仕事をサボって勧誘しに言った甲斐があってよかったじゃねぇか 」
「サボっていたわけじゃないさ。しっかりと事前の手続きはしている。良かったというところは同意ではあるがな 」
「二人とも、もうそのぐらいでいいだろう。そろそろ自己紹介ぐらいはさせてもらえないかな 」
これまで黙って事の成り行きを見ていた男が口を開く。伸長が2メートルぐらいある大男だ。黙っていても存在感がある。魔力もその体に見合って大きい。この中で一番大きいな。
大男の言葉を受けてセリアが前に出ると口火を切った。
「そうだな。こちらから先に紹介しておこうか。彼の名はレイン。島国ジパングから流れ着いた凄腕の狩人だ。聞いての通り狩猟ギルドから八ツ星の位を受けている。今回は私からの要請で防災戦に参加することになった 」
セリアから目配せが飛んで来たので俺から自己紹介をする。
「たった今紹介に上がったレインだ。賢者ほどではないと思うがいろいろと魔術は使える。相手次第だが状況に応じて対応は出来るだろう。よろしく頼む 」
「自信があるようで何よりだ。ではシグル、今度はお前から紹介してくれ 」
「ああ、いいぜ。俺はシグル。王都第七騎士団長のシグルだ。人は“爆炎”のシグルと呼ぶぜ 」
爆炎か、、、可燃ガスを操る魔術を使うのか?
「俺の…」
「では次は私が 」
「おい、まだ途中… 」
「同じく第七騎士団副団長のルシオラと申します。団長への苦情は私が承りますのでよろしくお願いします 」
冗談かと思って表情を見るが表情に変化がない。口調も淡々としている。本気なのか? シグンは特に気にした様子はない。いつものことなんだろうか?
わからん
「では最後は俺だな 」
とうとう大男の番になってしまった。正面から向き合いたくなかったが自己紹介ともなれば正面から見ないわけにはいかないな。