第96話 呼び捨てって照れる
右手を高くあげて大きくブンブンと振る。
「おーい、おはよう!」
そう声をかけると二人も気づいたみたい。
「あ、オルカさんもう来てる。」
「「おはよう!」」
二人はニコニコと笑いながら手を上にあげて振っている。
少し早足でこちらにやって来る二人。
待ち合わせの時間までまだちょっと早いし、別にそんな慌てなくていいのにと思ってしまう。
側までやって来てメロディちゃんが
「おはよう、早いですねー。」
いつものように余り気遣いを感じさせない喋りで軽~く挨拶する。
「ん、何となく早く来ちゃった。」
なので私も笑いながら軽く返事を返しておく。
「何となく? ふうん、へー。」
リズさんが何やら意味ありげにニヤニヤ笑いをしている。
「な 何よ。 特に他意は無いんだからね。」
「あら、私は何も言ってないじゃない。それとも何かあるのかなぁ? 例えば……今日もドロシーと会えるから……とかだったり?」
ギクッ!
「べ 別に私はそんなんじゃ……」
図星をつかれてちょっと焦る私。
リズさんって鋭いな、それとも私分かり易すぎる?
そんな焦る私を見てニヤーっと笑うリズさん。
「そっか、オルカさんはドロシーに会いたくないんだ。」
「え、いや 私別にそんな事言ってないし……」
「じゃあ、やっぱり会いたいんだ?」
「それはそうなんだけど……ああーもう、何よっ!」
「ぷぷ、照れてる照れてる。」
「リズ~、オルカさん揶揄うのも大概にしなさいよー。」
メロディちゃん珍しくナイスフォロー! 助かった。
いつもならリズさんがフォローを入れるんだけど、今朝は逆だった。
メロディちゃんもやればデキる子だったんだね、ちょっとだけ見直したよ。
するとメロディちゃんが「おや?」って顔をしながら視線を動かした。
「あっ、ドロシー!」
「っ! どこどこ?」
つられて私も視線を動かすがドロシーは見当たらない。
あれ?
ドロシー居ないよ?
……。
…………。
「謀ったなぁー!」
メロディちゃんの方を振り向く。
オルカさん激おこプンプンだぞ。
「「あははは。」」
「ちょっとぉー、二人とも笑い過ぎ!」
リズさんはホワイトブロンドで碧眼、ほっそりとしたスレンダー美人。
ただし残念なのはお胸が貧……コホン、ちょっと慎ましやかな事ね。
その美貌、その凛とした佇まいから男女共に人気があるが、特に女性からの人気が高い。
黙っていればそれはもう誰が見ても美少女そのものなのだが、実際は世話焼き好きなお節介お姉さん。
一見冷たそうにも見えるその美貌からは想像も付かないほどお世話好き、かくゆう私もリズさんと知り合ってから色々と教えて貰ったりして良くして貰った。
一旦仲良くなって壁が取り払われると急に距離感が近くなってすぐ隣に居るイメージって言ったら分かりやすい?
リズさんてそんな感じ。
対してメロディちゃんはストロベリーブロンドにブルーグレーの瞳、背はそんなに高くなく均整の取れた美乳系たわわ美人。
見た目にも可愛いらしく笑顔がキュートな小悪魔系美少女。
うるうる瞳で上目遣いでお願いされたらお断りするのは至難の業。
性格は至って朗らか。
人を不愉快にさせるような事はなく、とってもフレンドリー、まぁ偶にフレンドリーファイヤーがあるけれど……。
パッと見の小悪魔感とは裏腹に実際は天然系残念美少女。
とにかく食べ物命!なメロディちゃん。
黙って笑っていれば美少女なのに口を開くと残念美少女と言う……。
そんな美少女二人が目の前でコロコロと笑っている。
これは眼福だわ。
朝からいい物見させて頂いたわー。
ここにドロシーが加わったらそれはそれは……。
ミルクティーのような優しい髪色、髪の毛よりも少し濃いめの色をしたクリクリとしたつぶらな瞳。
基本普段は丁寧に喋るドロシーだけど、昨日は素のドロシーのまま喋るのを見る事が出来た。
素のドロシーは本当に何処にでもいる少女のように屈託なく笑って喋り方も友達と話す口調そのものだった。
私的にはそっちの方が断然好みだったな。
「「おはよー!」」
「ああ、うん。おはよう。」
考え事しながら適当に返事をする。
さっきも「おはよう」言ったのに。
はぁ早くドロシー来ないかなぁ、ドロシーに会いたい、ドロシーの顔見たいなぁ。
「あ あの……」
「ちょっとオルカさん、ドロシー来てますよ?」
「またまたぁ、そんな何回も同じ手くらいませんよ?」
振り向いたらそこには待ち人であるドロシーが立っていた。
あひゃ。
ド ド ド ドロシー?
いつから其処に居たの? 全然気づかなかった。
「お おはよう、ドロシー。」
ヤバッ、思わず声が裏返っちゃった!
変に思われないかな?
「「ん?」」
「オ オ オル…オル……」
「オルゴール?」
「違うし。んもーっ、メロディさん茶化さないで下さい!」
「オ オル…カ おはよう。」
ドロシーが「オルカ」って言ってくれた、これは嬉しいっ!
はぁぁぁあ。
ジーーーーン!
感激でぷるぷるしちゃう。
「「んんーっ?」」
リズさんとメロディちゃんが首を左右に振るようにして私たち二人を交互に見る。
なに、どしたの?
何か気になる事でもあった?
「ね、リズ聞いた? 今オルカさんがドロシーの事「ドロシー」って呼び捨てにしてなかった?」
「うん、してた。 それもそうだけど、ドロシーもオルカさんの事「オルカ」って呼び捨てにしてたよ?」
「「んんんーっ?! 一体何があったのさ!」」
あ、いや。
二人してそんなに詰め寄らないで。
別に何も悪い事してないし。
メロディちゃんが私を、リズさんがドロシーの肩をガッシと掴んでガクガクと揺らす。
「ちょっ、揺らさないで。話すから。今ちゃんと話すからぁ。」
ドロシーと二人並んで立ち、リズさんたちの詰問を受ける。
むむむ、何も悪い事してないのにイタズラを咎められている子供気分だわ。
リズさんとメロディちゃんは腕を組み私とドロシーの前で仁王立ちしている。
「正に『阿』と」
「『吽』だ。」
私とドロシーがそれこそ阿吽の呼吸で言葉を繋ぐと、
「そう!それよ! なーんかこないだからさ、二人だけで分かり合ってるみたいな感じが気になっちゃってさ。」
「そうそう。私たち通じ合ってますー!みたいな感じ。」
「「別にそうゆう訳では……」」
「「だから、それっ!」」
そんな事言われても……。
同じ日本人同士だってのが分かったからお互いに親近感爆上がりしてるんだけど、それ言う訳にいかないし。
まぁ、強いて言うなら
「私もドロシーも同い年だってのが分かったから?」
「だよねー。同い年だからお互い変に畏まるのはヤメようって話になって……」
ドロシーがそう説明するも
「んんー、なんで疑問形? なーんとなく怪しい……」
未だメロディちゃんの理解は得られず。
リズさんもジト目で探るように見てるし。
なんか取り調べを受ける容疑者みたいな気分……。
「ふう」と小さくため息を吐いてリズさんが言う。
「まぁ、いいわ。」
良かった。
何とか追及をかわし切ったかな。
一時はどうなるかと思ったよ。
「取り合えず、私たちもオルカさんの事は「オルカ」って呼び捨てにする。だからオルカさんも私たちの事はドロシーと同じで呼び捨てで呼んで。ドロシーも私たちの事は呼び捨てで呼ぶ事!いいわね?」
「えっ?!」
「はいっ?!」
「自分より年上の人を呼び捨てって……」
「ねぇ…それはちょっと。」
前世を含めても自分より年上の人を呼び捨てってした事ないんだけど。
ドロシーも恐らくそれは同じなんじゃないかなー。
だって私たち日本人だもん、日本の社会ではそうゆうのは気にする人はすっごく気にするから。
夫婦とか恋人同士とかの余程仲が良くないと基本的に呼び捨てはしないし。
「貴女たちに拒否権はありません! これからはこの4人は呼び捨てで呼び合う事。」
「ですです。私たちは友達なんですから呼び捨てが当たり前なんですー! それとも何ですか?二人は私たちとは友達じゃないと?」
「「そんな事ないっ!!」」
「でしょ? じゃあ決まり!」
うーん、いいのかな?
呼び捨てだよ?
恩ある年上の人を呼び捨てってどうかと思うんだけどなー。
その辺りはドロシーも同じ気持ちなようで微妙な顔してるもの。
「ね、ホントに呼び捨てでいいの? 年下に呼び捨てにされるってイヤじゃない?」
「「ぜーんぜん!」」
「望むところよ!」
「私は嬉しいですよー。」
「そう……なのね。」
困ったね。
いや、別に困っちゃいないけどなーんとなく困るって言うか。
嬉しいけど困る、困るけど嬉しいみたいなちょっと複雑な気分。
けど、二人がそう言うなら
「分かった。二人がそう言うなら呼び捨てで呼ぶようにするね。ただ急には上手く言えないかも…」
「ん、了解。 オ オル……カさん。」
……リズさんや?
今「さん」付けだったよ。
しかも顔真っ赤だし。
照れるくらいなら最初から呼び捨てなんて言わなきゃいいのに。
ついニヨニヨと笑ってしまう私。
「リズぅ~、「さん」付けになってるよー。」
メロディちゃんが口に手を当てて「ぷぷぷ」って笑い声をあげている。
「メロディ~。」
リズさんがジト目でメロディちゃんを睨んでいるけど顔真っ赤のまま怒っても可愛らしいだけだよ。
みんなが微笑ましいものを見るように優しい眼差しをしている。
「んんーっ!!!」
腕をブンブン振って怒りを表してる(つもりの)リズさんだけど、めっちゃ可愛いし。
思わずいい子いい子したくなっちゃうよ。
「だったら、メロディが言ってみなさいよ! これがね、思った以上に恥ずかしいんだからね!」
「ふっふーん、リズちゃんったら負・け・惜・し・み。 いいよー、私がバシッと決めてあげちゃうから。 よーく見てなさい!」
そう言って腰に手をあて、自信満々にたわわなお胸を上にそらすメロディちゃん。
「いい?呼び捨てってこう言うんですよー。 オル オルカ……しゃん……。」
ぷっ……噛んだ。
「さん」付けしようとして更に噛んだよ。
「ぶふっ!!!」
リズさんが盛大に噴き出してるし。
そしてお腹抱えて「ひーひー」苦しそうに笑い転げてる。
ドロシーを見ると顔を真っ赤にして頬っぺた膨らませて口をギュッと閉じて笑いたいのを必死に我慢してる。
偉い、偉いよドロシー。
私だってつい笑っちゃったのに、メロディちゃんの尊厳を守る為ドロシーは必死に我慢してる。
「あああぁぁぁぁーっ! 嚙んじゃったぁぁぁぁぁぁ……。」
頭を抱えて絶叫するメロディちゃん。
そしてガックリと項垂れる。
「まぁまぁ、メロディそんな事もあるよ。」
「メロディさん、実は私も昨日かみまみた……」
……ドロシーまた噛んでる、しかもバージョン違いで。
「「「私たち永遠に友達よっ!」」」
3人は顔を見合わせガッシと固く手を握り合っている。
何だかよく分からない内に丸く収まったようだ。
何にせよ、良かった良かった。
「じゃあ、取り合えず、お互い自助努力って事でいいのかな?」
「まぁそうだねー。」
「慣れるしかないですもんね。」
「うん、頑張る。」
ふー。
綺麗に纏まりかけたその時ギルマスと目が合った。
「なんだぁ、お前たちまーた天下の往来でイチャイチャしてんのか?」
「「「「してないしっ!」」」」
「息ぴったりだな。それがイチャイチャしてるって事なんだがなぁ。 それはそうと昨日の東の草原の話だがな、姫さんが責任持ってリズたちの手綱を握ってくれるなら別に構わんぞ。あくまで自己責任っちゅう事は忘れないでくれよ。」
軽くひょいと手を上げながら「兎に角だ、朝っぱらからあんまり激しい事はすんなよ。」そう言ってギルマスは中へ戻っていった。