第94話 ギルマスって…
上機嫌で冒険者ギルドにやって来た私。
あ、別にお酒は飲んでないからね、一応念の為。
さっきはメッチャ人に見られまくって恥ずかしい思いをしたから今度は失敗しように気を付けようと心に誓う。
変なフラグ立ってないよね?大丈夫だよね?
ちょっと心配しつつもドアを開けてギルド内部へ入る。
夕方までまだ少し早くて中途半端な時間のせいかあまり人が居ないね。
あれ?
なんでギルマスが表に出てるの?
普段は奥の執務室に居て、何かトラブルがあった時だけ出て来る感じなのに今日は一体どうしたんだろう?
「あれ? 何でギルマスが? まさかまた蟲が出たとか?」
急に不安になって思わず聞いてしまった。
けれど返って来た答えは
「いや、何となくだ。」
……。
「…………。」
暇なんだ。
なら別に相手しなくてもいっか。
私は横に居るミランダさんに声を掛ける。
「ねぇ、ミランダさん。買い取りをお願いしたいんだけどいいかしら?」
「おい、姫さん。無視しないでくれないか……」
ちょっと悲しそうにガッカリしているギルマス。
ぶはっ。
大きな身体を小さく丸めて凹んでいる。
強面なだけにそのギャップがまた面白い。
ギルマスって時々小学生男子なのよね。
「ギルマス、ミランダさんの仕事の邪魔をしちゃダメですよ?」
「いや、それは違うぞ。俺はだな、場を和ませようとしてだな……」
相手にして貰えると分かったとたん元気になった。
ホントに子供みたいだなぁ。
「ギルマスの冗談は分かりづらいんですよー。」
笑いながら私がそう言う。
「んもう、ギルマス邪魔しないで。ほら、あっち行ってなさい。」
ニヤリと笑って人差し指をピンと伸ばして奥を指さすミランダさん。
すごっ!完全に遊んでる。
あの見た目893なギルマス相手にすごいな。
まぁ、見た目がアレでもデキる人だからギルマスにまでなってんだろうけどね。
それにしても、まるで犬に「ハウス!」とでも言うように指図するミランダさん、ある意味この人がここの最重要人物かも。
「ミランダ~。」
普段豪快なあのギルマスが情けない声で子犬みたいになってる。
「後で遊んであげるから。大人しくしてなさい。」
「ヘイヘイ。」
ギルマスを手玉に取ってる、ミランダさん恐るべし。
「所で、買い取って欲しい物ってなに? 貴女自身なら多少高くても私が買い取るわよ?」
買い取りって私ですかいっ!
そう来るか。
色気たっぷりで流し目を送って来るミランダさん。
この人もどこまで冗談なのやら。
まぁ、これが本気だったらそれはそれで怖いけど。
「あはは、今お金には困ってないので謹んでお断りさせて頂きますね。」
「あら、そう? 残念。 買い取り依頼ってどれくらい?貴女の事だからまた大量に狩って来たんでしょ?」
ミランダさんはそう言いながらカウンターから出て併設の解体場所へと歩き出す。
それを見て私も一緒に移動だ。
って、何でギルマスまで一緒に付いて来るの?
ホントに暇なのね。
「なー、ミランダ。今日はどんな珍しいモン出てくると思う?」
何そのワクワク顔。
子供ですかっ!
しかも当の本人の私に聞かないで何でミランダさんに聞くかな。
「ホントしょーのない人。」
ミランダさんが笑ってる。
それも「仕方ないなぁ」って感じの好意的な笑いだ。
……。
あっ、そゆこと。
ピーンと来た。
乙女の勘が囁いた。
元男だけど。
「へー、ほぉおぉぉぉぉ。」
私が二人を見てニヤニヤ笑いしていると
「な、なによ。」
「まぁ、その、なんだ。」
「何でもないですぅ~。」
ミランダさんがちょっと慌ててる。
今日は珍しいイイ物見れたわ。
まだお酒は飲めないけどイイ酒の肴だ。
ぷぷぷ。
二人とも初々しいなぁ、もう。
弄ってやりたくなる衝動をグッと堪えて私は口元を押さえて笑いを押し殺す。
ぐはーっ!
今すぐ誰かに喋りたいーっ!
「誰にも言うなよ!」
「誰にも内緒よ。」
ハモッてるし。
まー、仲が宜しい事で。
けど、分かった。誰にも言わないから。
邪魔なんかしたら馬に蹴られて死んじゃうからね。
そうこうしてる間に解体場所に到着した。
「オーイ、誰か居るか? また姫さんが大量に持って来たぞー。」
ねぇ、そんな厄介事みたいな言い方しないでくれる?
そこは普通に「買い取りの査定」を頼むでいいんじゃなくて?
「さっきの意趣返しって訳ね。」
してやられたって感じ。
笑うしかないな。
「ああ? ギルマスにミランダ? ん……それにこないだの持ち込みの嬢ちゃんか。」
あ、この人最初の買い取り依頼の時の人だ。
あの時はヘラジカみたいな魔物を出したんだっけ。
「で? 今日も買い取り依頼でいいんだな?」
「ええ、査定してあげて。今回も大量にあるらしいわよ。 オルカさん出して貰っても?」
「あ、はい。ちょっと多いですけど……あっちの広いとこで出しますね。」
到底解体台の上には全部乗りそうにないので少し場所を移動して広い場所へ行く。
うん、ここなら大丈夫そう。
「じゃ、出しますね。」
ぽいぽいぽい。
ぽぽぽいのぽい。
「まだあるのか。」
「ええ、まだまだ。」
ぽいぽいぽいぽい。
ぽぽぽぽぽのぽい。
「なぁ、まだ終わらんのか?」
解体の職員さんやギルマスの顔が引き攣っている。
けれど私は忖度はしない。
「これで最後です。」
そう言って今日くーちゃんたちが狩ってくれた獲物取り出した。
普通の獣に、魔獣。
どれも食用だったり色々な素材として重宝される物ばかりだ。
「おお、これは助かるな。今は蟲騒動で食用の肉の入荷が落ち込んでてな、塩漬け肉の備蓄はあるにはあるんだがあれはそもそも保存食だしな。」
「だな。やっぱ食うなら塩漬けじゃない獲れたての新鮮な肉がいいに決まってるよな。美味さが違う。おっ、ワイルドブルまであるぞ!」
職員さんの言葉を受けてギルマスが続ける。
そう言う事だったらくーちゃんとさくちゃんの趣味と実益を兼ねて定期的に卸せるわよ?
「そんな感じで良かったら定期的にお肉持って来ましょうか?」
「ホントか? それは助かる。是非頼むっ!」
商談成立かな?
よかよか。
くーちゃんたちに感謝ね。
くーちゃんの背中を優しくそっと撫でる。
ありがとね。
くーちゃんは耳をペタンと後ろに下げて尻尾をぶんぶんと振って全身で喜びを表している。
さくちゃんもいつものようにみよんみよんして嬉しそうだ。
そうだ、あれも買い取って貰わないと。
「あの……ついでと言ったらアレなんですけど、これも買い取りお願い出来ますか?」
そう言いながらグリーンバイパーを取り出す。
職員さんもギルマスも一瞬ギョッとした顔をしたけどすぐに立て直した。
「オイオイオイ、こりゃあグリーンバイパーじゃねーか。 久しぶりに見たぞ。こいつぁ捌き甲斐があるな、腕が鳴るぜ。」
「グリーンバイパーはお肉と皮をそれぞれ1/5程づつは自分用に、残りは買取りでお願いします。あと、グリーンバイパーのお肉だけ今欲しいんですが大丈夫ですか?」
無理言ってるのは分かっているんだけど、明日のお昼用に使いたいからお肉だけは今欲しいのよね。
ダメならダメで諦めるけど、出来る事なら今欲しいかな。
「グリーンバイパーの肉だけでいいのか? それだったらすぐに用意出来るぞ。 今から捌くからその辺に座って待っててくれ。」
そう言うと巧みなナイフ捌きであれよあれよと言う間にグリーンバイパーを解体していった。
そして見事に切り出されたピカピカのお肉。
1/5って言ったけどこれは想定外にすごい量なんですけど?
あれ? 私量間違えた?
「皮は明日の清算の時に一緒に渡すから待っててくれ。そうだな、明日の午後からならいつでも取りに来ていいぞ。」
「あ、ありがとうございます。」
お礼を言ってペコリと頭を下げる私。
「そうか、グリーンバイパーか、相変わらず珍しい物狩って来るな。次は一体何を狩って来るのやら。楽しみは尽きんな。」
感心したようにポツリと漏らしてニヤリと笑うギルマス。
別に意図して狩って来てる訳じゃないんだけどね。
くーちゃんたちが嬉々として魔物を狩って来てくれるその中に偶々珍しい魔物が混ざってただけ。
彼女たち曰く「狩られるのは弱いから。」なんだそうよ。
「所で、姫さんは今日は何処行ってたんだ?」
「今日はリズさんたちと一緒に南の草原に行ってました。」
「リズたちと? それだと森の中の探索や警戒は出来なかったんじゃねーのか?」
「ええ、だから森の中はこの子たちにお願いしました。私たちは草原で主に警戒と待機です。」
そう言いながらくーちゃんたちを撫で撫でする。
完全に正解とは言わないけれど嘘は言ってないからセーフ……よね?
くーちゃんの探知能力は規格外だからね、そのくーちゃんが蟲は居なかったって言ってたんだから。
「この子によると南の方には蟲は居なかったとの事です。なので明日は東の草原から森へと行ってみようかと思ってます。」
「ん? 北と東は全面特別警戒区域扱いの筈だぞ?」
あれ? そうだっけ?
やっば、すっかり忘れてた。
やらかした?
むむ、明日どうしよう。
一応ダメ元で聞いてみようかな。
あーでもダメだろうなー。
失敗したなー、明日リズさんたちに何て言おうかな。
あ、でも、リズさんたちには東の草原へ行くとは言ってないから南か西の草原に行けば誤魔化せる?
でもでも取り合えず、ギルマスに東の草原へ行っていいか聞いてみよう。
「あ…あの、明日東の草原に行きたいんですけどぉ……リズさんたちも一緒に行きたいんですけどダメ……ですよね?、やっぱ。」
そーっと顔色を窺いながら恐る恐る聞いてみると、
「ん? 姫さんも一緒なんだろ?だったら別に構わんが?」
「えっ? いいんですか?」
だって特別警戒扱いじゃ……
「特別警戒区域扱いだから高位の冒険者と一緒に行く分には構わんぞ。飽くまでも『扱い』だからな。但し本当に全て自己責任だ!冒険者ギルドとして公式には立ち入りを認めてない状態だから東と北に行った場合には貢献度の査定には反映されないぞ。怪我をしても最悪死んでもそれまでだ、それでも良ければだがな。」
なるほど、そうゆう事なら了解。
明日リズさんたちに聞いてみる。
「分かりました。それで結構です。明日みんなに聞いてみます。」
「ん、あんまり無理はするなよ。特にリズたちにはよーくよーく言い聞かせておいてくれ。姫さんは…まぁ、心配いらんな。リズたちの手綱をしっかり頼むぞ。」
は はぁ。
なんかあっさりOK出ちゃった。
それだけ信頼されてるのかな?
ちょっと嬉しいな。
信頼されてる分その信頼を裏切らないようにしないと。
「あとな、未確定情報なんだが……」
ギルマスが声を潜めて言う。
すっごいイヤな予感。
ううん、イヤな予感しかしない。
何か重要な話っぽいけど、出来る事なら聞きたくないなー。
これって絶対面倒事でしょ?
聞いたら聞いたでそれ何とかしないといけないじゃない?
知りませんって訳にはいかないヤツでしょ?
だからね、一応拒否出来るかどうか聞いてみる。
「どうしても聞かないといけませんか?」
「おっ、聞いてくれるか!助かる!」
「いえ、聞きたくないです。私の話聞いてました?」
私「聞く」なんてひと言も言ってませんよ。
「まぁ、そう言うな。聞くだけ聞いてくれ。実はな……商業ギルドの奴らがな……」
ヤバッ、何か言ってる。
「あーあーあー、あわわわわ。何にも聞こえなーい!」
「メイデンウッドの商業ギルドとメイワースの商業ギルドが結託して、冒険者ギルドの意向を無視して勝手に街道の制限を解除しようとしてるらしいって情報が入って来てな。」
やっぱり面倒事じゃない!
「それでな、最悪今日にも解除されそうな気配なんだ。遅くとも明日にはこちらの意向関係なく確実に解除されるだろう……」
はいっ?!
「そんな事勝手にしていいんですか?」
「いいも何もこっちがダメだって言っても勝手にやっちまうからなぁ……一応メイデンウッドとメイワースのご領主様方は反対の意思を示してるんだが、困った事にな……」
「商業ギルドとしては、営業出来なかった期間の遺失利益を補填しろとそう言ってるのよ。」
ミランダさんが「ちっ」と舌打ちしながら説明してくれる。
うわぁぁぁ、最悪。
何よそれ。
どんだけ自己中なの?
「だったら、その営業出来なかった期間中に本来得るであろう粗利額と、誰もが納得出来るその根拠を示して貰わないと払えないって言えばいいのでは?」
「正論を言えばそうなんだが……まぁ、世の中色々とな……」
苦虫を嚙み潰したよう顔で話すギルマス。
「まぁ、そうゆう訳だから明日は今まで以上に気を付けてくれ。蟲もそうだが、行き来する商人たちが居るかもしれんからな。」
「じゃあ、もし商人たちが蟲とかに襲われてたら助ければいいんですか?」
「ああ、頼む。あまり気乗りはせんだろうが助けてやってくれ。そんで助けてやって救出依頼料として精々吹っ掛けてやればいい。」
そう言ってニヤリと黒い笑顔を見せるギルマス。
別に吹っ掛けたりしないけど、けど何か気の休まらない日が続きそうだなとちょっと思った。