第93話 私たち友達でしょ
ドロシーさんを孤児院まで送り届けるまでの帰路。
私はドロシーさんに目を奪われた。
やっぱりこの子は可愛いな。
どことなくルカに似てるのよね。
ドロシーさんに触れたくなってつい手を伸ばしそうになってしまう。
ダメダメ。
そんな事したら嫌われちゃう。
ブンブンと首を横に振る。
「くすっ。何してるんですか? 変なオルカさん♪」
ほら、見られてた。
めっちゃ恥ずかしい。
「今日はオルカさんと沢山お話出来たし、オルカさんの事色々と知る事が出来て嬉しかったです。」
っ!!!
顔を赤らめながらにっこり笑ってそう言うドロシーさんが可愛いすぎる。
ヤバイヤバイヤバイ、マヂでお持ち帰りしたい。
なんて言うかもう全てが反則だよ。
平常心を保つのも大変、もう既にギリギリのアップアップだ。
どこまで我慢出来るかな、ちょっと自信ない。
すーはー、すーはー。
心を落ち着けて……ってさっきからこればっかやってるような気がする。
ここで何か変な事してドロシーさんに嫌われたら洒落にならない。
それだけは避けねばなるまい。
そして今後の進展の為にもここは1つ!
「あ あのね……提案があるんだけど……」
「はい?」
コテンと可愛らしく首を傾げるドロシーさん。
あ、あざと可愛い。
誘ってるとしか思えん!
これが態とじゃないとしたら天然物の小悪魔だ。
ドロシーさんの無自覚の誘惑に抗いながらどうにか言葉を発する。
「ええっとね、せっかく知り合ったんだし、同じ日本人だし……同い年だし。だからね、これからは「さん」付けの他人行儀な呼び方はヤメて、お互いに呼び捨てで名前を呼ぶようにしない?」
やった、ちゃんと言えた。
私エライ!
「えっ?! けど元世界の年齢だとオルカさんの方が年上だし失礼じゃないかなぁって……」
「元世界だったらそうだろうけど、今はこの異世界に居てしかも同い年なんだしそれは気にしないでいいよ。 あとね、その丁寧な喋り方も禁止ね。友達同士で話すように普通に気楽に話してくれたらいいからね。」
「でも……」
「いいからいいから。 さっ、言ってみて。」
「えーっ、でも恥ずかしい……ですし……」
「ほらぁ、また丁寧な言葉遣いになってるよ。 気楽に気楽に!」
仕方ない、ここは言い出しっぺの私が先ず見本を見せないとダメね。
私のお姉さん力を見てなさい。
「ド……」
「ド?」
ヤバッ!
いざ言おうと思ったら急に緊張して来た。
「ド…ドドド……ドロシー………………さん?」
ああぁぁぁぁ、私超ヘタレだったぁぁぁぁ。
バカバカバカ、自分から言っておいて何なのよこれは。
絶対笑われちゃう。
ううう、大失態だぁ。
「くすっ。 何で最後疑問形なんですか?」
ほら、笑われた。
「わ、私も初めてで緊張で上手く言えないんだってば……わ 私も言ったんだからドロシーさんも言わないとダメよ。」
「え……私も言うんですか?」
「当然。」
ふふん、ほらほら言ってみなさいよ。
私がしーっかりと聞いててあげるから。
コクリと頷いて続きをうながす。
「オ……」
「オ?」
「お日柄も良く…………。」
「ぷ。 結婚式じゃないんだから。」
「だぁってぇ~」
「オ オルカ…………しゃん。」
「さん」付けのままで、しかも噛んだ。
噛んだのがよっぽど恥ずかしかったのか真っ赤になってプイと横を向くドロシーさん。
「ほんと可愛いんだから。」
思わず呟いたのをしっかり聞かれていたようで、
「か 可愛い……可愛いって言われた……」
茹でだこみたいに耳から首まで真っ赤っかになってアワアワしてる。
「オ……オルカ?」
聞こえるか聞こえないかの小声で呟くドロシーさん。
あまりに小さくて良く聞こえなかったよ。
なのでちょっとイジワルしたくなっちゃった。
「んー? 良く聞こえなかった。もう1回!」
「もう言わない! オルカさんのイジワル!」
「ゴメンゴメン、もうイジワルしないから「さん」付けなしで言って。」
拗ねられた。
でも本気で怒ってる訳ではなさそうだからいっか。
一歩前進だ。
次は私の番。
ところがだ、口を開くも緊張しちゃって上手く言えない。
むむ、何たる事だ。
これじゃあ人の事言えない。
はくはく。
「ド……ドロシー…………はうっ!」
ドロシーさんの名前を呼び捨てで言っただけで胸がキューンてなって苦しくなって胸を押さえる。
声に出して名前を呼んだだけなのに、それだけなのに急に身近に感じてドギマギする。
やっばいよ、これ胸が超ドキドキするー!
ドロシーさんは顔を真っ赤にして俯いてモジモジして時々チラっと上目遣いでこちらを見てくる。
その様子がまた可愛らしくてズッキュンと来る。
はわわわわ。
何このチョコレートみたいな甘い空間。
心が蕩けちゃう。
見つめ合ってモジモジして俯いて、顔を上げてまた見つめ合って。
初めての彼氏彼女で付き合い始めたばっかりの高校生かっての。
私たち初心すぎでしょー。
道行く人が私たちを見て「ニヤニヤ」笑いしたり、成り行きをジッと見てる人とか。
っ!
衆人環視の中でこれは恥ずかしい!
穴があったら入りたいって正にこの事だ。
どどど どうしよー。
って、言ってもどうしようもないからここは逃げの一手だ。
私はむんずとドロシーの手を握ってドロシーにだけ聞こえるように囁く。
「逃げるよっ!」
グイとドロシーの手を引っ張って走り出す。
逃げろーっ!
何処に向かって走ってるか?
知らない。
そんなの関係ない、兎に角この場に留まりたくなかっただけだもん。
風を切って走る。
「あ……手…繋いでる。」
ドロシーさんが何か言ったけど何か言ったけど走るのに一生懸命で良く聞こえなかった。
タッタッタッ。
「ねぇ、ねぇってば、引っ張らないで……」
二人の走る足音が響く。
はぁはぁはぁ。
ハァー。
「ちょっと…聞いてるの?」
どれくらい走った?
ここはどこら辺?
手を繋いで走り去る二人の少女。
通りを歩く人がこっちを見て「???」な顔してる。
それを見てたら何か可笑しくなって来ちゃって、
「アハハハ。」
笑いがこみ上げくる。
笑いながら後ろを振り向いてドロシーを見る。
するとつられてドロシーも一緒に笑う。
「「ぷっ。 あははははははっ!」」
私たちは立ち止まって、膝に手を置き肩で息をする。
勢いよく走って来たから息が上がってる。
はー、はー。
「もー、何で急に走るの。ビックリするでしょー!」
ちょっと口を尖らせて抗議するドロシーだけど顔は楽しそうに笑ってる。
怒ってる訳ではなさそうね、良かった。
「ゴメンゴメン。何となくよ何となく。」
「何となくで走らないでよぉ。引っ張られるこっちの身にもなってよ、もー。」
いきなり手を引っ張られて走らさられて気が動転してるのか、いつもの丁寧な言葉遣いじゃなくて普段話してるであろう砕けた言葉遣いで喋っている。
こっちの方が素の喋り方なのかな?
丁寧な喋り方も悪くはないけど、友達同士の会話っぽくて私はこっちの方が断然いい。
より親近感を感じるのは今の言葉遣いの方だもん。
本人はまだ気付いてないみたいだから黙っていよう。
気付いたら絶対に元に戻すに決まってるもの。
「ね、孤児院までの道分かる? 私はまだ不慣れだから良く分からなくて。」
「うん、分かるよ。」
「良かった。じゃ、道案内お願いね。」
二人並んで歩く。
今ので二人の距離がちょっと縮まった感があるね。
実際の物理的な意味での距離も少し縮まっているし。
手を伸ばさなくても、ちょっと手を横にずらすだけで触れられそうなくらい近くに居る。
うん、進歩だ。
今はこれで十分。
明日も一緒だし焦っても碌な事はないからね。
同年代の元日本人なんて貴重だし関係を深めて仲良くなりたいもの。
その後取り留めもない会話を楽しみつつ帰路につく。
「あ、見えて来た。孤児院に着いたよー。」
あ、ほんとだ。
この道ってここに繋がってたんだ。
へー。
なーるほどね。
教会に着くと私たちは教会正面からは入らずに中庭の方から孤児院へと向かう。
中庭に入り畑の側を通り校庭みたいな土の広場を抜け孤児院に入る。
「厨房はこっちだよ。」
ドロシーに案内されて厨房の中に入る。
夕飯の準備をするにはまだ少し時間が早いのか厨房の中には誰も居ない。
大勢の子供たちの食事を作らないといけないからか流石に広いねー。
竈もいくつも並んでるし洗い物をするシンクのような水場も広々としてる。
それと食料を置いておく保存庫もある。
そこには根菜類などが大量に置かれている。
冷蔵庫がない(あっても高くて買えない)から基本的にお肉などの生ものは買い置きしない。
その日消費する分だけを都度購入する。
保存性に優れた塩漬けされたお肉や魚は多少はストックしているみたいだね。
そうそう、お昼に言ってた「コンソメ」を出さなきゃ。
「よっこらせ。」
コンソメスープの入った寸胴を取り出す。
「もー、若い子はよっこらせって言わないんだよー。」
ドロシーに笑われた。
そう言えば元世界でも「どっこいしょ」とか「よっこらせ」って言うといっつもルカに笑われてたっけ。
でも決してバカにしたり嫌ったりとかせずに、あくまでも自然体で受け入れてくれてたなぁ。
ドロシーも笑ってはいるけど嫌悪感とかは全く感じさせずにニコニコと笑っている。
良かった。
ドロシーはほんといい子だ。
「でもこんなに沢山のスープ貰って良かったの? 材料費だって全然払ってないよ?」
「いいよ。だって私たち友達でしょ?だったら遠慮は無用だよ!」
気にするなって言ってもドロシーは気にしちゃうだろうけど、私のお節介はまだまだこんなモンじゃないよ!
これくらいでイチイチ驚いてたら持たないよ?
「寸胴一杯って沢山あるように見えるけどさ、孤児院の子たち全員で食べたら今日の夜と明日の朝で無くなっちゃうよ?」
「それはそうだけど……」
まだ遠慮してる。
まぁね、いくら同じ元日本人同士って言っても実際に知り合ってまだ2日目だからね。
流石に遠慮なしって訳にはいかないか。
けれど私は遠慮はしないよ!
「はい、お肉!」
ドンドンドン!
ドロシーが「えっ?ちょっと?」って慌てて間に有無を言わさず盛り付け台の上にお肉を乗せていく。
そうだねー、育ち盛りの子供たちが60人ばかりだから沢山食べるよね?
食べたい盛りの子供たちがお腹いっぱいになって、それが2食分くらいあればいいかなー。
「取り合えず今日くーちゃんたちが狩ってくれた牛さんのお肉1頭分全部置いておくね。あ、一応部位ごとに切り分けてあるから安心して。」
「えええぇぇぇぇぇえぇぇぇぇっ!!!!」
うおっ、吃驚した。大きな声出し過ぎだって。
この子吃驚すると大声出す癖があるんだね。
「こここここ……」
「コ? コケコッコー?」
「違います!誰がニワトリですか! じゃなくって、いくら何でもこれは貰い過ぎだって。」
「あー、そんな遠慮はいいから。」
私は手をひらひらさせながら笑い飛ばす。
「私とドロシーの仲じゃない。」
「有難いけど……ホントに……いいの?」
「いいも何も、私はドロシーに貰って欲しいの。」
暫し考えたあと
「……分かった。有難く貰っておくね。」
そう言ってペコリと頭を下げるドロシー。
律儀な子だね。
そうゆうトコ嫌いじゃないよ。
「寸胴が空いたら回収に来るから。じゃ、また明日の朝ギルドで!」
「はい、また明日ギルドで会おっ!」
厨房から出て入って来た時と逆に土の広場を抜け畑の横を通り中庭の出口へと向かう。
テケテケテケ。
って、あれ? ドロシーが付いて来る。
「どうしたの?」
「ん? お見送りだけど?」
「別にいいのに~。」
態々見送りなんていいのに。
「私たち友達なんでしょ? だったら普通見送りくらいするよね?」
ニカッと屈託なく笑うドロシー。
なるほど、さっきのコンソメのお返しって訳ね。
でも…ちょっと嬉しいかも。
ドロシーの笑った顔が見られたからいいか。
「態々見送りありがとね。 じゃ、また明日ギルドで!」
「ん、また明日の朝!」
「「バイバーイ!」」
お互いに笑顔で手を振り合って別れた。
明日の約束をして別れるって言うのは、明日に楽しみが待っている事確定だからね、こうゆうのって何かいいね。
ウキウキして心が弾む。
足取りも軽く、ついついスキップを踏むかのように速足で歩いてしまう。
(ご機嫌さまでございますね。)
くーちゃんから念話だ。
(分かる? んふー、今めっちゃ気分いいの。 ドロシーと仲良くなれたし明日も一緒に出掛ける約束も取り付けたしねー♪ これで機嫌良くならない訳がないよ。)
(ご主人様可愛いのです。 楽しそうにしてるご主人様を見ると私も嬉しくなるのです。)
(もー、さくちゃんったらぁ。 さくちゃんもすっごく可愛いぞーっ!)
さくちゃんをギュって抱き上げて頬をスリスリする。
ぷゆんぷゆんぽわぽわ。
あー、さくちゃんの肌触りサイコー。
さくちゃんスライムにしとくの勿体ないわ。
人型の抱き枕とかに変身出来たらいいのに。
ん?
何やら視線を……感じる。
はっ!
周りの人に見られてるじゃないの!
アイヤー。
これは恥ずかしい。
くすくす笑いや生温かい笑顔でめっちゃ見られてる。
ひーっ! これは堪らん。
すすす すぐにここを離れなきゃ。
私は脱兎のごとく足早にその場を後にした。
「ふー、さっきは酷い目にあったよ。」
((………………。))
さくちゃんとくーちゃんが無言で私をジーっと見てる。
二人とも無言の念話って器用だね。
さ、ギルドに寄って買取り依頼して来ようっと。