第90話 門外不出っ?!
寸胴に入ったコンソメの方も大分いい頃合いになってきてる。
浮き上がってるお肉の塊の真ん中に空いた穴から見える様子は、澄んだ琥珀色の液体だ。
味見がてら少しだけ飲んでみる事にしよう。
コンソメが濁らないように細心の注意を払いながらお玉でそっと救う。
木のコップを用意してコンソメを入れて塩少々、手動式のペッパーミルで黒胡椒をゴリゴリと削って入れ、そっと皆の前へ差し出す。
「はい、ちょっと味見ね。 熱いから火傷しないように気を付けてね。」
ふぅーふぅ。
ずずず。
皆が一口飲んで暫く間があって……
「っ!! なっ!!」
「んっっっっっまっ!!!」
カッと目を見開いたままリズさんとメロディちゃんが固まった。
それからほわりと蕩けたような眼差しで「ほう」と一つため息をつく。
「「美味しい……」」
「すごく美味しいです。」
良かった、お気に召したようね。
こっちの世界では恐らくコンソメスープなんて無いだろうからリズさんたちの反応はある程度予想出来たんだよね。
きっと好評だろうと。
ドロシーさんはきっともっと淡泊な反応だろうと予想してたけど、その通りわりとあっさりとした反応だったね。
勿論これも織り込み済みだから問題なし。
「味見してどう?」
「うん、すっごく美味しい!」
「なんか、具は入って無いのにお野菜とか肉とか色々な味がして、複雑で濃厚な味わいなのに後口はスッキリ。濁りのない澄んだ味わいって言うの?なんかそんな感じ。」
リズさんがいつになく饒舌だ。
それ程までに美味しかったみたい。
「お野菜やお肉の美味しさをギュギュっと凝縮したのがこのコンソメスープなの。」
私の説明にリズさんとメロディちゃんは納得したのか残りのコンソメスープグイっと飲み干して、
「「もう1杯っ!」」
青汁の人じゃないんだから、そんな力いっぱい叫ばなくても。
「コンソメスープばっかり飲んでたらそれだけでお腹膨れちゃうよ? これから美味しいごはんが待ってるからもうちょっとだけ我慢して。このコンソメ使ってもっともっと美味しいスープ作るからさ! それと、今日作ったコンソメはリズさんたちとドロシーさんで半分こして持って行って。」
「もっと美味しい物っ?! ホントですか? マジマジマジ?」
メロディちゃん美味しい物に食いつきすぎだよ。
「半分も貰っちゃっていいの? それだとオルカさんの分が無くなっちゃうけど?」
「私はいいよ。実際に作ったのはリズさんやメロディちゃん、ドロシーさんなんだから3人は貰う権利あると思うよ。 リズさんたちって確か魔法鞄持ってたよね?それに入れて持って帰って。ドロシーさんの分は私が帰りに孤児院に寄って置いて行くから。」
「うーん、どうしよう。私の魔法鞄ってそこまでの容量残ってないんだよね。 あっ。でも、私の方の中身を一旦メロディの方へ移して容量空けてやれば大きい寸胴は無理でも大鍋くらいの寸胴なら入るか。うん、そうしよう! それにあんまり沢山貰っても食べきれないしね。メロディ、それでいいよね?」
「持っち論! 美味しい物が食べれるなら何だっていいよー!」
あはは、メロディちゃん美味しい物の前だと軽いねー。
迷いがないと言うか思い切りがいいと言うか。
「あの、オルカさん……」
そっと遠慮がちに右手を上げながらドロシーさんがおずおずと話し出す。
「私 顆粒コンソメも貰ってるし、その上寸胴1つ分もコンソメスープ貰ったら貰い過ぎじゃないかなぁって……」
「そんな事ないよ。 顆粒コンソメにしたってコンソメスープにしたってドロシーさんが作ったんだから持って帰っていいんだよ?って言うか持って帰る権利があるの!だから遠慮しないで持って行って、ね。 それに孤児院の子たちみんなに食べさせたら寸胴1つなんてすぐ無くなっちゃうから。」
「いいのかな?」
まだ遠慮がちなドロシーさん。
だから私は
「いいからいいから! 私がそうしたいんだから遠慮しなくていいし、気にもしなくていいから持って行って、ね。 お願い。」
そう言ってドロシーさんの手を握って笑いかける。
「う、うん。 ありがとう。」
頬を赤くしながら潤んだ目で私を見つめるドロシーさん。
ううううぅ、可愛いっ!
ヤバイヤバイヤバイ、お持ち帰りしたい!
「あっ、ドロシーも堕ちた。」
「うん、堕ちちゃいましたねぇ。」
「オルカさんやっぱたらしだっ!」
「うん、たらしだ。間違いない。魔性の女オルカ!」
「ちょっと待って! 魔性の女ってなんか酷くないっ?!」
なんか酷い言われようだなぁ。
「私はさ、可愛い子や綺麗な子、庇護欲をそそられる子にツンデレさん、悩ましいお姉さんや色っぽい人妻さんとかが大好きでキャッキャウフフとか百合百合したいだけだよ。ただ其れだけなのに~。」
「ちょっとオルカさん、欲望が漏れに漏れてるよ。」
「もう隠してすらもないじゃないですか!」
「えへっ。」
ちょこんと小首を傾げてテヘペロする私。
「『えへっ』じゃないし、そこまで言い切ったんだから言い加減諦めて私たちのお嫁ちゃんになりなさいよっ!絶対に幸せにするからっ!」
はい、頂きましたー。
リズさんの言うようにそれも悪くないなぁとは思ってるんだよ。
だけどイマイチ踏ん切りがつかなくてねぇ。
あ、リズさんたちが嫌いって訳じゃないよ。
むしろ好きだし。
けど、ただただ私がヘタレで思い切れないでいるだけ。
それにドロシーさんも現れたし。
ドロシーさんは恐らく、十中八九前世持ち、それも日本人で間違いないはず。
だからまずはそれを確認して、出来たら一緒に住むのも悪くないかなぁって。
リズさんたちも入れて4人で住むってのも有りだね。
「お嫁ちゃんってのは一旦置いといて、でもありがと。やっぱり2人はいい人だよね。」
素直にそう思うし、心に思うまますっと言葉に出た。
私がそう言うと二人はニパッと笑って言った。
「今頃分かったの?」
「遅いですよー。」
ふふ。
思わず私も笑う。
そしてみんなで笑い合う。
「「「あはははは。」」」
「ん、コンソメもそろそろいい具合だね。よし。」
火を止めて、寸胴は一旦ストレージに仕舞って、取り出すときに具材を取り除いたコンソメスープだけを綺麗に洗ってある寸胴に入れる。
「さぁ、お昼ごはん作るよ。」
ジャガイモと人参の皮を剥いて、一口大の大きさに乱切りする。
玉ねぎも同じように食べやすい大きさに乱切り。
ジャガイモと人参は下茹でしておいて、同時進行でごはんを炊くよ。
ごはんはメスティンで炊くんだけど、メロディちゃんとリズさんは健啖家だし沢山食べるよね。
4人で5合くらい?
それぐらいいけるよね。
元世界の女の子なら絶対に食べられない量だけどこっちの世界の女性ってみな健啖家だし、このくらい平気で食べるよね。
メスティンを火にかけて、下茹でしたジャガイモと人参、玉ねぎ、キノコなどをお鍋に入れてコンソメを注ぐ。
くつくつして来たら大ぶりなソーセージを投入。
ポトフの味付けは基本的に塩と胡椒のみなんだけど、保存性を重視した塩辛いソーセージを入れるので塩は入れなくても良さそう。
なのでコンソメの味と野菜やキノコ、ソーセージのお肉の味と塩味、後は胡椒で味を調えるだけ。
実に簡単シンプル、でも美味しい。
「よし、もうすぐ出来るよー!」
炊き上がったホカホカごはんを大ぶりなボールによそう。
リズさんは大盛りでメロディちゃんは特盛り、私とドロシーさんは並み。
そこへぷるんぷるんのオーク肉の塩チャーシューを乗せる。
あまりの柔らかさに自身の自重で崩れちゃうほどだ。
そのぷるんぷるんのオーク肉の塩チャーシューを分厚く大胆にカット。
そしてそれを惜しげも無くこれでもかってくらいごはんの上に隙間なく大胆に乗せる。
味付けのベースは塩味、あとはお好みで白髪葱、山葵、ラー油、今回作ったマヨネーズ。
トロトロのチャーシューにマヨネーズ掛け丼、これもう最強じゃない?
絶対に美味しいやつ。
山葵マヨでもいいし、マヨラー油でもいいし。
味変のバリエーションも増えて言う事なし。
ヤバッ、想像しただけで唾が出て来るよ。
「「「ゴクリ。」」」
みんなの生唾を飲み込む音が聞こえた。
鬼気迫る表情で見つめてくる3人。
早く出せって圧が……。
ちょ、ちょっと待って。すぐ用意するから。
トロトロチャーシュー丼に、ポトフをよそって、
「はい、どうぞ。 召し上がれ。」
私はゆっくりとお箸を取り、手を合わせて
「いただきます。」
そう言うとドロシーさんと目が合った。
ドロシーさんは最初ちょっと驚いた様子だったけどその後同じように手を合わせて小声で「いただきます。」と言う。
そして二人で笑い合った。
うん、やっぱそうだよね。
これが日本人の心だよねー。
柔らかすぎてすぐ崩れそうになるチャーシューをお箸でそっと持ち上げる。
そして口に運ぶ。
口の中でハラリと解けて溶ける極上のお肉。
脂の甘さとマヨネーズのコラボレーション。
もう何も言う事はないよ。
ドロシーさんも器用にお箸を使いながら食べている。
流石推定元同郷。
「ん~ 美味しい~っ!」
目を閉じてうっとり顔で味わっている。
綺麗な所作で食べているけど箸の進みが早い。
良かった、気に入って貰えたようだ。
ドロシーさんは山葵、ラー油、マヨネーズと順番に味変しながら食事を楽しんでいる。
「「美味しいーっ!」」
「やっぱり、オルカさんのごはんは最高ー!」
「ねぇ、リズ。これってアレじゃない?」
「ん、どれ?」
「ほら、これ。このソース。」
メロディちゃんが指さしたのは私が作ったマヨネーズ。
でも、それが何か?
何か変なとこでもあった?
私が疑問に思っているとリズさんが驚いたように叫んだ。
「これって、まさか……あの門外不出と言われる秘伝のソース?」
何それ。
門外不出?
え、えっ?
「これ、私の手作りのマヨネーズだけど?」
「えっ? メイヨーソースだよね? 手作り? はぁ?」
確かに元世界では「マヨネーズ」の事を英語で「メイヨー」と略される事はあるから間違いじゃないけど……。
ん? なんで「マヨネーズ」じゃなくて「メイヨー」なんだろ?
「間違いないよ。これ絶対に「メイヨーソース」だって! 私食べた事あるもん、1回だけだけど。」
「うん、メイワースの領都のお店で食べたのと同じ味がする。」
「ええっと、説明してくれる? その「メイヨーソース」ってなに? それに領都のお店ってのも。」
「「ええっ?! 知らない?!」」
「え ええ。」
二人は何でそんな事も知らないの?って顔してるけど、私この世界に来たばっかりだし知らない事だらけなんだもん。
そんな事は言えないんだけど、知らない物は知らないし。
ね、どゆこと?
「このソースはね、王都に本店がある料理店の秘伝のソースなの。各領地に1店舗だけ支店があって、王都を含めたそのお店でだけしか食べられない。超人気店で中々予約が取れないの。」
「でね、このソースは『渡り人』が教えたって言われてるんだよ。」
「『渡り人』?」
「『渡り人』って言うのは、極稀にこことは全然違う別の世界からやって来る人で『稀人』とも言うの。」
知ってる。
私のステータスにもそれと似たような『界渡り人』って表記があるもん。
「『渡り人』が教えたソース……」
つまり、私のように異世界人、元居た世界を同じくする人がこの世界に居る?
マジで?
「その人って今も生きてるの?」
「ううん、その人はもう亡くなってるって言われてる。」
リズさんは首を横に振る。
そっか、残念。
もし生きてたなら会ってみたい気もしたんだけどな。
その『渡り人』はある日突然この世界にやって来た。
けれど言葉も通じないしお金もない。
着の身着のままこっちの世界に放り込まれた。
そんな状況でも何としてでも生きて行かなければならない。
そんな絶望的なギリギリの生きるか死ぬかの時に助けてくれたのが件の料理屋だった。
言葉が通じなくとも身振り手振りで一生懸命世話をしてくれたお店の主人に恩義を感じたその『渡り人』は、それならとあるソースを教える。
それがさっきから話題に上っている「メイヨーソース」って訳ね。
その『渡り人』はお店の主人に他にも料理のレシピを伝えたと言われている。
代表的な料理が「カリャーゲ」と呼ばれるお肉を油で揚げる料理だと言う。
その料理も大人気でそのお店でしか食べられない。
この世界では大量に油を使うってのはとても贅沢な事。
「カリャーゲ?」
「私はあんまり好きじゃないなー。」
「私もー。お肉がパサパサしてて硬いんですよー。私はオルカさんの作るオーク肉の塩チャーシューみたいに脂が甘くて柔らかい方が好き!」
「あ、ありがと。」
カリャーゲ……カリャ アゲ……カラアゲ……
唐揚げっ?!
そそそ それって教えたの絶対日本人よね?
マヨネーズ、唐揚げと来たらやっぱトンカツもあったりして?
ハンバーグは? カレーは?
その人が生きてたらきっと食文化革命が起こってただろうに。
異世界で知識チートで無双出来たかもしれないのに、勿体ない。
「で、結局その人はなんで亡くなったの?」
「あー……なんかね、冒険者ギルドに登録して冒険者になったはいいけど、なんせ言葉が通じないからこちらの忠告も聞かず森に行っら魔物に襲われて……」
「亡くなった と。」
「「「「はぁぁぁぁ。」」」」
何なのよ、それ。
馬鹿じゃないの?
何でそんな無鉄砲なの?
命大事に!
無理はしても無茶はしない!
まだ行けるはもう無理の合図!
冒険者稼業をやって行く上でそんなの常識じゃない。
自業自得ね。
「でも、そのお店の料理は興味あるな、他にどんな料理があるのか後学の為にもいっぺん行ってみたいな。」
「そのお店さー、最初は大衆店だったんだけど人気に火が付いてからは高級店になっちゃってさぁ。」
「そうなんですよ、今じゃぜーんぜん可愛くないお値段なんですよねー。」
「そうなんだ、お高いのか。じゃあ機会があってお金があったらみんなで食べに行ってもいいかもね。」
「「まぁ、そうだねー。」」
「私は……お金ないしヤメようかな……」
ドロシーさんが申し訳なさそうにそう言う。
けれど仲間はずれにはしないよ。
「大丈夫。私の奢りだから!その時は言い出しっぺの私が払うから心配しないで。」
「でも、そんな……悪いし。さっきもコンソメとか貰っちゃったし……」
「いいから、いいから! 一緒にごはんに行く時はって話だから軽~い気持ちで居てくれたらいいから。」
もう、ドロシーさんったらホントに心配しぃなんだから。
それよりごはん食べよごはん。
「ほら、みんな手が止まってるよ。温かい内に食べようよ。」
私の言葉でまたみんなで食べ始める。
わいわいがやがや、楽しい食事の再スタートだ。