第73話 特許申請
ランドルフさんの後について店内まで戻ってきた。
店番していたハンナさんが心配そうにこちらを見ている。
「事情は後で説明するが心配ない。こちらの勘違いだった。」
事情は良く分からなくても雰囲気で問題ないって言うのが分かったのだろう。
ハンナさんがホッと胸をなでおろしている。
そこまで心配する?
マルクさんて一体普段何をやらかしてんの?
さっきの対応を見るにこれが日常茶飯事ってこと?
もしかしてとってもダメな人だったりして。
あれじゃあお父さんも心配だろうね、大変だ。
「ハンナ、馬車の手配を。 それとハンナも一緒に来てくれ。」
「はい。 はい?私もですか?」
ん?なんでお店の店員さんが一緒に来るの?
ついでに何か別の用事でも頼むのかなー、きっとそうだ。
「ああ、こちらのお嬢さんの特許の申請を手伝ってやってくれんか。」
ランドルフさんはそう言って私の方に手を向けた。
私? 私の為に人ひとり連れてくの?
何か申し訳ない気分。
出かける準備の為ハンナさんは一旦店の奥へと戻って行った。
店の外に出てまっていると綺麗な馬車が1台やって来た。
荷馬車や辻馬車とは全然違う、貴族とかが使うようなヤツだ。
さすが大店の旦那様。
こんな所にもガッツリとお金が掛かっている。
御者台に乗っているのは、レオ君だ。
久しぶり。
この間の護衛以来だね。
「あっ。」
レオ君がこっちに気付いたみたい。
「レオ君久しぶり。」
「あ、は はいっ。」
顔を赤く染めてちょっと慌ててる?
それとも照れてる?
んー良く分かんない。
私殿方に興味ないから。
「あ、あの。 この間のごはん美味しかったです!」
「そう? ありがとう。」
あの護衛任務の時の事ね。
取り合えずにっこりと笑っておく。
それだけでレオ君は顔を真っ赤にしながら見蕩れている。
「私の顔に何かついてる?」
「い いえ、ごめんなさい。」
レオ君がドギマギしながら返事をする。
んー今のはちょっと意地悪だったかな?
反省反省。
「ん? レオ、こちらのお嬢さんと知り合いだったのか?」
「いえ、前回の若旦那様の行商の御者が僕だったんです。その時に護衛してくれた冒険者の人なので。」
「ああ、そうゆう事か。」
ランドルフさんがレオ君の様子を見て何やらニヤニヤ笑いをしている。
あー、こうゆうとこマルクさんと一緒。
良く似てる、やっぱ親子だねー。
でも人間の出来にはだいぶ開きがあるように思うけど。
私たち一行は馬車に乗り、5人が同時に乗れる馬車って見た目も重厚ですごく大きい、不思議な事に揺れはあまり感じないね。
荷馬車で街道を行った時はけっこう跳ねたりしてたけど、領都の中はマカダム補装みたいな平坦な道だからか揺れが少ない。
まったく揺れない訳じゃないし、それなりにゴツゴツとした突き上げ感はあるんだけど、街道のデコボコ道などと比べたら遥かに快適。
同じ領都の中の道でも辻馬車より快適って事は、この馬車にはそうゆう工夫がされているって事か。
異世界も中々すごいもんだね。
豪華な馬車の乗り心地を堪能していると商業ギルドに着いたみたい。
私たちが降りた場所は馬車専用の発着場のようだ。
ギルドの裏手にあり屋根付き発着場の奥に建物内部へ入る出入り口が見えた。
イメージとしては前世でのショッピングセンターとかの屋根付き駐車場からお店の中に入る感じに良く似ているなと思った。
ランドルフさんを先頭に中に入って行く。
するとすぐに窓口の横に出た。
なるほど、これは便利。
無駄がない、こうゆう所はさすが商業ギルドって感じがする。
ランドルフさんが窓口の女性職員に話しかけている。
「あら、ギルバート商会の……本日はどういったご用件で……」
と、そこまで言った時にリズさんが居るのが見えたようで
「ちっ、性懲りもなくこの女は……」
「ん? 私の知人のこちらの女性がどうかしたのかね?」
ランドルフさんすかさず牽制。
「い いえ、何でも御座いません。 大変失礼致しました。」
おーおー慌ててる慌ててる。
狼狽えっぷりに笑ってしまいそうになり、ギュッと唇を噛んで何とか堪えた。
リズさんも肩をぷるぷると震わせて笑いを堪えているのが丸わかりだ。
その様子を見ていた女性職員はキッと睨みつける。
しかしそこで更にランドルフさんの追撃。
「ふむ、彼女の怒りは相当な物のようだ。 何でも聞くところによると先ほどここの職員に酷い扱いを受けたと聞いたのだがね?」
リズさん怒ってるって言うより笑いを堪えてるだけなんだけど、ランドルフさんもそれが分かってて言うんだもん、人が悪いなぁ。
さすが大店の旦那様ってとこか。
「とんでも御座いません。当方ではそのような事は一切ないと……」
言い終わらない内に
「そんな言い訳など聞く必要ない。その当事者2人を呼びなさい!私はギルマスの部屋に居るからその2人を呼ぶようにな。では失礼する。」
「ハンナ、こちらのお嬢さん方を頼む、私はギルマスを交えて話をしてくる。」
「はい、畏まりました。旦那様。」
ランドルフさんはそのままギルマスの執務室へと行ったみたい。
私たちはあっけに取られてただそれをボーっと見てただけだった。
「では、こちらに。 一緒に参りましょう。」
ハンナさんに促されて私たちは横にある特許登録の窓口へと移動する。
さて、私が特許登録しないといけないのは何だったかな?
まずはそれを頭の中で整理しないと。
一応設計図は全部揃ってるから現物の提出義務がなければ特に問題はないはず。
登録する予定なのは、リュックサック、トートバッグ、がま口、獣脂石鹼を塩析して香りを付けた物、この塩析と香りづけが肝、次にジーンズ生地とスナップボタン。
リュックサックは冒険者用のと軍用でフレーム構造になってて中で区画されてるバージョンのと2種類。
トートバッグは開口部の大きい買い物用とお若い方用の可愛らしいのとお貴族様用の蓋付きので3種類。
がま口はそのまんまがま口だね。
獣脂石鹸は塩析と香り付けの方法。
植物油石鹸の方は私だけの楽しみに取っておく為、まだ登録はしないでおく。
ジーンズは3/1綾のデニム生地の編み方、ただし編み機までは開発してないのでそれは自分で考えて!
私は『創造魔法』さんにお願いすれば一発だから問題なし。
最後にスナップボタン。
これは応用範囲が広いから稼いでくれそうな予感。
ざっとこんな所かな。
私が考えを巡らせている間にハンナさんが着々と準備を進めてくれていた。
すごい、デキる子なんだね。
だからランドルフさんに付いて来るように言われたのか。
まずは特許関連の説明を受ける。
特許その物はどこのギルドでも申請は可能。
申請が通ったら一番適当と思われるギルドの特許欄に移される。
各ギルドでは自分の管轄の特許しか閲覧出来ないが、上位の特許ギルドは全ての特許を見る事が出来る。
申請料金はどこで申請しても一律一緒である。
各ギルドは相互通信されていて冒険者ギルドのお金も商業ギルドのお金も市民カードの口座に入って来る。
そして出金もどこのギルドでも可能。
なんて便利な。
そして一番肝心の設計図又は手順書等の提出。
申請用紙に必要事項を書いてーこれはハンナさんが既にほとんど書いてくれてたー設計図と併せて提出する。
特許使用料は相場が分からないのでハンナさんに聞いて決めた。
それで受理されたら次は審議に掛かると言う訳。
審議に少し時間が掛かるのは、似たような特許と被りがないか調べる為。
あとは申請手数料。
人を動かすんだから人件費ってものが掛かる、その費用を捻出する為の物ね。
これはある意味当然。
「では、設計図と申請書を併せて提出して下さい。」
商業ギルドの人に言われて、ポシェットから取り出す振りをしてストレージから各設計図を取り出す。
あ、勿論コピーは取ってあるよ。
じゃないと後で改良する時に面倒だからね。
申請に全部で小金貨3枚掛かった。
高っ!!!
支払いは市民カードの口座から直接支払った。
それでもまだ小金貨23枚も残ってるけど。
ついでに商業ギルドにも登録しておいた、ランクはG。
つまり一番下のランク。
私は商人になりたい訳じゃないのでランクには拘りはないかな。
要は特許料が入りさえすればいいんだから。
これで特許が使用される度に私の口座にお金がチャリンチャリンと入ってくるって寸法だ。
ふふふ、めっちゃ楽しみ。
まぁ、特許を使用してくれたらだけどね。
期待し過ぎてトラタヌにならないようにしないと。
そんなこんなで無事に特許の登録申請は終了。
「ハンナさん有難うございました。お手数お掛けしました。」
人に何かして貰ったらまずお礼! これ常識。
こうゆうとこをちゃんとやっとかないと、やれ冒険者はどうとか言われるんだよね。
ハンナさんもこっちを見て一瞬驚いてたけど、
「いいえ、申請無事に通るといいですね。」
そう言って笑ってくれた。
そうそう、笑顔は人を幸せな気分させるもんね。
こうして特許申請は無事に終了した。
気が付くとお昼近くになっていた。
なので私たちはランドルフさんたちとはここで別れてお昼を食べに行く事にした。
「ねぇ、何奢ってくれるの?」
メロディちゃんワクワク顔ですっごく嬉しそうに聞いて来たよ。
あはは、何かメロディちゃんらしいや。
「こぉら、メロディ。オルカさんにあんま無理言っちゃダメよ。」
リズさんはいつも通り安定の常識人枠だ。
ぷっ。
「なぁーによぉ。」
「なんですか?」
「ううん、何でもない。二人を見てると本当に仲良いんだなぁって思って。」
私が苦笑しながらそう言うと
「むう、何かあんまり褒められてる気がしないんですけどぉ?」
メロディちゃんがちょっとむくれてる。
そうゆう態度や仕草もカワユス。
「そんな事ないよ。本当に信頼し合ってる二人の関係って正直羨ましいと思うよ。」
私は二人の顔を真っすぐに見つめ、嘘偽らざる気持ちを素直に伝えた。
「「っ!」」
照れてる照れてる。
そんな二人を見ていると微笑ましいのと同時にやっぱり羨ましい気持ちになる。
私にもそんな風に思える人が現れるだろうか?
ちょっとセンチな気分になっちゃった。
あーダメダメ。
ご飯奢るって言ったんだから楽しく行かなくちゃ。
私が暗い顔してたらダメだよね。
「メロディちゃんは何食べたい?」
私は努めて明るい声で聞いた。
「お肉ーっ!!!!!」
ぶはっ。
言うと思ったけどやっぱりなのね、どんだけお肉好きなのよ。
じゃあ屋台の串焼きでも食べる?
そう言うと、
「うん、お肉! 美味しい店知ってるからそこにしよう!」
私たちは揃ってその美味しいと評判のお店に向かった。
空でも飛びそうな程軽やかなスキップをしながら歩くメロディちゃん。
見てるだけで心が和むよ。
リズさんと目が合って思わず笑ってしまった。
あら、お店に着いたみたいね。
「オジさん串焼き4本ちょうだい!」
4本?
3人で4本って1本余らない?
「はいこれ、リズとオルカさんの。 私は2本ねー。」
この串焼き1本でも結構大きいよ。
それをメロディちゃんは両手に串焼きを持って右手左手と交互に口に運んでいる。
もっきゅもっきゅと食べる様はまるで兎みたい。
ほんと可愛いわ、小動物みたい。
「次は何食べたい?」
「あれっ!」
あれ?
ああ、分かった。あれね。
了解。
ちょっと行って買って来るね。
メロディちゃんは……2個食べる?
そう聞くと
「うん、食べるー。」
「はーい。」
にっこりと笑って私は買いに走った。
買って来たのは、そば粉で焼いたガレットのような物だった。
中身は野菜や干し肉、玉子を落として焼いた庶民の軽食で味は塩味。
それにしてもメロディちゃんは良く食べるねー。
あの細い身体のどこに入って行くの?
あれだけ食べて何で太らないのかしら、不思議。
私はもうお腹いっぱい。
ぽんぽこりんよ。
ねぇ、メロディちゃんまだ食べるの?
奢るのは奢るよ。
けどさ、ちょっと食べすぎじゃない?
胃凭れするよ?
気持ち悪くならない?
メロディちゃんが食べてるのを見てたら私の方が気持ち悪くなっちゃったよ……。