第67話 面倒事
北の草原と森で蟲の魔物を討伐した私たちは街へと帰還する事にした。
北の貴族専用の大門が見える所まで来たら左へ折れて草原を東門へと向かう。
北の森と東の森を横目に見ながら常に『探知』を発動させて警戒は怠らない。
くーちゃんも全力で警戒を続けている。
けれど特に異変は見受けられなかった。
今のところ草原は大丈夫そうだけど森の奥までは分からないよね。
流石のくーちゃんでもそこまで広範囲なのは難しい。
それにしても不安だ。
だって実際にこの目で蟲の魔物を見たんだもの。
あんな凶悪な魔物が跋扈してるなんて考えただけでもゾッとする。
早くギルドに報告して対策をとらないと。
被害者が出てからじゃ遅いもんね。
暗澹たる思いを振り切るように急ぎ足で歩を進める。
東門に着いた。
時間的には混みだす少し前くらいなのかまだ空いてるね。
時刻はちょうど1の鐘と2の鐘の間くらい。
地球で言うならおやつの時間の頃ね。
思ったよりもスムーズに門を通過出来たのは幸いだった。
「今日は早い帰りだな。なんか蟲の魔物が出るって噂だから気を付けろよ。嬢ちゃんみたいな美人が怪我でもしたらメイワースの損失だからな! ガハハハ。」
「ふふ。ありがとう。 気を付けるわ。」
無精髭の気のいいオッチャンみたいな門番さんが豪快に笑いながら通してくれた。
私も少しはここの住人だって認めて貰えたのかな?
そう思うとちょっと嬉しいな。
さっきまでの憂鬱な気持ちも少しは晴れたような気がする。
街に入ってすぐに空きの辻馬車を拾って
「オジさん、冒険者ギルドまでお願いね。」
そう言いながらお金を払う。
なんかもうすっかり馬車移動が普通になってるなー。
人間楽な方に流れるってのは本当ね。
前世でもそうだったな。
コンビニ行くのですら、ちょっと歩けば済む距離なのにわざわざ車で行ったりとか。
分かっちゃいるんだけどねぇ。
どうしても、つい便利さに流されちゃうのよねぇ。
イカンイカン。
冒険者ギルドの前で降ろして貰う。
「ありがとね。」
辻馬車のオジさんにお礼を言ってドアを開け冒険者ギルドの中に入る。
いつものように視線が集まってくる。
なんでいつもこうなのかしらね。
ただ今までなら好色な目で見られてたのが少しだけ変わって、
「戦姫様よ!」
「あの麗しくも凛としたお姿♪」
「お慕いしております。」
とか
「お、姫だ。」
「うむ、姫のご帰還だな。」
「今日はどんな伝説を作るんだ?」
なんか色々と変わっては来ている、可笑しな方に……。
これは気にしちゃダメなやつよね。
取り合えず聞かなかった事にして報告を急がないと。
私は窓口に立っているメイジーさんの前に立った。
「ギルマスは居らっしゃる? 緊急の報告なんですけど……蟲の。」
私は出来るだけ平静さを装いながら最後の”蟲”の所は小さい声でメイジーさんに聞く。
「ギルマスは今ご領主様のお屋敷に行ってます。もうそろそろ帰って来るとは思うんですが。」
「それまで応接室でお待ちになります?」
うーん、どうしようっか。
ただ待ってるってのもアレだしね。
「ね、薬草の買取って出来る? 少し持ってるんだけど。」
「はい、大丈夫ですよー。 今なら買取1割アップキャンペーン中です!」
「そう言えばそんな事言ってたわね、じゃお願い。」
薬草10本で1束を100個出す事にした。
今出したので薬草保有量の大体1%くらい。
これだけ出しても小銀貨5枚と大銅貨5枚。
やっぱり安いよねー薬草採取。
ホントは狩った魔物もまだ持ってるんだけど昨日のワイルドカウの査定も終わらない内に追加でお願いするのも気が引けるしね。
今回はヤメておこう。
どうせ魔物はこれからもくーちゃんたちが嬉々として狩ってくれるから、貯まったら纏めて買取依頼に出した方が効率いいか。
「え え えぇぇぇ。 今日は多い……ですね。」
「ええ、まだまだ持ってるけど全部出す? たぶんこの部屋全部薬草で埋まっちゃうと思うけど。」
「ヤメて下さいね。本当に怒りますよ。」
メイジーさんはニッコリと笑いながら静かに怒っていた。
おー怖っ。
くわばらくわばら。
触らぬ神に祟りなしだわ。
気を付けようっと。
「これから忙しくなるんですから余計な事しないで下さいね。ギルマスが帰ってるかどうかちょっと奥行って見てきます。」
そう言ってメイジーさんは奥へと駆けて行った。
あらま、大きな釘を刺されちゃった。
別に余計な事ではないよね?
買取の査定するのもギルドの仕事だよね?
私は善良ないち新人冒険者よ。
その善良な冒険者が買取依頼をしたらギルドはお仕事しないと。
横の窓口の方を見るとミランダさんと目が合った。
「ほら、今例の蟲騒動でバタバタしてるでしょ?だからメイジーもちょっと気が立ってるのよ、怒らないであげてね。」
へー、ミランダさん意外と優しいって言うか同僚想いなんだ。
ちょっと意外な感じ。
「いえいえ、私は全然怒ってませんよー。でもホント蟲ってワサワサカサカサして気持ち悪いしイヤですよねー。」
「あら、そう? 私は”悪い虫”は大歓迎よ。」
え”っ?!
そっちの虫?
ミランダさんは私の手の上にそっと手を乗せながら、
「貴女みたいな可愛い女の子なら、と く に いつでも大歓迎よ♪」
「あはは~。」
最近こんなのばっか。
ホント同性には良くモテるのよね。
ミランダさんがつつつーと寄って来て顔を近づけて来て耳元で
「今度、お姉さんと遊んでね。」
そう艶っぽく囁く。
うわわわわ、ぞわぞわぞわっと来たよ。
ヤバイの来た、これは悪女系だ。
食べられないように気を付けなきゃ。
「その内機会がありましたら……」
笑いながらやんわりとお断りをしていると、
「ギルマスが帰って来まし……た…………って、オルカさん!私が仕事してる間になに遊んでるんですかっ!」
ええぇぇぇ、悪いの私?
「ミランダさんもつまみ食いばっかしてたらダメですよ! 言いつけますからね?」
「ちょっ、メイジーさん。 私まだつままれてませんけど?」
私は一応そう反論する。
「まだとか、そんな事はどっちでもいいんですっ! 私とも遊んで下さい!そうしたら許してあげます。」
あ、そゆ事?
んもう、可愛いんだから~。
頬っぺたぷくって膨らませてさ、愛いヤツよのぉ。
メイジーさんもデレ期来た? 来たのよね。
「んもう、照れやさん。」
頬っぺたツンてする。
「そ そんな事で誤魔化されないんだからね。」
うわー、超分かりやすっ!
この子面白い。
ウリウリウリ。
頬っぺたを指先でツンツンする。
「ギ ギルマスが待ってるんですから早くいらして下さいね。 ほら、行きましょう。」
メイジーさんが私の手を握り引っ張りながらずんずんと歩いてゆく。
ほらー、周りの人たちもクスクス笑ってるよ?
ねー、メイジーさん聞いてる?
「オルカさんもオルカさんです。」
やっぱり怒られちゃった。
コンコンコン。
メイジーさんが応接室まで案内してくれて扉をノックする。
「メイジーです、オルカさんをお連れしました。」
「おう、開いてるぞ、入ってくれ。」
「「失礼します。」」
メイジーさんの後に続いて入る。
もちろんくーちゃんたちも一緒。
少し疲れたような顔をして、天井を見上げるように背中をソファに凭れかけているギルマスが居た。
相当お疲れのようね。
首だけをグルンとこちらに動かして、
「ああ、スマンな。ちょっと疲れててな。 よっと。」
そう言いながら身体を起こしてソファに深く座り直す。
「メイジーから聞いたが、……蟲の事で話があると?」
「はい、蟲を発見したので退治しました。退治した蟲は持って来てあります。」
「「……っ!!!」」
ギルマスとメイジーさんがゴクリと息を吞む。
「それで、蟲の種類は何だったんだ? やはり蟻なのか? 他には何か居たのか? 痕跡とか他には何か気が付いた事はないか?」
矢継ぎ早に質問が飛んでくる。
ちょっと待って、今から順番に説明するから。
「順を追って説明しますから。 まずは落ち着いて下さい。それと蟲の確認もして欲しいので解体場へ行きませんか?」
「お、おお。そうだな。 スマン、俺が取り乱したらダメだな。」
「そうゆう訳だから俺たちは解体場へ行くがメイジーは持ち場へ戻っていいぞ。」
「え、でもどんな蟲だったか気にもなりますし……」
「だからだ、今はまだ冒険者たちには内密で頼む。後で正式に公表するから。」
ギルマスはそう言ってメイジーさんを持ち場に返すと、私たちは揃って解体場へ移動した。
移動する間に草原で森林狼を発見した所から説明を始める。
「草原で狼か……確かにそりゃあ良くない状況だな。」
「で、その時に私の従魔が蟲を狩って来たんです。」
ちょうど解体場へ着いたので蟲を取り出す。
「オーイ、お前たちもちょっと来てくれ。」
ギルマスが解体場の職員さんたちに声を掛ける。
丁度いいタイミングで私は「エンペラースコーピオン」をドサッと地面に置く。
「「「うおっ! 蟲っ!」」」
「エンペラースコーピオンか。」
「これは、結構な大物だぞ。」
みな驚きつつもまだ冷静に見つめている。
が、私がこの「エンペラースコーピオン」は私の従魔が草原で狩って来た物だと分かったとたん、
「マジかっ!」
「ヤバくないか? ギルマス、規制しないといけないのでは?」
「なぁ、嬢ちゃんホントに草原に居たのか? 死んでたのを拾っただけとかじゃないよな?」
「違いますよ。これは間違いなく私の従魔が狩った蟲ですよ。」
「「「むうぅぅ。」」」
ギルマスや職員さんたちは眉を寄せ難しい顔をしている。
その後様子を見に入った事。
いつもと違い森が静かだった事。
くーちゃんが言うには森が怯えていると言う事、等々。
そして、他にも蟲が居た事。
「それが、これとこれです。」
ストレージからリーパーマンティスとマンダリニア3匹を取り出し地面に置く。
「「「……っ!!!」」」
「リーパーマンティスはカマキリの魔物の中で最強、マンダリニアは最恐の蜂魔物。」
「どっちも絶対に歓迎したくない魔物だな。」
「こいつらが森に居たってのか? 北の森で間違いないんだな?」
ギルマスが確認してくる。
「はい、間違いないです。」
私はコクンと頷く。
「そうか、居たのか、厄介な。規制せんとイカンな。」
「規制って、例えば?」
私が問うと
「当たり前だが、当面は北の森は侵入禁止。北の森経由での移動も不可だ。北方面へ行きたい時は西か東の街道を経由して貰う。」
「一応念の為東の森も進入禁止にするが、それは第一陣の調査隊が戻って聞き取りをしてからもう一度考える。」
「出入り出来るのは基本的に草原だけにするつもりだ。」
ふむふむ。
まぁ、そうなるよね。妥当な所だと思う。
「じゃあ、西の草原と西の山は?」
「理由は分からんが、あの辺は昔からなぜか蟲があまり現れない地域なんだ。一応警戒地域扱いにはするが特に規制はしない方向で調整する。」
「そうなんですね、では南の草原は? 南の草原も人の往来が活発だから安全の為には規制が必要なんでは?」
「んんー、そこなんだよなー。南の草原は広くて、ウーズの街との境界の森までは距離がある為今回は警戒地域扱いになるだろう。」
となると、やはり注意しないといけないのは一繋がりになっている北と東の森が中心って事か。
「今回の件はご領主様と、あとメイデンウッドのギルドにも協力を仰ぐつもりだ。」
「だたな、問題はそれだけじゃなくてな……」
そう言って言葉を濁すギルマス。
「例年、今ぐらいの時期になるとご領主様のお嬢様のアシュリー様が学業の夏季休業で領地に戻られるんだが……」
「そうでしたね、今年は運悪く蟲と重なっちゃいましたね。」
「アシュリー様は今メイデンウッドのご領主様のお屋敷に滞在なさっているから安心は安心なんだ。 ただな……」
どうもそれだけは済まない諸々の事情があるみたい。
言葉の感じからしてこっちの問題の方が深刻な感じ?
眉間に皺を寄せ宙を見上げジッと考え込むギルマス。
これは面倒事に巻き込まれちゃうパターン……なのかな?
どうしたもんだろね。