第43話 悪が栄えた例しなし
メイワース領の領都メイワース。
かなり大きい街ね、城塞都市って感じ。
でも聞くところによるとアンティア王国の中でこのメイワースが一番人口が少ない領地なんだって。
それでも交通の要衝にある立地と、スライムの優良産出地である事もあってメイワース領は潤っている為民の生活は豊かなんだそう。
そんなメイワースの領都は、小綺麗でこじんまりとした印象だった。
城壁の内側に入るとそこはウーズの街と同じように、マカダム補装のような地面と石造りの基礎部分に木造の建物が乗っている風景が広がっていた。
門に近い所は雑多な雰囲気で街の中心に向かうにつれて綺麗に整然と建物が立ち並ぶところも同じ。
ウーズの街とメイワースの領都の最大の違いは領主の館があるかないか。
ここメイワースの領都には領主の館がある。
街の北側には更に隔壁で遮られていて、貴族しか通れない通称「貴族門」と呼ばれる豪奢な門があって、その門の向こう側が貴族たちが住むエリアとなっている。
その中に領主の館もあると言う訳。
貴族門を通って中に入れるのは御用商人のみ。
余程の事がない限り通常は一般市民は出入り不可。
貴族は北側の貴族専用門から出入りし、警備も一番厳重になっているらしい。
南側が庶民のエリアだとすると北側が高級エリア、つまり豪商などの富裕層が暮らしているエリア。
北へ行けば行くほど建物が綺麗になり上流階級の市民が住むようになる。
上流階級の市民は貴族門に近い所に住み、南側へ行けば行くほど貧しくなっていく。
そんな領都において冒険者ギルドは一般市民エリアの中心と北側の中ほどにあった。
「さ、着いたわよ。」
目の前には大きな建物、ウーズのギルドよりも大きくて立派な冒険者ギルドが建っている。
扉は、やはりスイングドアではなくて普通のドア。
どうやらあのスイングドアってのは物語だけの物のようね。
何気に残念。
「ちょっとこれから依頼達成の報告をして来る。すぐ戻るからレオは馬車の番を頼む。」
「それじゃ私たちも行きましょう。」
リズさんに促されて私も一緒にギルドの中へ入って行った。
中に入ると冒険者たちの視線が一斉に浴びせられた。
むくつけき冒険者たちの不躾な視線が纏わり付いてきてあまり気分のいいものではないわね。
「お、リズか。横の男は……商人か? 護衛依頼でも受けてたのか。」
「それよか後ろのおっぱいちゃん見てみろよ。 スゲーぜ。」
「よーよー、おっぱいのオネーチャン。 俺もテイムしてくれよ。一生懸命頑張るからよー、夜ベッドの上でよぉ。ぎゃははは。」
「リズもメロディも女同士で相手してねーで俺たちと遊んでくれよぉ。」
くっ、またか。 またなのか。
おっぱいおっぱいと!
どいつもこいつも男どもは……
「クソが! 滅んでしまえっ!!」
えっ、リズさん?
仄暗い瞳でまるで汚い物でも見るかのように吐き捨てるリズさん。
怖っ!
ぐるるるるるる。
鼻に皺を寄せてめっちゃ怒ってる。
ちょっ、くーちゃんも威嚇しないで。
あー、さくちゃんも攻撃色出てるから。
ね、二人ともヤメよう。
「お おう、危ねーなぁ。 怪我でもしたらどうしてくれんだよ。 自分の従魔くらいちゃんと抑えておけよ!」
いや、危ないって……貴方たちがそんな下品な事言うもんだから私の従魔が怒ったんじゃない。
抑えろって言うか、貴方たちの方が弁えた方がいいんじゃなくて?
まぁ常識が通用する相手でもないか。
はぁ、面倒くさ。
「ねぇ、メロディちゃんどうする?」
「どうするもこうするも、あの人たちいつもこうなんですよ。 女性冒険者に下品な言葉投げつけて遊んでるんです。」
「ただ、今日は度を越してるけどね。」
そうなんだ、アレがデフォなんだ。
テンプレ冒険者。
生前読んだ小説には良く出てきてたし読み物として楽しく読んではいたけど、いざ自分がその立場になると実に不愉快なものね。
実感したわ。
私たちがこうしてる間も冒険者たちは何かさえずってるけど聞くのも汚らわしい。
耳が汚れるわ!
大体マルクさん貴方、自分は無関係ですよみたいに何知らん顔してんのよ。
男なら助け舟くらい出しなさいよ。
「さーさーあんなのは無視して、さっさと依頼達成の報告をすませましょ。」
そうね、リズさんの言う通りね。
やる事さっさと済ませてここから出ましょ。
「おいおい、無視すんじゃねーよ。 俺らとちょっとだけ遊んでくれたらいいんだよ。」
そう言いながら冒険者Aが近寄ってきて手を伸ばして私の腕を掴もうとしたその瞬間
「キャァーーーーーン!!!」
くーちゃんが吠えた。
白銀のコートを逆立て臨戦態勢を取りながら私と冒険者Aとの間に割って入る。
ぐるるるるる。
紅く爛々と光る眼。
周りがザザザッと一斉に引いていった。
「お おい。 本当に大丈夫なんだろうな。」
ビビルくらいなら最初からちょっかい出してこなきゃいいのに。
バカじゃないの?
「主に危機が迫ってるんだから従魔が守ろうとするのは当然でしょ。」
「くーちゃんいつも守ってくれてありがとね。」
そう言いながらくーちゃんの背中を優しく撫でてあげる。
「さくちゃんも、もう攻撃色は解いていいよ。」
優しく撫でるとさくちゃんも大人しくなってくれた。
ドカドカドカッ。
「なんだぁ、騒がしいぞ。 何やってんだ。」
大股で歩く音が2階から聞こえて階段を降りてくる。
大柄で強面、目の上にちょっと傷があって、筋肉質で冒険者風。
もしかしてもしかして?
テンプレだけどギルマスさん?
「またオマエ等かっ! いい加減にしろよっ!」
その男性は下品冒険者たちに怒声を浴びせる。
またって事はやっぱりこれが日常茶飯事なのね。
「俺たちは悪くねーよ。 その女の従魔が俺たちに襲い掛かろうとしたんだよ。」
「「そうだそうだ!」」
「それは本当か?」
「「そんな訳ないでしょ!」」
「アタシたちとあいつ等のどっちを信用するの?」
リズさんたちがすぐに反論してくれる。
私も頷く。
まぁ、私たちが何か言わなくても周りで見てた人たちが証人だから。
窓口にいた女の子の内の1人が手を挙げながら
「あのーギルマス、いいですか?」
あ、あの強面さんやっぱりギルドマスターだったんだ。
「ん、メイジーか、見てたんなら説明してくれ。」
職員さんメイジーさんて言うのね。
綺麗な子はすぐにインプットしなきゃ。
メイジーさんがギルマスさんに事の顛末を説明している。
かくかくしかじか。
「うむ、それで?」
「それでそちらのテイマーの従魔が威嚇したって訳です。」
「そうか。なら、黒髪の譲ちゃんは問題なしだ。 悪いのはやっぱりオマエ等だ。」
「「「ああ? なんで俺等なんだよ。」」」
「何でもクソもねぇだろ! 迷惑かけてんじゃねーよ、ったく。 今回はこれで勘弁してやる。 だが次やったら罰金小金貨1枚とランク降格だぞ。 分かったな!」
「「「横暴だー。ギルマスの職権乱用だー!」」」
この人たちバカなのにどこでそんな言葉覚えてくるの?
まるで子供が覚えたての難しい言葉使ってみましたみたいな?
「やかましい! 分かったらさっさと行け。」
「譲ちゃんたちすまないな、2度とこんな事やらないようよーく言い聞かせとくから。今日の所は俺に免じて許してやってくれねぇか?」
きちんと筋を通す辺り、このギルマスさん中々のイケオジね。
漢気溢れるところは嫌いじゃないわ。
「はい、それで結構です。 こちらとしてもこれ以上の面倒事は要りませんから、きちんと対処して下さるなら助かります。」
私はそう言って締めくくった。
ギルマスさんはちょっとだけ感心したような目で見ていたけどすぐに視線を外して
「では、これで。 何か用件があるようなら窓口で頼む。」
そう言って2階のギルマスの執務室へ戻ろうとしたところでリズさんが、
「ギルマス、聞いて欲しい事があるんですが……」
そう言って目配せして来たので私は頷いて
「じゃ、私は窓口でさくちゃんの従魔登録してくるわね。 ついでに買取依頼もしてくる。」
そう言ってくーちゃん・さくちゃんを連れて窓口の方へ移動する。
リズさんたちとマルクさんはギルマスの執務室に入って行ったけど、マルクさんだけがなぜ自分が?って顔してたのが面白かった。
さっきのメイジーさんて娘の前に並んで自分の順番が来るのを待つ。
「次の方どうぞ。 ああ、先ほどの。 災難でしたねぇ。」
「まったく、いつも大なり小なりあるけれど今日ほど酷いのは初めてだったわ。」
「貴女すっごく綺麗ですもん、男どもが騒ぐのも無理ないですよー。」
そうかしら?
私は私なんだけどね。
「今度わたしとデートして下さいね♪ ふふ。」
あら、可愛い。
お誘いに乗っちゃおうかしら。
「ところで今日はどのようなご用命でしょうか?」
そうそう、さくちゃんの従魔登録をしないと。
「この子なんだけどね、従魔登録しようと思って。」
さくちゃんを撫でながらそう言うと
「そのスライムを従魔登録? 前例も無くはないですがスライムを従魔登録する人は少ないですよ?」
基本的にスライムって弱いし短命だから戦闘用としての従魔登録と言うよりは、初心者テイマーの練習用としてテイムするってのが普通らしいの。
でもそれは飽くまで普通はって事で、私の場合はそれとは違うから。
なんたって
「この子クイーンだから。」
「へっ?………………ええええええっ?!!!」
「く く クイーンって、まさかクイーン・スライムですか?」
ざわっ!
周りが急にざわつき始める。
「マジか。 クイーン・スライムって言ったらかなり手強いぞ。普通は見つけたら即討伐対象の魔物だぞ。」
「ああ、HPが多くて削るのが大変なんだよ。」
「しかも周りにいるスライムを呼び寄せるからまた大変で……。」
あら そうなの?
さくちゃんは最初から友好的だったわよ。
けれどメイジーさんや周りの反応から考えるにテイムしたらクイーンになったとは言わない方がいいかな。
「この子は最初からすっごく懐いてたけど?」
「そんな事ってあるんだ……。」
「とにかくもうテイム済みだから後は従魔登録だけなの、登録お願い出来るかしら?」
「あ、はい。 では市民カードの提示をお願いします。 それと従魔も。」
さくちゃんの登録は驚くほど簡単に出来た。
これで一安心。
ついでに
「買取もお願いしたいんだけど。 ちょっと量が多いの、大丈夫?」
「はい、それでしたら向こうの解体場所へ。 ご案内しますね。」
メイジーさんに案内されてギルド併設の解体場所へ移動して、解体専門の職人さんに買取の査定をお願いしている。
「では、こちらにお出し下さい。」
促されて私はくーちゃんと一緒に狩ったヘラジカのような魔物を取り出す。
ほい。
ほいほい。
ほほほいのほい。
「お おい、まだあるのか?」
「はい、まだあと少しあります。続き出しますね。」
ほいほほい。
ほいほいほい。
「どんだけ狩ったんだよ。 って、デケえ雄だな。こりゃいい。」
くーちゃんとさくちゃんのごはんになった1頭、幼生体の3頭、雌の3頭を除く13頭を買取依頼した。
幼生体と雌は肉が柔らかくて美味しいとの事で手元に残す事にしたの。
雄は立派な角が生えてるから首から上の部分の剥製の需要があるらしく高値での買取が期待出来るとの事。
肉は食肉用、皮は革製品用、脂は石鹸用、骨は工芸品用など様々な用途で余す事なく利用出来る為とても喜ばれた。
「これから急ぎで解体と査定をするから、明日の午後にまた来てくれるか? 内容は職員に伝えておくからな。」
「分かりました。では明日また来ます。 それではお願いしますね。」
そう言って解体場所を後にしてギルドの中に入って行った。
いくらぐらいになるかしら?
今は別にお金に困ってる訳ではないから高くなくてもいいけど、でもそれなりにはイイ値段ついて欲しいものね。
リズさんたちはまだかな?
室内をぐるっと見回したけどリズさんたちの姿は見えなかった。
まぁその内来るでしょ、それまでは待ってようか。
(くーちゃん・さくちゃん護衛お願いね。)
((お任せ下さいませ!!))
ふふ、ありがと。
そう言うとくーちゃんは耳をペタンと下げて尻尾をぶんぶんと振っているし、さくちゃんはみよんみよんと伸びたり縮んだりしてる。
チラチラと盗み見するように見る人。
興味津々でガン見する人。
顔を赤らめて見蕩れてる人。
横にぴったりとくーちゃん・さくちゃんが居るから誰も話しかけて来ない。
さっきのあのくーちゃんの迫力ある威嚇を見た後じゃあ流石に誰も話しかける勇気はないか。
でも、可愛い娘さんや色っぽいお姉さんならウェルカムよ。
さぁさぁそこの貴女、見蕩れてないでこっちにいらして!
なーんて自分の世界に浸ってたらリズさんたちが戻ってきた。
リズさんがこっちを向いて片目でウィンク。
勝ち誇ったようなドヤ顔してる。
あれは まぁ そうゆう事ね。
対照的にマルクさんは心なしかしょんぼりしてるわね。
ちょっと可哀相?
いやいやいや、私に愛人になれとか言うような人だもの、自業自得か。
そのままふらふら~っとドアを開けてマルクさんは出て行った。
大丈夫?って思ったけど、子供じゃあるまいし、いい歳した大人なんだから帰れるでしょ。
「ふふん。 ちょっとだけお灸をすえてやったわ。」
ちょっとだけ? ほんとに?
あれはちょっとの感じじゃなかように見えたけど?
結局マルクさんはどうなったかと言うとお咎めなし。
じゃあ何でそれであんなに怒ってたリズさんが機嫌がいいのか。
それは、マルクさんは私に対して「借り1つ」って事で話がついたんだとか。
「借り1つ」ってまた曖昧なって思ったけど、考えようによっちゃ何とでも解釈出来る魔法の言葉よね。
大金を寄こせだとか、土地家屋をタダで融通しろだとか、誰かを殺してこいだとか、そうゆう法外な要求は一切ダメだけど、「常識的な範囲内でなにか1つお願いをしてもいい権利」と思えば悪くないわね。
切り札を1枚手に入れたようなものだもの。
なにか有効な使い方を考えとかないと。
勿体無いものね。
用事も済んだし、パトリシアさんに教えて貰った宿屋に行こうっと。
今夜は領都で最初のお泊りね、楽しみ。