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第37話 トイレスライム

季節的には日本で言うところの6月下旬辺りだと思うんだけど、馬車に揺られながら感じる風はひんやりと冷たくて気持ちいい。

荷馬車が交差出来る程度には太い(みち)が原っぱのような風景の中を通っている。

周りの風景はどこまでも長閑。

広々とした草原のような景色、たまに小高い丘があるくらい。


いま馬車で通っている道が主要道なのかな。

時折右や左に分かれ道が出来ていたりする。


草原の景色を見ていると時々遠くに森が見える。

ウーズの街の北にメイワース領の領都メイワースがある。

今はそこに向かっている。

領都とウーズの街の間は基本的に草原と森で、平野部の草原地帯に農家が住んでいて、一軒家だったり、小さな集落だったりするのが点在しているんだそう。

マルクさんたち商人は商品を仕入れ、途中途中の集落に寄り商品を売りながら領都や各街々を行き来している。


朝出発して午前中最初の集落に着いた。

ウーズが街ならここは村、そんな感じね。

こうゆう小さな集落は基本的に自給自足で、日用品や雑貨類などはマルクさんのような商人が村にある商店に定期的に商品を卸しに行く。


この世界の移動手段と言えば基本的に徒歩なのだ。

自動車なんて物がない以上歩くか私たちのように荷馬車に乗るかだ。

農業で生計を立てている農家が、ここから歩いて半日かかるウーズの街まで買い物に行くか?と言われれば答えはノーだ。

人の歩く速度は4~5km/h程度、荷馬車がその倍の速度が出せたとしておよそ10km/h。

そりゃそうよね、馬車でおよそ3時間程度なら歩けば確実に半日はかかっちゃう。

買い物に行って帰ってくるだけで丸々1日かかるとしたら、おいそれとは街になんか行ける訳がない。

そんな事より日々の農作業の方が大事に決まってる。

だからこその行商人なのだ。

マルクさんのように商品を持って来てくれる人が居ればそこから買えばいい。

村人もいつやって来るか分からない商人を待ち続けるなんて事も出来ないから、村で唯一の商店が代わりに仕入れて村人に売る。

それで村人も安心して農作業が出来るし、必要な物は商店に行けば手に入ると。

欲しい物があれば商店に頼んでおけば商店の方から商人に注文して持って来てくれる。

まるで近江商人の「三方よし」みたいな物ね。

って言ってもこっちの世界じゃ通じないか。

案外マルクさんて大成するかもね。

勝手知ったる何とやら、マルクさんは商店の裏側へ馬車を着けるようレオ君に言う。


「では商談に行ってくる、レオは馬に水を飲ませたり休憩させたりしていてくれ。 護衛の方々は荷馬車の番を頼みます。」


そう言って中に入って行った。

私たちは馬車から降りるとぐーっと伸びをする。

アイタタタ、体中の筋肉が固まってるよ。

馬車って乗り心地良くないし、ゴトゴトして地面のデコボコで跳ねるしでお尻が痛くなっちゃう。

私がお尻を撫でてていると不意にお尻に何かがさわっと触れた。


キャッ。


なに?

後ろを振り向くとメロディちゃんがしてやったりな顔をして笑っていた。

んもう、びっくりするじゃない。 


「メッ。」


そうゆう事する子はこうだーっ!

仕返しとばかりに私はメロディちゃんの脇をこちょこちょとくすぐる。


「わ キャハハハ ヤメて くすぐったい。」

「だーめ、悪い事する子はお仕置きだぁ♪」

「ほれほれほれ、降参しなさい。」

「ちょっ、ダメ。 ゴメン! ゴメンってばぁ。 もうしませんからぁ。 お願い、許して~。」


メロディちゃん涙目になりながら必死に謝っている。


「どうしようっかな~」


メロディちゃんと戯れていると


「ちょっと二人とも! 遊んでないでちゃんと仕事してっ!!」


「「はい、ごめんなさい。」」


「ほらー、オルカさんのせいで怒られちゃったじゃないですかー。」


えー、私のせい? なんか納得いかないんだけど?


「メロディも馬鹿な事ばっかり言ってないで仕事してよー、報酬の分け前減らすわよ?」


「はい、頑張るであります!」


ビシッと敬礼し姿勢を正して警戒にあたり出すメロディちゃん。

ぷっ。

なにそれ、笑っちゃう。

リズさんも本気で怒ってる訳じゃなくて「やれやれ」みたいな感じ。

きっとこれがこの二人のいつものやり取りなんだろうね。

気心の知れた感がよく分かるわ。


暫くするとマルクさんと商店の店主が二人で出てきた。

何やらマルクさんに指示されたレオ君が店内に商品を運んでいる。

店主とマルクさんが握手をしているのを見ると商談は上手くいったみたいね。


「ところで、トイレスライムはご入用ではありませんか?」


「いや、私はトイレスライムは扱っておりませんで……。」


店主の問いにマルクさんが答えている。

はい? トイレスライム? 何それ何それ。

何かすんごい気になるパワーワードが出てきたんだけど?


「ね、リズさん、トイレスライムって何?」


「ああ、トイレスライムね。 トイレスライムって言うのはね、ざっくり言うとそこらに居るスライムの事よ。スライムって何でも溶かして消化しちゃうから、トイレやゴミ箱に放して汚物処理をさせるの。だからスライムの事全般をさしてそう言ってるだけ。」

「ここメイワースと南のハイリントンがトイレスライムの優良産出地よ。この2つの領地の物が最良とされていて高値で取り引きされているの。」

「メイワースとハイリントンのスライムは気性が穏やかな個体が多く捕獲しやすくて扱い易い事から一般市民のいい小遣い稼ぎになってるんですよー。」


リズさんの言葉を受けてメロディちゃんが説明してくれる。

気性が穏やかって言っても魔物は魔物だから人間を襲う事もある。

子供なんかだと顔にスライムが引っ付くと息が出来なくて窒息しちゃうんだって。怖っ。

けど油断さえしなければ大丈夫とかで市民は皆普通にスライムを捕獲して来るとか。


「でも何でメイワースとハイリントンだけが優良産出地なの?」


「理由は分かってないの。でも実際そうなのよ。」


そうなんだ。

スライム スライム。

スライムって言うくらいだからアレだよね? 


「水色で透明の。違うの?」


「スライムの色はいろいろです。でも透明なもの程穏やかで消化能力が高く、濁りがあるものは攻撃的と言われてます。」


そうなんだ、


「メロディちゃん良く知ってるのね。」


「こんな基本的な事も知らないオルカさんにビックリですよぉ。」


そんな事言われても……ねぇ。

だって森の中には居なかったんだもん。


「そう言えば何で森の中には居なかったんだろう。」


「それは、森の中は危険だからよ。スライムって魔物としては最弱だから生き残る為に少しでも安全な草原に住むようになったの。」


なるほど。

説得力のある説明ね。

あ、リズさん、マルクさんが呼んでる。


「お待たせしました。 それじゃあ出発しますか。」


マルクさんとレオ君は御者台に、私たち護衛組はまた荷台に乗り次の村へと向かう。

くーちゃんは後ろからてってけと付いて来ている。

そうしてしばらく進んだところで、簡易野営地なのかただの広場なのか分からない所で休憩する事にした。

私たちのお花摘みタイムも必要だしね。

くーちゃんにお願いして、リズさんたちがお花摘みしてる間の護衛を頼んだ。


「オルカさんの従魔のおかげで安心して出来るのは有難いわ。」


リズさんたちに感謝された。

当然よね、女の子を1人で行かせられないわよね。

マルクさんは大丈夫だとは思うけど一応念の為ね。

もちろん私の時もくーちゃんの護衛付きよ。 当然だけど。


時計がないから分からないけれど時刻はお昼過ぎくらい?

ちょっとばかりお腹が空いたような気がする。

馬車のところまで戻って草原の柔らかな草の上に座る。

リズさんたちは塩辛い干し肉を齧ってたので、宿屋で貰ったソーセージを挟んだパンをあげた。

1個しかないので二人で半分こして食べてね。


「「いいの?」」


いいのいいの。 私はこれがあるから。

そう言ってストレージから「おにぎり」を取り出した。


「それは何? 見た事ない食べ物だけど。」


「これ? これはおにぎりって言うの。 私の故郷の食べ物よ。」


「えっ、『鬼斬り』? なにそれ、怖い。」


メロディちゃん違う違う。

『言語理解』さんしっかり仕事しようよ、翻訳間違ってるよ。

お米を握るから『おにぎり』なのであって決して鬼を斬る訳ではないのよ。

そんな物騒な食べ物食べたくないから。

そもそもアクセントの位置が違うからね。

なんにせよ、私はこれ食べるから二人は遠慮しないでそれ食べてね。

以前作っておいた炊き立てご飯で作った温かいおにぎり、中の具材はお魚の塩焼き。

完璧。 パーフェクト。 エクセレント。


あむっ。


ちょっとはしたないけどかぶり付く。

ん~、おにぎり美味しい~。

日本人はやっぱりお米よね。

パンも嫌いじゃないけどお米じゃないと食べた気がしないのよ。

お米ってお腹に溜まるから満足感があるしね。

甘みのあるお米と塩気のある焼き魚がまた合うのよ。

ん~最高。

もう1つ食べようかな。

ストレージからお皿に乗ったおにぎりを取り出すと二人がジーッと物欲しそうにこちらを見ている。


「食べる?」


「「ありがとう!!」」


最初から食べる気満々で「いいの?」とは聞かなかったね、まぁいいけど。

お皿ごと二人の前に差し出して「どうぞ。」食べてね。

二人は私が食べていたのと同じように手掴みでおにぎりを頬張る。


「うまっ!」

「初めて食べたけどお米って美味しいのね。」


どうやら二人にも好評のようです。

二人とも夢中で食べてる。

あ、2個目に手を伸ばした、ちょっと躊躇した、でもやっぱり我慢出来ずに2個目を手に取りガツガツと食べ始めたよ。

よかよか、遠慮せずたーんとお食べ。

もきゅもきゅとおにぎりを食べる二人に前回の野営の時に出した薬草茶を出してあげた。

さ、これ飲んで。

おにぎり食べる、お茶を飲む。

一心不乱におにぎりを食べ進める二人。

そんなに美味しかったのなら今日の晩ごはんは焼き魚定食にしようか。

きっと喜ぶだろうな。

二人の気持ちいい食べっぷりを眺めていると、私の『探知』さんに小さな小さな反応がある?

すぐ近くにもポツポツと反応があるんだけど『警戒』には引っ掛からないので私に害意はないみたいなんだけど。


(ねぇ、くーちゃん。 この小さな反応って何だろう?)

(おそらく件のスライムではないかと。)


ああ、これが スライム。

今までとは感じが違う反応だったから何だろうって思ってたけどこれがスライムだったんだ。

反応のある所へそぉーっと歩いて行くと草がかさかさと小さく揺れている。

私はしゃがんで揺れている草を手でそっとかき分けるとそこに居た。


スライムだ。


薄い薄いピンク色で透き通っている。

桜の花みたいな色ですごく綺麗。

ふいにスライムの動きが止まってこっちを見た ような気がした。

スライムに目がある訳じゃないからこっちを見たのかどうか分かんないんだけど、なぜかこっちを見たように感じたの。

僅かな沈黙のあとスライムはゆっくりとこっちに近づいて来た。

ふるんふるんと揺れている。

カワユス。

スライムって汚物処理もするのよね。

だったら、捨てようと思ってた果物の皮とか獣の骨とかあるからあげてみようっと。

食べてくれるかな?

ストレージからゴミを取り出すとスライムの近くに置いた。

スライムはゴミの上に覆い被さるとゴミを取り込んだ。

スライムの中に取り込まれたゴミはしゅわしゅわと小さな泡を出しながらゆっくりと溶けてゆく。

へー、スライムってこうやって消化するんだ。

スライムを見るのも初めてなら実際に消化してる様子を見るのも初めて。

面白いのねー。

見てて全然飽きないわ。

私は女の子座りをしたままスライムがゴミを食べているのを眺めていた。

スライムはゴミを消化しつくすと斜め上に伸びをするかのようにびよんびよんと伸びて縮んでを繰り返している。

なんか楽しそう。


「美味しかった?」


そう聞くとスライムは今度は上にピョンピョンとジャンプし始めた。

あはは、なんかこっちの質問に答えてくれてるみたい。

そっかそっか美味しかったんだ。


「じゃあ、もっと食べる?」


するとフルフル~っと震えて大きく上に伸びをした。

スライムって面白い、色んな動きをするんだね。


「オルカさん危ない、逃げてっ!」


リズさんが剣を抜いてこちらに向かってくるのが見えた。

え? え? 


「何言ってるの? 全然危なくなんかないよ? この子悪いスライムじゃないよ。」


「何言ってるの?じゃないでしょ。 それははこっちの台詞! 今退治するから早く離れて!」


スライムが殺されちゃう!

そう思った私は咄嗟に動いていた。

スライムを抱きかかえてリズさんから守るように背を向けていた。


「ちょっ、オルカさん。 スライムは人を襲う事もあるのよ。危険だから早く逃げて。」


「大丈夫、この子は大丈夫だから。」


私は必死に庇った。

するとスライムは私の腕の中からするりと抜け出て私とリズさんの間に位置をとった。

そして透明な身体に赤い斑点がポツポツと出来始める。


「っ! 攻撃色!」


「ダメ! 二人ともダメ。」


私はスライムを捕まえて引き寄せると


「二人とも落ち着いて。 キミも大人しくしてて、そうしたら殺されたりしないから。 ううん、私が殺させたりしないから、ね。」

「リズさんもちょっと落ち着いて? よく見て、私は大丈夫でしょ?」


私は声を少し低く、優しく囁くように二人に語りかける。

それでようやく大人しくなったリズさんとスライム。

ふう、良かった。 何とかなった?


「あれ? なんで攻撃色が消えてんの?」


ほんとだ、スライムの攻撃色とやらが消えている。

て事はもう攻撃する意思はないって事よね。

私はスライムをそっと地面に降ろす。

するとスライムは私の方へ近寄って来て膝にスリスリした後ふよんふよんと揺れている。


「ねぇキミ。 さっきは私を庇ってくれたんだよね? ありがと。」


そう言うとスライムは斜め上に右に左にと伸びたり縮んだりしてる。

これはさっきも見た動き、嬉しい時の動きなのかな?

リズさんはどうなってんの?みたいな目をこちらを見ているけど、別にどうもないわよ。

私はただスライムと遊んでただけだもん。


「二人とも~ そろそろ出発するよー!」


「「はーい!」」


返事をしたあと立ち上がると私たちはメロディちゃんの居る方へ歩き出した。

私は後ろを振り返ってスライムに


「私たちはもう行くね、バイバイ。 」


そう言って手を振るとスライムはピョンピョンと飛び跳ねるように後を追いかけてきた。


えっ?! 付いて来てる?

スライムは私たちに遅れまいと必死だ。

ねぇ、リズさんどうしよう。 この子付いて来てるんだけど?



いや、マジでどうしよう?




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