第172話 何かと物入りなのよ
神域でドロシーがルカだったと分かった日から数えて丸4日が過ぎた。
私とドロシーの関係はあっという間にギルド内に知れ渡り、って言うか私とドロシーの関係が今までの仲のいい女友達から一歩進んでイチャコラするようになった為すぐにバレただけなんだけどさ、公認の仲となった。
これは嬉しい。
このおかげで男たちからの誘いはめっきりと少なくなった。
まだ一部根強いファン?が居てしきりにお誘いがあるのだけどそれは丁寧にお断りしている。
逆に『あっち側』の女子の間では人気が爆上がりしているという話らしい。
「Rosy lilies」のリーダーは女の子を囲う性癖があると専らの噂なんだとか。
ちょっと待って、性癖ってなに性癖って!
更に私に気に入られると好待遇で囲って貰えるとか何とか。
なにその好待遇って……。
どこからそんな話になったのよと思ってたらどうも孤児院の子たちを雇う話が歪曲されて伝わっているみたいね。
確かに女の子ばっかり一気に15人も雇っちゃったもんね。
そりゃ事情を知らない人が聞いたら勘違いしちゃうかも。
今も私には遠巻きに冒険者のお姉さんたちからの熱い視線が注がれている。
まぁ、男どものイヤらしい視線よりも遥かにマシだからいいんだけどね。
目の前にはパーティメンバーのリズとメロディとドロシーが立っていて今日のお仕事をどうするか相談中。
昨日草原から帰って来て買い取りして貰う為にギルドに狩り溜めた魔物を大量放出した。
なんせくーちゃんとさくちゃんが遠慮なしに心の赴くままに嬉々として狩りまくったもんだから数が凄いのよ。
案の定解体場ではちょっとした騒動になってしまった。ゴメン。
いつもは「よっ!」とか言って明るく声を掛けてくれる解体場の職員さんも心なしか私に向ける目が冷たかった。
何かヤバそうな雰囲気ではある、ではあるが私は忖度しない。
まだ大丈夫、まだいける。
あと3回、いや2回くらいか。
その辺がギリギリのラインかな、流石にそれ以上やったら出禁を食らいそうね。
なんて考えていたらリズが「で、今日はどうすんの?」と再度聞いて来る。
うーん、どうしようっかなぁ。
多分だけどもうすぐお屋敷の引き渡しがあるでしょ、そうしたら何かと物入りになるのよね。
お金はどれだけあっても邪魔にはならないし、それに食料もある程度確保しておきたいし。
なのでもう2日程くーちゃんたちに頑張って貰おうかなぁって思ってるんだけどダメ?
そう聞いたら「別にいいけど」とちょっと消極的な返事が。
「いや、私たち何もしないでくーちゃんさんたち働かせて美味しい物食べてお金が貰えて……何か真面目に働いてる人に悪いなって思っちゃって。」
「だよねー、オルカはくーちゃんさんたちの主だからいいけど私たちは完全にオマケだもんねー。」
「オルカにばっかり負担掛けてるのがちょっと心苦しくて。」
「別に気にしなくていいのよ?」
「「そう言う訳にはいかないよー。あ、ドロシーはいいの。ドロシーはオルカのお嫁ちゃんなんだから扶養家族でしょ。」」
「「なっ、お嫁ちゃんて……」」
ちょっとヤメてよー、恥ずかしいじゃない。
ドロシーも顔赤くしてモジモジしてるじゃないの。
「もー、お嫁ちゃんだなんてぇ。 正直者なんだからぁ。」
私は嬉しくてクネクネしてしまう。
「おーい、そこのクネクネと不審な動きをしてる女たらしの痴女さんと愉快な仲間たちよぉ。」
「誰が痴女よ!」
「「「誰が愉快な仲間たちなのよ!」」」
「お前たちしかいねーだろうが。」
むう、失礼なギルマスね。
「ちょうど良かった、侯爵家から姫さんに伝言があったんだ。ちょっと奥の部屋まで来てくれ。お前たちも一緒にな。」
そう言われて私たち4人とくーちゃんたちはギルマスと一緒に奥の応接室へと向かった。
中に入ってまずはそこに座ってくれと言われ革製の豪華なソファに座る。
私の右横にはぴったりと寄り添うようにドロシーが座り、左横にリズたち2人が座る。
メイジーさんがお茶を持ってやって来てテーブルにお茶を置いてそのまま静かに退室して行った。
「うほん」と1つ咳払いをしてギルマスが封蝋してある手紙を私に差し出す。
「姫さんの質問をグレイソンに聞いたら侯爵家の使いってのがやって来てな、質問の返事はこの手紙に書いてあると言ってこの手紙を置いていったんだ、読めば分かると言ってたぞ。それと屋敷の引き渡しの日が3日後に決まったそうだ。今現在は改装は全て終わって屋敷を清掃中なんだと。3日後の午前の5の鐘にギルドに迎えに来るから遅れずに待っているようにだとよ。」
「3日後ですね、分かりました。 ここに来るのは私だけですか?それともこの4人で?」
「んー、姫さんがパーティメンバーと一緒に住むってのは向こうさんも知ってる訳だし別に4人で来ても問題ないんじゃねーか?」
「分かりました、そうします。」
そう言って3人に目配せすると3人とも「了解」と首肯する。
まぁ、多分その日も一緒に行動するだろうから誰かが遅れるって事もないから心配無用なんだけどね。
「兎に角それ開けてみろ、もしかしたらサイラスかテオドールの嫁にどうだ?なんて書いてあるかも知れないぞ?」
「え”っ。 冗談はヤメて下さい、勘弁してくださいよ、もう。」
「そんなイヤそうな顔するなよ。」
そう言ってクツクツと笑うギルマス。
この人私が殿方が苦手って分かってて態と言ってるでしょ。
そんなギルマスは一旦放っておいて封をされた手紙を開けて中身を確認する。
「ん、どうだ? 何て書いてある?」
興味津々でにやにやと笑いながら私を見てるギルマスにちょっとだけイラっと来たけれどそこはグッと飲み込んで一旦最初から最後まで手紙を読む。
成る程ね。
ふむふむ。
「屋敷の中の調度類などは改装費用に組み込んであるけれど、それ以外の物については私が費用を負担するようにと書いてありますね。使用人のお仕着せとかシーツやタオルなどのリネン類、それからカトラリーなど調達に時間の掛かる物は侯爵家を通して既に用意してあって、街ですぐに購入出来る物は後日自分たちで購入するようにとの事だそうです。」
「んんー、何だぁ。どうせなら何もかも全部出してやりゃあいいのによー。アイツも意外とけち臭いな。」
いやいや、ギルマスなに言ってんですか。
全然けち臭くなんかないですよ。
もう普通じゃないくらい良くして貰ってますって。
あれだけのお屋敷を貰って更に何もかも用意して貰うなんて虫が良すぎますよ。
流石にそこまでして貰う訳にはいきませんよー。
私がそう言うとギルマスは
「とは言っても今姫さんが言った物だけでも結構な金額が掛かるぞ?」
と言って心配そうにこっちを見ている。
一応手紙には侯爵家が発注したお店と品名と個数、それから金額が記されていたので大体の総額は分かるようになっている。
うん、まぁかなりの金額だわね。
前世の感覚で言うと帯の付いた諭吉さんがサッカーチームのごとく飛んで行くって感じかな。
使用人のお仕着せは侯爵家と同じ品質の物は数が用意出来ないので少し品質を落とした物で同じ意匠の物を発注してあるとの事。
一応夏服と冬服で替えも含めて注文してあるみたい。
カトラリーは本館用、つまり私たちとお客様用が陶器のカトラリーで使用人用は木製食器で揃えてあると。
シーツやタオルなどのリネン類も貴族が使うには少々アレだけど平民が使うには上等すぎる品質の物を用意してある。
本館は貴族が使うようなふかふかのベッドだけれど使用人用は平民が使うのと同じ藁を敷き詰めたベッドって書いてある。
んー使用人用のベッドについても全て綿のふかふかのベッドに入れ替えたいな、と私は思っているんだけど一般的にはどうなんだろうか。
私たちと使用人とで分けた方がいいのか別に同じでも構わないのか。
その辺が分からないから今は保留だけど近い内にこれは何とかしたいなと思った。
あと冬に使う薪なんかも既に購入済みで薪小屋に入れてあるって書いてあるからこれは助かるわね。
その他にはお屋敷に住む全員分の日用雑貨なんかも買わないとね。
あ、それと清掃用具も!
それと肝心の使用人としてウチに来てくれる子たちの給金をいくらにするかよね。
これの相場が分からないのよねぇ。
一体いくらくらいが適正なのだろうか、これはグレイソンさんか院長先生に聞いた方がいいかも。
他には何かあるかな?
後でリズに聞いてみよう。
そんな感じで書かれている事をみんなに説明する。
「一応グレイソンも少しは安くつくよう考えてはいるのか、それにしてもかなりの金額になりそうだな。金の方は大丈夫か?」
「まぁ、それについてはこの子たちが稼いでくれてますから。」
そう言ってくーちゃんたちを見ると「ああ、成る程な」と得心したようなギルマスの顔があった。
この子たちが居てくれるおかげで私はお金に苦労する事もなく日々安心して過ごす事が出来ている。
ほんとくーちゃんたちには感謝しかない。
くーちゃんたちに念話でいつもありがとうとお礼言う。
するとくーちゃんは嬉しそうに尻尾をパタパタと振り、さくちゃんはみよんみよんと右に左に伸びたり縮んだりして喜びを表している。
キミたちはほんと可愛いなぁ。
嬉しくなって目を細めて微笑んでしまう。
「所で姫さん、ひとつ頼まれてくれねーか?」
ん、改まってどうしたのかしら。
何か問題でも?
「いや、姫さんの従魔が狩ってくる魔物があるだろ? あれな、ウチから街の肉屋に卸してるんだが、その卸してる魔物の肉の鮮度がえらくイイって評判になってな。もっと肉はないのか?って問い合わせが引っ切り無しに来るんだよ。」
「へえぇ、そんな事になってるんですか。」
「へえぇじゃなくて、ほんと最近特に多いんだわ。」
「あ、それなら最近ずっとこの子たちに魔物狩って貰ってたのをついさっき買い取りに出したばっかりですよ?」
「ホントか?」
「ええ、それにほら、今後何かと物入りになるじゃないですか。だからその為にも少しお金稼いでおかないといけないと思ってもう2日程魔物狩りしようかなと思ってた所なんですよ。」
そう言うとギルマスには食い気味に「是非、頼むっ!」とお願いされた。
これで大手を振ってくーちゃんたちに狩りを楽しんで貰えるね。
くーちゃんとさくちゃんにはそう言う訳だから遠慮なく狩って頂戴と念話でお願いした。
解体場の職員さんには申し訳ないけど、ギルマスからのお願いとあっちゃ断れないよね。
うん、仕方ない仕方ない。
別に私はいいんだけど街のお肉屋さんが待っててくれるんだもん仕方ないよね。
需要があるんだから供給元としては精一杯力の限り出来るだけ要望には応えたい所よね。
「それはそうと、昇級のお知らせだ。」
は?
ギルマス何言ってるですか?
えっ? そんなの窓口の誰かに言伝すればいいだけの話では?
なぜ態々ギルマス自ら伝える必要が?
眉根を寄せて不審がる私を見てギルマスが笑いながら「心配するな」と軽く言う。
「そんな顔をすんなって。ついさっき決まったばかりだからな。」
「はあ……」
「何だよその気の無い返事はよぉ。もっと素直に喜んだらどうだ?」
だってつい最近昇級したばかりだしそんな続けて……ねぇ。
そう言ってリズたちを見るけれどリズたちは「昇級?良かったじゃない。」と他人事なのかワリとどうでもいいと言う感じ。
「いや、職員でちゃんと話し合って決めたから昇級については何も問題ないぞ?」
「ギルマスがちゃんと仕事してる?」
「失礼なヤツだなぁ、俺だってやる時はやるんだぞ。それに俺じゃないと決裁出来ない事案だってあるんだからな。」
まぁそれはそうでしょうけど。
「それに昇級は姫さんだけじゃなくてお前たちもだぞ? 俺が何の為にお前たちをここに呼んだと思ってんだ。 まず姫さんはCランクに昇級だ。これより上は王都で昇級試験を受けないと上がれないからな。次にリズとメロディとドロシーだが、全員Dランクだ。」
「「「「ええぇぇぇぇぇっ!」」」」
ちょちょちょ ちょっと待ってよ、Cランクって言ったら高位冒険者って言われる人たちじゃないの。
それに私がなるの?
流石にそれは早くないですか?
私冒険者になって日も浅いただの小娘ですよ?
「問題ない。」
私の不安をよそにギルマスは軽うくひと言。
「私たちがDランク? マジ?」
「ねーリズ、聞き間違いかなぁ? 私今Dランクって聞こえたような気がするんだけど。」
「私? 私何もしてないのにDランク? それって拙いでしょ。」
「もう1回言うが問題ない。ちゃんと話し合って決まった結果だ。」
いいのかなぁ。
私たちまだそこまでの実力じゃないと思うんだけど。
「Dランクだから強くなくちゃいけないって訳じゃないぞ。ギルドや街に対する貢献度も加味されてるからな。」
「「「いいのかなぁ。」」」
だよね、戸惑うよね。
私もかなり戸惑ってるけれど。
だって自分ではそこまで強いとも思ってないしそんなレベルに到達してるとも思ってない。
だから突然の事に戸惑っているのよ、青天の霹靂ってやつよね。
「姫さんとその従魔の実力がありゃ塩漬け案件になってる超危険依頼もいけるんじゃねーか?」
私たちは自分たちの考えに没頭してて黒い笑顔をしながら呟いたギルマスの言葉を聞き逃したのだった。