第170話 ドロシーの好きな玉子サンドよ
くーちゃんたちを先頭に草原の中を通る街道を歩く私たち。
んふー。
ドロシーと両想い。
こんな幸せがあっていいのかしら。
私嬉しくって頭お花畑になりそう。
「あー、何だか世界が輝いて見えるわねぇ。」
「それはオルカだけだって。」
「んだんだ。浮かれ過ぎ。」
「もー、花が咲き蝶が舞い踊るかのようなこの心が浮き立つ乙女心が分からないかなぁ。」
「いや、分かるよ。分かるけどオルカのは乙女心じゃななくて浮かれポンチって言うんだよー。」
ちょいとリズさんや、それは言い過ぎってものじゃあないかい?
だいたい浮かれポンチって昭和か!
『言語理解』さんイイ仕事し過ぎじゃない?
「リズ上手い事言うねー。オーク肉のステーキ1枚!」
メロディも!
寄席風の演芸バラエティですか。
言うんだったらそこは座布団1枚でしょーが。
「それよりさぁ……」
メロディが私の方を向きながら言葉を発する。
「さっきオルカさぁ、ドロシーの事『ドリィ』って愛称で呼んでたよね?」
うん、そうだけど。
それがどうかした?
「それいつから?」
「んー、今日から。」
さっきドロシーと話してた時に、『ルカ』『カオくん』の呼び方は二人きりの時だけにしよう、それ以外の誰かが側に居る時は今まで通りに呼び合おうと決めた。
ただ折角なので恋人らしく愛称で呼びたいなと思ったからドロシーの事は『ドリィ』と呼ぶ事にした、それだけの事。
「やっぱ怪しいなー。」
そこでニヤニヤと笑わないでしょ。
もう今更なんだし私がドロシーの事をどう呼ぼうと別にいいじゃない。
「ぷふ。照れてる照れてる。」
「二人とも顔赤くしてなに照れてんのよ。」
「「初々しいわねぇ。」」
ねー、リズもメロディもホントに私の1コ上?
なんか近所のオバちゃん感がすごいんですけど。
「ねーメロディ、私たちもこんな初々しい頃あったよねー。懐かしいわぁ。」
「あったあった。でもそれってこーんな小っちゃい頃の話だけどねー。」
「そうだねー、私たち子供のころからずっと一緒だもんね。」
「ねー。」
「でもあの頃はほんと酷かったよね、今思い出してもゾッとする。」
「だよね、あの頃の私たちは人間であって人間じゃなかったもんね。」
ん?
人間であって人間でないってどうゆう事だろう?
それって穏やかじゃないよね。
疑問に思ってドロシーの方を見て目で合図するもドロシーも分からないみたいで小さく首を横に振るだけだった。
「ま、まぁこの話はまた今度。気が向いたら話してあげるよ。」
「そうだね、聞いててあんまり気分のいい話じゃないからね。」
「うん、メロディの言う通りかな。オルカやドロシーにイヤな気持ちになって欲しくないし。だからこの話はこれでお終い。」
そう言っていつもと変わらぬ笑顔を見せるリズ。
リズとメロディの馴れ初めかぁ、興味はあるね。
いつか聞いてみたいもんだわ。
くーちゃんの案内で見晴らしが良くて休憩するのに丁度いい木陰のある場所までやって来た。
さっすが私のくーちゃん。
「くーちゃんありがとう。」
デキル女は違うね!
そう言って褒めてあげるとそれはもう嬉しそうに目を細めて耳をペタンとして尻尾をバッサバッサと高速で振っていた。
うむ、カワユス。
くーちゃんの頭を一頻り撫で撫でする。
頭から手を離すとちょっとだけ寂しそうにするくーちゃんがまた可愛い。
さてさて、今日はくーちゃんとさくちゃんのお楽しみ日だからね、私たちはさっさと用意する物用意してくーちゃんたちを送り出してあげないと。
そう言う訳で私はお昼用にテーブルと椅子を取り出してセッティングする。
念の為結界の魔道具も忘れない。
これをちゃんとしとかないくーちゃんが安心して狩りに行けないからね。
ストレージから結界の魔道具を出して起動する、すると私たちの居る場所が薄い緑色の半球状の幕で覆われたようになる。
よっし!これでもう安心。
(じゃあ、くーちゃん・さくちゃん行っておいで。楽しんで来てね。)
そう念話で送り出してあげると矢のようにバヒュンと走り出して瞬く間にくーちゃんたちの姿が見えなくなった。
早っ!
もう見えなくなっちゃった。
くーちゃんたちが行く時にもし居たらでいいのでコカトリスとかバイパー系とか、他にはボア系やオーク系なんかを見かけたら狩っておいてねとお願いした。
「くーちゃんさんたち行っちゃいましたねぇ。 て事は今日は新鮮なオーク肉が手に入るかも?」
「メロディほんとオーク好きだよねー。」
リズが苦笑しながらそう言うと、
「違うし。私が好きなのはオーク肉であってオーク本体じゃないから! オーク好きって言われると何か語感的にイヤらしい感じがするからヤダ。」
と反論するメロディを見て私たちは爆笑してしまった。
確かに、オーク好きって語感がヤバいよね、なんかすっごい好き者って誤解されそうよね。
「まぁまぁ、それより少しゆっくりしようよ。」
そう言って私は携帯魔道コンロとティーポットとマグカップを取り出してお茶の用意を始める。
さぁさ、そんなとこに突っ立ってないで座って座って。
私の右隣りにはドロシーが、向かいの席にはリズとメロディが座る。
遠く遠くの草むらの陰に潜む2つの影。
いつもご苦労様の監視兼護衛のお二人ですね。
ホントは差し入れの1つでもしてあげたい所なんだけどそれしちゃうと……ね。
だから心の中で「いつもありがとうございます。」とお礼を言っておくだけに留める。
いつかまたご馳走するからさ。
「さて、少ーし早いけどお昼ごはんにしようか。」
「なになに、今日は何食べさせてくれるの?」
「こーら、メロディそんなにガッツかないの。」
食欲に忠実なメロディらしい発言に思わず笑みがこぼれる。
いいよいいよ、それもまたメロディの良い所?だから。
そう言うと「もー、あんまりメロディを甘やかさないでよー。」ってリズに呆れられた。
二人のじゃれ合いを見てドロシーも肩を揺らして笑っている。
「今日はね、カミラさんに頼んで朝宿の厨房を使わせて貰ってサンドイッチ作って来たの。ほら、ジャジャーン。」
軽やかな効果音を口ずさみながらサンドイッチを取り出す。
「オルカさん手作りの玉子サンドよ。ちなみにドロシーの好物。だよね?」
そう生前のドロシー(ルカ)は玉子サンドが好きだった。
とりわけ私が作る玉子サンドが大好きでいつも口いっぱいに頬張りながら美味しそうに食べていたのを覚えている。
それを思い出しながら「だよね?」と聞くと満面の笑みで「うん♪」と返事が来る。
「へー、そうなんだ知らなかった。」
「私も。」
「玉子なんて高級品孤児院で出た事あったっけ?」
「んー、多分ないと思う。私たちも一人前になって最近やっと食べられるようになったくらいだもん。」
「そもそもドロシーとオルカが知り合ったのってつい最近だよね?」
「だね、1ヶ月ちょっとくらい?」
「「んー、なんか怪しい。」」
「もー、そんなのどうだっていいじゃない。秘密よ秘密。乙女の ヒ ミ ツ 。恋する乙女には秘密の1つや2つくらいあるものよ。」
「へいへい、乙女の秘密ね。」
「まぁ別にいいですけどぉ。」
やれやれ仕方ないなぁみたいな顔してそれ以上は突っ込んで来ないのはリズとメロディの優しさなんだと思う。
さ、さ、食べようよ。
沢山食べる子が居るから大量に作って来たんだからさ。
ハンバーガーのバンズみたいな丸いパン、薄い茶色をした庶民が食べるにはちょっとお高い柔らかいパンを上下で2つに割って間に具を挟んである。
真っ白な白パンはこの世界にはまだ無いのか、有っても滅多に出さない高級品なのかは知らないけれど領主様の所でも出て来なかった。
ふむ、なら今度自分で作ってみようかな。
ふわふわで柔らかくて中が真っ白でバター等を使った山型食パン、あ、ちなみに私やドロシーの地方では食パンの事を『しょっぱん』て言っていた。
柔らかくて耳まで美味しい食パンでサンドイッチ作ったら美味しいだろうな。
っと、話が逸れちゃったね。
さ、手と手を合わせて
「いただきます。」
「いただきます。」
「「イタダキマス?」」
まずは作った本人の私から。
「あーん」と口を開けガブリと齧りつく。
齧った後の断面は、薄くスライスしたキュウリを幾重にも重ねた緑の層と玉子の黄色の層が目にも美しい。
目で見て美しく食べて美味しい。
ドロシーは一口齧ってもぐもぐ。
ゆっくり味わうように咀嚼してゴクリと飲み込む。
「これこれ、この味!」
と懐かしむように食べている。
「またこれを食べられるなんて……」
薄っすらと目に涙を溜めてとても嬉しそうに食べてくれる。
そして「美味しい!」と笑顔になる。
良かった。
ドロシーがそう言ってくれると作った甲斐があるってものよ。
ね、ドロシー美味しい?
まだまだいっぱいあるからね、遠慮しないでどんどん食べていいのよ。
「そう? ならもう1個貰おうかな。」
そう言ってメロディが次のサンドイッチに手を伸ばす。
早やっ! もう1個食べたの?
って、なんでドロシーじゃなくてメロディなのよ。
え、リズも?
「あー、これすっごい美味しいなぁ。こんな美味しい物初めて食べたかも。」
「ホントホント、屋台の軽食みたいな物かと思ったけど全然違うんだねー。」
「薄く切ったキュウリがシャキシャキして歯触りが良くて、何だろう、この玉子が兎に角美味しいのよー。」
「そうそう、良く分かんないけど美味しいって事だけは分かるぅ。」
「そうだろそうだろ、もっと褒めてくれてもいいのだよ。」
ニヒヒと笑いながらそう言う私を見て「ヤダよーだ。」とイーッてして笑う二人。
その様子を見てクスクスと笑うドロシー。
「ねー、この黄色いのって玉子だったっけ? これが抜群に美味しいのよねー。 潰したゆで卵にしっとりと絡まってるコレってあれよね? 秘伝のメイヨーソースよね?」
リズの問いに「そうだよ。」と答える私。
「うーん、ここでメイヨーソースを使うのかぁ。これは贅沢すぎる。 それとこの小さい茶色いツブツブがいいアクセントになってるのよね。」
「あ、それはカラシ菜の種ね。辛味や苦みがあってとっても美味しいのよ。作り方は意外と簡単なのよ。」
小さい茶色のツブツブとは私謹製の手作り粒マスタード。
① まずはマスタードシードをひたひたになるくらいの水に1時間ほど浸す。
② 水気をしっかり切ってスプーンの背などでマスタードシードを潰す。
③ 白ワインビネガー、塩、砂糖 等の調味料で味付けする。
ね、簡単でしょ?
手作りの良い所は、爽やかな香りとキリっとした味わいなの。
これをね、ソーセージに乗せてガブっと齧りつくの。
うーん、これが最高に美味しいのよねぇ。
あ、こんな事言ってたらソーセージが食べたくなって来ちゃった。
「折角だからみんなもソーセージ食べる?」
「「「食べるーっ!」」」
とっても良い返事ですね。
お姉さんとっても嬉しいわ。
ちょっと大きめのお鍋に水を張ってお湯を沸かしてお湯が沸いたらソーセージを投入っと。
「行って来なさい♪」
鍋にポチャンポチャンとソーセージを入れていく。
みんなに何本食べる?って聞いたら私も含めたリズとドロシーは2本、メロディは4本……。
4本っ!?
いくら何でも食べすぎじゃない?
サンドイッチだってもう2個目も食べ終わりそうじゃない。
メロディの方を見ると2個目もペロリと平らげて3個目に手を伸ばしていた。
まだ食べるんだ。
て言うかその細い身体のどこに入っていくんだろう?
食べた物の栄養はいずこへ?
メロディを凝視してしまう私。
私の視線を感じたのかメロディはちょっとバツが悪そうにいい訳をする。
「ほら、私って育ち盛りだから。」
思わず胸部装甲のたわわなぷるんぷるんの果実を見る。
「「「確かに~!」」」
どうやらみんな思う事は同じみたいね。
栄養は全てそこへ集中してたかっ!
私とドロシーはやっぱりなと思ったけれどリズだけは自分のささやかな胸と見比べて「むむ」と唸っていた。
まぁまぁまぁ、私はおっぱいもちっぱいも好きよ。
全ての胸に貴賎なし!
女性の胸とはいと尊きものなのよ。
「オルカ馬鹿なの?」
なぜか私の力説はドロシーには伝わらなかったようだ。
理解に苦しむわ。
やれやれと言った顔をしている私をジトーッと横目でこっちを見てるドロシーが居た。
ソーセージが茹で上がったのを確認してお皿に乗せて、手作り粒マスタードをこれでもかってくらいたっぷりとお皿の横に添える。
ソーセージにフォークをぶっ刺して粒マスタードを掬って豪快に齧りつく。
「んんーっっっっっ! 美味しいーっ!」
私が一口齧ったのを合図にみんながソーセージを頬張る。
「「っ!! 美味しい!」」
でしょう?
どう?
これでちょっとは私の凄さが分かった?
「このソーセージ美味しいなー、これ高かったんじゃない?」
リズがそう聞いて来る。
「そうだねー。市場で買ったんだけど、せっかく食べるんなら美味しい物食べたいから奮発しちゃった。」
そう言って笑うとリズが「なんか悪いわね」とちょっとだけ眉尻を下げてすまなそうにしていたので「全然問題ないよ。ごはんはみんなで食べた方が美味しいからね!」と返す。
だって本心だもん。
折角なんだから美味しい物はみんなで食べたいもんね。
「このブリッとした歯応えとジュワッと溢れる肉汁! ホント美味しいなぁ。」
「重くなりがちな肉汁溢れるソーセージもこの粒マスタードのおかげでサッパリと食べられる。味変で2度美味しいってヤツね。」
美味しい物を食べると饒舌に語るリズはいつもの事として、今日はメロディも滔々と語ってるねー。
よかよか。
美味しい物を食べて幸せになるのは良い事だもの。
みんな笑顔、それが一番よね。
因みに、前世では粒マスタードと言えば我が家ではマ〇〇かポ〇〇を良く買ってたなぁ。
流石に私の手作りではそこまで美味しくはないのけれどね。
でもね、やっぱり一番嬉しかったのはドロシーが喜んでくれた事かな。