第167話 二人はジョウノウチカオルさん
アリア様が遠くを見るようにしてたと思ったら何やら小声でブツブツ言い始める。
あれは何をしているんだろう。
見た感じだと誰かと話してるようだけれど。
そう思ってミリア様と二人アリア様の様子と伺っていると「えい♪」と言う可愛らしい掛け声と共にピンと伸ばした人差し指をクルリと円を描くように回す。
すると四阿の近くの開けた場所、そう今もキャンピングカーが鎮座しているその場所のすぐ近くに魔法陣が現れた。
あれは私がここに転移して来る時に宿屋の自室で見たのと似ているような気がする。
淡く浮かび上がった魔法陣がひと際強く光ってその光の中から一人の女性が姿を現す。
え ドロシー?
ここに呼ぶって言ってた人ってドロシーだったの?
え?
なに?
どゆこと?
訳が分からなくて私が戸惑っていると魔法陣が消えて目をパチパチさせて面食らっているドロシーが私を見つけて声を上げる。
「オルカ!」
「あ、うん。」
私の方へ駆け寄って来て私の身体をペタペタと触りまくる。
ちょっ、くすぐったいってば。
「どこも怪我してない? 変な事されたりとかしてない?」
「ん? ないよ、そんなのある訳ないじゃない。」
それを聞いてホッと息を吐き安心した顔をするドロシー。
一体何をそんなに慌てているのやら。
ここは世界のどこよりも安全な場所なのにね。
それはそうと、ここにドロシーが呼ばれたって事はもう1つ知らせたい事にドロシーが関係してるって事だよね?
何だろう。
私とドロシーに共通する事って言うと『渡り人』って事くらいだけど。
アリア様もミリア様もドロシーが元地球人だってのは知ってるんだよね、多分。
だとするならば、前世で私とドロシーは何かしらの縁があったと見るべき?
「オルカはどうしてここに?」
まぁそう思うわよね。
「アリア様に呼ばれてね、アレを受け取りに。」
そう言って指差した方向には置かれたままの私のキャンピングカーがある。
しかも只のキャンピングカーじゃなくてアリア様謹製のとんでもカーではあるんだけどね。
「キャンピングカー。 アレって前に言ってた交通事故にあったって言う?」
「そうそう、それそれ。 北海道を旅行中に交通事故に遭っちゃってねぇ。それをアリア様が探して届けて下さったの。」
「へぇ、そうなんだぁ。アリア様が……っ!!……アリア様っ?!」
「そだよ。さっきから言ってるじゃない。」
「えっ えっ えっ?」
アリア様と聞いてドロシーがすっごく慌てている。
口をパクパクさせながら女神様お二人と私を交互に見ている。
ふふ、そうやって慌てているドロシーも可愛らしい。
そんなドロシーを見ていると微笑ましくてつい笑ってしまいそうになっちゃう。
「さて、それでは自己紹介をしましょうか。 私は光の女神アリア。」
「闇の女神ミリア。 アリアの姉をしているわ。」
いきなり目の前の美しい女神二柱から自己紹介され吃驚して固まっているドロシー。
「えっ、 あっ、 あの……わ たし 」
しどろもどろで上手く言葉が出てこないみたい。
慌てなくても大丈夫だから。
ゆっくりでいいから、慌てず話せばいいのよ。
「先ほどはとんだ失礼を致しました!」
そう言ってガバッと深く腰を折り頭を下げるドロシー。
それはもう見事なまでの綺麗な謝罪だ。
世のお偉いさんもこれくらい気持ちの良い謝罪が出来れば炎上とかしないのにね。
とまぁ、これは前世でのよくある話だけれどね。
横で私がそんな事を考えているとは思っていなさそうなドロシーは今も頭を下げたままだ。
「まぁまぁ、そんなに気にしないで。 頭を上げて頂戴な。」
そんな事は何でもない事だと言わんばかりな様子で努めて優しく声を掛けて下さるアリア様。
そうは言っても「はいそうですか」とすぐに顔を上げる訳にもいかずドロシーもまだ戸惑っている様子が伺える。
そんなドロシーを見てアリア様は目を細めて微笑んで「さ、顔を上げて。」と優しく促す。
そうして漸く顔を上げるドロシー。
私と女神様方を交互に見やって「なに? どうなってるの?」と。
さっきも説明した通りあそこの車を受け取りにここに来たんだけど、それとは別に”私とドロシーの二人に”何か用事があるみたいよ。
そう説明して続きを女神様方に委ねる事にする。
「私が代わりに説明する?」
お姉さんらしく妹であるアリア様を気遣うミリア様。
でもそれには首を横に振って「自分で話すから」と。
「ええっとですね。」
「「はい。」」
「緊張しますね。」
いや、これから何を言われるのか皆目見当もつかなくて緊張してるのはこっちですよ。
私たちはそのままアリア様の続きを待つ。
ちょっとだけ待つとアリア様が徐に口を開いた。
「ジョウノウチカオルさん。」
「「はい。」」
私とドロシーの声が重なる。
「「えっ?!」」
「「ええええぇぇぇぇぇーっ!!!」」
私とドロシーの大音量叫び声が響き渡る。
えっ、えっ、えっ。
どうゆう事?
今「ジョウノウチカオルさん」でドロシーも「はい」って言ってたよね。
嘘?
マジで?
ドロシーがジッと見つめてくる。
私もドロシーをジッと見つめる。
ドロシーのつぶらな瞳から大粒の涙がポロポロと零れそして私に抱き付いて来る。
「バカァー!!! こっちに来てるんなら来てるって何で言ってくれないの!」
「え いや、あうっ。 だって私も知らなかったし。」
私に縋りついてわんわんと泣くドロシーをギュッと抱きしめる。
「オルカが私の知ってるオルカだったら、カオくんだったらって何度思ったか……そう思う度にそんな事ある訳ないって……」
私の肩に顔を擦りつけ泣き濡らすドロシーが愛おしい。
「私も同じ事思ってた。 ドロシーがルカだったら……今の仕草ルカに似てるなとか……けどそんな訳ないって……」
気が付くとドロシーにつられ私も涙で頬を濡らしていた。
「っく。 えくっ。 もう独りはイヤ。」
「私もよ。」
独りになった寂しさとまた出会えた嬉しさでもう頭の中はグチャグチャで何が何だか訳分かんない状態だけど、これだけはハッキリ言えるのはルカにまた出会えて本当に良かったって。
「独りにはしないから。 ずっと側に居るから。」
この台詞3回目だ。
三度目の正直ってやつ。
「私こそ今度は先に逝ったりしないようにするから。カオくんを独り残して逝かないようにするから!」
うん うん うん。
私はドロシーの言葉にただただ頷くだけだ。
「カオくんカオくんカオくん」
「ルカルカルカ」
お互いにその愛おしい名前を呼び合う。
その名前を呼ぶ度に心が震える。
歓喜、感動、感激、何と表現したらいいのか分からないけれど心の底から、魂が打ち震える。
抱き合い、きつく抱きしめ合い、髪を撫で背中をさする。
泣いて、名前を呼び合い、どれだけそうして居たのだろうか。
時間にして5分のような気もするし30分のような気もする。
或いは1時間だったかもしれない。
ただお互いに触れあっている時間は甘く切なく、開いたままだった心の穴が埋まったような心地だった。
「ぐすっ、美しい光景ですねぇ。」
「アリアったら相変わらず涙脆いわね。」
「だってぇ。」
「それにしても、ドロシーちゃんの混乱っぷりがすごいわね。貴女ちゃんと錯乱防止の魔法かけたの?」
「勿論よぉ、かけてあの乱れっぷりよぉ。」
「そうなのね、つまりそれ程って事なのね。」
はっ!
見られてる。
ガッツリと見られて恥ずかしくて私たちは思わずバッと離れる。
ちょっとだけ空いた隙間が妙に寂しく感じてしまう。
お互いに顔を見合わせて真っ赤になって照れ笑い。
頬を指でぽりぽり。
「ルカにまた会えて嬉しいんだけどちょっと恥ずかしいわね。」
「そ そだね。 けどカオくんが女の子ってなんか……」
なんか何よ。
「何か、っぽいなって。カオくんらしいなと思ってね。」
そ そう?
前世でも女子力高い、事務所の女子の一員て言われてたし。
ってそうじゃなくて、私が女の子に生まれ変わったのはアリア様が性別間違えたからなんだからね。
決して自分で望んだ訳じゃないから。
本当よ。
その眼は信じてないでしょ?
本当の本当にアリア様の間違いだったの。
「うそ、ホントに?」
ドロシーも半信半疑になっている。
けれど本当に本当なんだもん。
やらかしたのはアリア様だから。
ドロシーが「嘘でしょ?」って顔でアリア様を見るとアリア様は「えへへ」と誤魔化し笑いをしていた。
「まさかホントだったとは……」
「でしょ。」と苦笑いする私。
でもアリア様から謝罪もされたし、これに関してはもうわだかまりは無い。
「だってね、同じ名前が二つもあるんだもの、そりゃ間違えもするわよぉ。」
いや、間違えちゃダメでしょ。
間違えた結果がこれなんだもの、私じゃなかったら大事になってるよ、ホント。
ドロシーが訝し気な目でアリア様を見ている、きっと心の中で「駄女神様」って思ってるんだろうなってのが丸分かりだけどそれ言っちゃダメだからね。
アリア様も薄ら笑いしてないでドロシーにちゃんと説明して下さいよぉ。
「な 成る程。」
理解はしたが納得はしてないって顔でドロシーが呟く。
アリア様から詳細ないきさつを聞いたもののやはりそう簡単には全部飲み込めないようだ。
ミリア様もなぜそこで間違えるんだと少々呆れているし。
でもねと、
「貴女たち、前世も前々世もその前もずっと夫婦してるわよ。」
ミリア様が衝撃の爆弾発言。
「「えっ?!」」
つまり?
「つまり、貴女たちは性別を入れ替えたり同性だったりしながらも、これまでずっと同じ人同士で夫婦をして来たの。」
「こうゆうのは珍しい事例なんですよぉ。 あ、だから今回もこっちの世界で知り合ったのかもですねぇ。」
そうなの?
それって何かめっちゃ嬉しいんだけど。
ドロシーを見ると感激したように喜色をあらわにしている。
「これは宿命ですねぇ。」
「そうね。」
運命とは己の行いによって運ばれてくるもの、つまり運命は変えられる。
それに対して宿命は生まれた時から決まっていて変えられないもの。
なので私とドロシーはいつの世でもいつの時代でも、男でも女でも必ず夫婦になる。
そうゆう宿命なのだと。
やっぱ嬉しい。
思わずニヘッとなってしまう。
ドロシーと私、お互いに見つめ合って嬉しいやら恥ずかしいやら……。
ヤバイね、モジモジしてるドロシーが驚異的に可愛い。
これはもうアレですか、私を殺しに来てるのよね。
私とドロシーがくねくねしてるのを見ながらミリア様が「では、折角なので」と口を開く。
「二人の再会を祝して私からお二人に『祝福』をあげちゃおうかしら。」
「「えっ?!」」
い 今なんて仰いました?
『祝福』って言いませんでした?
そんな簡単に『祝福』しちゃっていいんですか?
「いいのよ、私ってホラ闇の女神じゃない、どっちかって言うとあんまり人気ないのよー。だからここ暫くは誰にも『祝福』してなかったから大丈夫よ。問題ないわ。」
「あ、姉さんズルーい。 じゃあ私もドロシーさんに『祝福』あげちゃおうかなぁ。」
い いいのかしら。
ドロシーもどう反応していいか戸惑って私と女神様方の間で視線が行ったり来たりしているし。
「それじゃあ♪」
ちょっ、ちょっとホントに?
もう一度ゆっくり考えてですね。
私がそう言い終わらぬ内に軽やかなお二人の声がハーモニーのように揃って、
「「えいっ♪」」
私たちの周りにキラキラと光り輝く金色の粒が降り注ぐ。
優しくも温かい光に包まれて女神様の『祝福』を賜った。
「ついでと言っては何だけど、ドロシーちゃん魔法が使えないみたいだからそれも使えるようにしておくわね。」
人差し指をドロシーの方へ向け、クルリと指を回しながら「えい♪」と掛け声をかけるミリア様。
見た所ドロシーには何の変化も見られないけど、ミリア様がそう仰るのだから魔法が使えるようになるのだろう。
ドロシーもキョトン顔しているし。
「これでドロシーちゃんも魔法が使えるわよ。属性は木と風よ。」
はい?
2属性も?
ドロシーも吃驚して「え?」てなってる。
「姉さん2属性だけ? もうちょっとサービスしてあげたら?」
「何言ってるの、魔法が使えない人を使えるようにするだけでも特例中の特例よ。大サービスよ。」
「でも私はオルカさんには全属性持ちにしてあげたけど?」
「それは最高神様の許可があったからでしょ。それにしたってサービスのし過ぎ、大盤振る舞い過ぎよ。」
そう言って苦笑するミリア様。
やっぱり私の全属性持ちは女神様的にも普通ではなかったか、いやそうだろうなとは思ってはいたけどね。
そして全属性持ちの所でドロシーが驚いた顔で私を見る。
だよね、言ってなかったもんね。
なんせ人に知れたら拙い秘密が私にはごまんとあるからさ、例えそれがリズたちやドロシーであってもおいそれと話すわけにはいかなかったのよ。
でもね、
「ドロシーがルカってんなら話は別。また今度ぜーんぶ話すから。」
「分かった。」
ん、約束するよ。
そう言ってにっこり笑う。
「さて、これでお話はお終い。 態々こっちまで来て貰っちゃって悪かったわね。 それじゃあ元の場所まで転送するわね、アリアお願い。」
「はーい。 それじゃあお二人とも転送しますよぉ。」
アリア様が「えい♪」と掛け声をかけると私たちの足元にさっき見た魔法陣と同じ魔法陣が現れる。
魔法陣が淡く光り出したので「明日の朝孤児院まで迎えに行くわね。」とドロシーに声を掛けるとにっこりと微笑んで「うん、待ってる。」と返事が来た。
そして魔法陣が強く輝くとぐにゃりと視界が歪んで、浮遊感を感じたのち視界が元に戻るとそこは元の宿屋の部屋だった。
ほっ、無事帰って来た。
ドロシーも無事孤児院に帰ったかな?
でもでもまさかドロシーがルカだったとは!
なんか嘘みたいな話で今はまだ全然実感湧かないや。
ドロシーがルカかぁ。
またルカに会えるなんて……そんな夢みたいな事が現実に起こるとはね。
そっかまたルカに会えたんだ、もう会えないかと思ってたルカに。
嬉しい♪
明日ドロシーを迎えに孤児院に行っていっぱい話しなきゃ。
ルカが亡くなってから私が北海道で亡くなるまでの間のあれやこれ色んな出来事ぜーんぶ話さなきゃ。
明日楽しみだな。
なんかもう今日は嬉し過ぎて眠れそうにないや。
孤児院に戻ったドロシーは翌朝院長先生に会った時に、ドロシーがいつの間にか闇の女神と光の女神の『祝福』を持っている事に大層驚かれ大騒ぎとなった。
そしてオルカがドロシーを迎えに行って院長先生に事のいきさつを根掘り葉掘り聞かれ説明させられる事となるのであった。