第160話 雨と監視員
ポツポツと屋根を叩く雨の音が聞こえる明け方。
その雨音で目が覚めた。
あー、今日は雨かぁ。
雨はヤダなぁ。
当たり前だけどこっちの世界でも当然雨は降る。
雨が降らなきゃ作物は育たないんだから逆に雨が降ってくれなきゃ農家さんは困ってしまう。
こっちの世界に来て分かった事だけど、こちらの世界では何故か雨は夜に纏まって降る事が多い。
理由は謎なの。
分からないんだけど実際にそうなんだから仕方ない。
それで困る事もあまり無い気がするから皆受け入れているって感じかな。
夜半前から降り出して夜明け前には上がる。
日中はほとんど降らない、降っても小雨程度でシトシトと地面を少し湿らす程度の雨が降るくらい。
なので人も獣も昼間活動して夜は動くのをヤメて大人しくしている。
日中ほとんど雨が降らないので農民も冒険者も商人も、それからお貴族さまも昼間は存分に活動出来る。
まるでそうしなさいと言わんばかりだ。
人知を超えた何か超常的な力が働いているとしか思えない。
いや、実際に女神が居るのだから人知を超えた超常的な力と言うのはあって実際に影響を与えていると考えるのが正しい。
かく言う私もその超常的な力でもってこっちの世界にやって来た一人なのだから。
そんな事をうつらうつらしながら微睡みの中ぼやーっとしながら考えていた。
珍しい事に今日は明け方になっても雨が降っているね。
雨が降ると冒険者稼業は店じまいってのが普通なんだけど、さて私はどうしようっか。
一応いつも通り起きてギルドへ顔出してリズたちに聞いてみないといけないね。
篠突く雨。
おやおや、なんか雨脚が強くなって来た?
こっちの世界に世界に来てからこんな本格的な雨は初めてかも。
これはホントに困ったね。
私は手早くお仕事服に着替える。
夏だし暑いから本当はローブを羽織りたくないんだけど、雨に濡れるのはもっとイヤだから濡れるよりはまだ暑い方がマシかと思い直しローブを羽織って階下に行く。
トントントン。
階段を降りる時いつもよりちょっとだけ足取りも重くなる。
雨で気分が乗らないとこうゆう所にも影響出ちゃうねー。
1階に降りて食堂へ向かう所でカミラさんと出会う。
「カミラさん、おはようございます。」
「オルカさん、おはよう。 今日は生憎の雨ですねぇ。」
「ですねぇ。雨は降らないと困りますけど、だからって昼間に降られるとこっちとしては商売あがったりですもんねー。」
「本当にねぇ。でもこんな雨の日でも仕事に行くの?」
「ええ、一応。ギルドに行くだけ行ってみて、それから考えようかなと。」
カミラさんとそんなやり取りをして食堂へ向かう。
食堂の中に入るといつもならこの時間は結構な数の冒険者が朝ごはんを食べているのに今日は少なかった。
やはり雨だからか早々に諦めて今日は休養日にしたんだろう。
「おはよう。 今日は(朝ごはん食べてる人の数が)少ないのね。」
「あ、オルカさんおはようございます! 雨ですからねぇ。みなさん今日はお休みされるんでしょう。」
やっぱりそうなのね。
温かいスープを口に運びながら今日の予定を考える。
私たちも今日は休息日になっちゃうかな?
朝ごはんを食べたらくーちゃんたちを迎えに行ってギルドへ向かう事にする。
通りに出ると普段より人の出が少ない、それからやはり雨は降ったままだ。
空を見上げれば分厚い雲に覆われていて、これはちょっと晴れそうにないなと思わせる。
雨除けに着こんでいるローブを叩く雨がちょっと鬱陶しい。
これじゃあローブもあまり役に立ちそうにないね。
いくら夏で寒くはないとは言えくーちゃんたちも雨に濡れるのはイヤだろうな。
くーちゃんたちの為にも今日はやっぱお休みにした方がいいのかな?そう思いながらくーちゃんたちの方を見てみるとくーちゃんたちは濡れていない。
なぜ?
こんなに雨降ってるのに何で濡れてないの?
私のローブなんかもうびしょびしょよ?
水も滴るいい女状態なんだから。
このまま立ってたら幾許もなく中の服まで濡れちゃいそうなんだけど。
一体どうなってんの?て思ってくーちゃんをよーく見てみると、くーちゃんに当たる直前で雨が弾かれているのが分かった。
これは結界か何かなのかな?
「雨が弾かれてる?」
何か魔法でも使っているのかなと思いくーちゃんに聞いてみると「そうでございます」とあっさりと認める。
「えーっ、私そんな便利な魔法知らないんだけど!」
(お教え致しましょうか?)
是非にっ!!
勢い込んでくーちゃんに教えを乞う。
だってそれ覚えたら雨に濡れないんだもん、チョー便利じゃない。
覚えない手はないよねー。
(ね、ね、それどんな魔法? どうやるの?)
(どんなと言われましても 主様の得意とする風魔法の一種なのですが……)
(えっ、そうなの?)
(おそらく、ご存じなのではないかと。)
(は? 風魔法にそんな便利な魔法あったっけ?)
(ちょっとしたコツがあるのでございます。)
(うわー、それすんごく気になるなぁ。)
(風壁と言う魔法はご存じで? それの応用なのでございます。)
風壁の魔法とは読んで字のごとく風で壁を作るだけの魔法。
風で壁を作ると言ってもほんとの壁が出来る訳じゃなくエアーカーテンみたいな物と思えば分かりやすいわね。
くーちゃん曰く、全身をその風壁で覆うように展開させるんだって。
風壁を展開させる時に薄く密度を高くしてやるのがコツだとか。
そうするとうまい具合に雨を弾いてくれると。
ほえー、それは便利だわ。
くーちゃん良くそんな便利な魔法知ってたね。
(……。)
くーちゃんがジト目で私を見てる。
そして無言の念話が聞こえたような気がする。
ま まぁ それはいいとして。
私もちょっとやってみようかな!
慣れないので少し戸惑ったけれどくーちゃんに教えて貰いながら練習したらどうにか使えるようになった。
ただ慣れない魔法を使ってるので気を抜くとすぐに風壁が解除されちゃうけどそこはもう数をこなして慣れるしかないね。
風壁を展開すると、確かに身体に当たる寸前で雨を弾いている。
並列処理のスキルでリソースの内の1つをこの風壁に割り当てて外を歩いている間は常時展開するようにした。
これでOKっと。
次は風魔法と火魔法の組み合わせで『乾燥』、暖かい風を当てて濡れた身体を乾かす。
うん、バッチリ。
これは使えるわ。
いい事聞いちゃった、くーちゃんさまさまね。
ありがと。
そう言うとくーちゃんはバッサバッサと尻尾を振って喜びを表す。
因みにこの風壁って魔法は手を触れていればその触れている相手も魔法の効果の範囲内に入るんだって。
すごっ。
マジ優れものじゃない!
手を繋いでいればその相手も効果の範囲内。
手を繋いでいれば……
手を繋いでいれば……
ドロシーと手を繋いで……ぐふっ……合法的にお手手繋いで……
ついでに恋人繋ぎなんかしちゃったりして。
キャーッ!
考えただけで顔が火照ってポッポポッポしちゃう。
恋人繋ぎで指を絡め合う様子を見て「なんかちょっと恥ずかしいね」とドロシーが言う。
「何よ、いつももっと恥ずかしい事してるじゃない」とドロシーの耳元で囁く私。
「だってぇ。」なおも言い募るドロシーに妖しく微笑んで「可愛いわよ」と私。
くうぅぅぅー。
最高じゃん!
これは堪らんですわぁ。
「こらー、そこのお漏らし痴女ー! クネクネすんな、怪し過ぎるぞー!」
「公衆の面前でお漏らしプレイとはかなり性癖拗らせてるぞー。」
「私そんな事言ってないし!してもいないし!」
「あ、おはよう! 3人とも来たんだ。」
「「「シレッとスルーすんなっ!」」」
あらまっ、綺麗にハモッてるわね。
お上手。
「所で今日はイヤな雨ね。」
「話を逸らさないの。」
「そだよー、誤魔化すの良くない。」
「恥ずかしいからその性癖何とかならないの?」
「性癖って言うな、個性って言ってよ。」
「「「…………。」」」
「なによ。」
「この痴女さんが私たちのパーティーリーダーなのよね。」
「栓がバカになってんのか最近お漏らしが多いよねー。」
「お願いだから私たちの居ない時にやって。」
どうやら私の個性は未だ以って中々受けいれ難いようだ。
無念。
でもね、貴女たちがいうこの痴女をパーティーリーダーにしたのは自分たちだからね。
だから諦めなさい。
「んで、そこの最近頓にお漏らしが多い残念すぎる性癖を持つ痴女さん、今日はどうする?」
余計な装飾が多いっ!
それから痴女じゃないし!性癖でもないし! 何回言えば分かるの。
これは個性よ、こ せ い!
「あぁ、それはもういいから。」
リズにヒラヒラと手を振られ適当にあしらわれる。
「ここだと雨に濡れるから中に入らない?」
ドロシーに促され私たちはギルドの中へ入った。
ふぅ、これでやっと雨を凌げるね、私はそっと風壁を解除する。
リズたちは中に入るとすぐに雨に濡れたローブを脱ぎバッサバッサとあおいで水気を飛ばしている。
「はぁー、やっと一息つける。 雨はヤダなー。」
「私もー。雨だと依頼も少なくなるし仕事もしにくいしねー。」
「雨は子供たちの洗濯が出来ないから嫌い。」
雨に濡れたローブを手に持ったリズが私の方を見てる。
「なんでオルカのローブだけ濡れてないの?」
「あれ? ホントだ。 なんで?」
「ん? ああ、これ? これは魔法で雨に濡れないようにしてたの。」
「ええぇぇっ、そんな事出来んの?」
「ええ、それが出来るのよ。私もついさっきくーちゃんに教えて貰ったの。」
と、くーちゃんとのやり取りをリズたちに説明する。
それを聞いていた周りにいる冒険者も「ほぅ」とか「へえ」とか言って感心してる。
「私風魔法得意だから。」
エッヘンと胸を張ると豊かな双丘がぶるんと揺れる。
すると近くにいた冒険者が鼻の下を伸ばし下衆い顔をしてニヤニヤとこっちを見てた。
おっと、いけないいけない。
男どもの目の保養になるとこだった。
「そんなに巨乳がいいのか。 テメエ等なんぞ滅んでしまえっ!」
私たち4人の中で一番の貧乳……コホン、慎ましやかなお胸をしているリズがハイライトの消えた目で呟いた。
怖っ。
だ 大丈夫だから。
私はちっぱいも好きよ。
おっぱいに貴賤はないもの。
私とメロディが一生懸命フォローする。
リズのおっぱいは形がとっても綺麗だよってドロシーも援護射撃するも「貧乳の気持ちは分からないのよ」と……。
ゴメンよ。
私たちは心の中でそっとゴメンなさいした。
「この雨だから今日はもうヤメにしない?」
メロディの提案に私とドロシーも頷いて賛同の意を示す。
リズは今も死んだ魚のような目をしている。
これはダメだ、メロディに確実に保護して貰わないといけないわ。
追加情報としてこの雨はどうやら明日も続くらしいとみんなに話す。
「どうしてそんな事分かるの?」
怪訝そうな顔でメロディが聞いて来るがくーちゃんがそう言ってたって言うと「あ、そうなんだ。」とあっさり納得した。
ちょっと待って!
私だとダメでくーちゃんが言ったって言うとそんなあっさり信用するの?!
「だって野生動物って元々そうゆうのに鋭いって言うじゃない。」
それはそうだけど。
だからと言って……
「別に深い意味はないのよ。」
「そうそう、普段の言動が言動だからよ。」
それ!
普段の言動ってどうゆう事?!
「ええ、何それ。私ってそんな」と言い掛けた所でギルマスがこっちにやって来るのが見えた。
「おおー、姫さんと愉快な仲間たちじゃねーか。 まーたイチャイチャしてんのか? お前等も懲りないなー。」
「「「イチャイチャしてないし!」」」
「息ぴったりだな、それがイチャイチャしてるって言うんだが。 それより今日はこの雨だ、仕事はヤメにしたらどうだ? 雨の日に無理して体調でも崩したらそれこそ元も子もないぞ。」
「ですよねぇ。だから今日はお休みにしようかと思いまして。」
「そうだな、今日は休息日にした冒険者は多いんじゃないのか?」
「やっぱ、そうですよね。」
ギルマスが言ってたようにこの雨だと緊急の仕事でもない限り流石に普通はお休みにするよねぇ。
今日・明日と雨が続くみたいだから明日までの2日間はお休みにして明後日またいつもの時間にギルドに集合するって事でこの日は3人は帰路についた。
私はと言うと、一回宿に戻ろうかとも思ったけれど「いやいや、補充したい物もあるしちょっと買い物して来よう」と思い直しそのまま街中へと向かった。
くーちゃんとさくちゃんを従えて雨の中通りを歩いてゆく。
流石に人は少ないねぇ。
冒険者はほぼ歩いてない感じね。
歩いているのは商人やその使用人、或いは職人とか奉公人とかの農民と冒険者以外の人たちだね。
そんな中くーちゃんが念話で話しかけて来た。
(この雨の中いつもの監視が2人ついてますね。ご苦労な事で。)
(そうなの? どこに居るの?)
(向かいの通り左斜め後ろ、細い路地に隠れるようにしてこちらを見ています。)
私は探知魔法で確認すると確かに人の反応が2つあった。
よし、いざという時の為にこの2人はマーキングしておこう、もしかしたら何かの役に立つかもしれないしね。
(この雨ですからかなり濡れておりますね。)
(風邪とか引いて体調崩さないといいのだけれど……。ねぇ、何か温かい物とか持って行ってあげた方がいいかしら?)
(いや、それは……それをされますと監視の意味がないと言いましょうか、監視対象に心配される監視員なぞ存在価値が……)
(えっ、でも雨で濡れてるんだよね? 可哀相じゃない?)
(そうゆう仕事です故、心配は無用ではないかと。)
そうだよね。
向こうは向こうの都合で監視してるんだもんね、監視されてる私が心配しなきゃならない道理はないものね。
でも、ねぇ。
くーちゃんが言ってる事の方が正しいとは思うよ、思うけど、私の為にこうして雨に打たれてるのを知っちゃうとね、なんか申し訳ないって言うかさ。
それに敵意はないって話だし、前回も敵対貴族の息の掛かったと思われる監視員も排除してくれたりとかしてくれてるし。
お礼がてら何かした方がいいのかな?なんて。
(それこそ余計なお世話ではないかと。)
(そうかな?)
(そうで御座いますとも。彼らには彼らの矜持が御座いますから。)
(分かった。)
(ご理解頂けたようで安心致しました。)
「ちょっとそこの屋台で何か温かい物買って来るね。」
(はい、行ってらっしゃいませ。)
くーちゃんは私からほんのちょっとだけ離れて私を護ってくれているのを感じながら屋台で温かいスープと塩漬けソーセージの入ったホットドッグのような軽食を2人分購入する。
スープは雨が入らないように手持ちの蓋付きのカップに移し替えて軽食は葉っぱに包んだあとストレージに片づけた。
さぁ、これで準備OK。
(じゃあ、ちょっと行って来るね。)
くーちゃんにそう念話を飛ばすと身体強化をMaxの8倍まで一気に引き上げて監視員の2人の元へ一気に駆け出した。
(あっ、主様っ!……行ってしまわれた。)
私の今のHPは127。 それを8倍にすると1、016。
ちょっとした高位の男性冒険者並みになる。
つまり普通の女の子だと思って油断してると、
「なっ!?」
「え、なにっ?!」
と、こうなる訳。
私は右脚に目一杯力を込めて踏み込むとそれだけであっという間に通りの反対側に着いた。
そこから着地と同時に左脚を軸に少し左に身体の向きを変え、更に左脚で地面を蹴る。
目の前には目を見開いて固まったままの監視員の2人が立っている。
「よ、よう。」
「……。」
困惑しながらどうにかこうにか言葉を絞り出す男性。
隣りにいる女性は無言のままね。
「初めまして。 いつもお仕事ご苦労様です。」
そう言いながら温かいスープの入ったカップと軽食を手渡す。
「これでも食べて身体を温めて下さいね。」
「あ、いや、済まない。」
「え、え、え?」
「冷めない内にどうぞ。」
にっこりと笑いかけて「さぁ、どうぞ」と促す。
「温かいスープか、有難い。」
「ちょっとマイキーさん! 任務中ですよ?」
「は? 何を言ってるんだ?女の子の厚意を無碍には出来んだろ。」
「そう言う事じゃなくてですね、どうして私たちがバレてるのかそっちのが問題でしょう!」
「そうは言うけどな、焦ったってどうなるもんでも無し。そもそもバレちまってんだから考えたって仕方ねーだろ。」
「だからと言って対象から食事を貰うなどと……」
「くれるって言うんだからいいじゃねーか。それにこれはそこの屋台で買った物だってのはお前も見てただろ?安全だぞ。」
「そうですけどぉ。」
「イルゼよぉ、お前普段は破天荒なくせにこうゆう時だけ常識人ぶるのは良くないぞ。」
「誰が破天荒ですかっ!」
「いや、だってそうだろ。この間の奴さんの時も言う事聞かず処理しちまったじゃねーか。」
「ぐっ、痛いとこを……。」
「ほら、分かったんなら食った食った! おっ、美味いな。ワリといけるぞ。」
「ちょっと! だから任務……」
「まだそんな事言ってんのか? だったら俺が全部食っちまうぞ?」
「あっ、ダメですよー! これは私のですぅ!」
「だったら冷めない内に早く食えよ。」
「くす。マイキーさんとイルゼさんですね。お二人とも仲いいんですね。」
私がそう言うと2人はビクリと身体を強張らせ停止する。
「「……あっ!!」」
顔に「しまったー!」、「やっちまったー!」って書いてありますよ。
でももう遅いですよ、名前覚えましたから。
そう言ってクスクス笑う私を2人は絶望的な顔で見ていた。