第157話 黄金チャーハンと非常識ですわ! ②
3人が作業してる間に私はごはんを炊く。
5合炊きのメスティンと土鍋2つで6合、都合1升と1合のごはんを用意する予定。
なんせこっちの女性ってみんな健啖家だから、元世界の女性を基準にしたら全然足りないって事態になりかねない。
「さて、ここで取り出したるはどこのご家庭にも大抵置いてあるコカトリスの鶏ガラスープでございます。」
私はコカトリスの鶏ガラスープが入った寸胴(大)をドン!と取り出す。
「「「ないないない、そんなの置いてないし!」」」
あれ、そうだっけ?
まぁいいじゃない。美味しいんだし。
今日のごはんはコカトリスの鶏ガラスープで炊く鶏の滋味たっぷりの具なし鶏ごはんだよ。
ホントはね、チャーハンの味付けに鶏ガラスープの素とかあると良かったんだけどこっちの世界にはそんないい物ないからね、だから鶏ガラスープでごはんを炊く事にしたの。
これなら何とかなるんじゃないかと思ってね。
このコカトリスの鶏ガラスープ塩胡椒するだけでもすんごく美味しいんだよ。
小っちゃい取り皿に鶏ガラスープを注ぎほんの少量塩胡椒をして味を調える、これをアシュリー様一行の5人分用意してっと。
「どうぞ、ちょっと味見してみませんか?」
そう言いながらトレイに小皿を乗せてアシュリー様たちのテーブルへ持ってゆく。
同じ鍋から取り出したスープをまずは私が口を付ける、その後にジャスミンさんが毒見する。
これで問題なければアシュリー様が口を付けるのだけど、毒見役のジャスミンさんがスープをすすったとこで動きをピタリと止めた。
「おっ……おっ……」
「お?」
「もしや、毒っ?!」
んな訳ないでしょ。
ザッカリーさん失礼ね、毒なんて入れませんて。
大体私も同じの飲んで平気なんだから毒の訳がないでしょうに。
するとジャスミンさんはみんなが動かないように手で制する。
「おいっしぃーっ!!!!」
突然の大声そして、「ああ、もう無くなってしまいました。」と皿まで舐めかねない様子でとても残念がっている。
ジャスミンさんのその様子を見てみんなが小皿に入ったスープをすする。
「「「「……っ!!!!」」」」
残りの4人が瞠目しピタリと動きが止まる。
そして「美味しい!」と口々に言う。
ふふん、そうでしょそうでしょ。
何たってコカトリスの鶏ガラで作ったスープだからね、美味しくない訳がないよ。
「ななな 何ですのこれは! このような只の塩スープが何故こんなに美味しいんですの?!」
「お嬢様、これはコカトリスの骨から取ったスープだそうで御座います。」
「骨? 骨ってゴミだろ? 普通捨てるとこだろ。そんなとこ平民だって食べないぞ?」
「ですよね、でも実際はこんなにも美味しいなんて。」
驚くのはまだ早いよ、これよりもっと美味しいコンソメが控えてるんだよ。
その美味しいコンソメを使ったポトフを食べてから驚いてね。
私はしてやったりって顔をしてニカッと笑う。
「後でもっと美味しいポトフをお出しするので楽しみにしていて下さいね。」
するとアシュリー様たちはぐりんとこちらに首を回して「これよりもっと美味しいものが出て来る?」と吃驚した顔をする。
「楽しみにしてますわ!」
アシュリー様は喜色満面の笑みを浮かべていた。
どうやら掴みはOKみたいだね。
この調子でどんどん行くよ。
っと、その前にと。
(ねぇ、くーちゃん狩りには行かないの?)
(宜しいので?)
(うん、大丈夫だよ。ここなら見晴らしもいいし、それに結界石も使うから。)
(では、行って参ります。くれぐれも結界石をお使い下さいますようお願い申し上げます。)
そう言い残してくーちゃんとさくちゃんは狩りと言う名の娯楽に興じる為に駆け出して行った。
「くーちゃんさんたち行っちゃいましたね。今日はオーク居ますかね?」
さぁ、どうだろうね。
オーク居るといいね、居たらまた分けてあげるよ。
それにしてもメロディってオーク好きだよねぇ。
そう言ったら「私が好きなのはオーク肉であってオーク本体ではない!」とメロディが反論する。
言われてみれば確かにそうかも。
オーク好きってなんかヤバい響きがするもんね。
メロディとそんな掛け合いをしているとザッカリーさんが話しかけて来た。
「なぁ嬢ちゃん、従魔がどっか行っちまったけどありゃあいいのか? 何か指示でも出したのか?」
ん?
ああ、そうか。ザッカリーさんたちは普段の私たちが何してるか知らないんだっけ。
大体いつもみんなで草原や森に行って、お昼ご飯食べて、その間にくーちゃんたちが獲物を狩って来るのを待つってのが私たちの活動スタイルなのよ。
そう言ったら「冒険者なのに冒険しないのかよ」と苦笑された。
別にいいじゃない、「君子危うきに近寄らず」よ。
そんな会話をしてる内にどうやらごはんが炊けたようだ。
土鍋からはコカトリスの出汁の効いた良い香りが立ち込める。
ふんわりと奥行きのある芳しい香り、これはまさに極上の鶏ごはんだ。
言うなれば『鶏ごはん・極』ってところか、美味しいの確定だわ。
今回炊いたごはんの量が量だけにいっぺんに全部は出来ないので2回に分けてチャーハンを作る事にする。
なので具材も半分づつに分ける。
さてさて、今日作るのは黄金チャーハン、味付けはシンプルに塩胡椒のみ。
私の魔動キッチンにはドラゴン(ターボ型中華レンジの事)が装備されている。
強い火力で中華鍋を煽る、この火力と動作が余計な水分を飛ばしベチャベチャしないパリッとした美味しい炒め物を作ってくれる。
他には火の通りにくいお肉や玉ねぎなどを先に投入し熱を入れておくとか順番も大事。
まずは鍋(取っ手の付いた中華鍋)をよーく温める。
① 玉ねぎとベーコンを投入
② 卵液をドバーっと豪快に投入
③ ごはんをモリモリっと投入
④ 最後に味付けして出来上がり
鍋を温めたら油をひく、油は多めにね。
油を十分に温めたら①の玉ねぎとベーコンを入れて熱を入れる。
①の玉ねぎとベーコンに火が通ったら②の卵液をたーっぷり入れる。
適宜鍋肌から油を回し入れるのも忘れない。
②の卵液を少し熱を入れて半熟の半熟くらいまで加熱したら③のごはんを入れる。
ここで鍋を煽って卵とごはんをよーく混ぜる。
中華おたまの丸い背中の部分でごはんを押しつぶすようにしてごはんをほぐしてゆく。
そして塩胡椒で味付け。
ここから最後の仕上げ、ごはんがパラパラ均等になるように鍋を煽って混ぜ混ぜする。
ざっとこんな感じ。
パラパラの美味しいチャーハンを作るコツは如何にして余計な時間を掛けずに手際よく作るか。
その為のドラゴンの強い火力って訳。
出来上がったチャーハンを一旦別の容器に移し残りのもう半分も同じように調理する。
「こっちは半分終わったわ。そっちはどう?」
ポトフを作っているリズたちに進捗を尋ねると「こっちはもうすぐ出来る。」と返事が来る。
それならとリズたち3人に食器の配膳等を頼む事にする。
ジャスミンさんとベアトリーチェさんが手伝うと申し出てくれたけれど、彼女たちには彼女たちの本来の仕事があるから手伝って貰うのは遠慮した。
今日は私たちがもてなす側だからお客様であるアシュリー様たちは座って待っててくれたらいいから。
残り半分のチャーハンを作った所でリズたちがみんなの分を取り分けテキパキと配膳してゆく。
アシュリー様たちのテーブルには出来立てほやほやのチャーハン、具沢山の熱々絶品ポトフ、それと具の入って無いコンソメだけのスープ皿が置いてある。
「お姉さま、これは何ですの?」
コンソメスープの入った皿を見てアシュリー様が聞いて来る。
それは今日のポトフのベースになったコンソメスープです、先日領主邸でご馳走になったお料理でも出ていたコンソメスープと同じようなものですよと教える。
まずはこちらのコンソメを飲んでみて下さい、吃驚するくらい美味しいですよと軽く微笑む私を見て「先程の塩スープも美味しかったですがそれよりも美味しい?」と少々懐疑的な様子でジッとコンソメスープを見つめるアシュリー様。
そしてスプーンで掬いそっと口へと運ぶ。
ひと掬い口に含み口の中でゆっくりと味わう。
そして目を閉じ「ほう」と1つため息を吐く。
「非常識ですわ。」
ほわんと蕩けたような顔で目を潤ませながらひと言。
頬に手を当てて小首を傾げるようにして更に言葉を続けるアシュリー様。
成る程、アシュリー様にとって「非常識」とは誉め言葉なのか。
イマイチ良く分かんないけど。
「家で出される物とは似ておりますがこちらの方が美味しいですわ。家のはスープに若干の濁りがあって微かにエグ味と言うか雑味を感じたのですがこのスープは底が見える程に澄んでいて雑味もエグ味も一切感じません。実にスッキリとしていてとても深い味わいがします。お野菜とお肉の旨味がギュッと凝縮されていて濃厚でどっしりとした奥行きもあって、それでいて爽やかでまるで清流を飲んでいるかのような清々しさがありますわ!これはもう非常識としか言いようがありませんわ!」
捲し立てるように一気に言うアシュリー様を見ていたジャスミンさんたちはゴクリを喉を鳴らす。
そしてその澄んだ琥珀色の液体をジッと凝視している。
「あなた達も飲んでみなさい、吃驚するから。」
アシュリー様に言われてジャスミンさんたちはそれぞれコンソメスープに口をつけその後4人とも目を見開きピタリと動きを止める。
「「「「……っ!」」」」
ジャスミンさんとベアトリーチェさんは口元に手を添え「はぁぁ」と吐息を漏らす。
「美味しい。お嬢様の仰る通り野菜とお肉の旨味が濃いですね。」
「ええ、それなのに全然くどくなくスッキリとした味わいすら感じます。」
「スッキリしているのに恐ろしいほどに満足感まである!こいつは凄いな。」
「僕は生まれて初めてこんな美味しいスープを飲みました。」
「でしょう?」と満足げにドヤ顔をするアシュリー様。
「私のオルカお姉さまはすごいのですよ!」
「ですね、オルカ様が凄いのは分かりました。が、お嬢様は何もしてませんよね?」
「ジャジーったら何を言うの。私もちゃんと応援致しましてよ!」
「「「「……。」」」」
「な 何よ。」
「いいえ、何でも御座いません。」
澄まし顔でシレッと答えるジャスミンさん。
あはは、またやってる。
この主従は本当に仲が良いなぁ。
「さて、用意も出来ましたし冷めない内に頂きませんか?」
そう言いながら私はこの場で一番位の高いアシュリー様の方を見やる。
だって、ねぇ。
一応この場のホステスは私だけど立場的に一番偉いのはアシュリー様だもの。
まずはアシュリー様から食事に手をつけて頂かないとね。
みんな食事には手を付けないでアシュリー様が食べるのをジッと大人しく待っている。
「み 皆も遠慮しないで食べなさい。」
「宜しいので?」
「ここはお屋敷じゃないのだから気にしないわ。」
どうやら一人だけ食べるのに耐えられなかったみたいね。
ちょっとぶっきらぼうな言い方だけどイヤな感じはしない、アシュリー様の優しが感じられて可愛らしくもある。
「では遠慮なく。」
ザッカリーさんは嬉々として食べ始める。
男性らしい豪快な食べっぷりでチャーハンをかき込んでいる。
「お嬢様、私も宜しいのですか? お嬢様の給仕は……」
「問題ないわ。ジャジーも食べなさい、美味しいわよ。」
仕える主にそう言われてしまえば抗える訳もなく不承不承食事に手を付けるジャスミンさん。
そして黄金チャーハンをひと口食べて目を見張る。
口元を押さえ咀嚼しゴクンと喉を鳴らし飲み込む。
そして「はぁぁぁ」と感嘆のため息をつく。
「このチャーハンと言う物は何故にこれ程までに美味しいのかしら。本当に歩常識ですわ!」
おっと、アシュリー様の誉め言葉「非常識ですわ!」が炸裂したよ。
「ふわりと香るコカトリスの鶏ガラの風味、金色に輝いていてもっちり柔らかなお米がベタつく事も無くパラパラと口の中で解れる。そこに玉ねぎの甘さとベーコンの塩気が相まって口の中が優しい美味しさで幸せいっぱいになるわ。」
おっと、リズが饒舌に語ってるねー。
美味しい物を食べると語り出す癖のあるリズが恍惚とした表情で滔々と語っている。
「おっと、リズちゃん語ってるねぇ。」
メロディが笑いながらリスのように両の頬を膨らませてもっきゅもっきゅとチャーハンを食べている。
チャーハンをかき込んでポトフで流し込む。
そして「プハーッ」と盛大に息をはき「美味しい!」と叫ぶ。
メロディの猛然とした食べっぷりに食が細いと思われるアシュリー様とジャスミンさんは目を丸くして驚いているけれど、この世界の冒険者は女性でもこれくらいは普通に食べるのよね。
私も最初は吃驚したけど今はもうすっかり慣れたよ。
「嬢ちゃん、済まないがお代わりを貰っても良いか?」
「あ あの僕もお代わりいいですか?」
男性陣2人は流石の食べっぷりですぐにお代わりを欲しいと言って来たので2杯目をよそってあげる。
いやぁ、こんなにも喜んで貰えると作った甲斐があると言うものだわ。
「申し訳ないが私もお代わりを頂いても?」
遠慮がちにベアトリーチェさんがそう言って来たので私は笑って了承する。
チャーハンはこっちでは一般的でない料理だしポトフはどちらかと言うと庶民の食べ物って感覚だからここまで好意的に受け入れて貰えるとは思ってもみなかった。
その証拠に黄金チャーハンはすぐに無くなってしまった。
完売御礼だ。
ポトフは十分過ぎる程量を用意してあったのでまだ余裕がある。
リズとメロディ、ザッカリーさんとフランさんベアトリーチェさんは2度目のお代わりをしていた事からも余程美味しかったのだろうと簡単に想像出来る。
「はぁ、もうお腹いっぱいですわ!」
そう言ってすりすりとお腹をさするアシュリー様を「お嬢様、はしたないですよ。」と窘めるジャスミンさん。
そのやり取りが微笑ましくてほっこりとしてしまう。
美味しい物を食べると幸せな気持ちになるよね。
食後のお茶をお出ししようと準備をし始めたらジャスミンさんが「せめてお茶くらいはこちらで」と言ってくれたのでその申し出を有難く受け取る。
普段私たちが飲んでるお茶って平民が飲むには結構お高いお茶を飲んでるんだけど、しかしそれはあくまで平民のって話でね、お貴族さまが飲むようなお茶って中々飲む機会なんて無いのよ。
それでも私は領主邸で一度高級なお茶を飲んでるだけまだマシな方なんだけどね。
リズたちは初めて飲むお貴族さまのお茶に「はぁ」とか「すごいイイ香り」とか言いながら飲んでいる。
こんないいお茶滅多に飲めないからさ、しっかりと味わっておかないとね。
お日様が中天を少し過ぎた頃、食後のお茶を楽しんでいると遠くに小さい黒い点々が見えるようになる。
おっ、あれはもしやくーちゃんたちかな?
目に魔力を集めて身体強化してよーく見るとやはりくーちゃんたちだった。
今日は10両編成だってさ、いつもに増して大猟だねぇ。
魔物列車がゆっくりゆっくりとこちらに近づいて来るのが見える。
リズたちも気が付いたのか私の方を見てくーちゃんたちを指差しているのでコクンと笑顔で頷くと半ば呆れ顔で小さく「はぁ」と溜息をつく。
その後すぐにザッカリーさんとベアトリーチェさんが気付いて声をあげる。
「ザッカリーさん、あれ何ですかね? 点々と黒い小山が見えてるんですが。」
「ん、どれだ?」
右手で庇を作りながらくーちゃんたちの方をジーッと見つめるザッカリーさん。
身体強化なしの目視でも、要は普通の人でも十分に視認出来る程に近づいて来るとその異様さが際立ってくる。
ゆっくりゆっくり、それでも確実に動いているのが分かるくらいの速度でこちらに向かって来るくーちゃんたち。
私たちがジーッと見ているのを見てアシュリー様もそっちに視線を移す。
黒い小山
ひょこひょこ動く
ゆっくりと近づき見れば
捕獲されし魔物の黒き山
これ正に地獄絵図の如し
何故か不意にそんなフレーズが頭に浮かんだ。
だってアレ見たら慣れてない人は引くよ?
いや、慣れてる私たちでも流石に今回のは量が多いからちょっと吃驚したけど。
じゃあ慣れてないアシュリー様はと言うと、
「非常識ですわ!」
ですよね。
分かります、これは私でも非常識だと思いますもん。
流石にこの非常識は誉め言葉ではないなと。
「な、なんだこりゃ?」
「これ全部魔獣?魔物?」
「ひぃっ!」
三者三様の反応有難うございます。
魔物と魔獣の違いがイマイチ良く分からないんだけど、くーちゃんたちが狩って来るのは普通の獣も居れば魔獣も居る。
その辺は特に拘りなく狩れるものは根こそぎ狩る、そんなスタンス。
それが買い取り対象ならラッキーだし、高く買い取ってくれるなら尚ラッキーってとこね。
その中でも美味しい魔獣とかだったら売らないで手元に残す事もある。
私たちのごはんだったりくーちゃんたちのごはんだったり。
くーちゃん率いる魔物列車がすぐ近くまでやって来るとその異様さに更に拍車がかかる。
これは……間近で見ると確かにドン引きだわね。
くーちゃんが獲物を狩って来るのを見慣れてる私たちですらドン引きなんだもん、初めて見るアシュリー様たちはドン引きもドン引き顔引き攣らせてるし。
「これが全部狩られた魔獣なのか? スゲーなオイ。」
「これだけの魔獣を狩って来るオルカ様の従魔って一体どれだけ強いんでしょう。」
「オルカ様も非常識ですけれど、従魔も従魔で非常識ですわ!」
あ、うん。くーちゃんたちが非常識なくらい強いのは否定しないよ。
けど非常識非常識って連呼されるのも何かね。
ただアシュリー様はとっても楽しそうに「非常識」を連呼してるのでそのフレーズそのものが気に入ったのだろう。
うーむ、微妙だわね。