第154話 オルカの陶芸教室 ④ ~オーマイガー!~
上絵付けの絵具と絵筆をみなに配布する。
するとドロシーはとても上手に筆を使い絵を描いていた。
その様子を見て私はふと気がついた。
ドロシーってなに県出身なのかまだ聞いてないって事。
同じ日本人って事が分かった時点で嬉しくってそこまで気が回らなくて聞いてなかったのよね。
可能性的には同じ県出身て事も有り得る訳だしね。
それはまた今度直接ドロシーに聞くとして、今はこっちに集中しないと。
私は気持ちを切り替えて領主様が居るテーブルの4人に集中する。
そう、まずは筆の持ち方からなのよね。
私が院長先生を除く3人にお手本を見せて実際にやって貰う。
「オルカお姉さま、これで宜しいですの?」
いえ、それは持ち方が全然違いますよ。
手の平で握り込むんじゃなくてですね、こうやって指先で摘まむように持って下さいね。
アシュリー様の顔の前に手を持っていって手本を見せてみる。
「んー、良く分かりませんわ。」
それは困りましたね。
勿論本当に筆の持ち方が分からない訳じゃない事くらい私も分かってる。
これはそうゆう遊びなのよ。
女の子同士の他愛無い遊び。
「分からないので私の手を持って教えて下さいまし。」
にっこりと笑いながら筆を持ったまま右手を私の目の前に差し出す。
これは手取りってやつですね。
流石に足取りまではしませんよ、私にも常識はありますもの。
こんな衆人環視の状況ではそこまではしませんって。
ただ二人っきりだと私の理性が持つのかは甚だ疑問ではあるけれど。
けど平民が貴族のお嬢様の手に触れるって問題ないのかな、そう思って周りの様子を窺うとみな微笑みながらアシュリー様を見ていた。
あ、大丈夫なんだ。
「さぁ、さぁさぁ。私の手をお取りになって。」
にっこりと笑うアシュリー様。
本人もそう言っているし、御父上である領主様も容認してるようだから別にいいか。
ならばと私は両の手で包むようにアシュリー様の手に触れる。
「あっ♪」
ほんの少し頬を赤くして嬉しそうに微笑むアシュリー様。
説明を入れながら白魚のようなアシュリー様の指を導き筆の持ち方を教える。
「あふ♪」
これこれ、少女がそんな悩ましい声を出すものじゃありません。
お姉さんちょっと滾って来ちゃうじゃないですか。
メッ、ですよ。
はい、これでいいわ。
「有難う存じます。」
アシュリー様は笑顔でそう言うと、すっと私に顔を寄せるて聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声で「今日はもう手を洗わないわ。」と呟くのが聞こえた。
周りの大人たちは見つめ合い微笑み合う私とアシュリー様を黙って笑いながら見ていた。
その瞬間。
ざわっ!
背中に走る悪寒。
強い視線を感じる。
その視線を辿るとそこには光の無くなったジト目をしたドロシーが居た。
O M G !
オーマイガー!である。
同じテーブルについているリズとメロディは肩を揺らしながら笑いを噛み殺している。
ちょっと、笑ってないで少しはフォローしてよ!
これも仕事、仕事だから。
平民がお貴族さまの要望を断れる訳ないじゃない。
と 兎に角ドロシーの事は任せたから何とかお願い!
私は目に力を込めて無言でそうお願いした。
ドロシーの無言の圧から逃れるように院長先生の方を見る。
院長先生は先日自分が作ったカップを手に取り矯めつ眇めつ穴が開くほどに見ている。
それから小さく「よし」と呟いて細筆を手に取りカップに絵を描き始める。
緑色の細い線で蔦のような植物を描く。
細く伸びやかに、所々クルンと丸まった蔓と小さい葉っぱと赤い小花が描かれる。
小模様のピンクの薔薇がカップ全体に満遍なく細かく描かれていて、カップの縁もピンクの縁取りがされている。
ほら、あれだ、ガーデニングなんかで人気の小さい花を咲かす蔓薔薇。そんな風に見える。
蔓性のミニ薔薇、あれ好きだったのよねぇ。
前世ではガーデニングが好きでプランターや鉢植えでお花を育ててたっけ。
その時の私の夢は蔓性のミニ薔薇で薔薇のアーチを作る事だった。
結局それは叶わないまま死んじゃってこっちの世界に来たんだけど。
っと、私の趣味の事は一旦こっちへ置いといて、院長先生は小模様の薔薇の花をちりばめた柄を一気に描くと満足気に「ふう」と息を吐く。
ピンクの薔薇の花がちりばめられたカップは可愛らしくて華やかで、それでいて優しい絵柄だ。
院長先生らしいと言うか院長先生の人柄そのままと言った感じ。
同じデザインのカップが3組ある、これはサラさんとパメラさんの分も含んでいるから。
それを見た2人は感激して今にも泣きそうになっているけど泣くのはまだ早いよ。
これから焼き上げて完成だから泣くのはそれからにしましょう。
アシュリー様も眉を寄せるように難しい顔をしてカップを睨んでいるね。
「むむむ」とか「うーん」とか小首を傾げながら唸っている姿も可愛らしい。
後ろに控えているジャスミンさんに何か聞いてはまた考え込む。
きっとどんな図柄にするか決めかねているんだろう。
ジッとカップを見て親指と人差し指で大きさを測るようにカップに指を当てたりしている。
それから「よし」と小さく気合を入れて描き始める。
左手にカップを持ち真剣な面持ちでジッとカップを見つめ右手で筆を動かし始める。
恐らく初めて持つであろう絵筆を持ち慎重にカップに筆を滑らせる。
描く事に集中しているアシュリー様の邪魔をしたくなかったのでアシュリー様から一旦視線を外し領主様の方を見るともう描きあがっているみたいだった。
どんな柄を描いたんだろうとそっと見てみるとカップには真っ赤な字で大きく書かれていた。
「カリーナ愛しているよ」
「リタ愛しているよ」
……。
ええっと、これは何と言ってよいのやら。
斬新?
前衛的?
うーむ、新種のラブレターなのかも。
領主様の奥様ラブが爆発したみたいね。
思わずグレイソンさんの方を見ると眉尻を下げ少々困ったような生温かい目をしたグレイソンさんの顔があった。
それを見て私は納得した、きっとこれが平常運転なのだろう。
ちなみに領主様は大層満足しているようで「完璧だ!」と言っていましたとさ。
「出来ましたわ!」
アシュリー様が元気よく言うのが聞こえたのでアシュリー様が描いたカップを見てると、シュッと伸びた茎に小さめの葉っぱがついていて茎の先にはピンクや水色の花が咲いている植物の絵が描かれていた。
私はこの植物の名前は知らないけどアシュリー様の話によると何処の貴族のお屋敷の庭園にも大抵咲いているごく普通の花なんだそうだ。
アシュリー様も花の名前までは知らないごくありふれた普通の花だけど、その素朴で可憐な花が好きなんだって。
ちょっとはにかんだような笑いながらそう言う。
職人としての絵師ではないので拙いのは当たり前なんだけど、それでもアシュリー様の描いた花の絵はとても優しくて温かい感じがした。
その花の絵が描かれたカップと同じ物があと2つある。
ジャスミンさんとベアトリーチェさんの分だ。
自身が仕える主の手作りの品を貰える、その事に感激して目を潤ませる2人。
「頂いても宜しいのですか?」
「わ 私のを作るのに練習したら2つ余ったのよ。 要らないから貴女たちにあげるわ。」
なーんて事言ってるけど、出来のいいのから2つ選んでいたのを私は見て知っている。
んもー、アシュリー様ったら素直じゃないんだから。
そんな照れたような恥ずかしそうな顔で悪態ついたって説得力ないですってば。
ほら、領主様もグレイソンさんも院長先生も優しい眼差しで見てますよ、勿論私もだけど。
「な 何よ。」
要らないならあげないわよ、そう言ってプイとそっぽを向くアシュリー様。
もー、本当に可愛いんだから。
「「いえ、有難く頂戴致します。」」
二人は「有難うございます」と深々と頭を下げる。
それから「これは宝物にします」と口を揃える二人の笑顔は輝いていた。
はぁ、今とっても尊いものを見たわ。
美しき主従愛ね。
使用人にそこまで敬われ慕われる主って中々居ないわ、それもこれもアシュリー様のお人柄って事なのかもね。
さて と。
そぉーっと振り返ってリズたちのテーブルを見るととってもいい笑顔をしたリズに手招きされた。
何かとてもイヤな予感がするんだけど。
恐る恐るリズたちの居るテーブルに近づいて行ってドロシーの様子を窺う。
ドロシーさん、怒ってない よね?
ドロシーを見るとハイライトの消えた目で自分が描いたマグカップをジッと眺めていた。
ね、これヤバない?
そのマグカップには生前に見た事のある可愛らしいゆるキャラが描かれている。
元世界ではとっても有名だった黄色い果物のゆるキャラと黒い身体に赤いほっぺをした動物のゆるキャラと、あとなぜか金色の身体に豪華絢爛な赤やピンク、黄色の花が書かれた手足の付いたダルマの絵が描かれていた。
うん全部知ってる。
特に最後のは私の住んでた県のゆるキャラだわ。
知名度的には先の2つには遠く及ばないけど県内ではそれなりに知名度はあった。
これ知ってるって事はまさかまさかの同じケンミン?
ホントに?
でもそうとしか考えられないし、もうこれ確定でいいよね?
ま、実際に聞いてみて確認してからだけどね。
ドロシーが描いた絵はどれも上手に描かれている、そっくりに描けてるかって言うとそうではないけど知ってる人が見ればそれと分かるくらいには似ている。
ドロシーって絵心があるんだね、ドロシーの意外な一面と言うか才能の片鱗が見られてちょっと吃驚した。
でも何でドロシーは怒ってるの?
上手く描けてるのに。
「いや~、実はさ……」
とリズが人差し指で頬っぺたをポリポリと搔きながら話してくれた。
動物なのに目が大きすぎるとか何故頬っぺたが真っ赤なのかとか身体のディメンションが可笑しいとか、何で果物に顔があって手足が生えてるの?とか。
あと、最後の訳の分からない魔獣は何なのかとか。
魔獣と来たか、そりゃドロシーも怒るわ。
一生懸命描いたのにヘンテコとか魔獣呼ばわりされちゃあ傷つくよね。
けどね、リズたちの言ってる事も理解は出来るんだよ。
だってこっちの世界には漫画やアニメなんてないし、当然ゆるキャラなんて物は存在しない。
こちらの世界で言う絵ってのは基本的に写実的に描くのが一般的なの。
線を少なくしたりデフォルメしたりして描くって事はしないの。
より写実的に、より精緻に描かれている物が最上とされているのね。
そう言う意味で前世日本でのアニメなんてのはもっての外って訳。
「ヘンテコって言われた、魔獣って言われた。 こんなに可愛いのに……」
ドロシーさんかなり心にダメージを負ってるみたい。
どよよーんとなってるよ。
大丈夫よ、全然ヘンテコじゃないから。
私は分かってるから、ね。
すっごく良く描けてるよ。
「私は可愛いと思うよ、うん。」
「ホント?」
ええ、勿論。
私は頷いてにっこりと笑う。
「ゆるキャラを理解出来るのはこの世に私とドロシーの二人だけだもの。 私はこれ好きだなー。」
そう言うとドロシーはパーっと顔を輝かせて「そうよね、可愛いよね!」と勢い込んだ。
「やっぱり可愛いんじゃない。うん、私これでいい。これで焼いて貰う。」
どうやらドロシーさん復活計画は見事成し遂げられたようだ。
グッジョブわたし。
リズもメロディも私の方を見て両手を合わせて「ゴメンね」のポーズをしてホッとした顔をしている。
それはそうと二人はどんなの描いたの?
見せてみて。
そう言ってリズとメロディが描いた作品を見せて貰った。
リズのは色とりどりのタイルみたいな菱形の幾何学模様が描かれた物だった。
これが意外や意外可愛いくて中々によろしい。
リズってこうゆう抽象的な絵にセンスあるんだーってちょっと吃驚。
メロディのは……うん、やっぱりメロディだった。
お鍋……じゃなかった、本人曰くスープ皿らしいそれに描かれていた物は、お肉だった。
そうお肉。
お に く。
それも分厚いステーキ肉。
メロディさんが仰るには「こっちがオーク肉でこっちがワイルドカウの肉、これがベニスン肉」なんだそうだ。
違いが分からん!
他にはジャガイモや人参さん、玉葱にキノコ類、バナナや林檎と言った果物などなど。
描かれていたのは全部食べ物でしたーってね。
って言うかそれどうなの?
何で全部食べ物な訳?
いや、メロディらしいっちゃらいしけどさ。
メロディはとても満足しているようで得意満面だったよ。
「出来たーっ!」
「私もーっ!」
子供たちが絵が描けたと次々に声を上げる。
元気いっぱい弾けるような笑顔で絵が描けたと告げて来る子供たち。
うむ、かわゆいのう。
「いんちょーせんせい見てーっ!」
「おねーちゃん見てーっ!」
と笑顔全開で自分の描いた物を持って来る子供たち。
こっちの女の子はお花の絵のお皿ね。
これは待雪草かな?
あ、待雪草って言うよりスノードロップって言った方が分かりいいかな。
冬の終わりから春先にかけて咲く花で、花言葉は「慰め」「希望」「恋の最初のなまざし」など。
さしずめこの子の場合は「希望」ってとこかな。
うん、とっても上手に描けてると思うわ。
そう言うと「えへへ」と嬉しそうに笑う。
どれどれ、こっちの男の子は何を描いたのかなー?
ん?
これは魔獣 かしら?
「うん! 僕冒険者になって魔獣を退治してお肉いっぱい獲って来るんだ! それでみんながお腹いっぱいお肉食べれるようにするんだ!」
「アタシも! 早く一人前の冒険者になって院長先生に恩返しするの!」
そう、エライね。
リズたちやアルマさんたち先輩冒険者みたいになりたいんだろうね。
でも冒険者って危険なお仕事だから気を付けてね。
無茶しないように怪我しないように、それが一番大事だから。
ここの子たちや院長先生を悲しませたりしないよう約束してね。
そう言うと「うん!」と素直に返事をしてくれる。
ここの子供たちは元気で素直で明るい子ばっかりだなぁ。
おや、こちらを見て顔を少し赤らめてもじもじしてる女の子が1人。
「絵は描けた?」って聞くと「うん」と頷いておずおずとお皿を差し出して来た。
何の絵を描いたのかな?
ちょっと見せて貰うねと声を掛けて受け取ったお皿を見る。
「お姉ちゃん描いたの。」
「ほえっ、私?」
思わず自分で自分を指さす。
「うん、お姉ちゃんアリア様みたいなんだもん。」
あ、ありがとう。
純真無垢な子供にそう言われると何かすっごい照れちゃうね。
でもね、アリア様ってあのアリア様の事よね?
こう言っちゃ何だけどあの女神様は駄女神様なんだよ。
まぁ子供の夢は壊したくないから本当の事は言わないけどさ。
そっかぁ、アリア様みたいかぁ。
アリア様か……微妙だな。
私ポンコツじゃないよ。
ただ不本意ながら私の身体にはあの女神様の身体の一部が混ざってるのも事実なのよね。
勿論イヤではないよ、イヤではないけどただちょっと微妙と言うか何と言うか。
(相変わらず失礼ですねぇ。)
ん?
誰か何か言った?
なーんか最近幻聴が良く聞こえるのよね、疲れてんのかな。
そう言えばあれどうったんだろう。
あれよあれ。
あの大きいお皿モドキ?よ。
院長先生は秘密って言ってたけど何に使うのかしらね。
まぁこの後すぐに知って吃驚する訳だけども。
まさかあんな物が出来るとはねー。
お姉さんほんと吃驚だよ。