第153話 オルカの陶芸教室 ③ ~絵を描いてみよう~
院長先生を先頭にみなで連れ立って食堂へ向かう。
アシュリー様は慰問で孤児院に来た事はあっても中まで入った事はなかったみたいでとても興味深そうにキョロキョロとあちこち視線を動かしている。
あっちを見ては「あっ」とかこっちを見て「まぁ」とか小さく声をあげている。
その様子が可愛らしくて領主様も院長先生も目を細めてアシュリー様を見ている。
きちんと掃除されているので汚くはないけれど、あちこち傷んでいる箇所が散見される為古さは隠しきれない。
でもこれは仕方ないよね、優先すべきは建物の修繕よりもまずは子供たちの衣と食だものね。
住は取り合えず雨露が凌げれば今の所OKな訳だし。
それにドロシーが孤児院の会計を見るようになってからはかなり改善されて、中古だけど子供たちの服とか毛布を買い替えたりしたりしてるって言ってたし。
そうゆう意味では今後に期待が持てるわね。
ただドロシーの後任がちょっと難航してるって聞いてる。
元々ドロシーの後任として教えてた同い年の子マドレーヌさん(14歳)って言うんだけどね、引継ぎは順調にいってたの、けど私のとこの使用人の話が出たじゃない?そうしたらそっちに行きたいって言いだしてね。
本人の希望もあるから院長先生も了承したんだけど、それだと後任が居なくなるからってもう1人新たに選んでドロシーが一生懸命教えてる最中。
で、ドロシーとしては1人教えるのも2人教えるのも同じだからって纏めて一緒に教えてるんだって。
私のせいでドロシーに迷惑かけちゃったね、ゴメンよ。
そう言ったら「いいよ、大した事じゃないから。それに借りてばっかりじゃね、返せる時に少しでも返さないと」って笑いながら言ってくれた。
私そんなにドロシーに貸してたっけ?
むしろ私の方がお世話になってると思うんだけど。
そう言うと「そうだった、オルカはそうゆう人だもんね。」と苦笑いしてた。
んー、分からん。
食堂に着くとサラさんとパメラさんが子供たちを集めて席に座らせて私たちが来るのを待っていてくれた。
食堂はかなり広い。
どれくらい広いかって言うと、大人なら4人掛け小さい子供なら6人掛け出来るテーブルが4×6の24個も置かれている。
つまり大人でも96人が同時に座れる、子供ならもっと座れる。
椅子はそれぞれに一脚づつではなくて、背もたれの無いベンチみたいな4本脚の長椅子、それに腰掛ける。
領主様、アシュリー様、グレイソンさん、院長先生が1つのテーブルで、リズ、メロディ、ドロシーが1つのテーブル。
私とサラさんとパメラさんがお世話係。
領主様のテーブルと長椅子には比較的綺麗めな白いクロスが掛けられている。
本来なら貴族に対してこの対応は不敬に当たるのだろうけど、そこはそれ、院長先生と領主様の仲と言う事で不問になる。
それに領主様もこうゆうのにはイチイチ拘泥しないおおらかな性格をしているのも良かったのかも。
アシュリー様はほんの一瞬気にしたようだけどすぐに表情を元に戻してにこやかに笑いながら座った。
さすが貴族のご令嬢、人前では薄く微笑みながら簡単に心情を読ませないように訓練されているのが分かる。
ここで院長先生は今日は特別なお客様が来ているとみなに知らせ簡単な挨拶をと領主様にお願いしている。
「いや、使徒様の御前でそれは不敬ではないのか? 挨拶なら使徒様から。」
いえいえ、滅相もない。
私しがない平民、貴方お貴族さま。
考えるまでもない、誰がどう見たって領主様の方が上に決まってますから。
勿論そんな言い方はしないけど丁寧にお断りする。
「使徒様はあまりそういう仰々しいのを好まれません。普通である事を好まれます、ですのでここはいつも通りに。」
私と院長先生にそう言われては断る訳にもいかず、領主様は了承し簡単に挨拶をする。
簡単とは言えそこはやはり高位貴族、言葉選びから何から何まで卒なく流石だなと思わせるものがある。
私には絶対無理だなって思った。
そして私の番。
いよいよこれから一番のお楽しみ、この間作った作品に上絵付けをする。
「みんなー、おはよう! 今日はね、この間作ったカップやお皿に絵を書くよー!」
元気に明るく、これから楽しい事が待ってるよって感じで話し始める。
まずは各テーブルを周ってそれぞれの作品を取り出してゆく。
私のストレージさんはとても優秀だから仕舞う時に名前を聞いておくだけでその作品の作者が誰なのか分かるようになっている。
だから、まず名前を聞いてからね。
「メリンダです。」
「ジュリアです。」
「デイジーです。」
「オリーヴです。」
「メリンダさんね、ジュリアさん、デイジーさんに、オリーヴさんっと。はい、これで合ってる?」
一応ストレージ内で確認はしたけど念の為再度本人に聞いて確認する。
「はい、間違いないです。」
だよね、私のストレージさんは優秀だもの。
私はうんうんと頷く。
するとメリンダと名乗った女の子が「あのっ!」と声を掛けて来る。
ん? なにかな?
「私たち使徒様の所で働きたいです、院長先生にも伝えてあります。 一生懸命働きます、だから宜しくお願いします。」
「「「お願いします!」」」
そう言ってバッと勢いよく頭を下げてお願いされる。
あ うん。
分かったから、分かったから頭上げて。
「そうなのね、こちらこそ宜しくね。」
そう言って笑いかけると4人は安心したのかパアーっと顔をほころばせた。
ああ、やっぱり女の子の笑顔はいいわね。
心配そうにしてるより笑った顔の方が断然いいもの。
心が癒されるわ。
私は笑顔のまま次のテーブルへと向かう。
あら、ここのテーブルは男の子2人だけなのね。
「ト…ト ビーです。」
「ロッド……です。」
ん?
この二人はちょっと恥ずかしがり屋さんなのかな?
俯き加減でたどたどしく喋るのね。
「トビーさんにロッドさん、貴方たちのはこれで合ってる?」
「「は はい。」」
「あ あの……僕たち あの……その……は 働きたくて 志願しま した。 お願いします。」
「お 願いします。」
院長先生が言ってた男の子二人ってこの子たちなのね。
確かに大人しそうだし優しそうでもあるわね。
見た感じ何か悪さしそうなタイプにも見えないし悪くないんじゃないかしら。
そう思ったので「はい、宜しくね。」と答える。
そう言うと心底安心したように二人で手を取り合って笑っていた。
おやおや、この子たちはまさかのBL展開なの?
いやいや、それはちょっと性癖が過ぎないか?
私はまだそこには足突っ込んでないからね。
ま、でも優しそうな子たちで良かった。
あんまりにもおとこおとこし過ぎてるとちょっと女の子たちが心配になっちゃうしね。
女子力高い男の子ぐらいがちょうどいいのよ。
各テーブルを順番に回って各々の作品を渡して行ってる間に私の所の使用人になりたい子たち全員の名前が分かった。
全部で女の子15人、男の子2人。
メイド志望の子が10人、厨房兼メイド志望の子が2人、冒険者枠の警備班志望の子が3人。
ここまでが女の子。
男の子はさっきの2人で、庭師兼施設管理でほぼ確定。
で、女の子たちの名前が、メイド志望の子がメリンダ(14)、マドレーヌ(14)、アンジェリカ(14)、ジュリア(14)、デイジー(13)、マリッサ(13)、オリーヴ(13)、ヴァネッサ(12)ベネデッタ(11)、フレア(11)の10人。
厨房兼メイドの子がジェシカ(13)、ノエル(12)の2人。
冒険者兼警備組の子がアマンダ(14)、ルーシー(14)、エルネスタ(13)の3人。
これで都合15人、男の子も足すと全部で17人かぁ、中々の人数が集まったものね。
それにアンナさんとアンナさんのお母様、侯爵家からの厨房関係の人ひとりに私たち4人で合計24人かぁ、かなり大所帯になったわね。
これは気合入れてお金稼がないと!
最後に領主様のテーブルへ向かってこれから食器の上絵付けの説明をする。
このテーブルの面々は自分たちで作った訳じゃないので初期に作った私の手持ちの食器の中から選んでもらう。
「どうぞこの中からお好きな物をどうぞお選び下さい。」
そう言ってズラッと皿やボウル、カップなどを並べて各々自由に選んでもらう。
領主様やグレイソンさんは品定めするように手に取ってじっくりと見ているけれどアシュリー様は目をキラキラさせて眺めている。
時折「ほう」とか「これは何だ?」とか言っているのが聞こえる。
なのでその問いに1つづつ丁寧に答えていく。
「オルカお姉さまこれは何ですの?」
アシュリー様が手に取っているのはマグカップね。
お貴族のアシュリー様は当たり前だけど見た事なんて無いわよね。
普通貴族が使うのってティーカップかワイングラスだものね、知らなくて当然か。
ティーカップに入れるのはお茶、普通はティーカップにエールなんて入れないよね?
でもこのマグカップはお茶でも水でもエールでも、特に関係なく入れて使える庶民のカップよと説明する。
「ではこれは何ですの?」
これはサラダボウルね。
主にサラダを供する時に使う事が多いのだけれど別にサラダ専用にしなくても問題ない。
使い方は料理人次第、アイディア次第。
デザインも多種多様だからサラダ限定って事もない、別にサラダボウルにスープを入れたってデザートを入れたっていいんだから。
だって、何処からどう見たって鍋にしか見えないようなスープ皿を作っちゃう子も居るくらいだからね。
そう言ったらアシュリー様はキョトンとした顔をする。
それを聞いていたメロディはぷくっと頬を膨らませ「違うもん、スープ皿だもん!」と言っているのをみてリズとドロシーが笑っていた。
「これは粘土を焼いた物だと聞いたのだが?」
領主様にそう尋ねられて「はい、その通りです。」と答える。
元世界では一般的に陶磁器などと言われてる物ね。
私のこれは磁器と陶器の中間くらい、組成から言うと磁器に近いかも。
「ジキ? トウキ?」
「はて、そのような言葉聞いた事もありませんな。」
と驚くような返事が返ってくる。
え?
こっちの世界でも陶器は見かけるのに?
じゃあ何て言うんだろう。
ただの食器とかじゃないわよね?
そう思っていたらこっちでは普通食器の前にその食器の材質を付けていうのが一般的なんだとか。
例えば、「銀」なら「銀食器」、一般的な「木」で出来たものは「木製食器」と言うんだそうだ。
あ、そうゆう事。 納得。
だったらこれは「土食器」もしくは「土器」辺りが正しい?のかな。
「しかし、粘土を焼いて作る食器の製法は職人だったり、その工房の秘匿技術だったりするのが普通なんだが……」
「使徒様はどちらでこのような知識を得られたので?」
はい、それは前世です!
とは言えないので「あははー」と日本人的笑いで誤魔化す。
「使徒様ですから。」
そのひと言でバッサリ。
そしてこれ以上ない程のドヤ顔をする院長先生。
院長先生、それじゃあ誰も納得してくれ……てる?
「成る程、それもそうだな。」
「ですな、女神の叡智と言った所でしょうな。」
「オルカお姉さま素晴らしいですわ!」
納得してるのか、ならいいのかな?
院長先生やサラさんパメラさんは「うんうん」と頷いている。
ふとドロシーたち3人を見ると「今度は何やったんだ?」的なジト目で私を見ていた。
わ 私は何もしてないからね!
無実よ無実。
ホントだから!
ドロシーたちに向かって無言でふるふると首を横に振って否定する私。
すると3人は何か諦めたように「はぁ」と嘆息する。
なんでやねん。
結局領主様たちはみなマグカップを選んだ。
これまで見た事もなかった形に興味を惹かれたみたいね。
さて、いよいよ上絵付けをする訳だけれど、その前に絵付け絵具をみんなに配らないと。
色は全12色用意した。
と言っても私じゃなくて私の『創造魔法』さんが作ってくれたんだけどね。
『創造魔法』さんが作ってくれた色は、白 黒 赤 ピンク 黄 オレンジ 緑 黄緑 青 水色 紫 茶 の全12色。
木製の小皿と筆もたーーーーーーっくさん作った。
なんせ人数が人数だから用意しなきゃいけない数が半端ない。
特に筆は細いのと普通のと平たいのの3種類必要だから数を用意するのが大変だった。
それらを各テーブルに配布する。
私も一旦は領主様のテーブルにつくけれど時々席を離れて各テーブルを廻らないといけない。
前世で焼き物の街に暮らしてた私としてはこうゆう絵付けって慣れ親しんだものなんだけど、子供たちは勿論、普段から高級品に囲まれて生活しているお貴族さまも実際に自分で絵付けをするって経験は初めてで戸惑っているのがありありと分かる。
先ず以て筆の持ち方からして不安気と言うか慣れてなくて不安定なのよね。
おっかなびっくりって言うかね。
持ち方は鉛筆を持つ持ち方と一緒なんだけど、筆の場合は鉛筆よりも指先から先を筆を長ーくして持たないと上手く絵が描けないのよ。
これがね、慣れないと中々難しい。
私は出来るわよ、出身だからね。
ほら、あれよあれ。
習字って筆で字を書くでしょ?
あれと同じなのよ。
ドロシーを見るとちゃんと正しい持ち方でスラスラと筆を走らせている。
流石ね。
やはり日本人だけあって上手いものだわ。
って、あれ?
そう言えばドロシーの出身地って聞いたっけ?
あっれーっ?
何か聞いたような聞いてないような?
もしかして私と同じ海の幸豊富な焼き物県だったりして?
まさかねー。
まさかね……。
可能性的には無い事も無いのか。
これは要確認だ。