第151話 オルカの陶芸教室 ① ~作ってみよう!~
皆さま、新年おめでとうございます!
昨年中は大変お世話になりました。
皆様のご健康とご多幸を心よりお祈り申し上げます。
お正月三が日は毎日更新を予定しています。
今年もよろしくお願いいたします。
彫塑。
彫刻と呼ばれる物には石や木を削る物と粘土やロウのような柔らかい材料を芯棒につけて制作する物とのがある。
前者を彫刻と呼び、後者を彫塑あるいは塑像と呼ぶ。
ちょっと難しい言い方をしたけど大体こんな感じ。
つまり分かりやすく言うと、厳密には違うかも知れないけど粘土を使って何かを作る、今回に関しては孤児院の子供たちが粘土で食器を作る事がそれにあたる、そんな風に私は思ってる。
ま、難しい話はこれくらいにして楽しい粘土細工と行きましょうか。
院長先生と共にみんなが普段ごはんを食べている食堂へ行く。
だって一堂に会してみんなでってなるとここしかないもの。
もう、みんな集まったかな?
院長先生はじめサラさんパメラさん子供たち全員集まっているようだ。
「みんなーっ! 集まったかなー?」
「「「「「「はーい!」」」」」」
私が声を掛けると子供たちは元気いっぱいに返事をしてくれる。
「今日は何するのー?」
「鬼ごっこ?」
「違うって、冒険者ごっこだろ! お前魔獣役な!」
「何でだよ。」
「もー、そんな訳ないって!使徒様が居るんだからみんなでお祈りに決まってるでしょ。」
「ゲーッ、それはヤダなぁ。」
「何言ってんだよ、ここは食堂だぞ。だったらみんなでご飯作るに決まってんだろ!」
「っ!! そっか! お前頭いいな。」
「アンタたち五月蠅いよ。使徒様が喋るんだから静かにしなさい。」
年長の子がキャイキャイと騒いでいる子たちを注意している。
こうやって年上の子が小さい子に常識だとか色々な社会のルールだとかを教えていく。
「ほーら、あなた達静かにしなさい。 使徒様がお話されますよ。」
院長先生がパンパンと手を叩く、それだけですぐにシーンと静かになる。
そして私の方をジッと見つめる子供たち。
何といういい子たちなのだろう。
これが前世の日本だったら校長先生が「みなさんが静かになるまで5分かかりました。」って言うところなのにね。
流石は院長先生、お母さんと呼ばれ慕われているだけある。
今日は子供たちには粘土で自分だけの食器を成形して貰おうと思っている。
本来陶磁器を作ると言うのはとても手間暇の掛かる物。
簡単にその工程を言うと、
1 粘土を練って目的の物を成形する
2 高台を削る、乾燥
3 素焼き
4 下絵付けをする
5 釉薬をかける
6 本焼きする
7 上絵付け、更に焼く
こんな感じになる。
まず1番の粘土を練るって言うのが大変。
これは「菊練り」と言って粘土の中に入っている空気を抜く作業が必要になる。
前世の私は焼き物の街に住んでいたので、この「菊練り」と言うのを間近で見た事がある。
熟練の職人さんの手技はそれは見事な物で菊の花のようになって見えるの。
素人の私に出来る訳もなくただただ感心して見ているだけだったけどね。
と言うか実はやってみたんだけど上手く出来なかったのですぐに諦めたってのが本当だけど。
「菊練り」をして粘土が用意出来たら成形していくんだけど、湯飲みや茶碗など好みの物を作ったらすぐに焼きに入れる訳じゃなくて、作ったすぐは柔らかいから触ったりするとすぐに壊れちゃう。
なので2番の乾燥ってのが大事になってくる。
適度に乾燥したところで高台を削る。
高台ってのは器の下にある足みたいなアレね。
これがあると熱いものを入れた時に持ちやすくなるから。
取っ手などを付ける場合はこの段階で付けておく。
乾かないまま焼くと粘土の中の水分が水蒸気爆発をする事があるのでこの乾燥ってのはすごく大事な工程になる。
確実に乾かすのが最初の素焼きの成功のコツ。
次が素焼き。
およそ700~800℃くらいの温度で焼く。
焼いて冷まして取り出したら4番の下絵付けなんだけど、この下絵付けは必要ないなら飛ばしても大丈夫。
続いて5番・6番。
釉薬を掛けて焼くんだけど、焼き上がった器の表面がツルツルつやつやしているのはこの釉薬が掛かっているから。
釉薬にも色々あって、それはもう多種多様な色味の釉薬がある。
焼き上がりが真っ白になる白磁と呼ばれる物だと釉薬は透明釉薬を使ったりする。
今回は上絵付けをしようと思っているので白色系の釉薬をチョイス。
釉薬を掛けたら乾かして、いよいよ本焼きに入る。
本焼きは1,200~1,300℃の高温で焼くのが一般的だと聞いた事がある。
そして最後7番。
上絵付けをしたら750~850℃で焼いて完成。
しかしこれらの工程全てを子供たちだけでするなんてかなり難しいと思う。
きちんと大人が付きっきりでサポートしてあげれば出来なくはないだろうけどそれも現実的でないしね。
まぁ、分かりやすく簡単に言うと子供たちだけでは無理だろう。
なので今回は子供たちには楽しい部分だけをやって貰おうかなと思っている。
1番の食器を作るところと、7番の上絵付けをするところだけ。
自分だけの食器を作って自分だけの絵柄を書いて貰うの。
孤児院の子たちって自分だけの持ち物ってそんなに多くは持ってないってリズが言ってたから。
だったら毎日使う食器が自分だけの持ち物だったらすごく嬉しいんじゃないかと思って。
それにね、私も自分専用のマグカップとか持ってなかったなって。
だから子供たちと一緒に作ったら楽しいだろうなって思ってね。
っと、みんなが私に注目している。
ここはすぐに何か話さねば。
こほん。
「皆さん、今日は陶芸教室をします。」
「トーゲイキョウシツ?」
「え? なに?」
「それって何かの遊び?」
「違うって、きっと美味しい物作るのよ。」
「そっか、美味しいものか!」
みんな口々に思い思いの事を言い合っている。
その表情は、良く分からないけど何か楽しそうな事が始まるって言う期待感にキラキラしている。
そうよー、みんなでワイワイがやがや、あーでもないこーでもないって言い合って粘土で物作りするのは楽しいわよ。
まずストレージからベニヤ板のように木材を加工した薄い板を取り出してテーブルの上に乗せていく。
何やってんだ?って顔で子供たちが私を見てる。
これはね、ここは食堂だからよ。
だって食堂のテーブルの上で粘土なんかペッタンペッタンしたら汚れちゃうでしょ?
だからテーブルが粘土で汚れないように板を引いてその上で粘土細工をするの。
子供たちには「この板の上で作業してね」と声を掛けながら各テーブルを回る。
「じゃ、今から粘土を出すので順番に取りに来てねー。」
私はストレージから『創造魔法』さん謹製の菊練り済みと同じ状態の粘土をドン!と取り出す。
まずは目の前のテーブルに乗るだけの粘土を乗せて、子供たちが順番に取りに来るのを待つ。
粘土が無くなったら次の粘土を補充する、その繰り返し。
みんな「トーゲイキョウシツ?」、「ネンド?」、それって何だ?って顔してる子が大半を占めている。
けれど中には粘土が何かを知っている子も居て、そうゆう子は知らない子に粘土が何かって教えてあげている。
一応私の考えでは1人2点作って貰おうかなと思ってる。
お皿1枚とマグカップ1個でもいいし、2つともお皿でもマグカップでもいい。
それはもう個人の好みで自由にして貰っていい。
「さぁ、みんな粘土を持って行ったら数人づつ組になってお皿かマグカップを作ってね。」
因みにと前置きしてストレージから以前に作ったまま放置していたお皿とマグカップを見本として取り出してみんなに見せる。
こんな感じに作ってねー。
近くに来てじっくり見ていいから。
手に取って触るのはいいけど落とさないように気を付けてね。
子供たちには作業に入るようそう伝える。
「使徒様は食器の作り方をご存じで?」
楽しそうに粘土でカップを作っている院長先生がこちらに視線を向ける。
え ええ まぁ。
私が異世界人で元世界では焼き物の街の住人だったとは言えないし、言った所で信じては貰えない。
なので私は曖昧に愛想笑いをしておく。
「私もこうゆう焼き物の食器は見た事も使った事もありますが、自分で作るというのは初めての経験です。 とても興味深いですねぇ。」
こっちの世界は元世界と違って一般庶民は基本的に木の食器を使う。
貴族や豪商と言ったお金持ちは銀食器を使うけれど、彼らも普段は陶器の食器を使う。
そして、平民の中の少しお金に余裕のある者が陶器の食器を使う事があると聞いた。
つまり一般の大多数の平民は木の食器が普通で陶器の食器を使うなんて夢のまた夢なの。
ましてや孤児となると尚更。
だから今日は私のチートな『創造魔法』さんの力を借りてそれを自らの手で作っちゃおうって事。
確か院長先生が自前の食器を持っているのは前回のテーブルマナー講習会の時に聞いた。
つまり院長先生は高貴な生まれの人の可能性大。
食器を作る事が出来る職人て言うのは大抵その技術を秘匿され貴族に囲われている。
そしてより良い食器を作る事の出来る職人を抱えている貴族は羨望の眼差しで見られる。
街に居る普通の職人が作る食器と貴族が抱える職人が作る食器には明確に差があると言う。
そこには越えられない壁があって、それこそがその職人だけが持つ長年培ってきた経験とオリジナルの技術と言う訳。
昔の日本がそうであったようにこっちの世界の職人もその技術は先輩職人を見て目で盗めってのが普通らしい。
理路整然としたマニュアルなんて物はなく、また先輩職人も教えてはくれない。
だからこそ自分で考え身に付けた技はその職人の糧であり誇りであり続けるのだ。
とまぁ、難しい話はこれくらいにしてと。
つまりそんな職人の技術をなぜ私が知っているのか院長先生は不思議に思っているって訳ね。
全ては女神様のご加護の賜物と言う事にしておきましょうか。
そう言って誤魔化し笑いをすると有難い事に院長先生はそれ以上は聞かないでくれた。
「お姉ちゃん、出来たー。」
「私も!」
「僕もー!」
はーい、じゃあちょっと見せてね。
声を掛けられたテーブルへ向かって出来たって言う作品を見に行く。
あら、みんなカップ作ったんだ。
でも少し厚すぎるみたいだから、これだと焼いた時に割れちゃうかもしれないからもう少し薄くした方がいいわねとアドバイスをしておく。
こっちの子は……なんて言うか。
なんでカップにとげとげがあるのかしら?
「だってカッコイイし!」
うん、とっても男の子らしい意見ね。
でもそれだととげとげが痛くて手で持てないよ?
「はい、作り直しね。」とそう言うと「やっぱダメかー。」って笑ってた。
どうやら自分でもこれはダメそうだとは思ってたのね。
それでもダメ元で1回作ってみる所が男の子らしいっちゃらしいけど。
「お姉ちゃん私のも見てー!」
「僕もー!」
「使徒様、私も出来ました。」
ちょ、ちょっと待って。
そんないっぺんに言われてもすぐには見れないから順番にね。
「できたー!」と出来たばかりのカップを手に持って駆け寄ってくるエラちゃん。
でも両手で覆うように持って来たせいで上の方がぐにゃりと歪んでしまっている。
「あっ、壊れちゃった。」
と悲しそうな顔をするエラちゃん。
大丈夫よ、失敗したらまた作り直せばいいんだから。
それにこれはこれで味があるし。
なんて言うか前衛作品みたいな感じって言ったら分かる?
そんな感じ。
折角だし残しとこっか、エラちゃんの初めての作品だしね。
いい記念よ。
「えー、これ味するの? おねーちゃんこれは食べちゃいけないんだよー。」
とはエラちゃんの弁。
くー、なんて可愛いのかしら。
それを聞いていた院長先生もほっこり、優しく微笑んでいる。
あ、ダメよ。舐めようとしちゃダメだって。
これはバッチイから舐めちゃダメ。
「えー、だっておねーちゃんさっき味があるって言ったもん。」
言ったけどその味じゃないって言ってもエラちゃんにはまだ難しいかな。
中々説明が難しいんだけどとどう説明したら分かってくれるか考えていると、院長先生がエラちゃんに「何か良くわからないけれどイイなぁ」って思うでしょ?それが味があるって言うのよと分かりやすく丁寧に説明している。
さすが院長先生、子供相手に上手に分かりやすく説明している。
これはやはり経験の差だね。
「エラ、今度はそっと持って来るか呼ぶのよ。 じゃあ戻ってもう一度作ってみて。」
院長先生が優しくエラちゃんを自分のテーブルへと戻す。
そうこうしてる間も子供たちからひっきりなしに声を掛けられる私。
あっちから声が掛かるとそこへ行き、今度はこっちから声が掛かるとそっちへ行く。
みなに呼ばれる度にあっちからこっち、こっちからそっちへと移動と添削の繰り返し。
みんながそれはもう楽しそうに私を呼ぶもんだからダメとも言えなくてねぇ。
ついつい張り切り過ぎちゃって。
「使徒様、こうゆうのは如何でしょう?」
院長先生に呼ばれて見に行くと取っ手の付いてない器を見せた。
これはティーカップなのかしら?
ぱっと見はコーヒーカップのように少し背の高いティーカップって感じ。
「いいですね。」
一般的なティーカップと違って縁の所が軽く反っている訳でもラインが付いてる訳でもない。
でもそれ故にシンプルで無駄のないデザインだからとてもスッキリとしている。
ちゃんと対になっているソーサーもある。
それが3組。
「サラやパメラとお揃いにしようかと思って。」
そう言ってはにかみながら二人を見つめる院長先生。
余程嬉しかったのかサラさんとパメラさんは感極まったように目をウルウルさせている。
そして「それなら私たちも!」と3人でお揃いなる物を作るんだと言って張り切っている。
誰かの為に心を込めて何かを作るっていいよね。
すると院長先生が大きいお皿を作っても良いか?と聞いて来たので「いいですよ。」と答えておいた。
大きいお皿か、どんなのを作るんだろうと思って見てみて吃驚した。
とにかく大きい。
大きいお皿?
いやいやいや、大きいなんてもんじゃないですって。
大き過ぎ。
見たところ縦3m横2mくらいありますよ?
これ、ほんとにお皿?
「あの、院長先生。 これ何に使われるんですか?」
私がそう聞くと院長先生は人差し指を唇に当てて「ヒミツ。」と悪戯っぽく笑う。
ま まぁいいですけど。
私たち子供には分からない何か深い考えがあるんでしょう。
けどこれが後にああなるとは……この時には思いもよらなかったわ。
「オルカー、見てー。出来たよー。」
「私も出来たー! これでお腹いっぱい食べれる。」
「うん、まぁまぁかな。」
おや、どうやらリズたちも出来たみたい。
どれどれ。
3人はどんなのを作ったのかな?
リズは普段使いのカップを作ったようで、一般的な大きさのごく普通のカップとビールジョッキ?って勘違いしそうな程大きいのの2つ作っていた。
この大きいのはきっとメロディのだよね。
メロディが作ったのは……これはお鍋なのかしら?
「へっへーん、スゴイでしょ! お腹いっぱい食べれるように大きいスープ皿にしたの!」
大きいスープ皿って……。
これは鍋よ鍋!
何処からどう見ても鍋にしか見えないんだけど?
メロディがスープ皿と言い張ってるまるで鍋のようなスープ皿もどきの隣りには普通の大きさのスープ皿があった。
そう! これが普通のスープ皿よ。
メロディのは鍋! 間違いないわ。
「鍋 よね?」
「鍋だね。」
「鍋以外の用途が思い浮かばない。」
私たちがそう言うと口を尖らせて文句を言うメロディ。
「えー、心外だなぁ。これはスープ皿でしょ。」
メロディ「心外」って言葉の意味ちゃんと理解してるのかな?
これの何処がスープ皿なのかその根拠を教えて欲しいものだわ。
私たちに散々言われるも頑としてこれはスープ皿だと言って譲らなかったメロディ。
その心意気を別の分野でも発揮して欲しいわ。
ちなみにドロシーが作ったのは元世界でよく見たような真っすぐでストンとしたデザインの使い易そうなマグカップだった。
そろそろみんなも出来たかな?
出来たら1回回収するよー。