第147話 お屋敷と使用人
得意げに颯爽と左手をかざすグレイソンさん。
その手の向こうにはお屋敷と呼ぶに相応しい豪邸が建っていた。
「「「「ええぇぇぇーっ!!!!」」」」
絶叫のち沈黙…………。
ホントに?
嘘ですよね?
えっ? 嘘じゃない?
マジですかー!
私たちは思わず手を口元に当てて絶句している。
吃驚しすぎて言葉が出ないって本当にあるんだね。
思わず目で確認するもニコリと笑って頷くグレイソンさん。
「お気に召して頂けたようで何よりで御座います。」
気に入ったと言うより只々驚いたと言うか何と言うか。
いえ、気に入ってない訳ではないのよ、ないんだけど、この豪邸を見て驚くなって言う方が無理ってものよ。
これ、一体全体どんだけ広いのよ。
敷地面積どれくらいあるんだろう。
知りたいような知りたくないような……。
私ただの平民、それなのにこんな豪邸に住んでいいものなのかしら。
え?
問題ない?
周りも全て平民だけだから気にする必要は無い。
そう言われればそうなんでしょうけど、そうは言ってもねぇ。
リズたちもあれからまだ固まったままだし。
「あの……本当にこのお屋敷なんですか? 何かとんでもない大きさのような気がするんですが。」
「程よい大きさの物件が売りに出ておりましたのですぐに押さえました。思いの他安く購入出来たので幸運でした。」
程よい?
これが?
この広大な敷地面積のこのお屋敷が程よいですって?
ないないない、有り得ないですってば。
「ほっほっほっ、大きいと仰いますがこの屋敷でも領主邸の三分の一程度の大きさですから。 王都にある旦那様のタウンハウスより少し小さいくらいでしょうか。」
へっ?
領主邸の三分の一?
なぁんだそうなんだー、じゃあ大した事ないね……ってなる訳ないじゃない!
領主邸の三分の一って聞くとすごく小さいんだって錯覚しそうになるけれど、そもそも比べる対象が違い過ぎるから!
あの、グレイソンさん、分相応って言葉はご存じですか?
私には過ぎたるものですよ。
「何を仰いますか、オルカ様にはこれでも全然足りないくらいで御座いますよ。」
いやいやいや、それは言い過ぎですよ。
私はそんな大層な者じゃありませんから。
私とグレイソンさんの会話を後ろで黙って聞いているザッカリーさんとアンナさんが微笑ましいものでも見るようなとても優しい顔をしている。
後ろで黙って笑ってないで何か言ってあげてよー。
平民には分相応ですよってきちんと教えて差し上げて。
グレイソンさんとそんなやり取りをしているとリズたちも再起動を果たしたようだった。
「ホントにこのお屋敷?」
「何かそうみたいだけど……」
「ねぇ、メロディちょっと頬っぺたつねってくれる?」
「こう?」
「痛たたたたたたっ! やっぱり夢じゃない!」
頬っぺたをつねられて痛い!って言いながらも口元を緩めて嬉しそうにしているリズ。
ドロシーは私の横に来てぴったりと寄り添うようにして立ち呆然と巨大なお屋敷を見ている。
しっかり者のドロシーのこんな様子は初めて見るからちょっと新鮮だわ。
「本来であれば中に入ってご説明出来ると一番良かったのですが今現在もう既に改装工事に入っておりまして安全の為立ち入り禁止となっております。なのでこの場で私グレイソンがご説明させて頂きます。」
そう前置きしてグレイソンさんがこのお屋敷の事を説明してくれた。
このお屋敷は元々は商人の持ち物だったとか。
その商人って言うのが王国に多大な貢献をしたとかで騎士爵に叙爵された。
平民が功績を挙げて貴族に叙爵される、それ自体は良くある事よね。
元世界でもそういうのはわりとあったと記憶している。
念願かなって貴族に叙爵された、貴族の仲間入りをしたからには格付けの為にもここは一つ立派な屋敷が必要だって事で相当な資金を投入してこのお屋敷を建てた。
そこまでは良かったが、どこでどう間違ったのかこのお屋敷を建てた直後ぐらいから肝心の商売の方が芳しくなく右肩下がりになりついには傾いてしまった。
そうなると後はもう坂道を転がるがごとく落ちてゆき二進も三進も行かなくなり借金のカタにこのお屋敷を売りに出した。
しかしこの規模の家がそう簡単に売れる訳もなく、買い手がつかないまま時が過ぎ売値は下がり続ける。
間に入った不動産屋も売れなきゃ話にならない、折角借金のカタに安く買い叩いたのに売れなきゃ何の為に仕入れたんだって話になっちゃう。
なので一つ季節が過ぎる度に売価は下がり続けそこに今回の話が持ち上がった。
領主様の執事が家を探していると。
渡りに船とはまさにこの事で、それならととんとん拍子で話が纏まった。
多くは望まない、少しでも利益が出るなら御の字だ。
最悪赤字になっても領主と縁を結ぶ事が出来るなら長い目で見てそれはそれで大成功と言えるだろう。
そう思い今回の売買が成立したんだとか。
ホクホク顔でグレイソンさんがそう説明してくれた。
「土地建物の方でかなり予算が浮いたので改装工事に重きを置く事にしました。内装一式、調度類に至るまで全て新品に交換を依頼しました。外装も手直しさせる予定でございます。それから使用人棟も手直しさせますし、新しく馬房や倉庫・物置も設置する予定です。」
はい?
内装を一新ですか?
それはリフォームを通り越してもうリノベーションなのでは?
それだけの改装やっちゃったら建物本体より改装費の方が高くつくんじゃ……。
「そうですな、改装費だけで本体価格のおよそ5倍と言った所でしょうか。いやはや、全面改装にしては安くついて助かりました。」
安くない安くないです!
それのどこが安いんですか!
その話を横で聞いていたリズたち3人は目を白黒させている。
そりゃそうよ、そんなの私だって想像もしてなかったもの。
まさかとは思いますけど、私の勘違いだったらすみません、あの、予算使い切ってたりしてませんよね?
確か予算て小金貨500枚だったと記憶してるんですが……と皆に聞こえないように小声で質問するとグレイソンさんは優しくニコリと笑って衝撃的な返事をする。
「予算を少々超えましたが、ま、良いでしょう。それくらいは想定内でございます。それに旦那様からも出来る限りの事をして差し上げるようにと仰せつかっております。」
……。
絶対嘘だ。
あれは少々って顔じゃない。
一体どれだけ超えたのだろう、聞くのが怖いので聞かないでおこう。
もう、言葉も出ないよ。
まさかここまでとは。
私貴族の金銭感覚を完全に舐めてたよ。
しかし更に追い打ちをかけるように「そうそう」とグレイソンさん。
まだ何かあるのっ?!
「オルカ様の豊富な魔力あればこそ出来た事なのですが、建物の灯りは全て魔道具となっており一切蝋燭を使わなくても良いようになっております。勿論風呂も厨房も魔道具が入っております。」
マイガーッ!
オール魔石住宅。
元世界で言う所のオール電化住宅ってやつと同じ感じですか。
確かに私は人並外れた魔力を持ってるけど。
うーむ、私はこの家の動力源て訳ですね。
そう言われると何かちょっと微妙な気分にはなるわね。
けど今はそれどころじゃないわ。
ここここ この広大な敷地とお屋敷が私の持ち物に?
嘘でしょ?
本当に?
「はい、間違いなくオルカ様の物で御座いますよ。既に登記も済んでおります。ちなみに初年度の今年の分の固定資産税は免除となっております。それから不動産業者に支払う不動産取得時に掛かる手数料もこちらで持ちますので必要ありません。」
と更に衝撃的な事実が判明する。
もういいです、私なに聞いても驚かないから。
横で遠い目をしているドロシーがポツリと呟く。
「ねぇ、この広大なお屋敷の管理どうするの?」
そう言われてハタと気付く。
驚きと嬉しさで完全に頭から抜け落ちてたけど、そうよ、これ私の所有物になるのよ。
って事はこの広大な敷地を持つお屋敷を維持管理しないといけない。
これを私たち4人で?
掃除したり庭の草むしりしたりとか?
この広い広いお屋敷の掃除をしないといけないの?
この学校のグラウンドみたいに広い庭の草むしりとかお花のお世話とかも?
無理でしょ。
そんなの誰がどう見ても無理でしょ。
人には出来る事と出来ない事があるからね。
これは人の出来る限界を逸脱してるよ。
すると追い打ちに更に追撃をかけるようにグレイソンさんが言う。
「簡単にこの屋敷の全体像を申し上げます。本館一階から、エントランスホール、ダンスホール、食堂が大小合わせて2つ、大厨房、トイレ、風呂が2つ、談話室、遊戯室、応接室、執務室、それと客室が10で内貴賓室も含みます。本館二階が主寝室と家族用の大きい部屋が6つ、図書室、執務室、トイレ、その他空部屋がございます。半地下と屋根裏にも使用人用の部屋がございます。 続いて使用人棟ですが部屋が10、トイレ、風呂。 本館と使用人棟は連絡通路で繋がっており雨が降っても濡れずに行き来出来るようになっております。 それから馬房と物置と管理棟、庭園、四阿などがあります。」
なにその部屋の数。
使用人棟?
私が使用人になるなら分かるんだけど。
庭園?
庭園より畑の方が欲しいです。
四阿?
休憩なら休憩専用の建物の方が……ゲフンゲフン。
馬房?
馬車なんて持つ予定なんてないわよ。
ここを私たち4人だけで住むの?
アリエナクナイ?
ワタシタチヘイミンデスヨ?
開いた口が塞がらない。
呆然自失。
「ふむ、流石にここをお嬢様方4人だけで管理するのは些か骨が折れますな。であれば使用人を雇うと言うのは如何でしょう。」
へ?
使用人を雇う ですか?
私が?
平民の私が使用人を雇うってどんだけエライだよってなりません?
それは問題ない?
「問題があるとすればその給金ですが、それもオルカ様の財力があればさして問題とはならんでしょう? ならば割り切って人を雇って管理は任せてしまった方が宜しいかと。」
それはそうなんでしょうけど。
でも、そもそもそんな簡単に人を雇えるものなんですか?
雇うにしてもどこにどうやって募集かけたらいいのかすら分かりませんし。
やっぱり冒険者ギルドや商業ギルドに依頼するのが一番なんでしょうか?
本当に何も分からないのでグレイソンさんに素直にそう質問した。
「それでも良いのですが、理想はどこかの貴族の所で使用人経験のあるご婦人を雇う事ですな。それが駄目ならどこかの貴族、今回の場合ですと我が侯爵家から、メイドを教師として派遣してオルカ様が雇った使用人を教育する。 現実的にはこれが一番ではないかと。」
成る程。
確かにそれが一番良さそうね。
そうなるとどうやって人を集めるかが問題よね。
さて、どうしましょう。
私たち女の子4人だけだし、雇うとしたら基本女性だけ。
若い男性は出来る事なら遠慮したい。
でもグレイソンさんぐらいの年齢の人なら別に男性でもいいかな。
「……カ。 ねぇオルカ聞いてる?」
あ、ああゴメンちょっと考え事にはまり込んでた。
リズの言葉で我に返ってそう言って謝る私。
で、もう一回お願い。
「だからね、これから孤児院いって院長先生に相談してみない?」
「孤児院?」
「そう、孤児院。孤児院出身だとね碌な職につけないのよ。」
「特に女の子はね。私たちみたいに冒険者になってある程度モノになればいいけど、そうじゃないと悲惨のひと言だよ。」
リズとメロディの言葉には実感が籠っている。
実際に今までもそうゆう孤児院の先輩たちを沢山見て来たはず。
グレイソンさんやアンナさんも微妙な顔つきをしている事からも強ち間違いではないのだろう。
「この国は奴隷は禁止されてるけど、あれは実質合法的な奴隷だよね。」
「朝から晩まで働かされてコキ使われて、夏は暑くて冬は寒い屋根裏部屋に何人も押し込まれてさ、着るものはボロ1枚の替え1枚だけ、食べる物だって具なんて入ってないんじゃないかってくらい薄い塩味のスープとカビの生えたカチカチのパンが1個だけ。それが1日分、それでも無いよりはマシだから食べるけど、でもそれだけじゃ全然足りないからいつもお腹空かしてガリガリに痩せてる。それに本当に最低の最低限だけど衣食住は保証されてるからって給金も出ないらしいし。その先輩は一年間に貰った給金が銀貨5枚だけだったって、それも日用品とかを買ったらすぐに無くなっちゃう。それでもね、雨露を凌げるだけまだマシだって。」
「私もその話は聞いた事ある。」
3人の話は聞くに堪えない酷い話だった。
この世界は人の命は軽いとは思ってたけどまさかここまでとは思ってもみなかった。
理解したつもりで居たけど全然分かって無かった。
自分がいかに恵まれてるかって事だけが実感出来てそれがとても恥ずかしく感じた。
「だから私たちみたいに孤児院出身の冒険者が多いのはそのせいなの。冒険者になれば頑張ったら頑張っただけ稼ぎが増えるからね。頑張れば全部自分の物になる、どこかに奉公に出ようもんなら奴隷と何にも変わんない、どんなに働いても全部搾取されるだけ。」
「でもね、みんながみんな冒険者に向いてる訳じゃない。冒険者に向かない人って確実に居るからね、そうゆう子たちはもう本当にね、どうにかしたくても自分じゃどうにも出来ないの。」
「男の子だったらどこかの商家の下男にでもなるか最悪貧民街の住民になるかで、女の子は見目の良い子はどこかの商家の妾にでもなれればまだマシでそうでなければ……その……売るしか出来なくて……。」
なんて酷い。
聞いてて涙が出て来る。
知らなかった、ううん、知らなかったんじゃなくて知ろうとしなかったが正しい。
でも今知ってしまったからには私に出来る事はしてあげたい。
偽善かも知れないけど、でもやらない偽善よりやる偽善だよね!
だからリズたち孤児院出身の子たちはいつも孤児院へお金を寄付したり食べ物を持って行ったりしてるのね。
私に出来る事、お肉なら何とかなると思う。
でもそれじゃあ孤児院に居る間だけの支援になっちゃう。
そうじゃなくて、孤児院を出た後の事を考えなくちゃ。
つまりそうゆう事なの?
リズたちが真剣な眼差しで私を見つめている。
分かった。
「孤児院の子を使用人として雇うんだよね?」
「うん、そうして貰えるとあの子たちも助かると思うし。」
「院長先生に聞いてみて、OKなら孤児院の子の中から希望者を雇うのでいいと思う。」
「じゃあすぐに孤児院に行きましょ。こうゆうのは早い方がいいもんね。」
「「「ありがとう!」」」
花が咲いたようにとても嬉しそうに、そして安堵した顔でお礼を言う3人。
そんなお礼なんていいよ、私たちの仲じゃない。
遠慮はなしだよ。
私は3人の手を取ってしっかりと頷きながら笑いかける。
ちょっと照れながら笑う3人がとても愛おしく感じた。
「そうゆう訳なのでこれから孤児院に行って話をして来ます。話が決まったらまた連絡しますのでそれまで待って頂けますか?」
私がそう言うとこれまで黙って事の成り行きを見ていたグレイソンさんは優しく笑いながら「では、私も一緒に参りましょう。」と言ってくれた。
事情が事情なので一緒に院長先生に説明してくれるんだって。
有難い、私たちだけじゃ上手く説明できるか不安もあったのでこの申し出はとても助かるわ。
この後私たちは孤児院に向かった。
なんか私って院長先生に頼ってばっかだね。
これからは人を雇う雇用主になるんだからもっとしっかりしないと。
そう思う私だった。