第145話 災害級従魔とDランク冒険者
時間は少しだけ遡ってオルカたちがベレッタ改2で試し撃ちをして遊んでいる頃、領主邸の領主の執務室で直立不動でイヤな汗をかきながら顔を強張らせているマイキーとイルゼが居た。
二人の目の前には彼らの上司であるグレイソンと領主のヴィンスが居る。
ヴィンスは感情を読ませない顔をして優雅に座って居るが、グレイソンは少しだけ機嫌が悪そうに見えた。
「さて、報告を聞きましょうか。どちらから言い訳をしますか?」
そう言われてお互いに見つめ合う二人だが、マイキーが「では、俺が。」と言って報告を始める。
ヤベーな、グレイソンさん怒ってるよな?と思いながらも事の顛末を出来る限り詳しく話していくマイキー。
かくかくしかじか。
結局その未確認の二人組の男たちの身元は未確認のままだったが、逆説的に言えば未確認であるが故に身元を明かせない人物であるとも言える。
敵対貴族との関わりを示すような物は何一つ持っていなかった。
けれど自分で毒を煽って自死する程であるからそれなりの暗部の人間なのだろうと当りはつく。
「イルゼ、いつも言っているように貴女はもう少し慎重に行動しなさい。」
「はい、すみませんでした。」
勢いよく深々と90度まで頭を下げるイルゼ。
頭を下げたまま微動だにせずグレイソンの次の言葉を待つ。
「まぁいいでしょう。 マイキー、貴方はイルゼの上司なのですからちゃんと管理しないと駄目ですね。部下の責任は上司の責任、分かりますね?」
なら俺の責任はグレイソンさんの責任だよな?とは思っていても口が裂けても言わないマイキー。
言えばどうなるかは火を見るよりも明らかなので神妙な顔つきでコクリと頷く。
「イルゼの分は自分が被ります。それで勘弁して貰えませんか?」
マイキーの言葉に吃驚してマイキーの顔を見るイルゼ。
何か言いたそうにしているけれどもマイキーに目で制止される。
「いえ、それには及びません。全くのお咎めなしとはいきませんが軽い何か罰になりそうなものがいいですね。 それでは3日間お昼抜きと言うのはどうですか?」
そう言ってフッと優しく笑うグレイソンのおかげで場の空気が少し緩んだように感じた。
「ここのご飯は美味しいのでそれはキツイっすね。」
それで皆が笑顔になってお終い、イヤな話はこれで終わりである。
それはそうととグレイソンが話を続ける。
「例の少女の従魔ですが、俄かには信じ難いですがそれ程だと?」
少々懐疑的な目でマイキーを見つめ顎を触りながら「ふむ。」と小さく呟く。
グレイソンもヴィンスも実際にオルカの従魔をその目で見ているが、そんな脅威になりそうだとは到底思えなかった。
それなのにこの目の前にいる二人の諜報員は思い出してぶるりと身体を震わせ緊張感を漂わせた顔つきをしている。
本当に?そう思わずにはいられないグレイソンとヴィンス。
「あれはヤバいです。あれを見た後だとコカトリスですら可愛いもんです。」
「ええ、あの従魔を見た途端身体が震えてもうどうしようもなかったですよ。」
「1対1で闘えと言われたら俺なら迷わずコカトリスの方を選びますね。」
「そんなにですか。しかし貴方たちもそれなりに高位の冒険者でもありますから魔物の脅威には慣れているのでは?」
「それでもです。アレ相手では勝てる気がしません。」
「同じく、生きた心地がしませんでした。」
あの時の様子を思い出し口々に心底イヤそうに話すマイキーとイルゼの二人。
それまで黙って聞いていたヴィンスがここで初めて口を開く。
「二人はBランクだったか?」
「「はい。」」
「でもマイキーさんは限りなくAランクに近いBランクですけど。」
「試験で王都に行かないといけないのが面倒で試験は受けてないんですけどね。」
そう言って苦笑するマイキーだが、それを見てさらにヴィンスが話を続ける。
「お前たち二人なら例えAランクの魔物でも1匹なら討伐は出来るだろう? それでもあの少女の従魔は無理か?」
「「無理ですね。」」
二人は間髪入れずにきっぱりと答える。
続けて、
「アレは災害級です。 人の力でどうこう出来る相手じゃありません。」
「あの従魔ならメイワースの領都ですら簡単に壊滅させられるでしょうね。」
そこまで聞いてグレイソンとヴィンスはしかめっ面をして押し黙ってしまう。
それ程の魔獣がなぜあの少女の従魔になっているのか。
そもそもどうやって従魔にしたのか疑問は尽きない。
しかしそれでもハッキリと分かる事が1つ、彼女たちを敵に回してはダメだと言う事。
オルカたちを敵に回せばメイワースが滅ぶ、下手をすればこの国が滅びかねない。
それ程の脅威と言う訳だ。
「分かりました、今日は二人とももう上がっていいですよ。監視には代わりを二人つかせます。」
「「失礼します。」」
そう言って下がってゆく二人を見送り、部屋から出て行った所でグレイソンとヴィンスはひとつ溜息を吐く。
まさかそれ程とは。
考えを改めなければいけないなとヴィンスは思う。
オルカが敵対勢力についたら力関係がひっくり返る、いやオルカがその気になれば王族だって危うくなる。
ならばどうすればいいか。
敵にも味方にもしない、飽くまでも中立で居て貰うのが一番いい。
国としてオルカたちのする事には一切口出ししない、関わらない、そしてそれをこの国の貴族に徹底させないとダメだ。
下手に手を出して怒りを買うのが最も怖い。
特にあのボンクラの第一王子には気を付けないといけない。
つまりあの少女の不興を買わないように私がしっかりしないといけないと言う訳だ。
こめかみをグリグリと押さえ頭の痛い事だと思うヴィンスであった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
明けて翌日。
今日は領主様からの褒賞としての家についてグレイソンさんの使いの方から説明がある日だ。
どんな家が見つかったのかとっても気になる所。
気になるポイントとしてはまず第一に場所でしょ。
安全で立地がいいってのは絶対条件なんだけど、恐らく、十中八九高級住宅街にある家になると思われるからそれは心配はないんじゃないかなと思う。
他に気になるポイントとしては大きさね、敷地の広さとか部屋の数とか、築年数も気になるわね。
領主様のお屋敷で見たような灯りの魔道具とかもあるといいな。
ある程度以上の大きさの家だと蝋燭とか薪って訳にもいかないもんね。
それとお風呂は絶対欲しいわね。
あのお湯に浸かる心地よさは格別だもの、これは絶対に外せない。
頂く家の大きさにもよるけど、おトイレも複数個あると嬉しいかな。
他にもまだあるにはあるけど、実際にこの目で見てみないと何とも言えない事も多いと思うし。
まずは話を聞いてからだね。
身支度を整えてギルドに向かう。
私たち「Rosy lilies」正式発足2日目の朝、みんなと待ち合わせだ。
「おはよう!」
「「おはよう!」」
「うん、おはよう。」
朝から笑顔で美少女のおはようはどんな甘露より美味じゃのう。
愛いのう愛いのう。
これだけで今日も1日頑張れる。
私の活力の元だわ。
この後どうする?話し合ったけど今日はあんまりいい依頼もなかった。
私たちのパーティーだとまだランクが低いから討伐依頼が受けられないのよね。
リズとメロディはEランクだから討伐依頼を受けられるんだけど、私とドロシーはFランクだからまだ受けられないのよね。
そんな事を話しながら自分のギルドカードを受付に居たミランダさんに手渡すと「あら?」って顔をされた。
「オルカさん貴女Dランクになってるわよ。」
「えっ?」
なんで?
確か私Fランクだったハズだけど?
いつの間にDランクになってんの?
ねぇ、どうして?
「そんなの私が知ってる訳ないでしょ、ちょっと聞いて来てあげる。」
そう言ってミランダさんは奥へ引っ込んで行った。
ついでに愛しのギルマスの顔でも見て軽くイチャついて来るつもりなんだろう。
嗚呼、仲良き事は美しき哉。
そう思ってたんです、思ってたんですよ。
待つ事数分。
そしたらですよ奥さん、なんとミランダさんがギルマスを連れて戻って来たんですよ。
あらビックリ。
そんでね「詳しい事はこの人から聞いてね。」ってニッコリと笑うミランダさんがそこに居た。
で、何で私がいきなりDランクになってるんですか?
「ん? 言ってなかったか? そいつぁ済まなかった。 ついうっかり言い忘れてたわ。」
そう言ってガハハと悪びれる事なく頭をポリポリとかくギルマス。
その横で「もう、そうゆう大事な事はちゃんと言わなきゃダメでしょ。」と甘やかしてるとしか思えないような叱り方でメッするミランダさんと叱られてデレデレしてるギルマスを見てると何気にイラっとしてしまう。
あのー、イチャイチャするのは別に構わないんですけど、せめて窓口はヤメて人の目のない所でして貰えません?
それと私がどうしてDランクなのか説明もして欲しいんですけど?
「ああ、そうだったな。分かりやすく言うとギルマス権限で二階級特進だ。」
「は?」
今なんて言ったの?
ギルマス権限?
どうゆう事?
そんな事勝手にしていいの?
そう思ってたのが顔に出てたんだろうね、ギルマスが分かりやすく説明してくれた。
要は、先の蟲騒動で誰の目にも明らかな功績を挙げてしまった私。
ほぼ絶体絶命の窮地を魔法一発で救った私に異を唱える事の出来る人はこの冒険者ギルトには誰一人として居ない。
本来なら複数の高ランクパーティーで臨む他ない3,000匹を超える蟲の大群を私単機で討伐すると言う偉業を成し遂げてしまった。
しかもご領主様のご息女を助けご領主様からも直々に感謝され褒賞金も出た。
そんな冒険者をいつまでもFランクのまま燻ぶらせておくのは勿体ないし、Fランクのままにしておくと他の冒険者や他のギルドから何故昇級しないんだと突き上げを食らう事にもなりかねない。
だったら折角のいい機会だからこの際にランクアップさせてしまえと。
実力的には単機でAランクに近しいBランク相当の力はあると自信満々にギルマスは言う。
え?
それは買い被り過ぎではないかしら?
私そんな強くないですよ?
実力も経験もまだまだですし。
私が強いんじゃなくて従魔が強いだけですから、そう言ったのだけど「従魔が強いって言うのも主としての力量だ、それも含めての実力だからな。」と言われてしまった。
それはそうかも知れないけど私的にはくーちゃんたちにおんぶにだっこなのよね。
ギルマスの一存だけでCランクまでなら自由に昇格させてもよくて最初ギルマスもそうしようと思ったらしい。
けれど流石にそこまでやっちゃうと私の立場が微妙になるので、敢えてDランクに留めたんだそうだ。
いくらが実力があるからとギルマスが言ってくれても私は冒険者になって日も浅いまだ成人前の小娘ってのは事実だから。
そう言うのを良く思わない人も居るだろうってギルマスがね。
それでも二階級特進だから異例中の異例には違いない。
それとドロシーがEランクに昇格していた。
これは普段の地道な活動が評価されたのと私たちが同じパーティーってのもプラスに作用したらしい。
これにより私たち「Rosy lilies」は晴れて堂々と討伐依頼を受けられるようになった。
ま、ギルマスとしてはそれが一番の狙いだったみたい。
だって本人がハッキリそう言ってるんだもん。
「これからはガンガン討伐依頼受けてくれてもいいからな!」
それはもう屈託のない笑顔でそう言われた。
うん、とても微妙な気持ちだわ。
しかも早速お願いされた、お肉を狩って来てくれと。
討伐依頼とは違うけどそれと同じ扱いをするから頼むと。
私はお肉の配達員か何かですか!
そう言うと「こんな可愛い配達員なら毎日頼んじまうな。」とおバカな事言って横に居るミランダさんに思いっ切り二の腕を抓られていた。
ほんとバカ。
女子から冷たーい目で見られるギルマス。
「お肉なら わ た し が……」
ミランダさんに色っぽく言われてデレデレの顔して奥に消えてゆく二人。
おーい!
ちょっと!
お二人さーん!
まだ勤務中でしょー!
ゴニョゴニョ……。
やってらんねぇ!って感じよホントもう。
私たち4人はさっきの微妙な空気に居たたまれず早々にギルドを後にした。
他の冒険者たちは生温かい目と冷やかしのヤジを向けていたけれどもね。
「いやー、さっきのアレには吃驚したよねー。」
「ほんとに。まさか顔面893のギルマスとギルドいちの美貌を誇るミランダさんがあんな仲だったとは。」
「美魔女と魔獣だよね。」
「確かに、言えてるー。」
リズとメロディが姦しくも言い合っている。
人のコイバナ、特にそれと縁が無さそうな人の艶話は恰好の話のネタなのだろう。
「世の中一寸先は闇ね。」
ドロシー使い方完全に間違ってるよ。
それを言うならせめて「蓼食う虫も好き好き」くらいにしといてあげなよ。
私も大概酷い言い草だなとは思うけどそれでもドロシーよりは随分とマシだと思うよ。
「あの二人っていつからなんだろうね? 私全然気づかなかったよ。メロディは知ってた?」
「うんにゃ、知らなかった。今までそんな素振りも無かったもんね。オルカは知ってた?」
「知ってたよ。」
「「はぁ? マジ? そんな面白い事……コホン、大事な事なんで黙ってたの!」」
言い直したけど今面白い事って言ったよね?
確かに面白いけどさ、「人の恋路を邪魔するヤツは竜に食われて死んじまえ。」って言うでしょ。
だからよ。
わざわざ言いふらすもんでもないしね。
「私も気付いたのはつい最近だからなー。いつからって言われると分かんないかな。」
「まぁそれもそっか。」
「二人にとってはやっと廻って来た遅い春だもんね。」
「そうだよ、そっとしといてあげなよ。」
そうそう、ドロシーの言う通りだよ。
人の恋路を邪魔しちゃダメだよ。
ほんとに竜に食われちゃうよ?