第139話 宴の準備だ!
領主邸での夕食会から一夜明けて次の日の朝。
「んー っはぁぁぁぁー。」
大きく伸びをする私。
昨日のあのベッドのお布団、ふかふかですっごく柔らかかったなぁ。
こっちに来てからは初めての綿入りのお布団だった。
それと比べるといつも寝ている藁入りのお布団はゴワゴワしてちょっとチクチクするのが難点だね。
まぁでも慣れたけど、でもやっぱり綿入りのお布団は魅力だな、今度作ろうっと。
今日はアルマさんとアイザックさんのお披露目の日だ。
元世界で言うなら結婚披露宴みたいなものかな。
ただ会社の上司などの有難ぁい祝辞がないだけでも遥かにマシだよね。
いや、こんな事言っちゃいけないんだけど実際そう思っちゃうよね。
言ってみれば校長先生の話みたいなものか。
校長先生の話も大概長いものね。
っと、こんなゆっくりしてる場合じゃなかった。
早く服着替えて朝ごはん食べなきゃ。
なのでパパっと着替えて下に降りて朝ごはんを食べに行く。
「おはよー。オルカさん今日のアルマのお披露目行くー?」
「はい、行きますよ。何たって私お肉係ですもん!」
「おお!そりゃ楽しみだねー。美味しいお肉期待してるよー。」
今日はアルマさんとアイザックさんのお披露目と言うのはこの宿に泊まっている冒険者たちは皆知っているので、参加予定の人はお昼にガッツリと食べるつもりで朝食は軽く済ませているみたい。
斯く言う私も朝ごはんは軽めにしている。
さっ、ごはんも食べたので歯磨きしたらくーちゃんたちのとこ行かなきゃね。
くーちゃんたちに朝ごはんあげたら孤児院に出発だ。
くーちゃんたちを連れて宿を出て辻馬車を探すべく通りを歩く。
「オジさん、孤児院までお願い出来る?」
「あいよ、乗ってきな。そっちのデカイ従魔は歩きになるけどいいか?」
それでいいですと返事をして辻馬車に乗り料金を支払う。
何かこの辻馬車ってシステムに慣れると便利過ぎて歩くのが面倒くさくなるね。
前世でもちょっとそこのコンビニ行くのにも車で行ってた感覚と同じだ。
これじゃあダメだって分かってるんだけど人間どうしても楽な方に流れちゃうよね。
イカンなぁと思いつつもついつい辻馬車に乗ってしまうんだよねー、反省。
ゴツゴツとした通りをゆっくりと進む辻馬車に乗っているとくーちゃんから念話が来た。
ん?
どうしたんだろう、何か気になる事でもあったのかな?
(主様、目線はそのまま動かさずわたくしの話を聞いて下さい。)
おや?
珍しい事を言う、目線を動かさずってどう言う事だろう。
(ん、分かったよ。 で、何かあったの?)
(先ほどからずっと後をつけられています。)
(えっ? 尾行されてる?)
思わず声を上げそうになったけれどすんでの所でどうにか堪えた。
(正確には昨日からですが。)
(昨日から? それってまさか領主様の所の?)
(恐らくは。人数は二人居ますね。)
(二人も?)
(はい、一人は夜中に交代しておりまして、一人は昨日から同じ人間がずっとこちらの様子を伺っております。)
なんとまさかまさかの監視されているとは。
余りに強大な力を持つ魔法使いは危険分子と見なされて監視対象に認定されたとか……有り得ない話では無いよね。
でも褒美として家をくれるって言ってたんだけど、そうしたらあれはどう言う意味なんだろうね。
ただの褒章? それとも何か意図がある?
今現時点では監視対象、危険が無いと分かったら今度は取り込みにかかる、そんなとこだろうか。
うーむ、どうしたものか。
私は別に敵対するつもりは露ほどもないんだけどなぁ。
けどだからと言って貴族に迎合するのも何か違うし。
難しいとこだね、私的には放っておいてくれるのが一番なんだけど。
(因みにだけど、その二人の風体はどんな感じ?)
(普通の平民の恰好をした男女二人で恋人か夫婦に見えるように偽装しておりますね。 隠密系のスキル持ちのようです、気配遮断しており周りに溶け込んでいて、歩く音さえも立てないようにしております。)
(成る程、それを生業としてる影って事なのかな。)
(はい、そうでしょうね。 ですが気配を完全に殺しきれてないようで僅かに漏れておりますね。隠密としては二流かと。)
(いやいや、私は全然気づかなかったからその二人は影としては問題ないと思うよ? 単純にくーちゃんが凄すぎるだけだと思う。)
しかし監視かぁ。
今日はアルマさんとアイザックさんのお披露目で顔見知りばかり集まるからそこに混ざってって事はないとは思うけど、明日からはちょっと気になっちゃうね。
別に悪さする訳じゃないけど見られてると思うと落ち着かないわ。
(まっ、相手の出方次第だね。いざという時は二人とも頼りにしてるからね。)
(お任せを! 何でしたら今すぐにでも排除致しますが?)
(致しますが!)
(それだけはヤメて! 私指名手配犯になっちゃうから!)
この二人マジでやりそうだから怖いわ。
ホント頼みますよ。
「孤児院に着いたぞ。 って、なんだ? やけに人が多いが今日は何かあるのか?」
「同じ冒険者仲間の結婚のお披露目なの。」
私の返事に、ああ成る程と頷く馬車のオジさん。
馬車から降りて「ありがとう。」と言って孤児院の中へ入る。
監視の二人はどうしているかとくーちゃんに聞いたら孤児院の外で見張っているとの事。
私たちが食べて飲んで楽しんでる時も仕事だなんて監視も大変だねー。
中に入ったらすぐに厨房へ向かう。
厨房の中へ入ると既に何人もの女性が居て食べる物の下拵えをしている真っ最中だった。
メニューはお肉メインで、他にはスープやパン、エールにワイン、子供たちには水で薄めに薄めた果実水。
そんなに薄めたらそれってもうただの水では?ってくらい薄めているけど、それがこの世界の平民の当たり前。
なのでちょっとだけお節介しちゃおうかな。
どうせお肉の持出しするんだし、少しくらい果物や果物のしぼり汁出した所で今更だもんね。
そんな訳で私は魔法鞄から取り出すふりをしてストレージからどっさりと果物を取り出して置いておいた。
「「「わっ! 果物だ! こんなに沢山いいの?」」」
「いいのいいの、使って使って。」
「オルカさんばっかりに持出しさせちゃって悪いわね。」
気にしないで。
折角のお目出度い日なんだから、ね。
今日はみんなでパーっと楽しもうよ、そう言ってヒラヒラと手を振る。
お肉は中庭で焼きながら食べる用の串焼きを大量に用意していた。
串焼き、所謂ブロシェットの事ね。
お姉さんたちがお野菜とお肉を交互に串に刺して手際よく作ってゆく。
他には厨房の中で煮込み料理も作っている。
何の煮込みなのか分かんないけど大鍋でコトコトと煮込まれている。
今はもう4の鐘を回り、開始まであと2時間もないから準備を急がないとね。
中庭に出て場所の確認をと思ったけど、そもそもが元世界の披露宴とは違うから上座とか新郎新婦の席とかはない。
ただ一応挨拶する為の簡易な台が1つ置いてあるだけだった。
それ以外は食べ物を乗せるテーブルとお肉を焼く竈、それから疲れた時に座れるように椅子が置いてある。
外で食べる立食BBQみたいな感じかな。
「「おおーい!」」
あ、リズたちだ、ドロシーも一緒に作業を手伝っている。
3人はテーブルにクロスを掛けている。
と言っても真っ白で綺麗なテーブルクロスなんて高級品でとてもじゃないが平民には手が出せない。
なのでこうゆう時は綺麗な端切れをつなぎ合わせてカラフルテーブルクロスを作って掛けるのが一般的なんだって。
確かにこれは可愛いわ。
いいね、すごくいい。
アルマさんのパーティメンバーであるカーリーさんやベルさんも木で出来たジョッキや取り皿、スプーンやフォークなんかも運んでは並べている。
アイザックさんのお友達の男の人たちはみんなが飲む用のエールの大樽をせっせと運んでいるのが見える。
1つ 2つ 3つ……
どんどんと運び込まれては中庭の適当な所に置いてかれる。
ちょっとちょっといくつあるの?
いくら何でも多すぎない?
「そんな事ないぞ? 今日ばかりは皆浴びるように飲むからなぁ。これでも足りるかどうか怪しいくらいだ。」
娯楽の少ないこの世界ではこうゆう催しは平民にとってとても楽しい一大イベント。
みな期待に胸躍らせ笑顔で会場へやって来る。
ざわざわとした喧騒、だけど煩いのとは違うとてもワクワクするような騒がしさだ。
開始時間よりも早く来ている人も結構居て、顔を見ては挨拶して雑談に興じている。
今日の主役の二人はもう暫くしたら開始時間前にはやって来るだろう。
一応5の鐘が開始時間となっているけれど主役の二人が揃った時が宴の開始だ。
みんな笑顔でとっても楽し気に歓談していて、主役の登場を今か今と待ち望んでいるもの。
私は二人の為にとっておきの演出を考えている。
そう、シャンパンタワーと言われているアレ。
シャンパンタワーと言っているけれど私が用意したのは白ワインなんだけどね。
なので正確にはワインタワーではあるんだけど。
ガラス製のグラスも作ってある、数も120個ほど用意した。
ただ心配なのは私が作るグラスはこっちの世界ではあり得ない程クオリティが高いって事。
これを皆に配ってそれを持って帰られたら、更にそれが市場に流れでもしたら大変な事になっちゃう。
市場原理が崩れるし、これを作ったのは誰だーっ!ってなる。
そうなると面倒事のオンパレードだ。
なので一応対策として、配って飲み終えたら回収する、回収し損ねる事も織り込み済みでグラスには時間経過で自壊するように魔法陣を刻んでおく事にした。
なぜ出来たのか分からないけど時間組み込み型の魔法陣を書けてしまった。
本人が分からないのに何故か書けてしまう、流石女神チート。
これで不用意に市場に流れる事は阻止出来ると思うの。
「ドロシーお願い、ちょっと手伝ってー。」
ドロシーにも手伝って貰ってシャンパンタワーを組む事にする。
まずはテーブルを1つ取り出して、足の裏から土魔法を展開、魔法で正確な水平を出して地面を平にしておく。
テーブルの上には真新しい真っ白なテーブルクロスを掛ける。
そして定番の三角タワーを作り始める。
段数は8段の予定。
まず1段目、これはストレージから取り出す時に位置とかを指定すれば自分で並べる手間を省けるので便利。
そしたらグラスの中に葡萄を1粒入れてワインを注ぐ。
これを全てのグラスにする。
「これ、シャンパンタワーよね?」
「うん、そう。いいでしょー。披露宴と言えばやっぱコレでしょ。」
そう言う私をジト目で見るドロシー。
「シャンパンは使ってないから正確にはワインタワーだけどね。」
「そう言う事じゃなくて、これやり過ぎじゃない? 悪い意味で悪目立ちするよ?」
悪い意味で悪目立ち?
それってとっても悪いって事よね?
あれ?
私は良かれと思ってやってるんだけど?
「はぁぁぁぁぁ。」
なんでそこで盛大な溜息を吐くかなぁ。
これきっとすんごい盛り上がるよ?
「それはそうだけど、盛り上がり過ぎて次誰かがお披露目する時に呼ばれちゃうよ?大変だよ?それにこのグラスどうやって作ったの?とか色々面倒臭い事いっぱい来るよ?それでもいいの?」
うっ、それはメンドイな。
でも折角グラスまで作ったしなぁ。
一応時間経過で自壊するようにはしたし、ここまで準備してやらない選択肢はちょっと。
まぁ、なるようにしかならないか。
もし何か揉めそうだったら全力でバックレればいいしね。
何だったら最悪力業で……
「それはやっちゃダメだよ。」
「え、まだ何にも言って無いけど?」
「言わなくても分かる、オルカがそうゆう顔してる時は大体碌な事考えてない時だって学習したからね。」
むうぅ、私を何だと思ってるの。
「花も恥じらう乙女な私がそんな脳筋暴力女みたいな事する訳ないじゃない、やーねー。」
「…………。」
黙ってないで何とか言ってよ、地味に傷つくんだけど?
「で、この異常に目立ってるシャンパンタワーどうするの? このままだと倒されちゃうかもよ?」
「あ、それなら大丈夫。 ちゃんと考えてあるから。」
そう言って木の板4枚をストレージから取り出してシャンパンタワーを隠すように囲ってしまう。
そして誰も中に入れないように結界を張ってと。
これでOK。
後は、宴が始まるまでこのまま放置で大丈夫。
どやぁ。
「ふぅん、まぁ何も考えてない訳じゃないんだね。」
あれ?
もっと褒めていいんだよ?
やっぱりオルカに任せておけば安心だねーとか色々あるでしょ?
ほれっ。
手の平を上に向けてちょいちょいっと動かす。
ペチン。
「あ痛っ。」
「調子に乗らないの。ほら、次行くよ、もうあんまり時間ないんだからね。」
はぁーい。
準備って言ってももう後する事ってあんまないのよねー。
友人知人が結婚する二人をおもてなしするのが今日の趣旨だから、別に来賓がどうとか、出席者の確認作業がどうとかってのもない。
それに同じ冒険者仲間だからって絶対に出ないといけないって訳でもない。
だって仕事で居ない人も居るだろうし、外せない用事がある人だって居るかも知れない。
それから時間に遅れてやって来てもいいし、来て食べるだけ食べたらすぐに帰ってもいい。
それくらいゆるーい宴会だから。
要は、今日はみんなで楽しむ日!なのよ。
もうあと四半刻ほどで定刻だね。
人も集まりだして来たからボチボチ始めてもいい頃かもしんない。
そう思っていたら本日の主役の二人がやって来た。
おっ、来た来た。
いよいよだね!