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第138話 ヤキモチドロシーと鴉

アンナさんと一緒に馬車に乗って帰路につく。

馬車には私とアンナさんのみ。

俗に言う二人っきりという状況。

密室に若い女の子と二人っきりだなんてドロシーが知ったら修羅場ランバ?

それこそ何を言われるやら。

怖っ!

これはドロシーには知られちゃいけない。

秘密裏に任務を遂行せねば。


馬車は貴族街を抜け平民が住む区画へと帰って来る。

冒険者ギルドのある付近も通り過ぎて私が滞在している宿屋へと近づいてゆく。

やっと帰って来た。

緊張の連続だったわ。

夕食から始まって領主一族のお子様たちとお茶して、その後アシュリー様とお風呂。

それから女子二人でパジャマパーティーと気の休まる間もなかった一夜もようやく終了。

ほんと長かった。

でも帰るまでがお呼ばれだから、最後まで気を抜かずあとちょっと頑張らないとね。

自分にそう言い聞かせる。

すると馬車の速度がだんだんゆっくりになってゆく。

あ、着いたのかな、そう思ったら


「宿屋に到着致しました。」


とアンナさん。

ゆっくりになってゆく馬車がコトンと停止する。

あー、ようやく着いた。

これでやっとひと息吐けるわ。

アンナさんに分からないようにそっと「ふう」と小さくため息をつく。

アンナさんが先に降りて踏み台を出してくれる。

開かれたドアの向こうには宿の扉が見えた。

冒険者の朝は早い、皆はもうすでにギルドに行っているのだろう、宿屋は静かだった。


「お手をどうぞ。」


「ありがとう。」


アンナさんが微笑みながら手を差し出してくれたのでその手にそっと手を添えて笑顔で返す。

アンナさんにエスコートされながら慎重に馬車から降りると、するすると人影が近づいて来るのが見えた。


ドロシー?

え? え?

ドロシー仕事は?

孤児院で引継ぎとかしなくていいの?

ドキリとちょっと心臓が跳ねる。


アンナさんの手に重ねられた私の手、それをハイライトを失った瞳でジーっと見つめるドロシー。

えっとね、これは馬車から降りる時に危なくないように手伝ってくれたの。

別にいい訳なんかしなくてもいいんだけど、ドロシーのあの目を見たら何か言わなきゃって思っちゃって。


「いい訳なんか別にしなくてもいいよ。」


え?

あ、いや、違うの。


「随分と仲良くなったんだね?」


ひょえぇぇぇ

ドロシーさん怒ってるぅ。

ゴメンなさいゴメンなさいゴメンなさい。

でもほんと他意はないんです、信じて下さい。

私何もやましい事はしてませんから。


「ふーん、別にいいけどね。」


良くないです!

全っ然良くないです。

ね、ちょっとでいいからまずは私の話を聞いて、ね?

冷めた目をしてるドロシーと慌てふためく私の対比を見てクスクスと笑うアンナさん。


「お二人は仲がよろしいのですね、まるで恋人同士みたいで御座いますね。」


そ、そう。

そうなんです、恋人同士なんです。

ね、ね、そうでしょドロシー?


「違いますよ、まだ。」


いや、即否定しなくても……

まだって事はアレよね、これからそうなる可能性もあると。


「……。」


ドロシーさん無言はヤメて下さい。

ほんとマジで心臓に悪いから。

後でちゃんと説明するから、ね?

私が説明に窮しているとアンナさんが大きな大きな助け舟を出してくれた。

そして漸く機嫌が戻りつつあるドロシー。

何でも、私が他の女の子に笑っているのがちょっと癪だったから意地悪したくなったとか何とか。

そ、そうなんだ。

ドロシーったら。

妬いてくれたの?

そんな事言われたら嬉しくなっちゃうじゃない。

思わずニヘラっと口元が緩くなるのが自分でも分かる。


「何よ、ニヤケちゃって。」


ちょっと拗ねた顔のドロシーさんなんて可愛らしいのかしら。

これはオカズになるわ。

えへっ。


「また漏れてる。 はぁ、オルカってば……。」


首を横に振りため息を吐きながら「やれやれ」と言った顔をするドロシー。

そう言われてもねぇ。

これが私だし、それはドロシーも分かってるでしょうに。

今さら何を言ってんだか。


「それでは私はこれで。」


そう言って挨拶をすると馬車に乗ってアンナさんは帰って行った。

馬車が遠ざかって行くのを見ているとドロシーが声を掛けて来る。


「で、今から何するの? 流石にこの時間から仕事はしないんでしょ?」


あ、うん。

仕事はしないかな。

今日はね、追加で頼んであった防具が出来てる日だからそれ受け取りに行って来る。

そう言うとドロシーが「じゃあ私もついてく。」と当たり前のように私の右側に並んで歩きだす。

何かこうして歩いてると前世を思い出す。

私はいつもルカの左側に並んで一緒に歩いてたっけ。

これが私の日常だったから、今こうしてドロシーと一緒に歩いてると昔に戻ったみたい。

ドロシーとルカは違うはずなのに何故かとっても懐かしく感じてしまう。

まさかね、そんな訳ないよね?


「なぁに、どしたの?」


「ううん、何でもない。ちょっと見ただけ。」


そう言うと「変な人」と言いながら楽しそうに笑う様子がルカとダブって見えた。



防具屋まで二人でゆっくりと歩く。

昨晩の食事の様子とか領主一族のお子様の話とかをしながらのんびりと、少し遠回りして歩く。

防具屋で注文してあった品物を受け取って店を出る。


「ねぇ、本当にお金とかいいの? 私全然出してないけど。」


ドロシーが心配そうに言うけれど、それは事前にリズが言っていたようにパーティーで稼いだお金の中から返して貰うから心配はいらないよ。

それにくーちゃんたちのおかげで私はいまお金に困ってる訳じゃないしね。

それよりさ、リズたちはどうしてるの?


「ドロシーもだけど、リズたちに聞いて欲しい事があるんだけど。」


「リズたちなら今の時間だとまだ孤児院に居ると思うよ、朝リズたちと会ったから。」


「そうなの? だったら孤児院に行くわ。」


ドロシーの話だと、明日はいよいよアルマさんとアイザックさんの結婚のお披露目の日だから手の空いてる人たちで準備をしてるんだって。

会場の設営? みたいな事をやってるんだとか。

だったら私も手伝わないと、何たって私お肉係だし。

お肉なら任せてよ、いっぱい持ってるし。

そう言うとドロシーは「メロディが喜びそう」ってコロコロと笑いだす。

うん、可愛い女の子の笑顔は心を豊かにするね。

ドロシーとの会話は楽しくてあっという間に孤児院まで来てしまった。

もうちょっとゆっくり歩けば良かったかな?そう思ったけど着いてしまったしね、今更引き返すのも変だしそのまま敷地内へと入った。

中庭の方へ行くと冒険者たちが思ったよりも沢山居て設営作業を手伝っていた。

と、言っても簡単なもので、テーブルや椅子を出して並べたりとか、明日の食べ物を作る為の竈を作ったりとかしている。

大きな大きな竈がいくつも用意されていて、どうやらそこでお肉や野菜を焼いて食べるみたい、前世で言う所のバーベキューみたいな感じ?

孤児院の調理場でも作るけど、雰囲気作りって意味でも外で目の前で焼いて食べるのが楽しいんだって。

お酒とかはアイザックさんの友人たちが用意する予定。

あとは持ち帰って夜食べるように多めに用意する事くらいかな。

ざっとそんな感じ。

孤児院の小さい子たちも一生懸命にお手伝いをしている。

明日はご馳走が食べられるって分かってるからか皆笑顔がキラキラしてとても楽しそうにお手伝いしているね。


「あー、お肉のお姉ちゃんだー!」


私を見つけるなり駆け足でやって来たのはエラちゃんだ。

どーん!と私の脚へ飛びついて来る。

んふ、可愛いなー。

あら、エラちゃんお手伝いしてたの?

エライねー。

でもお肉のお姉ちゃんはちょっと頂けないな、それだと私がぷくぷくぽっちゃりさんみたいじゃない。

こうゆう時は普通に「オルカお姉ちゃん」でいいのよ。

ところでリズとメロディが何処に居るか知ってる? 知ってたら呼んで来て欲しいの。

そう言うと「分かったー。」とそう言って走って行ってしまった。

子供って元気ねぇ。

何か母親にでもなったような気分だわ。

すると程なくしてリズとメロディが私のところへやって来る。


「あー、オルカお帰りー。何か用事あるんだって?」

「夕食どうだった? 美味しかった? やっぱり貴族のごはんって豪華だったりした?」


リズとメロディでこんなにも違うとは。

我がパーティーいちの食いしん坊キャラのメロディらしい質問だわ。

それには無難に美味しかったよとだけ返しておく。

それよりも


「ちょっと話があるの。あ、変な話じゃなくてどっちかって言うといい話なんだけどね。」


そう言って昨日のあの話を切り出す。

どっちの話の方かって?

決まってるじゃない、家の話よ。

そっちが先、ズラトロクはまぁ機会があればついでに話すけど。


「実はね、家探ししなくても良くなったの。」


私がそう言うと「はぁ???」て顔をする3人。


「必要ないないってどう言う事?」


まぁこれだけじゃ分からないよね、OK、今からちゃんと説明するから。


「実はね、私たちが家探してるってのをギルマスが喋っちゃったのよ。そうしたら領主様が褒美で家をプレゼントするって言って下さってね。」


「「「はあ?」」」


いや、だから言った通りで。


「領主様からの褒美が家のプレゼント? は? 訳分かんない。 夕食のお呼ばれが褒美じゃなかったの? 何でそうなるの?」


リズの言う通り。うん、それが普通の反応だよね。

実際私も訳分かんないから。

でも事実は事実なのよ。

実際に執事のグレイソンさんが家と言う名前のお屋敷を探してるみたいだし。


「そもそも、何でギルマスが居たの? そっちも意味不明なんだけど?」


ギルマス曰くギルドの一員として褒美がてら呼ばれたって言ってたよ。

ギルマスが貴族だったのは伏せてそう説明するとみんなは納得してくれた。

けれどここからまた追及が始まる。


「褒美で家のプレゼントってどんな家なの?」


「それが今探してるらしくてまだ全然分からないの。」


リズの質問にそう答えるとすかさずメロディから次の質問が飛んでくる。


「その家ってどの位の大きさ? 場所は? 家賃は?」


ちょ、ちょっと待って、今順番に説明するから。


「最初ね、貴族街に空き家になってる男爵家のお屋敷でどうだ?って領主様に言われたんだけど、それだと私が貴族街に入れないからって執事の方が言ってね、それだったら貴族街に近い高級住宅街で探せばいいってなってね、それでそのまま決定って言うか、私にはどうする事も出来ないって言うか。」


「は? 貴族街の空き家のお屋敷?」

「高級住宅街に家?」

「何で断らなかったの?」


「無理だって。 平民が貴族の言う事に逆らえる訳ないじゃない。 褒美だって言ってるのにそれを固辞するなんて出来る訳ないでしょ。」


「で、その家っていつ頃貰えるものなの?」


「それは分かんない。すぐに見つかるかも知れないし見つからないかも知れない。全く想像がつかいない。」


「「「そっかー。」」」


家って言うか多分お屋敷になるんだろうけど、それは貰えるとして、税金関係とかはどうなるのかそれは私にも分かんない。

だからその時にはグレイソンさんに聞いてみないと。

リズたちはまだ実感が沸かないみたいで良く分かってないような感じだけど、お屋敷ってなると維持管理が大変だろうなぁ。

それどうしたらいいんだろうか、私たち4人じゃ絶対無理だろうし人を雇うって言ってもみんなまだ子供だしねぇ……。

リズたちは今よりいい所に住めて家賃も掛からないならいいんじゃない?みたいに言って呑気に構えてるけどこれマジで前途多難だよ。


家の話は一旦ここで終わりで、あとは翌日のお披露目会の準備をして終わる。

お酒とお肉は明日用意するとして、集合時間を決めないとね。

普通にやってくる冒険者たちは5の鐘集合だけど、私たち関係者は4の鐘集合に決まった。

明日の約束をしてそれぞれ帰路についた。


「「じゃーねー、また明日。」」

「「うん、また明日。」」





◆◇◆◇◆◇◆◇


アンナが頃領主邸に戻り暫くした後の頃。

午前の執務がひと段落ついたメイワース領主のヴィンスとグレイソンが領主の執務室に居た。


コンコンコン。


執務室のドアをノックする音。

ヴィンスがグレイソンに目で合図するとグレイソンがそっとドアを開けるとそこにはアンナが立っていて深々と一礼して部屋に入って来る。


「失礼します。 お呼びでしょうか。」


主の執務室に一介のメイドが呼ばれるなど普通ならばあり得ない。

しかも本来なら必ず居るはずの主付きの侍女すらも待機していない。

つまり今この執務室にはこの部屋の主であるヴィンスと主付きの執事であるグレイソンとただのメイドのアンナだけと言う事になる。

アンナは自分が呼ばれた理由は良く分かっているが自分からそれを言う事はない。

自分が仕える主から声を掛けられるまでただ待つのみなのだ。

主に代わりグレイソンがゆっくりと口を開く。


「では、報告を聞きましょうか。昨日からあの少女についてみてどうでしたか? メイワース家に仇なす存在であるかどうか貴女の率直な感想は?」


「はい、昨日からついてみてまず感じたのは裏表のない方だなと。良く言えば素直で分かりやすい、悪く言えば何も考えていないと言った所でしょうか。」


「ふむ、私も同感ですな。良くも悪くも人を疑うと言う事をしない。ともすると騙されやすい傾向があるやも知れませぬな。」


「はい、ただ平民であればそれも致し方無いかと思います。普通はみなそんなものですから。」


「では、アンナはあの少女は問題ないと考えていると?」


「はい、特に害意は感じませんでしたし不審な点もありませんでした。 このまま監視を続けますか?」


「いえ、それには及びません。 もう下がっていいですよ、今日はもう上がって明日は休みなさい。」


「では、失礼します。」そう言って部屋を出ようとするアンナをグレイソンが呼び止める。


「そう言えば、お母様の具合はどうですか?」


「はい、薬師を紹介して頂いたおかげで今は持ち直しております。有難う御座います。」


薬師の代金は必ずお支払いしますとアンナが言うとグレイソンは笑みを浮かべながらその必要は無いと言う。

アンナには十全に働いて貰わないといけないからこれも必要経費であると。

だから母親の事は心配せずとも良いとも。

再度深々と一礼してアンナは退室して行った。

その様子をひと言も喋らずに見ていたヴィンスがここで初めて口を開く。


「一応念のため鴉を2羽ほど放しておいてくれ。」


「畏まりました。」


鴉とはメイワース家に仕える影の部分。

所謂諜報員の事である。

アンナもその一人で普段はただのメイドとしてお屋敷に詰めているが、その基本業務は領主一族の護衛兼諜報である。

主にカリーナを始めとする女性たちの身辺警護要員の内の一人だ。

外出の際に専属侍女の下につく形で一般メイドとして貴人を護衛する。

緊急時には身を挺して仕える貴人を護る、そう言う仕事だ。


「それで、『鑑定』の結果はどうだったのだ?」


「はい、それが『鑑定』が弾かれました。」


グレイソンは特に表情を変える事もなく淡々とそう告げる。


「なに? 『鑑定』が弾かれた?」


ピクリと片眉を上げ思わずと言った感じで目を見開くヴィンス。

なぜそんな事が起こるんだ?とそう言わんばかりに目が物語っている。

『鑑定』が出来なかった事についてはグレイソンが簡単に説明する。

オルカ自身もだがその従魔も鑑定出来なかったと。

領主家の影が普段使っている『鑑定』の魔道具のLVよりオルカのLVの方が上回っていただけ、単純にそれだけだと主に伝える。

領主家が持っている『鑑定』の魔道具のLVは6だ。


「つまりあの娘の『鑑定』LVはそれを上回っていると言うことか。」


状況から考えてそうなりますな、グレイソンは事実をありのままに淡々と伝える。


「こちらが『鑑定』したのはバレてないだろうな?」


「はい、それは大丈夫なようです。『鑑定』が弾かれた時もあの少女は特に反応はしていませんでした。ただ従魔の方は何か勘づいたやも知れませぬがそこは獣です故気にする程の事もないでしょう。」


「そうか、なら良いが。兎に角今はあの冒険者の監視と警護、それと絶対に敵対行動は取るなと鴉にも伝えておくように。」


「御意。」


もしあの少女が敵対貴族の息の掛かった者に与するようなら……

と考えてそれは今の所無さそうだなと思い直すヴィンス。

彼女は愛する娘の命の恩人である、アンナもグレイソンも悪感情は抱いてないようだし何よりアシュリーが殊の外気に入っている。

敵対貴族の手の者でない事を祈るばかりだなとちょっと遠くを見つめてそう思うのだった。






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