第137話 アシュリー様とお喋り
お風呂から上がってアシュリー様の自室まで戻って来る。
アシュリー様に続いて中に入るとくーちゃんとさくちゃんがバッと顔を上げてこっちを見る。
嬉しそうに耳をペタンとして、喜びも露わに尻尾をぶんぶんと振っている。
くーちゃんはみよんみよんといつもより長く伸びて喜びを表している。
それを見て私も嬉しくなってほっこりとした気持ちになる。
(くーちゃん・さくちゃんお待たせ。)
ちょっと長湯しちゃったから少し待たせちゃったわね。
(はい、待ちました。)
(待ちましたー。)
(ぐっ。ゴメンて、色々あって思いの他時間が掛かっちゃったのよ。それにしてもくーちゃんもさくちゃんも言うようになったわね。)
(冗談で御座いますよ。)
(ですよー。)
冗談には聞こえない、今のは絶対本心だ。
部屋に入るとお付きのジャスミンさんと、今日限定の私のお付きのアンナさんを残して他のメイドさんたちは静々と退出した。
お風呂上りと言う事もあって、水分補給の意味でお茶の用意をお願いするとジャスミンさんとアンナさんがすぐに用意してくれる。
元世界では睡眠の質を上げる為にも入浴後出来れば90分、最低でも60分経ってから寝るのがいいと言われてた。
こっちの時間で言うなら鐘半分から鐘半分と四半刻、まぁ鐘1つ分でも大差ないだろう、それくらい時間を空けるのが望ましい。
なのでここからは少しお喋りをして時間を潰すことにした。
さて、何のお話をしましょうか。
「そう言えば」とアシュリー様が何かを思い出しながら話し出す。
「あの時オルカお姉さまが助けて下さらなかったら今頃は……」
蟲に襲われた恐怖を思い出してぶるりと身震いさせる。
同時にジャスミンさんも小さく身体を震わせる。
けれどその後に「でも」と続けて、
「でも、そのおかげと言ったら変ですけどこうしてオルカお姉さまと知り合えたのですもの、私にとっては幸運だったと思いますわ。ただ、二度とあのような怖い思いはしたくはありませんけれど。」
と言い更に続けて、
「それに初めの蟲の襲撃の時、オルカお姉さまが後ろから蟲に襲い掛かられて吃驚して「きゃん。」て声を上げた姿が、不謹慎だと思いつつもお可愛らしくて。」
そう言ってクスリと笑うアシュリー様。
そんな事もあったかも。
でも、だってあれは油断してる時にいきなり後ろからだったから吃驚して。
「ホントに吃驚したんですよー。」
そう言って口を尖らせる私を楽しそうに見つめるアシュリー様。
「その後ですわ、オルカお姉さまから情熱的に口説かれましたのは。あのように言われた事は私も初めててどうしたら良いのか分からなくて……」
……はい?
えっと、何を言っているのかしら?
私がアシュリー様を口説いた? それも情熱的に?
いつ?
どのように?
いや、確かにアシュリー様ほどの美少女なら口説きたくなる気持ちも分からないでもないけれど、蟲に襲われてるって言う緊急事態の時に流石の私でも口説いたりしないよ?
「私が口説いたのですか? アシュリー様を?」
「ええ、それはもう情熱的でしたわ!」
情熱的?
私そんな事言ったっけ?
はてな?
そんなハテナだらけの私を見ながらうっとり顔で言う。
「オルカお姉さまは私を熱く見つめて「私の可愛いアシュリー、私がこの命に代えても必ず守るから。だからちょっとだけイイ子で待っていてね。」とそう仰って私の頬を撫でて下さったのですわ!」
……。
頭痛い。
私は指でこめかみをグリグリと押す。
妄想だ。
いや、捏造だ。
「それ以来ずっとオルカお姉さまの事をお慕いしておりますの。」
マジですか。
いえ、可愛い女の子に好かれるのは悪い気はしないけれど、こうも激しく勘違いされるとちょっと。
これはどうやってお断りすればいいのだろう?
私が遠い目をしながらこれからどうしようか思案していると
「ね、ジャジー。あの時確かにオルカお姉さまはそう仰いましたわよね?」
と侍女のジャスミンさんに同意を求める。
そうよ、あの時ジャスミンさんもすぐ側に居て一部始終を見て知っているんだから、ジャスミンさんならアシュリー様の勘違いを解けるんじゃないか?
そう思ってジャスミンさんに目配せする。
「いいえ、確かにオルカ様は守ると仰いましたが、そのようには仰ってはおいでませんでした。オルカ様が仰ったのは「大丈夫よ、安心して。 何があっても絶対に守るから。」だったと記憶しております。」
ほっ。
良かった、私の言いたい事が通じたようだ。
グッジョブ、ジャスミンさん。
「あら、そうだったかしら?」
顔をコテンと傾げて「不思議ね」みたいな顔してますけど、不思議なのは貴女アシュリー様の方ですよ。
私が言ったのと全然違うじゃないですか。
どこをどうやったらそうゆう解釈になるんです?
「だったらこれからなればいいのよ!」
「はい、それが宜しいかと。少しづつ距離を縮めていけばきっとオルカ様も……」
「そうよね。ジャジー分かったわ!」
ジャスミンさんてもっとこうデキる侍女かと思ってたんだけど。
この主にしてこの侍女あり、主従って似るのね。
この後はアシュリー様の学院での様子とか勉強の話とか、ご学友にはどういった方がいらっしゃるとかそんな話をした。
女子学生はデビュタントを迎え学院を卒業したらお家の為少しでも良い嫁ぎ先を見つける為せっせとお茶会や夜会へと参加するんだそうだ。
中には在学中に婚約するご令嬢もいるけど数はそれ程多い訳ではないみたい。
アシュリー様はそういうのはあまり興味はないみたいで気になるご令息が居る訳でもなく、また領主様もアシュリー様には政略結婚などではなく好きな相手と結婚すればいいと仰っているのもあって特に焦ってはいないと言う。
この事からも領主様はアシュリー様を政争の駒とは見ていない事が分かる。
それを聞いてホッとした。
ただアシュリー様自身はお家の為なら政略結婚も貴族として当たり前に受け入れるつもりだと仰っていた。
うーむ、貴族って大変なんだなぁと思った。
その後は今度は私の事を聞かれまくった。
食事の時にも聞かれたけれど再度同じ事を今度はより詳しく話す。
冒険者の朝は早く誰か起こしてくれる訳でもないので自分で起きなきゃいけないとか。
起きてからも着替えから何から何まで自分でしないといけない。
仕事と言ってもいつもいつも魔物と闘っている訳ではなくて薬草採取とかの地味な仕事もしているとか。
くーちゃんたちとはどのようにしてテイムしたとか、今まで闘った魔物で一番強かったのは何かとか色々。
今度一緒に住むと言う冒険者のメンバーの女の子の事とか。
特に男関係は、付き合ってる男は居るのか居ないのか、誰か好きな男は居るのかとか、そっち方面をしつこいくらい根掘り葉掘り聞かれた。
いや、私殿方には興味ないですから。
そう言ったんだけどアシュリー様は自分の兄弟たちの色めき立つ様を見て何かを危惧したようだ。
危惧ってなに?
私ってそんなにうっかりさんだっけ?
そう言ったらみんなに「うん」と頷かれた。
分からん、何故にそうなる。
そう言えばリズたちにも私が何かやらかす前提で色々と注意されたけど……。
そんなような他愛もない話をしているとあっという間に時は過ぎもう寝る時間となった。
「お嬢様、そろそろ就寝のお時間で御座います。」
「もうそんなに時間が経ったの? ねぇもう少しだけいいでしょ?」
「駄目です、夜更かしはお肌の天敵ですよ。」
「楽しい時間ってあっという間ですのね。」
残念そうに肩を落とし「はぁ」と可愛らしいため息を吐くアシュリー様。
こうゆう仕草ひとつとっても洗練されている。
流石はお貴族さま。
私はアンナさんにエスコートされて立ち上がり「おやすみなさい。」と就寝の挨拶をする。
「はい、おやすみなさいませ。では、また明日の朝。」
「はい、また明日。」
お互いそう言い合って私はアンナさんに連れられて宛がわれた部屋へ行く。
部屋に入ってまず吃驚。
なにこの豪華な部屋!
煌びやか、絢爛豪華、何と言えば適当なのか分からない程の豪華な部屋へ通される。
これを上手く表現出来ない自分の語彙力の少なさよ。
そして私の頭の中にある高貴な人が寝るベッドのイメージそのものの天蓋付きベッドがそこに鎮座している。
わーお。
1人で寝るには広すぎる程の大きいベッドに天から華やかなベッドカーテンが下がっている。
ベッドの端に座るとふかふかだ。
こっちの世界に来て藁入りじゃない初めてのベッドだ。
その柔らかさにちょっと感激。
「すごい、ふかふか。」
思わず感嘆の声が漏れるとアンナさんは優しく笑っている。
「こちらの部屋は賓客用の特別室で御座います。」
そうなの?
そんな良い部屋を用意して貰えるなんていいのかしら?
私の気持ちを察してくれたのかアンナさんは
「当然で御座います。オルカ様は旦那様のお客様で御座いますから。」
と事もなげに言う。
「では私はこれで失礼致します。何か御用がございましたらお手元のベルを鳴らして下さい。明日の朝起こしに参りますのでそれまでごゆっくりお寛ぎ下さいませ。」
アンナさんは深々とお辞儀をして部屋を出て行った。
くーちゃんとさくちゃんも同じ部屋に居る。
従魔は外の厩舎に入れるのが普通なんだろうけど今回はお礼と言う事もあって特別に許可してくれたんだろう。
でも助かった、くーちゃんたちが居てくれると私も安心だからね。
(くーちゃん・さくちゃんおやすみ。)
((はい、おやすみなさいませ。))
私はこっちの世界に来て初めてのふかふかふわふわの柔らかい布団の心地よさに包まれて眠りに落ちた。
朝、「おはようございます。」の声で起こされる。
目を開けるとアンナさんが優しく微笑んでいるのが見える。
アンナさんが分厚い遮光カーテンをザザッと引くと明るい陽射しが部屋に差し込んで来る。
んーん、今日もいい天気。
「それではお着替えをして朝食に致しましょう。」
アンナさんによって寝間着を脱がされる。
脱いだ寝間着を返そうと思ったら寝間着は持って帰っていいと言う、アシュリー様からのプレゼントだそうだ。
そう言う事なので有難く頂戴する。
今日着る服なんだけど、今日はもう仕事はしないだろうからいつもの仕事服(冒険者の恰好)はヤメてワンピースを着る事にした。
それから昨日と同じ食堂へ案内されると当主様以外は既にみんな席に着いていた。
あちゃー、思わず叫びそうになって慌てて席に着こうとするもグレイソンさんに慌てなくても大丈夫だと言われてちょっと安心する。
どうやら私が最後みたいで私が席に着くとそのままごく普通に朝食が始まる。
領主様は今日はもう仕事していると言う。
ん?
私の思ってた貴族って仕事しないで遊んでる人って勝手に思ってたけど実際は全然違って結構大変なのね。
グレイソンさんの話によると午前中はガッツリと仕事を詰め込んで、午後からは会談とか接待、夜は親しい友人や家族と過ごす事が多いんだって。
そりゃそうか、貴族だって人間なんだもん仕事とプライベートはきっちりと分けて、夜は友人や家族と過ごしたり遊んだりする時間も必要だよね。
「オルカお姉さま、昨夜はゆっくりと眠れました?」
「ええ、ふかふかのベッドは初めてだったのでとてもぐっすり眠れました。」
そう言うとアシュリー様は「それは良かったですわ。」ととっても満足そうに笑う。
その後領主一族と他愛無い世間話などをしながら朝食を摂って解散、私は宿屋へ帰る事になるんだけど。
いざ帰るって時に何と何と皆さんのお見送り付きと言うとんでもない事態に。
あのぅ、めっちゃ居心地悪いんですけど……。
領主一族を始めメイドさんたちがズラッと並んでいる。
そんな中を私一人で停まっている馬車へ向かわないといけないとは。
「オルカ嬢、もう帰るのかい?もう1日くらいゆっくりして行ってもいいのでないか?」
サイラス様が爽やかな笑顔でそう言う。
普通の女の子ならそれだけでうっとり顔で「はい」と言ってしまうのだろうけどそれは私には効かない。
「そうですよ、何でしたら1日と言わず2日でも3日でもゆっくりすれば。」
テオドール様も一緒になって言うけれど私は笑顔を崩さず首を横に振る。
仕事があるのでと丁重にお断りする。
「そうだわ。オルカお姉さま、折角ですので私の夏季休暇の間ここに滞在されては? そうすれば一緒に遊べますわ!」
「「それは名案だ。」」
いや、全然名案じゃないです。
アシュリー様もサイラス様たちも何言ってるですか。
流石にそれはダメですよ。
カリーナ様からも「あまり無理を言って困らせるものではありませんよ。」と窘められている。
それには3人も従う他なく残念そうにしょぼんとしている。
ちょっと可哀想かなとは思わなくもないけど私も帰るべき場所へ帰りたいしね。
ここだと窮屈で息が詰まっちゃいそうなんだもん。
流石にそれは言わないけどね。
私は丁寧に丁寧に失礼にならないように細心の注意を払いながら暇乞いをする。
「もう行ってしまわれるのですね。寂しいですわ。」
そんなしょぼんとして言わないで下さいよ、何か私が苛めてるみたいじゃないですか。
縋るように上目遣いでこちらを見ているアシュリー様。
うっ、何か私が悪い事してるみたいな錯覚に陥りそう。
「私必ずお会いしに行きますわ!」
「私もだ。」
「僕もです。」
あ、はい。
これは状況的に絶対に断っちゃダメなやつですよね?
歓迎したくないなと思うけれどそれはおくびにも出さずに口元に笑みを浮かべるに留める。
私も生活の為には仕事をしないといけないのであまりお時間はないかもしれませんがそれでも宜しければと一応は軽く牽制しておく事も忘れない。
勿論それだけで全てが上手くいく訳なんか無いって分かってるけれど一応言いましたよっていう事実は作っておかないと。
それに貴族が望めばどの道平民には断る事なんか出来っこないんだから。
ただ出来るならばこのままそっとフェードアウトしたかったなぁなんてね。
うん、無理だよね。分かってる。
なので
「その時を楽しみにしてますね。」
そう返すしかないじゃない。
こんなの社交辞令よ社交辞令。
「約束しましたわ!」
アシュリー様の満面の笑みを見ていると不安だけが募るよ。
貴族の後ろ盾はあると助かる時もあるかもしれないけど、あまりガッツリと取り込まれるのはねぇ。
距離感が難しくて悩みどころだね。
そんなこんなで私はアンナさんにエスコートされて馬車に乗る。
今日はグレイソンさんの付き添いは無いみたい。
なので女の子二人だけで馬車移動。
二人だけ?
なんか拙いような……
これドロシーに見られたら絶対マズいよね?
マズいどころかドロシーさん般若のごとくご立腹なさるんじゃ?
……。
「あ、あの。行先は冒険者ギルドではなくて宿屋の方へお願い出来ませんか?」
ドロシーとバッタリなんてなったら大変だから一応念の為不安要素は回避するに限る。
そう思って私は行き先を宿屋へ変更した。