第132話 鼻薬を利かせ過ぎたかも ①
「では行こうか。」
領主様の掛け声で談話室に行く事になる。
まずは領主様が立ち上がり二人の奥様方のエスコートの為お二人の所へ行きついと両腕を出す。
奥様方も慣れた様子で自然に腕を添える。
実に綺麗な所作で流れるような動き。
とても美しいと感じる、流石はお貴族様。
奥様方は当然その配偶者である領主様がエスコートなさるのは当然として、問題は残りの女性陣、とりわけその中でも私のエスコートを誰がするかだ。
ローラ様のエスコートは配偶者であるコンラッド様がするのが筋だからコンラッド様はない。
一瞬、ほんの一瞬コンラッド様が動きそうになるが、「まさか私を置いてその女の所に行ったりしないわよね?」と言わんばかりのローラ様の突き刺すような視線を受け断念する。
ニッコリと笑ってローラ様の側まで歩いて行き流れるような動きでエスコートするコンラッド様。
目は笑ってないけどニコリと笑うローラ様。
危なかったね、私の方へ向かって一歩でも動いていたら修羅場ランバになってたよ。
残る椅子は2つ。
私とアシュリー様。
何とも言えない微妙な緊張感、如何にして相手を出し抜くか、先に動くのは誰だ?みたいな駆け引きが展開される。
当の私はまだ座ったまま。
栄冠は誰の手に!
ギルマスかサイラス様か、はたまたテオドール様か。
「ん? どうした? 行かないのか?」
領主様の言葉を皮切りに戦いの火ぶたが切って落とされた。
はずだったのだが。
真っ先に動いたのは私の右隣りに座っていたサイラス様。
スッと立ち上がり「オルカ壌、お手を。」と私に手を伸ばす。
しかしサイラス様が手を差し出した時にはもう既に私は立ち上がる為に視線を左側に変えていたので右側から手が出ているのを気付かなかった。
「オルカ様、お手をどうぞ。」
アンナさんがさっきと同じように手を差し出して来てエスコートしてくれる。
なので私はアンナさんの手の上に自分の手を重ね、そして立ち上がる。
「アンナさん、ありがとう。」
「では、参りましょうか。」
そう言ってふんわりと笑うアンナさん。
あら、こんなに優しい顔で笑う事も出来るのね。
これはちょっと得した気分。
「あっ……」
サイラス様が小さく声をあげる。
差し出した手が空振りになり手をにぎにぎして持て余してる人が私の右隣りに居た。
残念そうに差し出した手を戻す。
そして「はぁ」と深いため息を吐く。
一歩足を踏み出した態勢のまま動かないテオドール様も私と私をエスコートするアンナさんを茫然と見ている。
アシュリー様は「仕方ないわね。でも兄さまや弟に取られるよりはマシね。」と呟き、
「ガスパーおじ様、エスコートして下さる?」
「ん? しゃーねーなー。ほれ。」
ケラケラと笑いながらギルマスが差し出す手にそっと手を重ねるアシュリー様。
はい、これにて決定ー。
結局サイラス様・テオドール様兄弟があぶれた恰好になった。
なむー。
二人は肩を並べとぼとぼと歩く姿が何とも言えない哀愁を漂わす。
付き従うそれぞれの侍女はお互い微妙な表情で後ろを歩いていたとさ。
アンナさんにエスコートされて談話室に移動する。
談話室は食堂とは違って白っぽい壁の明るい雰囲気の部屋だった。
カーテンは引かれているけれど大きな窓、年代物の品のいい調度品。
所謂アンティーク家具っていうの?そうゆう感じ。
今日は人数が人数なので大きなローテブルとそれを囲むようにぐるっとソファが置かれている。
ソファは応接室のような重厚感のある革製のソファではなくて、薄いグリーンの柔らかな色合いのファブリック製のソファ。
優しい雰囲気の部屋でリラックスしやすいように配慮されているのが分かる。
あー、ここは落ち着くな。
これで気の置けない仲間たちだけだったらどんなにか気が楽だった事か。
周りを見れば領主一族が勢ぞろい、あととても見えないけれど実は貴族だったギルマスと。
これでリラックスしろ、楽しめと言われて無理と言うもの。
私はそこまで強心臓ではないの。
そしてオルカさん争奪戦の2ndラウンドが始まる。
1stラウンドのエスコートで後れを取ったサイラス様・テオドール様兄弟が先手を取るべく動きを見せる。
が、ここでいち早く行動を開始したのはアシュリー様。
いつの間にか私のすぐ側に来ていて「さ、オルカお姉さまはこちらに」と私を誘導しまんまと私の横をゲットし着席する。
さぁ困った、残る席は1つだけ。
兄弟で最後の1つを奪い合う…かと思われたけれど、奪い合いにはならずあっけなく勝負はついた。
あまりにも分かりやすいテオドール様の為にサイラス様が譲る形となる。
「はぁ」と今日2度目の深いため息を吐いてテオドール様を呼び寄せ私の横に座らせる。
「サイラス兄上?いいのですか?」
「ああ、テオドール座るといい。」
「しかし……」
「気にするな。私はここに座る。」
「兄上、有難うございます!」
そう言ってすぅーっごく嬉しそうに私の右隣りに座るテオドール様。
それはもう花が咲いたように満面の笑みでニコニコ顔のテオドール様を見ていると子供らしくて可愛いなと思ってしまう。
周りの皆はそんなテオドール様を生温かい目で見ている。
でもね、こう言っては何だけど、私に何かを期待されても困るのよ。
私はショタ好きではないし、そもそも殿方にはご遠慮願っているのだから。
大体ギルマスも私の事は知ってるんだから何かひと言くらいフォローがあってもいいと思う。
例によってカカカと笑い楽しんでいるんだろう。
全く人が悪い。
サイラス様はアシュリー様の隣りに腰を下ろす。
子供組の前には紅茶とクッキーのような小さな可愛らしい焼き菓子が、大人組の前にはそれぞれの好みのお酒とおつまみが置かれる。
さて、ここからが本番!って所で私はグレイソンさんに目で合図を送る。
グレイソンさんは心得たとばかりに頷きメイドの一人に「持って来る」ように指示を出している。
一旦退出したメイドさんがワゴンを押しながら再度入室する。
「おや? それは?」
領主様がグレイソンさんに尋ねる。
今回はお礼も兼ねての非公式の夕食の為、貴族ならいざ知らず平民である私が何か手土産を持って来るとは思わなかったんだろう。
今回私は領主一族用にちょっとした手土産を持って来ている。
それを馬車の中で予めグレイソンさんに渡してあったの。
「オルカ様より手土産を頂戴しております。」
グレイソンさんが恭しく礼を取り皆に説明する。
「余計な気を遣わせてしまったな。了解した、有難く頂くとしよう。」
ちょっとだけ驚いた様子だったけど領主と言う立場上そう言った献上品など貰い慣れているからかすぐに立ち直り私にお礼を言ってくれた。
「まずは女性の皆様方へ。」
そう言ってグレイソンさんが取り出したのはコンパクト。
そう私お手製のコンパクト。
こっちの世界の鏡は元世界の鏡のようにハッキリクッキリとは映らないの。
と言うか前世のような鏡ってあるのかどうかも疑わしい。
こっちの世界で言う鏡とは金属をピカピカに磨いて作る金属鏡が一般的みたい。
つまり元世界の鏡を作ろうと思ってもガラスの透明度が足りない。
そこへ持って来てガラスに薄く銀を塗ったり銀が変色しないように銅を塗ったり、その銅を保護するための塗料を塗ったりと技術的にも足りない物が多い。
だからこその私の魔法なのね。
私の『創造魔法』があれば前世並みのクオリティの鏡を作る事も出来ちゃうのだ。
「これは?」
女性陣の中で一番位の高いカリーナ様が手に取って見ている。
コンパクトはまだ閉じたまま。
なので身振り手振りで私が開け方を教えてやる。
私が開けて手本を見せるより自分でやった方が驚くと思ったから。
カリーナ様は小首を傾げながら私に言われた通りにコンパクトを開ける。
パカッ。
「何これっ!」
「まぁカリーナ様ったら、どうなさったの?」
「どうしたもこうしたもないわ。リタ様もご覧なさい、吃驚するわよ。」
カリーナ様の驚きようにリタ様・ローラ様・アシュリー様もコンパクトをパカッと開ける。
「「「何これっ?! えーっ!?」」」
ふふん、そうでしょそうでしょ。
これが異世界(地球)クオリティだよ。
「こんなにハッキリと映る鏡なんて見た事ないわ。」
「ええ、私も初めて見ました。これは金属鏡とは全然違いますわね?」
「これは鏡で合ってますのよね?今までの鏡とは全然違いますわ。」
「オルカ様すごいですわ!」
「これが私の顔……ですの?」
「なんだか自分の顔が自分じゃないみたいだわ。」
「これなら色までハッキリと分かりますわね。」
「お化粧もし易そうだし素晴らしいわ。」
「でもイヤだわ、これだとシミとかも見えちゃいそうよ?」
「あら、見えるからこそ隠しやすいのじゃないの。それにリタ様はまだお若いから大丈夫よ。」
「服とか宝石を合わせる時もこれだけハッキリと色が分かると合わせやすいわ。」
「そうね、今までの金属を磨いただけの鏡だともうひとつハッキリと映らなかったものね。その点これは素晴らしいわ!」
「ええ、これ程の物がこの世にあるなんて。」
「これのもっと大きいのはないのかしら?」
「ねぇ、オルカ様、これのもっともっと大きいのは御座いませんの?」
「そうですわ、もしありましたら是非お譲り頂けません?代金は言い値で結構です。」
「あ、お母様たちずるいです、私も欲しいですわ!」
「そうゆう事でしたら私も。」
「「「「どうなのかしら?」」」」
お、おうふ。
すごい食いつきですね。
あるにはあるけど、出していいのかな?
大きい姿見は私専用で1つだけしか作ってないし。
A4サイズくらいのテーブルミラーならあるけど……出したら出したでそれはそれでまた大騒ぎになりそうな気もするし。
どうしようかと逡巡していると
「どちらでお買い求めになられたの?教えて頂く事は出来まして?」
「オルカお姉さま、お友達の私が一番ですよね? ですよね?」
「あっ、アシュリーずるい!」
「そうよ、アシュリー抜け駆けはいけませんよ。私は貴女をそんな子に育てた覚えはありませんよ?」
「いえ、お母様私は乳母に育てられましたけど?」
「まっ、いつからそのような口をお聞きに?」
「まぁまぁ、母娘喧嘩はそれくらいで。」
「そうですわ、問題はもっと大きい鏡があるかどうかですもの。」
「ねぇ、オルカ様。まだお持ちですわよね?」
「オルカお姉さま、どうなのです?」
「私でしたら小金貨5枚までならお出し出来ましてよ?」
「カリーナ様……」
「お母様……」
「お義母様……」
「な、なんですの?」
「「「…………。」」」
これ、出さないと収拾つかないヤツですよね?
出しちゃいけない物を出した私が悪いんですよね?
ゴメンなさい。
出します、出しますから喧嘩はヤメて下さい。
私はマジックバッグから出すようなふりをしてストレージからもう1周り大きい鏡を取り出す。
そして女性陣に献上する。
「こちらになります。 どうぞお納め下さい。」
「「「「キャアァァァァー!」」」」
「やっぱりあるんじゃないの。」
「カリーナ様の仰る通りで御座いましたね。」
「オルカお姉さまって何者なのですの?」
「こんな大きいの初めて。」
最後のローラ様の不穏な台詞は聞かなかった事にしよう。
大きい鏡を矯めつ眇めつ眺める女性陣。
それはもう凄まじいまでの姦しさ。
まずここで第一の失敗。
この様子を黙って眺めていた領主様が苦笑いしながら「済まないな。」と仰った。
いいえ、何も考えずに出した私も悪かったですから。
でも皆様方に喜んで頂けたならお贈りした甲斐があったと言うものです。
カリーナ様を筆頭に女性陣はみな鏡の中の自分を見ては「はー」とか「へぇ」とか呟いている。
本来なら貴族は感情をあまり表に出さないものなのだけれど、皆さんそれさえも忘れて喜色満面で鏡を見ていた。
お付きの侍女も加わってそれはそれは大層な盛り上がりを見せている。
ま、喜んで貰えたのなら良かった。
私はグレイソンさんに目で合図して「では次はご子息用の物を」とお願いする。
「畏まりました。 こちらで御座います。」
次に取り出したのは先日のバレットアントの素材だ。
バレットアントの外殻は武器や防具の良い材料になるみたいなのでそれを用意した。
他にはコカトリスの羽や魔物の爪など、装飾品や武器や防具の素材になる物も用意してある。
それらを3名分グレイソンさんに渡してある。
私の手持ちの中で男の子向けの物と言えばこれくらいだものね。
特にバレットアントの素材は一人一人に全身鎧一式作れるくらいの量を用意してある。
「「「これはすごい!」」」
やはり男子は武器や防具の素材になる魔物に興味あるよね。
うむ、良きかな良きかな。
コンラッド様はバレットアントの外殻を手でも持ち上げて表を見たり裏を見たり、或いはコンコンと手で叩いてみたりしている。
「成る程、確かに軽い。しかも硬い。」
「これはイイな。これで軽鎧を2つ作って1個はルーク殿下に差し上げても良いな。」
「僕もこれで恰好いい鎧を作ります!」
「いや、テオドールはまだ身体が出来上がっていない。もっと大きくなって身体が成長してから改めて作った方がいい。」
「そうでしょうか?コンラッド兄上もそう思われますか?」
「そうだな、サイラスの言う通りかもしれんな。テオドールはまだ成長途中だからこれからもどんどん身長も伸びるだろう。今すぐ作ってしまっては折角の素材が無駄になってしまう。」
「そうですね、折角オルカ殿から頂いたのですから無駄には出来ませんね!」
「「そうだな。テオドール偉いぞ。」」
何とも麗しい兄弟愛。
これはそっち系が好きなお腐りになった女子には堪らない物があるんだろうね。
私は大丈夫よ。
腐ってはいても傾向が違うから。
私が好きなのは女の子だけだから。
兄弟たちが仲良く武器談義しているのを優しい眼差しで見つめる領主様。
この人は本当に子煩悩だね。
男の子たちがワイワイと楽しそうにやっている。
さてと、いよいよ真打の登場。
今日一番の目玉商品のお出ましだ。
これが2つ目の失敗、しかも最大のやらかし。
いやー、まさかこれがああなるとは思ってもみなかった。
失敗失敗、てへ。