第130話 オルカお姉さまとお呼びしても?
アンナさんが差し出す手の上に自分の手を重ねて立ち上がるとそのまま部屋の出口まで歩く。
てくてくてく。
えっと
アンナさん?
もしもーし。
私いつまで手を乗せてればいいんですかー?
このままだと廊下に出ちゃいますよー?
「そうでした、大変失礼致しました。」
ハッとしたように重ねていた手を下げるアンナさん。
良かった、気付いてくれたよ。
いくら私が女の子好きでも手を繋いだまま食堂に行くのは流石にちょっとね。
たぶん何も言われないだろうけどニヨニヨと笑われるのは確実だろう。
私は別にそれでもいいのだけれどアンナさんに迷惑が掛かるのはどうにもいただけない。
「では、どうぞ。」
そう言うとアンナさんは自身の左腕をちょこんと曲げて横に出して来た。
ええっと、これは
「腕を組めばいいのかな?」
「左様でございます!」
とっても嬉しそうに言い切るアンナさん。
ええーこれってアリですか?
こうゆうのって普通は男女でするんですよね?
私たち女の子同士だけど問題ないの?
「ささ、遠慮なさらず。」
どうも問題はないらしい。
その証拠にアンナさんはノリノリだ。
ふむ、ならば私も遠慮はなしだ。
アンナさんの左腕に私の右腕をそっと通すように絡める。
「アンナさん、エスコートお願いね。」
少し強めに、けれど笑いながらアンナさんに命令する。
「畏まりました。」
アンナさんも嬉しそうにしている。
口元が綻んでいるのが横から見ても分かった。
正解だったみたい。
ギルマスは先に行ってしまった、勝手知ったる何とやら?
信じられない事にあのギルマスが実は貴族だったなんてね。
でも貴族ならこのお屋敷に来た事もあるだろうし、ギルマスって言う職務からも来る必要があったりするでしょ。
だからまぁお屋敷の間取りとかを知ってても不思議はないわね。
不思議なのはやっぱりアレよ、何度も言うようだけどギルマスが貴族だった!これが一番の驚きよ。
しかも悔しい事に所作そのものはやっぱりと言うか当たり前と言うか貴族っぽいのよ、これが。
あんな巫山戯たなりしてるのにこうゆう場ではちゃんと貴族してるのが癪だわ。
アンナさんとそんなこんなを話しながら歩いていると今夜のメインである食堂の前まで来た。
うー、緊張して来た。
扉は開かれている。
扉の前に立ち中を窺うと既に殆ど着席しているのが見える。
アールの緩やかな楕円形をした重厚で大きなテーブルがでんと鎮座していて、繊細な模様が彫り込まれた猫脚のテーブルに真っ白なテーブルクロスが掛けられている。
一枚物の大きな大きなテーブルクロスが掛けられていてカトラリーも並べられているね。
広い室内のど真ん中にテーブルが置いてあって入って右側の壁にはメイワース領の紋章を掲げてある。
部屋の中を明るく照らしているのは灯りの魔道具なのかな?
白熱灯のような少し黄色味を帯びた色の灯りが壁から室内全体を満遍なく照らしていて、それらが柔らかで暖かい光を放っている。
それからテーブルの上には燭台とローソクの灯り。
壁を背に沢山の使用人が立って控えている。
みな共通のお仕着せを着ているのでメイドさんで間違いないだろう。
私が入口で立ち止まっていると着席している人たちが一斉にこちらを見たのでちょっと焦ってしまう。
ひえーっ。
みな私に興味津々。
ちょっとちょっと、そんなにジーッと見ないでよー。
などと言える訳もなく私は軽く会釈して中へと足を踏み入れた。
最初の一歩がすーっごく緊張したけどね。
どのくらい緊張したかと言うと先だっての蟲の大群と対峙した時よりも緊張したと言えば私がどれ程緊張したかが分かろうと言うもの。
くーちゃんとさくちゃんも一緒に付いて来ている。
けど二人は部屋の隅で大人しく待機するようお願いしてある。
お利口さんの二人だから問題なく待っていてくれるだろう。
ただメイドさんたちはくーちゃんたちを見てビビってるけどね。
冒険者でもないのに魔獣と一緒の部屋なんてそりゃ怖いよねって話。
でも大丈夫、彼女たちは私に危害が加えられない限りはとても大人しいいい子たちだから。
左側手前から2番目にギルマスが座っている。
緊張の欠片もなく両隣の美しい女性と一緒に私を見ながら囁くように談笑している。
悔しいがこうゆうのは場慣れしているギルマスには勝てないな。
反対の右側の手前から2番目にアシュリー様が座っているのが見える。
アシュリー様は私を見るとパッと花が咲いたように嬉しそうに笑ってくれた。
良かった、どうやら歓迎されているようだ。
なので私もニコリと笑顔を返しておく。
アシュリー様の後ろには先日も見た侍女のジャスミンさんが控えている。
となると各々の後ろに控えているメイドさんが担当若しくは専属侍女なのね。
楕円形のテーブルには人が座っている席と空いている席がある。
空いている席は向かって右の列の手前から3番目と4番目。
左側の列は全員着席している。
つまり私の席は右側の列の空いている席2つの内のどちらかと言う事になる。
空いている席を見ると1つはそれだけがひと際目を引く程に豪華で、パッと見てこれは誰が座るのか容易に想像出来る席だ。
と言う事は、その豪華な席の右隣りの席が私の席だと言う事?
マジですか?
隣りなの?
いやいやいや、そんな高い席イヤですよ、ほんと。
ムリムリムリ。
恐れ多いですって!
しかし私の心配や動揺をよそにアンナさんは戸惑う事なく私を空いている席へと誘う。
ふえぇぇぇぇん。
やっぱりここだったー。
マイガーッ!
椅子の所まで行くとアンナさんがサッと椅子を引いてくれたので私は席の左側から着席する。
ハンドバッグは小さいので膝の上に置く。
その私の一挙手一投足をジッと、検分するように見つめられていてちょとどころではなく心臓がバクバクいって落ち着かない。
そんな真剣に見つめないで下さいよー。
私ただの平民なんですからねー。
一応院長先生に習ってはきたけどちゃんと出来るか心配なんですから。
内心ひやひやしながらぎこちなく、ええ、冗談や洒落でなく本当に本当のぎこちない笑みを浮かべる。
上手く出来てるか自信はないけど頑張るしかない。
ここでザっと席順のおさらいをすると。
私の居る右側の列の奥から順に、私の右隣りには私と同年代くらいに見える男の子、私、私の左隣りが恐らく領主様、これはひと際豪華な椅子からも間違いないと思う。
その左隣りがアシュリー様で、最後が私よりも年下に見える男の子。
向いの列は入って奥から、私から向かって右から順に言うと、そこには見覚えのある人が座っている。
蟲騒動の後の事情聴取の時に居た青年、領主様のご子息で間違いない。
その隣りが美しい中年女性二人。
つまり領主様の奥さま方なのかな?
ギルマスと年齢も近いように見える事からも多分合っていると思う。
次がギルマス。
そして最後が私よりも年上に見える若い綺麗なお姉さん。
こんな感じ。
そしてまだ見られている。
ジーっと、熱心に、興味津々、何かを探るように。
色々な思惑を持ってみなが私を見ている。
ギルマスは……笑っている。
私を見てカカカといつものまんま笑っているよ。
腹の立つ。
笑ってないでちょっとはフォローしてよ!
見られているプレッシャーには耐えきれずちょっとキョドってしまい視線を落とすとカトラリーが目に入った。
カトラリーの配置は院長先生習った通りだね。
ナイフとフォークはピカピカに磨かれた銀製なんだけど、大きさが全部同じ大きさのだった。
前世では出される料理内容によってナイフやフォークは形や大きさが違ったりしたんだけどこっちでは全部一緒なのね。
へー、面白い。
きっとそうゆう文化みたいなのはまだ成熟してないのかもね。
グラスも全部同じ大きさのグラスが並んでいるのも前世のとは違う所。
でも並んでいるグラスはどれも綺麗な透明のグラスだ。
こっちの世界のガラス製品は元世界のガラス製品とは全然違い透明度とか薄さとか品質が悪いのよ。
なのに目の前にあるグラスは厚みその物はまぁまぁ厚いけど透明度は中々の物なのよね。
これきっとすんごいお高いんだと思う。
それこそこのグラス1個で平民の4人家族が何ヶ月も暮らせるくらいの値段しても可笑しくない。
やっぱり貴族ってお金持ちなのね。
でも私は平民でいいや、だって気楽だもん。
貴族のお嬢様って基本的にお家の為に政略結婚させられるんでしょ?
私には絶対無理だーっ!
第一殿方と結婚だなんて考えただけで怖気がするよ。
そう思うとアシュリー様も大変なんだろうなぁって思って同情しちゃうよ。
コツコツコツ
規則正しい靴音が聞こえて来た。
ついに来た!
領主様だ。
「旦那様が入られます。」
思わずシャキッと背筋を伸ばしてしまう。
同様にみんなにも軽い緊張の色が見えた。
「や、遅れてすまない。みなも楽にしてくれ。」
軽く手を振りながら颯爽と現れた美丈夫なイケメンダンディ。
今日は前回のように髪は乱れてはないな、綺麗に整えられている。
貴族らしい笑みを張り付けた顔、絢爛豪華な衣服、そして洗練された所作。
どこからどうみても高位貴族そのものだわ。
そのお貴族様が今私の隣りに座る。
うひー、圧がすごいな。
そして私の方を向いて
「まずは礼を言わせてくれんかね。 オルカ殿、此度の蟲騒動では娘のアシュリーを助けてくれた事心より感謝申し上げる。」
領主様が軽く頭を下げる。
あ、いや、ダメですよ。
私なんかに下げていい頭ではないのですからどうぞ頭をお上げ下さい。
「いや、これは領主としてではなく娘を想う一人の父親としての感謝なのだから当然の事。」
そう言って笑った顔は慈愛に満ちたとても優しい顔をしていた。
あ、こんな顔もするんだ。
きっとこれが父親としての普段の姿なんだろうね。
「今日は非公式ゆえ存分に楽しんでいかれると良い。さて、今更ではあるが自己紹介をさせて貰っても良いかな?」
「はい」私はコクリと首肯する。
「私がメイワース領の領主をしているヴィンス・メイワースだ。」
私は後ろを振り返りアンナさんに目で合図をして立ち上がる。
そして院長先生に習った通りに片足を斜め後ろの内側に引いて、もう片方の膝を軽く曲げる。
これだとドレスの裾が地面に着きそうだから軽く摘まんで持ち上げる。
「お初にお目にかかります、私はここメイワース領で冒険者をしておりますオルカ・ジョーノと申します。本日はお招き頂きまして恐悦に存じます。」
「うむ。堅苦しい形式やマナー、言葉遣いなどは気にせずみなと一緒に食事を楽しんで貰えたら幸いだ。気楽にしてくれ。」
気楽にって言っても ねぇ。
来てすぐでまだ会話すらまともに交わしてないのに気楽になんかなれないですって。
「はいそうですか」って普通に話せたらそれはそれで大物だと思うわ。
私は小心者の小市民ですもの、そんな恐れ多い事は無理です。
「苗字持ちとは……元は貴族の出とか? あ、いや、話したくないなら無理に話さなくともいいんだ。人にはそれぞれ事情とゆう物があるからな、単なる興味本位だから気にしなくてよい。」
ははぁ、私が貴族の落胤か何かだと勘違いしてるのかな。
「いいえ、私ヤパーナですので。」
「ああ、そう言う事か。変な勘繰りをしてすまなかった。」
ね、これで一件落着。
毎度の事なのでこれは落ち着いて話す事が出来た。
給仕のメイドさんが乾杯のお酒を運んできた。
まずはホストである領主様へワインをつぐ。
輝くような透明な赤い液体が注がれる。
次は……やっぱり私ですか。
そうじゃないかなぁとは思ってましたよ。
これで疑う余地なし、今日の主賓は私で決まりだわ。
でもまだ未成年だからお酒はちょっとね。
「申し訳ありません。まだ未成年ですので果実水を頂けたらと。」
「「「「「「「「えっ?!」」」」」」」」
何でそこで驚くのっ!
私そんなに老け顔してますー?
来月には14歳になるけど、まだピッチピチの花の13歳ですよ?
ギルマスは知ってたから特に驚いてはいないけど、みなが驚く様子を見てクツクツと笑っている。
相変わらず癇に障る人ね。
暫しの沈黙のあと。
「えっと、ちなみに今いくつなのかね?」
乙女に年を聞くの?
それは野暮ってものですよ。
そう思うけれど勿論口には出さないよ。
しっかりとお口にチャック!
まぁ年くらい別に言っても問題はないんだけれどね。
「は はぁ」
「ヴィンス様、女性に年齢を聞くなどと野暮な事を……」
「あ、ああ、そうであったな。申し訳ない。つい」
二人並んでいる奥さま方の向かって左側の方の女性が領主様を諫める。
非難すると言うよりも「乙女心を分かってあげなさい」的なやんわりとした忠告と言うか助言的な感じに聞こえた。
「いいえ、大丈夫です。来月で14歳になります。」
「私の1つ下か。」
私の右隣りの男の子は静かに呟く。
「僕の3つ上なんだ。」
アシュリー様の隣りの男の子は顔を赤らめてポーっと私を見ている。
なんかすっごく熱く見つめられてる。
「私の1つ上なのですね。お姉さまだわ。オルカお姉さまとお呼びしても?」
アシュリー様それはちょっと……。
ご家族が何と仰るか、そう思っていたら。
「アシュリー良かったわね。」
「うむ、良いのではないか? オルカ殿も問題はなかろう?」
えっ?
いいんですか?
私ただの平民ですよ?
普通は問題だらけだと思うんですが……。
「そうか、問題ないならアシュリーの好きにすると良い。」
私まだ何も言ってませんが。
「ええ、そう致しますわ。」
決定事項ですか、そうですか。
私の意志は関係ないみたいですね。
これを機に私はアシュリー様からオルカお姉さまと呼ばれる事になる。
どうしてこうなった?
未成年者3名を除く残り7人がワインを、私たち未成年者は果実水を掲げて乾杯する。
「乾杯!」
領主様の乾杯の音頭を皮切りに宴席が始まった。