第128話 執事と言えばセバスチャンでしょ
出発前にちょっとしたゴタゴタが、主にトッドさんがだけど、あって出発が少しだけ遅れた。
あれはトッドさんがちょっとお茶目して普段してるみたいに女の子を口説こうとした。
その口説こうとした相手がたまたま私で、その口説かれた私が殿方が苦手でいきなり手を握られて吃驚して手を振り払ったらコケそうになった。
でも実際にはコケる事もなく怪我する事もなかったから何も問題はない筈だったんだけどドロシーが怒りだしちゃって……。
それでまぁ時間食っちゃった訳だけれども、それも私が強引に話を打ち切った事でそれで終いとなって今に至るって訳。
トッドさんはシュンと項垂れて身体を小さくしている。
それはもう誰が見てもションボリしてるなって簡単に分かるほどにね。
だけど仕方ないよね、やっちゃったんだもん。
何回も言うけど私殿方は苦手なのよ、しかもチャラいなんて以ての外。
だから申し訳ないとは思うけどトッドさんもう少しそうしてなさい。
「では、今度こそ参りましょうか。」
出来る家令グレイソンさんが大層申し訳なさそうにしている。
いえいえ、お気になさらず。
グレイソンさんが馬車の扉を開けるとまず真っ先にメイドの女の子が馬車に乗り込み中から私の手を取ってエスコートしてくれた。
あら、ありがとう。
良くしてくれたなら感謝の気持ちを言葉で伝えないとね。
笑顔でありがとう。
それだけで人間関係は円滑になるものなのよ。
私が笑った事で周りの空気が少し緩んだような気がした。
メイドの女の子もニコリと笑い返してくれる。
良き良き、女の子の笑顔は心を豊かにするのよ。
本来ならエスコートはグレイソンさんの役目なのだろうけどさっきの事もあってメイドの女の子が代わりをしてくれたのだと理解した。
グレイソンさん素晴らしい采配です。
おかげで助かりました。
私、グレイソンさん、メイドの女の子の3人が馬車に乗り、トッドさんはフランさんの横に座った。
流石に同じ空間には居られないものね、特にトッドさんにとっては針の筵だろうから御者席でフランさんの横と言うのは助かったと思った事だろう。
カーテンを引いて窓を開けて手を振ってみんなに挨拶をする。
「じゃ、行って来ます。」
「オルカ、変な事したり言ったりしたらすぐに謝るんだよ? そうすれば怒られないからね。」
「そうですよ、よくよく注意しないと(えっちな妄想が)漏れちゃうからね。気を付けて!」
ちょっと待って!
なんで私が何かやらかす前提で話をしてんの?
普通はここは笑顔で「行ってらっしゃい」なんじゃないの?
ねぇ、私のパーティメンバー可笑しいよ。
ドロシーも何か言ってやってよ。
「いい? 誰も彼も誘っちゃダメだからね! 誘っていいのは わた……ごにょごにょ、兎に角ダメなの!」
ドロシーが赤い顔をして何か言っているけど最後の方は上手く聞き取れなかった。
「「ヒューヒュー、ドロシーちゃんも言うようになったねぇ。ボーっとしてると誰かに盗られちゃうかもしんないもんね?」」
リズとメロディがニヨニヨしながらドロシーに何か言っている。
どうやら私の事みたいだけど何だろう。
ドロシーが熱っぽい上目遣いでこっちを見てるもんだから私も胸がキュンとなっちゃった。
「若いっていいわねぇ。」
カミラさんが頬に手を当ててニコニコしながら呟いていた。
視線を感じて振り返るとグレイソンさんとメイドの女の子がとーっても優しい生温かい目で私を見ている。
しかも口元がニヨっと笑ってるし。
くっ。
なんか腹立たしいわ。
「「オルカー、浮気しちゃダメだよー。ドロシーが悲しむからねー。」」
「なっ! 私は別に……」
「バ バッカじゃないの? 私が浮気なんかする訳ないじゃない!」
「だって、良かったねードロシー。」
「ほらぁ、ドロシーも何か言ってあげないと。」
「え だって。 恥ずかしいし……」
ぐはぁ、真っ赤な顔してモジモジしてるドロシーの可愛いのなんのって。
私を悶え殺す気?
そうなんでしょ?
ドロシー恐ろしい子。
するとドロシーが見上げるようにこっちを見て
「う…」
「う?」
「浮気なんかしたら許さないんだからね!」
言い終わるや否やプイと横を向いてしまう。
頬を朱に染めてチラチラとこちらを見ているドロシー。
ヤ ヤバイ。
破壊力がヤバすぎる。
限界突破して私の心鷲掴みだよ。
あっ。
動悸が……
心臓が 頭が クラクラする。
そのまま私は顔を真っ赤にしながらプシューと撃沈した。
そしてみんなから盛大に笑われた。
それはもう大爆笑と言っていいほどに、お腹を抱えて腹筋が捩じ切れるとまで言われながら笑われたよ。
そして私が脳みそ蕩けてる間に馬車は領主様のお屋敷へ向けていつの間にか出発していた。
『浮気なんかしたら許さないんだからね!』ドロシーの声が頭の中でリフレインする。
許さないんだからね!
許さないんだからね!
許さないんだからね!
んふ。
んふふ。
ドロシーがデレてくれた。
なんて嬉しいんだろう。
なんて幸せなんだろう。
両手を頬に当ててくねくね。
両手を頬に当ててニヨニヨ。
今私の頭の中は春真っ盛りのお花畑状態よ。
色取り取りの花が咲き乱れ蝶が舞い小鳥が可愛らしい声で囀り春を謳歌している。
はぁ し あ わ せ ♪
気がつくと平民街と貴族街を隔てる貴族門の前までやってきていた。
あら? いつの間に?
ここで簡単に馬車の中の確認をされる。
不審人物かどうかって事なんだけど、要は私の確認て訳ね。
でもそれはグレイソンさんが身元を保証すると言うだけで事足りた。
ちなみに一緒に並走している獣は従魔でいいのかと聞かれて私は「はい、私の従魔です。」と答えるだけで良かった。
そして貴族門を無事通過して貴族街へと入って行った。
5日ぶりの貴族街だ。
当たり前だけど5日前と何も変わっていない。
通りは広く広くともて綺麗に整備されている。
お金の掛け方がそもそも違い過ぎるから平民街とは比較になりようもないね。
立ち並ぶ家?いやいや全部豪邸と言うかお屋敷と言うか。
まぁ貴族が住む館なんだから大きいに決まっているか。
その中でもひと際目を引いて大きいのが領主様のお屋敷。
いえ、大きいなんてもんじゃない、入口からお屋敷までのまぁ遠い事遠い事。
敷地内ですら乗り物で移動しないといけないと言う事実にただただ驚くしかない。
石造りの見上げるような高い塀と鉄格子のような金属の門。
美しい造形をした金属の門がギィーと重い音を立てながらゆっくりと開く。
門の横には門兵が武器を持ち警備している。
馬丁のフランさんとショボくれたトッドさんが挨拶をするとすぐに通してくれる。
しょんぼりするトッドさんを見た門兵さんは「???」な顔してたのが面白かった。
うわあぁぁぁぁ。
ひいっっっっっっろい!
敷地内に入ってまず驚くのはその圧倒的な広さ。
小径と点在する森と泉が出迎えてくれる。
ここホントに領都の中だよね?
まるで森1つを丸ごと領主様のお屋敷にしたみたいな感じだわ。
しかも最初の建物までの距離が遠い!
入った時に遠くに米粒みたいに見えた小さな建物が領主館、それも迎賓用の建物だと言う。
今日の夕食会はここで催されると聞いた。
領主一族が暮らす建物はまた別の所にあって回廊で繋がっているそうだ。
また使用人の住まう建物も同じように別の所に立っていてそれも回廊で繋がっている。
勿論回廊を使わなくとも馬車や歩きで移動と言うのもまた風情があって良いものですぞとはグレイソンさんの弁。
他には温室や四阿、四季折々の花が咲く花壇などある。
「向こうに見えるのが使用人が暮らす建物です。」
グレイソンさんが手で示す方を見るととても使用人が住むとは思えないような大きな建物が立っていた。
しかもすごく綺麗。
ちょっとした小金持ちの商家と言っても過言ではない程の豪華さ。
これが使用人用?
どんだけ?
私が吃驚していると
「ここメイワース領は国内では一番人口が少ない領地でございますが、広さでは国内屈指の広さを誇っております。領地の広さで言いますと、一番が三公が治める王都領、二番がメイデンウッド領、そして三番が我がメイワース領でございます。」
グレイソンさんが更に驚くような事を言いだした。
そうなの?
それは初耳、知らなかった。
へー、成程ね。
だから街と街との間の距離が遠いんだね。
「更に言いますと、一般的な領地は農民が約半分を占めておりますが、ここメイワース領は農民は少なく、逆に商人や冒険者の割合が高い事もあって冒険者の領地とも言われております。」
へーへーへー。
土地が広く広大で人口が少ない、つまり街と街の間には森が広がっていて、それで魔獣が沢山いる。
魔獣が沢山居れば当然冒険者も多くなると、そうゆう訳ね。
「旦那様は他所の領地よりも税率を低く設定しており、善政を敷いている事でも有名で御座います。」
みたいだね、それは聞いて知ってる。
メイワース領は住みやすい領地だと聞いた。
「ただ、そうゆう事もありまして、税率も低く冒険者として独り立ちしやすい環境もあり、我が領地は他所の領地から孤児の流入が多いのもまた事実。ただ、それでも我が領民として登録出来た者に関してはまだいいのですが、不法に滞在し治安の悪い地域、所謂スラムに住み着いた者たちが喫緊の問題で御座います。」
そっか、そうゆう側面もあるのか。
余所者の流入が激しいのはそれはそれで考える事が多そうだね。
「確かに、知り合いの女性冒険者はみんな孤児だったわね。」
「はい、我が領地は環境の良さもあって女性冒険者の数が多いのも特徴の1つで御座います。言い換えればそれだけ(貞操面で)安全であるとも言えますな。」
グレイソンさんがちょっとドヤッてるのが微笑ましい。
「ま、そうゆう私も孤児なんですけどね。」
「「えっ?」」
2人は驚いた様子で私の方を見ている。
あれ? 言ってませんでした?
「私孤児なんですよ。ずっと独りで生きてきたので……」
そうゆう設定ね。
「これは大変失礼致しました。」
いえ、全然失礼でも何でもないですよ。
だって全部事実なんですから。
そんなに恐縮しないで下さい。
私にはくーちゃん・さくちゃんて言う大切な家族が居る、リズ・メロディ・ドロシーって言う最愛の友人たちも居る。
だから今とっても幸せなんですよ。
そう言うと「何と健気な」とグレイソンさんとメイドの女の子が目を潤ませてハンカチで目元を覆っている。
いや、そんな泣く程の事じゃないと思うんですけど。
「そう言えばまだ申し上げておりませんでしたな。家令の職務はメイナードに譲り、私グレイソンはまた元の執事に戻る事になったので御座います。」
そうなんですか?
元の執事って事は元々は執事をしていたけど何らかの理由があって一時的に家令を務めていたと。
でも、
「執事と言えばやっぱりセバスチャンよね。」
「ほう、それはまた懐かしい事を。オルカ様のような年若いお嬢様がそのような昔の流行りを知っておいでとは。」
いけない、うっかり口に出てたみたい。
チラリとグレイソンさんを見るも特に失礼とか不敬とかではないようで安心した。
それよりも気になる事が。
セバスチャンが懐かしい?
昔の流行り?
なにそのパワーワード、とっても気になるんだけど。
元日本人としては執事と言えばセバスチャン!
これよね。
誰が何と言おうと執事はセバスチャン一択。
なんだけど、グレイソンさんの話を聞くとどうも全然違うようで。
何百人も使用人が居る大貴族とかだと主人が一々使用人の名前なんか憶えてられるか!って事で執事はセバスチャンでメイドはみんなメアリーみたいな。
そうゆう家があったんだって。
でね、それは便利だ!ってなってそこそこの数の大貴族の家で執事はセバスチャン、メイドはみんなメアリーになっちゃったとか何とか。
するとどこの家のセバスチャンだ?どこのメアリーだ?問題が頻出、まぁ当然だわね、これじゃあ訳が分からんて事で執事=セバスチャンは早々に廃れていったんですって。
ちなみにメイワース領はセバスチャン名もメアリー名も採用しなかった。
なので、メイワース領の先代当主も今代当主も使用人全員の名前までは流石に把握していないとグレイソンさんは笑って教えてくれた。
まぁそれもそうか。
確かに使用人が何百人も居ると上級使用人ならいざ知らず下級使用人まで名前を覚えるのはちょっと無理がある。
それに使用人の管理はそれぞれの役職の長が管理しているのだから当主が一々口出しするまでもない、そうゆうのは任せておけば良いのだから。
グレイソンさんは当主付きの執事に戻り領主様の手となり足となり仕事をする事になると言う。
領地の管理は一人前になったメイナードさんの仕事なんだとか。
成る程ねー、とても勉強になったわ。
そんな話をしている間に迎賓用の館に到着したみたい。
馬車がゆっくりゆっくりと速度を落とし最後にカクンと停車してグラリと身体が揺れる。
おっとっと。
危ない危ない。
「到着で御座います。」
そう言って扉を開け「アンナ」とメイドの女の子にひと言声を掛け目配せするグレイソンさん。
すると出口側に座っていたアンナと呼ばれたメイドの女の子がサッと馬車から降りて私が降り易いように踏み台を置いてくれた。
なんていい子なんでしょう。
勿論それが仕事だってのは分かってるけど親切にしてくれると嬉しいものだからね。
なので降りる時はちゃんと「ありがとう」って言ってあげないと。
次にグレイソンさんがサッと降りて私に「さ、どうぞ。」と声が掛かる。
扉から外を見ると乗る時を同じようにアンナさんが手を差し出してくれている。
私はアンナさんの手に自分の手を乗せ、出来るだけ下を見ないように注意しながら背筋を伸ばし前を見て馬車から降りる。
「ありがとう。」
ニコリと微笑みながらアンナさんに謝意を伝える。
こんなんで良かったのかしら?
アンナさんも笑顔を返してくれたので特段問題はなかったのだろう。
馬車から降りて入り口の方を見るとお揃いのお仕着せを着たメイドさんが横一列にズラッと並んでいる。
うおっ。
何か自分が偉くなったように錯覚しちゃいそう。
壮観ではあるけれどそこまで歓迎してくれなくても良いのにと思わなくもない。
お迎えの人たちの真ん中にはメイナードさんじゃない知らない男性が立っている。
きっとこの人も何かしらの役職付きの上級使用人なんだろう。
グレイソンさんを先頭に、私、付き従う様に私のすぐ後ろにアンナさんの順で入り口へ向かって歩いて行く。
「「「「オルカ様お待ちしておりました。」」」」
綺麗に揃った挨拶のすぐ後メイドさんの列がパッと左右に分かれて道が出来る。
えぇっと、この中を進めと?
両側からニコニコと笑うメイドさんに見つめられて進む居心地の悪さよ。
顔が引き攣りそうだよ。
私も必死で笑顔を向ける。
メイドさんの列を抜け入り口から中に入るとそこはエントランスホール。
うわーっ!
思わずキョロキョロしてしまう。
広い、綺麗、素敵。
前世のTVとかで見たヨーロッパのお城の中みたい。
すごーい、これが異世界の貴族の生活なのか。
物珍しくてついついあちこち見ては「すごい」「綺麗」を連呼している私をグレイソンさんを始めとする使用人さんたちが優しい目で見ている。
あ、すっごい見られてる。
まるで子供を見るお母さんのような微笑ましく笑いながら見ている様子にちょっと恥ずかしくなってしまう。
「恥ずかしい。」
思わず漏れる呟き。
顔が熱くなのを感じる。
「っ!!!」
私を見ていた使用人さんたちが息を呑むのが分かった。
声にならない声を発し、熱く見つめて来る人や頬を朱に染める人。
流石はきちんと教育された使用人たちらしくむやみに声を上げるような事はなかった。
それでも彼女たちの熱い視線をひしひしと感じる。
「アンナ、オルカ様をお部屋へお通しして下さい。時間になったら呼びに行きますからそれまでお茶をお出しして下さい。」
グレイソンさんがアンナさんに指示を与えているのを近くで見ているとこちらに振り向いて、
「では、本日はこちらのアンナがオルカ様のお世話を致します故なんでも気軽にお申し付け下さいませ。」
とアンナさんを手でさし示す。
「オルカ様、本日お世話をさせて頂きますアンナと申します。精一杯務めさせて頂きますので宜しくお願い致します。」
丁寧な、こっちが申し訳なく感じるくらい本当に丁寧な挨拶を受けた。
いえ、とんでもないです。
こちらこそ宜しくお願いします。
私はちょこんと頭を下げる。
「お互い挨拶も済んだようですしオルカ様をご案内して差し上げて下さい。」
グレイソンさんに促されて私はアンナさんの案内で待機部屋へと向かった。