第127話 後ろに般若がいる!
ロジーヌさんに手伝って貰ってお呼ばれの準備は完了。
色々と、うんホント色々と起こったわ。
色々とね。
ロジーヌさんが来るまでにお風呂に入らないとと思ってお風呂に入ったらリズたちも一緒に入る事になってムフフな事になって天国見たりとか。
ドロシーがヤキモチ妬いて怒ったり、デレてくれたりとか。
ちゃっかりカミラさんも参戦してきてたりとか。
なんか夕食会に行く前からグダグダで必要以上に疲れちゃったよ。
ねぇ、やっぱり行かないとダメ?
ダメ元で聞いてみたけど、
「ダメに決まってるじゃない、いい加減諦めなさい。」
と、みんなから言われた。
トホホ。
「カミラさーん!!!」
階下からカミラさんを呼ぶ声が響き渡る。
「あらあら、何事かしら?」とまるで他人事のように落ち着き払って小首を傾げるカミラさん。
いや、かなり慌ててるように聞こえたよ?
早く行かないと拙いんじゃない?
みなの視線がカミラさんに集まるの感じたのか、「仕方ないわねぇ、私が居ないと何にも出来ないんだから」と、ちょっとだけ嬉しそうに部屋を出て行った。
「仕方ないのはカミラさんだよねー。」とはリズの弁。
全くその通りだね。
あっ、そうそう。
ロジーヌさんに今日来て貰った分の足代渡しておかなきゃ。
「はい、これどうぞ。」
そう言ってロジーヌさんに足代として小銀貨1枚を小さな端切れに包んで差し出す。
最初なに?って顔していたロジーヌさんだけど
「いや、ちゃんと報酬も貰ってるしそれは受け取れないわ。」
と遠慮する。
けれども私は、
「お茶代の足しにでもして下さい。」
と少々強引に手渡した。
こっちの世界ではあまり馴染みのない事なのかも知れないけれど元日本人としてはこうゆう所はちゃんとしておきたいものだし。
だって前世ではこうゆうのは当たり前だったもの。
心付けってやつね。
これがあるとないとでは心証が全然違うから。
もし次に何か頼むような事があっても無下にはされないだろうしね。
ロジーヌさんは最初驚いた様子だったけどこっちの気持ちも汲み取ってくれて
「有難く頂戴するわ。」
と受け取ってくれた。
さすが大人の対応力。
リズたちは何か変わった事してるなーみたいな目で見てたけどドロシーは「そうだね」と頷いている。
そう言えばカミラさん下に降りて行ってから全然戻って来ないね?
何かトラブルだったのかな。
さて、どうしようか。
ここでこうしててもしょーがないのも事実だし、時間もいい頃合いだしそろそろ下に降りて待ってないと流石に拙いよね。
そんな話をしていたらカミラさんが戻って来てひょっこりと顔だけ出して「オルカさんお迎えの方がいらしてるわよ」と。
……。
ええーっ。
ちょっとちょっと。
すぐに言ってよー、大変じゃないの。
何でカミラさんはそんなに落ち着いてるのよ。
急いで降りなきゃ!
そう思って動き出そうとしたけれどもピチピチのドレスと慣れないハイヒールのせいで上手く歩けない!
そう、見た目の美しさを重視するあまり歩きやすさを度外視してたのがあだになった。
なのですぐに諦めた。
美しい歩き方で素早く動くなんて私には無理。
だから下に降りたら遅れた非礼を詫びる事にしてゆっくりと歩く事にする。
仕方ないよね、私平民だもん。
部屋から廊下に出て階段を踏み外さないように1段1段慎重に足を運びながら降りてゆく。
あ 歩きにくい。
ハイヒールで階段降りるのがこんなに難しいとは思ってなかったわ。
リズたちやドロシー、ロジーヌさんは私が転びやしないかとハラハラした顔で心配そうに見ている。
結局危なっかしくて見てられなかったのかロジーヌさんが私の手を引いて補助してくれた。
う、ほんとゴメンなさい。
リズとメロディは先に降りて行って
「ほら、オルカ頑張れ。もうちょっとだよ。」
べ 別に子供じゃないんだから。
善意で声を掛けてくれてるんだろうけどそれが逆に目立ってしまって超恥ずかしいんですけど。
ただね、二人が良かれと思ってしてくれてるのを無下にも出来なくて私は曖昧に笑って必死に降りるだけだった。
階段を降りてゆくと1階の受付前には少し早めに仕事を終えて戻って来ていた冒険者が数人居るのが見えた。
「わ、すごい綺麗な女の人だぁ。」
「ねぇ、あれ誰?誰? お貴族様かなぁ?」
「はぁ? ここは平民の宿屋だよ? 貴族が泊りに来る訳ないじゃん。」
「あ、そっか、そうだよね。じゃあ誰なんだろう?」
「リズたちと一緒に居るよね。って事は……」
「……だよね?」
「「「オルカさんっ?!」」」
「へっへーん! どうだ! すっごい綺麗でしょー。」
何故かリズとメロディがすっごいドヤ顔で偉そうにしてる。
それをドロシーは微妙な顔で、カミラさんやロジーヌさんは優しい生温かい目で見ていた。
「「「すーーーーーーっごーーーーーい綺麗! キャアァァァァー♪」」」
か 姦しい。
耳をつんざくような嬌声が響き渡る。
まるで自分が推しているアイドルに出会ったファンのような反応だ。
「すっごい、ボインボイン。」
「身体にピッチピチのむっちむち。」
「女の私から見てもグッと来るものがあるわ。」
「「「ひと言でいうとエッチだわ!」」」
リズとメロディは「すごいだろー」ってウンウンと頷いているけどドロシーは「あんなエッチな恰好するから」って少々おかんむりのご様子。
これは夕食会から帰ったらドロシーの機嫌取りをしないとダメだな。
ぼんやりとドロシーを見つめながらそんな事を考えていると声が掛かった。
「オルカ様お迎えに上がりました。」
緑一点恭しく礼を取るグレイソンさんがそこに立っていた。
待たせちゃったけど大丈夫だったかな?
心配だったのですぐに謝る。
「お待たせして申し訳ありません。」
「いいえ、古来より女性の身嗜みには時間が掛かるものと相場が決まっております故ご心配召されますな。」
さすが華麗な家令グレイソンさん、言う事が一々尤もらしい。
だけどそれでちょっとは気持ちが軽くなったのも事実。
にこやかに笑いそこに立つ華麗な家令グレイソンさんは落ち着いたものだ。
「では、参りましょうか。」
彼としては今日この後の夕食会の事やら何やらかんやら色々とあるだろうし速やかにお屋敷へ戻りたいだろうに優雅な所作は崩さない。
急いでいるであろう事は分かるけど、その前に1つ聞いておきたい事がある。
多分反対はされないとは思うけれど一応念の為聞いてみる。
「あのぅ、私の従魔も一緒に連れて行っていいですか?」
恐る恐る聞くと、ほんの一瞬、時間にして1秒ほど間を開けて
「ええ、勿論で御座いますとも。」
と笑顔で答えが返って来た。
今の微妙な間はあれだ、本当に連れて行って安全なのかとか危険はないのかとか考えたんだろうね。
あと、食事に呼びだてしておいてあれはダメこれはダメとは言いにくかったと言うのもあるのかも。
まぁ何にせよ、くーちゃんたちも一緒に行けるんだから良しとしましょう。
それじゃあ、くーちゃんたちを呼びに厩舎にと思って動こうとして自分が今ドレスを着ている事に気付いた。
これ、今行ったらドレス汚れちゃったりしない?
大丈夫かな?
裾を持ち上げながらそーっと行ったら大丈夫 かな?
私がどうしようか迷うっていると察してくれたリズが
「あ、私が行って来るよ。くーちゃんさんたちを連れて来ればいいんだよね? 任せて!」
ドンと胸を叩いてから小走りで駆けて行った。
リズ有難う、助かったよ。
持つべきはやっぱり友達だよね。
「良いご友人をお持ちのようですな。」
グレイソンさんの言葉に私は「はい。」と答える。
「私の友達は最高です!」
私はメロディとドロシーを見て笑うと二人も笑顔で返してくれる。
うん、やっぱりこの3人とパーティーを組んだのは間違いじゃなかった。
「じゃ、私はこれで帰るわね。また何かあったらお店に来てね。」
「あ、はい。今日は有難うございました。」
暇を告げるロジーヌさんたちに私はペコリとお礼をする。
こちらを振り返りながらバイバイと手を振るロジーヌさんに私も笑顔で手を振り返す。
メロディもドロシーも大きく手を振っているね。
そうこうしてる内に
「連れて来たよー。」
とリズがくーちゃんたちを連れて戻って来た。
(くーちゃん・さくちゃん、これから領主様の所に行くから一緒に来てくれる?)
(それは例の迷惑千万な夕食会とやらでございますね?)
(ご主人様困ってました。)
(くーちゃん言い方! さくちゃんも!)
(成程、そうゆう事で御座いましたか。 迷惑ついでに諸悪の根源の領主とやらを潰しに行かれるのですね? ならば我らもお供いたします。)
(お供します。)
(だから違うから! この間の蟲の大群が居たでしょ?あれをやっつけた時に助けたのが領主様の娘さんで、そのお礼にって食事に招待されたのよ。)
(お礼と言いながら我らが主様を呼びつけるとは不届き至極!)
(不届き至極!)
(ね、ほんとにヤメよう?)
ふと見るとくーちゃんの尻尾がふわんふわんとご機嫌さんの揺れ方をしている。
あっ。
(このー、私を揶揄ったなぁー。)
くーちゃんとさくちゃんは無言で笑っているように見えた。
尻尾はブンブンと振られ、さくちゃんはみよんみよんといつもより長く伸びていた。
もう、しょーがないなぁ。
(主様、お供致します。 主様の安全はこの身に代えても必ず!)
(必ず!)
なんか心配だなぁ。
この子たちイイ子なんだけど忠誠心が高すぎるって言うか『0か100か』なのよね。
ほんと大丈夫かな?
一応もう1回念押ししとこう。
(いい? 大人しくしててくれる? 約束出来るなら一緒に来ていいよ。)
((約束します!))
二人揃ってハモッてるし。
しかもドヤッてるし。
まぁいいか。
どっちみち連れて行くつもりだったし。
私たちの様子をジッと見ていたグレイソンさんは、私たちの無言の会話が終わったと判断したようで「では」と一言告げて宿屋の扉を開けた。
外にはメイワース領の紋章を付けた豪華な4頭立ての馬車が停まっていた。
その馬車の側には先日蟲騒動で顔見知りになった馬丁のフランさんと護衛のトッドさん、それとジャスミンさんじゃないメイドの女の子が立って待っていた。
あら、フランさんとトッドさん。お久しぶり。
私はちょこんと頭を下げて会釈するとフランさんは顔を赤らめてモジモジして、トッドさんはとても驚いたように目を開いて私を見ている。
ドレスの裾を踏まないようにちょっとだけ裾を持ち上げながら扉を通って外に出る。
けれど慣れないハイヒールは歩きにくいったらありゃしない。
これは中々……。
転ばないように慎重に歩を進めているとハッと再起動したトッドさんが私のすぐ側までやって来てキリっとした顔で言う。
「オルカ壌、俺と付き合ってくれないか?」
はいっ?
このバカ男何言ってるの?
状況分かって言ってる?
するとトッドさんは片膝立ちになり
「俺は君の恋の奴隷になってしまった。俺の一生を君に捧げる!だから俺と付き合ってくれ!」
そう言って私の手を取りギュッと握りしめて来た。
油断してた、まさか手を握って来るとは思ってもみなかった。
だから思わず叫んでしまった。
「ひいぃぃっ!!!!!」
吃驚した私は喉の奥から絞り出すような甲高い悲鳴を上げ咄嗟に強く手を振り払ってしまう。
だってほんとに吃驚したんだもん。
トッドさんは小さく「えっ」と声を上げよろけているが私はそれどころじゃない。
手を握られた瞬間ゾワワワーっと鳥肌がたった。
両腕で身体をかき抱くようにしながらザザザッと数歩後ろに下がろうとして慣れないハイヒールのせいで躓いてしまった。
グラリと身体が後ろに傾く。
あっ。
やっちゃった。
これ倒れちゃうやつだ。
時間の流れがゆっくりになったような景色の中で周りのみんなが凍り付いているのが見えた。
その刹那後ろからひしと抱えられるように受け止められる。
柔らかい感触にふわりと包まれる。
あれ、助かった?
首だけを回して後ろを見るとドロシーが必死な様子で私を支えてくれていた。
「ドロシーありがとう、助かったわ。」
「間に合って良かった。 でもアイツ許せない!」
アイツ、つまり私の手を急に握って来た目の前に居る厄介なこの人、トッドさんの事をドロシーは許せないと言う。
ドロシーがいつもになくかなり怒っている。
これは拙いのでは?
ここは当事者の私が何でもないアピールをしないと場が納まらない気がする。
「トッドさん、いくら何でもそれは拙いですよ……。」
「トッド、帰ったらじっくりと話し合いを致しましょうか。」
フランさんとグレイソンさんの突き刺さるような冷たい視線。
「あ、いや、俺はそんなつもりじゃなくて……ただちょっと…」
トッドさんは慌てふためきながら手を伸ばして私を起こそうとしてくれる。
が……
「触るな!」
「え?」
「オルカに触るなっ!」
ドロシーがトッドさんを激しく大喝する。
こ 怖っ。
ドロシーきょわい。
怖くて後ろを振り向けない。
今私の後ろには凄まじいまでの殺気を迸らせた般若が居る!
「私は大丈夫だから。ね、ほら。ちょっとよろけただけだし、ドロシーが助けてくれたし怪我もしてないから、ね? 私気にしてないしトッドさんも悪気があった訳じゃないだろうから。」
「悪気があったらそれこそ許さないから!」
と取り付く島もない。
ひーっ。
ドロシー完全にご立腹モードだ。
これマジでヤバくないですか?
グルルルル。
ドロシーの剣幕に皆が完全に気圧されている所に今度はくーちゃんが唸り声を上げ威嚇する。
さくちゃんも体に赤い斑点を出し攻撃色に変化している。
やばいやばいやばい。
(くーちゃん・さくちゃんダメ!)
「くーちゃんさん・さくちゃんさん、少々懲らしめてあげなさい。」
((御意!))
「だからダメだって。」
(ドロシー様もああ仰っております故問題ないかと。)
(問題あるに決まってるでしょ! それにドロシー様ってなに?貴女たちの主は私なんですけど?)
私の問いに二人はプイとそっぽを向いてしまう。
確信犯だ、しかも何気に楽しそうにしてるし。
二人は分かっててドロシーの策略に乗っかったんだよ。
それにドロシーも!なんでそこで越後のちりめん問屋になるの!
そんな簡単に人を懲らしめちゃダメでしょーが!
「兎に角被害者の私が問題ないって言ってるんだから問題ないの! いい?」
「むう、納得いかない!」
そんな駄々っ子みたいにイヤイヤしないの!
「お願いだから、ね。ここは私に免じて矛を収めてくれないかな?」
トッドさんは青い顔をしてただそこに突っ立っているだけだった。
茫然自失とはこの事か。
トッドさんのした事は実際は大した事ではなくて、ちょっとイタズラが過ぎただけ。
いつものように軽~い調子で女の子の手を触ったら思いの外拒絶反応が強かった、ただそれだけ。
私が過剰に反応しなければ良かっただけの話。
なんだけど吃驚しちゃったものはしょうがない。
「だからこの話はこれでお終い、いいですね?」
無理やり話をぶった切って終わらせた。
こうでもしないと終わらないような気がしたんだもの。
「ふう」と1つ息を吐く。
なんとか納まった?
リズやメロディはそうでもないけど、ドロシーの方はまだ怒ってるけど一応は飲み込んでくれたみたい。
「オルカ様、此度のトッドの非礼心よりお詫び申し上げます。」
グレイソンさん始め問題のトッドさん、フランさん、メイドの子が深々と首を垂れる。
いやいや、ちょっと、頭を上げて下さい。
本当に大丈夫ですし気にしてませんから。
別に怪我もしてないですしこうして元気な訳ですから、ね。
「オルカ壌、さっきはすまなかった。この通り。」
頭を深々と下げたままトッドさんが謝罪する。
本当にもう大丈夫ですから。
だから頭を上げて下さい。
グレイソンさんがトッドさんに何か言いたげにしていたけど私は首を横に振ってそれを止める。
もう済んだ事ですからと。
トッドさんには何かしらの罰があるだろうが私自身がそれを望んでいない為そう大事にはならないだろうとグレイソンさんは言っていた。
それとお詫びをしないといけないから何か1つ考えておいてくれとも言われた。
これ以上厄介事なんか要らないんですけど~!