第122話 いい物件て中々ないものね
くーちゃんたちを従えて宿屋に戻る途中の帰り道。
夕方まだ早い時間帯なせいか通りは人影もまばらだ。
けれどもう少ししたら買い物に行く者、家路につく者、ギルドへ向かう冒険者たちで通りは人で溢れるのだろう。
このメイワースと言う領地は王国の中でも一番人口が少ないと聞いたけど、それでも領都メイワースはそこそこの人が住んでいるのが分かる。
商人も多いし冒険者も多い、活気に溢れた街だと思う。
領主様が善政をしいていて平民も住みやすい領地だと聞いた。
私はたまたまこの街に来たと思っているけれども、実は女神様がこっそりここまで導いてくれたのかもね。
駄目で駄目な駄女神様だけど、これに関してだけは感謝ね。
(失礼ですねー。)
ん?
何か聞こえたような。
最近幻聴が聞こえるのよね、疲れてるのかな?
ま、いっか。
そんな事を考えつつ通りを眺めながら歩いている内に宿屋に着いた。
「ただいま戻りました。」
「あ、お帰りなさい。」
カミラさんの優しい笑顔が出迎えてくれる。
「今日も早かったのね」と言いながら連泊札を私から受け取ってチェックイン状態にする。
明日領主様の使いの人が夕方この宿屋までお迎えに来てくれる手筈になっている。
お呼ばれされているので本当はその直前にお風呂に入りたいと思っているんだけど、この宿はお風呂に入れるのは3の鐘から。
お迎えが来るのが2と半の鐘。
このままだとお風呂に入れないまま夕食会に行かないといけなくなる。
それは困る。
一応毎日お風呂に入ってはいるけれども、それでも汗臭いとか思われたら恥ずかしくて死んじゃうし。
なので私は、
「ちょっとお願いがあるんですけど。」
「なぁに?」
「明日なんですけど、少し早い時間なんですが1の鐘からお風呂に入る事って出来ますか? 追加費用なら払いますので出来たら……」
「ええ、いいわよ。」
私が言い終わらない内に理由も聞かないであっさりとすぐにOKの返事をくれた。
いいんですか?
理由とか聞かなくてもいいの?
「追加費用は鐘2つ分の薪代だけでいいわよ。貴女にはいつもお世話になってるんだもの。」
薪代だけって…人件費だってかかるだろうに。
なんか悪いなぁって気持ちになっちゃう。
「えっと、実はですね、この間の蟲騒動でお呼ばれしていまして……」
かくかくしかじか。
特に聞かれはしなかったけど、やはり一応事のあらましを説明する。
それが誠意って物だと思うから。
明日の夕方に領主様の使いの方がお迎えに来るから、それまでにお風呂に入って綺麗にしてドレスの着付けとかしないといけない。
それに髪結いの人も来るから早めにお風呂に入りたい。
応援になるかどうか分からないけど、リズたちが応援に来てくれるって言うから少し大きめの7~8人くらいが入れる部屋があれば貸して欲しいなぁって。
そんな部屋あります?
「ええ、あるわよ。上階の一番奥の貴方の部屋の真向かいの部屋ね、二間続きの部屋の間仕切りを開けたら広くなるからそこを使うといいわ。あの部屋高いから殆ど売れないのよ。」
そう言って「あははー」って笑うカミラさん。
いや、それ笑ってちゃダメでしょ、何か対策しないと。
そう言えば向かいの部屋っていつも空室だなぁとは思ってたけどそうゆう事だったのね、納得。
自分の部屋の真向かいってのは近くて移動が楽でいいわ。
有難く使わせて頂く事にして、お風呂の薪代と部屋の借り賃を先に支払った。
取り合えず今日出来る事は全て終わったね。
今日はもうゆっくりするとして、明日はいよいよ決戦の日。
明日に備えて英気を養わなければ。
しないよ。
あれは煩悩を刺激するだけだからしないったらしない。
あれ致したら止まらなくなってオールなんて事になったら目も当てられない。
流石に今夜は大人しく寝るから。
でも明日のお呼ばれが終わったら堪能するけどね、げへっ。
明けて翌日。
普段着を着て冒険者ギルドへ向かう。
流石に今日は依頼をこなすなんて事はせずに宿で大人しくするつもり。
ではどうしてギルドへ行くのかと言うと、今日の午後リズたちが来てくれるって言ってたけどいつ来るのか分からないので、いつの鐘の刻に来るつもりなのか確認しようと思ってね。
いつもと同じような時間に果たして見慣れた2つの影がこちらに向かってくるのが見えた。
リズたちだ。
おおーい。
「おはようー!」
ブンブンと手を振りながら私が言うと、
「「おっはよー!」」
と、二人とも元気に挨拶を返してくれた。
ドロシーは今日も来なかったか、引継ぎでまだ忙しいのかな?
そんな事を思っているとリズが私の方を見ながら話しかけて来る。
「なんでオルカが居るの? 普段着着てるって事は仕事しないんだよね? だったら何で?」
ちょこんと小首を傾げながら質問してくるリズが可愛い。
くー、これが朝じゃなかったらしっぽりと可愛がってあげるのに。
あんな事やこんな事とか、揉んだりとか揉んだりとか、お顔を挟んだりとか、メロディにも色々手伝って貰って天国に連れて行ってあげるのになー。
残念だなぁ。
「ちょっ、漏れてる漏れてる。オルカ声が大きいってば!」
はっ!
また漏れてた?
気を付けないと痴女って勘違いされちゃう。
そんなの思われたら恥ずかしいじゃない。
「もう手遅れだと思うよ? このお漏らし痴女さん。」
メロディの辛辣な言葉に周りに居た冒険者たちもニヤニヤ笑いながら頷いている。
「そんなのどうでもいいから。」
「どうでも良くない!」
黙ってたら私=痴女が確定してしまうじゃない。
しかし、私の反論などなかった事のように
「だから、なんで朝からギルドに来てるのか聞いてんの。」
スルーですか……。
まぁ、いいけど。
それなんだけどね、ちょっと聞きたい事があってね。
リズたちは今日の何時ごろ宿屋に来るの?
不動産屋さんに行くって言ってたけどよさそうな物件てあった?
「あー、それならこの後孤児院行ってドロシーに伝言しとく。そんでドロシー連れて午後イチで行くから1の鐘ぐらいには着くようにして行くよ。物件についてはあんまりイイの無かったかなー、詳細は着いてから話すよ。」
OK。
分かった。
じゃ、それまで私は部屋でゆっくりしてるわ。
約束してお互いに手を振り合って別れた。
「戻りました。」
宿に戻ってカミラさんに声を掛けて部屋の鍵と向かいの部屋の鍵も一緒に受け取る。
くーちゃんたちには一旦厩舎に戻って貰ってる。
お昼用にお肉置いてきたからお腹が空いたら食べてくれるだろう。
夕方からのお呼ばれには一応くーちゃんたちも連れて行きたいと思っているのだけど大丈夫だろうか。
聞いてみないと分からないけれど聞くだけ聞いてみようとは思っている。
ダメだと言われたら仕方ない、今回はお留守番して貰うしかない。
まぁそれは後の話だけどね。
部屋に戻って今私がすべき事は昨日作ったドレスやその他一式の確認作業だ。
まずは昨日作った物を一式全部ベッドの上に並べてみる。
するとハイヒールとハンドバッグの色味が微妙に違うのに気がついた。
色の濃さが違うのは兎も角として色の系統が違うのはちょっとね。
同じ赤でも感じが違うのはダメだ、なのでここは色味を合わせる事にする。
はい、要改善がまず1つ。
姿見を取り出し、ドレスを身体に当てて長さや全体のバランスを見る。
これかなりピッチピチになっちゃわないかな?
身体のライン出まくりって結構恥ずかしいんで、あとほんのチョットだけお尻周りに余裕があってもいいかも?
それと長さが少し長すぎたみたい。
これだとハイヒールを履いても地面に着いちゃいそうだから少しだけ裾を縮めた方がいいかも。
ハイヒールを履いてギリギリ足首が見えない程度の長さに調整が必要ね。
それとネックレスにはクズ魔石を3つ仕込んでアクセントにして、対魔法防御と対物理防御、それと反射効果を付与しとこう。
見た目と実用性を兼ね備えた逸品の出来上がりだ。
ベッドに腰掛けて『創造魔法』さんを展開すると金色の円環の魔法陣が浮かび上がり光に包まれたかと思ったら、今さっき考えた部分が改善された物が出来ていた。
流石私の『創造魔法』さん仕事が早くて正確。
コンコンコン。
部屋のドアをノックする音が聞こえた。
おや、誰だろう。
「はい、どうぞ。」
声を掛けながらドアを開けるとそこにはお盆を持ったカミラさんが立っていた。
「これ、余り物で悪いんだけどお昼ごはん作って来たから食べてね。」
お盆の上にはお豆さんの入った温かいスープと、厚切りベーコンと目玉焼きと葉野菜をパンで挟んだ物が乗っている。
「わぁ、有難うございます。 いただきます!」
嬉しくなってウキウキとお盆を受け取るとカミラさんは優しくニコリと笑う。
その時にベッドの上に出しっぱになっていたドレスや何やかんや一式が目に入ったみたいでキラキラした目でそれらを見つめている。
まるで子供みたいにわくわくウキウキした顔で私を見て来る。
「ね、ね、あれって今日着て行くドレスよね? 見せて頂いても?」
「ええ、構いませんけど。」
そう言ってカミラさんを部屋に入れる。
するとカミラさんはベッドの前まで行って「うわぁ♪」て言ってしげしげと眺めている。
そぉーっと手を伸ばしては引っ込め、伸ばしては引っ込めしている。
きっと手に取ってじっくりと見てみたいんだろうけど大人なカミラさんは流石にそこは遠慮しているのだろう。
時折「素敵ねぇ」とか「私も1回くらいこうゆうの着てみたいわ」とか言いながらうっとりとしている。
「これお高かったんでしょう?」
ん?
何言ってるのかな?
「これ全部私の手作りですよ?」
「えっ?」
「だから自分で作ったんですよー。」
とっても驚かれた。
なんでいつも驚かれるんだろう、不思議だわ。
私は至って普通のどこにでもいる冒険者よ?
「どこが?」
さらにとてもとても驚かれた。
訳分かんないです。
「訳分かんないのは私の方よ?」
更に追い打ちを掛けるように言われる。
可笑しいなぁ、私には理解不能だわ。
「それそっくりお返しします。」
カミラさんに呆れられながら言われた。
解せぬ。
するとゴーンゴーンと鐘の音が6つ聞こえてくる。
「あら、はしゃいでいたらもうこんな時間。すぐにお風呂の用意もしないと! それじゃあ後で見せてね、楽しみだわ。」
と言ってとても楽しそうに部屋を後にした。
「後で見せてね」か。
宿を出る時にカミラさんに一言声掛けて見せてあげよう。
うん、そうしよう。
しばし時間が過ぎ、そろそろリズたちが来る頃。
来て貰うってのに私が部屋から出もせずに居るのは人としてどうなの?
ちゃんと下に降りて待ってないといけないよね?
なので階下に降りて受付前にある椅子にでも座って待っていようと思い下に降りた。
ゴーン。
午後の1の鐘が鳴る。
そろそろ来るかな?
宿の扉が開くのを待っていると後ろからカミラさんに声を掛けられた。
「1の鐘からお風呂って聞いてたんだけどゴメンね、少し遅れそうなの。四半刻ほどなんだけど待って貰っても大丈夫? 時間に間に合わないとかなったりしない?」
四半刻、およそ30分か。
問題ないね、それくらいの余裕はみてあるから。
「大丈夫ですよ、余裕みて時間組んでありますから。」
そう言うとホッとしたように安心した顔をするカミラさん。
「とにかく急がせるわね。」そう言うと奥へと消えて行く。
ちょうどカミラさんが奥へと向かうのと同時にリズたちがドロシーを連れてやって来た。
宿の扉が開くとパーッと昼の明るい陽射しが差し込んで来て、そこにシルエットになって浮かび上がるドロシーの影がとっても綺麗で。
思わず呟きがこぼれる。
「綺麗……」
「「んもーオルカったら。そんな正直な♪」」
「ドロシー天使みたい。」
「「そっちかい!」」
え、リズたちなに怒ってるの?
ぷりぷりして変なの。
んふードロシーだっ♪
久しぶりにドロシーの顔見たよ、せっかくだからドロシー成分補給しなきゃ。
ドロシーおいで♪
手招きして近くに呼び寄せて、キュッとハグする。
「あ、えっ?」
「ちょっとだけこのままでお願い。」
クンカクンカ。
すーはー すーはー
はぁぁぁぁ、満たされるぅ。
エネルギーが充填されて満たされてゆくー。
これよこれ。
栄養ドリンクよりも効くんだから。
「あうぅぅぅ。」
赤い顔してキョドってるドロシーが可愛い。
今すぐにでも食べちゃいたいとこなんだけど今からリズたちから物件の話聞かないといけないからね。
とってもとっても残念だけど後ろ髪を引かれる想いでドロシーから離れる。
「よっし。 取り合えず今日の分のドロシー成分補給完了!」
「「あんだけ引っ付いてて今日の分だけっ?!」」
そだよ、何か問題でも?
「私にとってドロシー成分は必要不可欠な心の栄養なのよ。」
エッヘン!
私はドヤッ!って胸を張る。
「そんなおっぱいぶるんぶるんさせてドヤ顔されてもねー。」
しょうがない子だなーって顔でリズに苦笑された。
「まー、それは置いといて。 例の物件の話なんだけどさ。」
そうそう、それよ。
それが聞きたかったのよ。
で? どうだったの?
あったの? 無かったの?
「あー、はいはい。今から説明するから慌てないで。」
近くにあった椅子に座ってからリズが話始める。
「結論から言うと、物件は3つほどあったけど、どれもダメだった。条件が合わなかったのよ。」
そっかー、ダメだったかー。
メロディも「条件がねー」て言って残念がっている。
で、その3つの物件てどんな物件だったの?
「1つ目は部屋数も広さも十分で、築年数も今住んでるとこよりも少し新しくて、家賃も小銀貨8枚と安くて魅力的だったんだけど1つだけ問題があってね。とにかく立地条件が悪いのよ。」
「立地条件?」
「そう、立地。 場所が悪いのよ場所が。平民街の中でも治安の悪い場所に建っててね、女の子だけで住むにはちょっと不安があるって言うか、正直怖いくらいなのよね。」
「私もあそこはちょっと住みたくないなーって。昼間でもあそこは1人では絶対に行かない場所だし。」
私の問いにすごく嫌そうな顔をして答えるリズとメロディ。
そうなんだ。
確かに治安の悪い場所には住みたいとは思わないよね。
仕事に行ってて留守にしてる間に泥棒に入られたりとか、夜寝てる時にいきなり襲撃されたりとか絶対にないとは言い切れない所も問題。
不安を拭いされないような場所には住めないもん。
「2つ目は今住んでる家の反対方向なんだけど治安も悪くなくて立地はいいんだ。部屋数も広さも申し分なし。けど家賃がねぇ。」
「そうなの、今住んでるとこよりも築年数が古くてボロボロなのに家賃が小銀貨20枚もするんだよ?正直あれはナイなーって思っちゃった。」
リズの言葉を受けてメロディが続けて説明をしてくれる。
古いのに値段がおよそ3倍かぁ、確かにそれはちょっと。
古くても立地が良ければ借手も居るだろうって足元見てんだろうね、きっと。
「3つ目は立地は最高。まず何より治安が良い場所なの、ただ高級住宅街ってのがちょっと場違い感があるのは否めないけどね。部屋数や広さも十分だし何より築年数が新しい。建ててからまだ15年くらいしか経ってない。」
「それすごく良いんじゃない?」
「そこ家賃は幾らくらいだったの?」
私とドロシーの質問に
「吃驚するぐらい高かったの。」
リズが首を横に振りながら「全然ダメ」って感じで答える。
そこまでダメだったの?
一体幾らだったの?
「何とね、お家賃驚きの小銀貨60枚っ!!」
はぁーっ?
何それ、幾ら何でも高すぎない?
日本円換算で約60万円!?
ナイナイナイ、それはナイよー。
そんな高いの誰が借りるのよ。
「いい物件無かったし当分は今のままかなぁ。」
「だねー、部屋は4部屋あるんだし、荷物置きにしてる部屋は掃除して片付けたら何とかなるよ。」
残念そうにリズとメロディがガッカリって感じで言う。
そうだねー、無いものは仕方ないよ。
それにリズたちが今住んでる所って4部屋もあるんだから何とかなるって。
私たち4人なら仲良くしていけるから大丈夫よ。
心配しなさんな。
その内いい物件出て来るかもしれないじゃない。
それまで一緒に暮らして待ってればいいよ。
リズたちと話してたらカミラさんがひょこっと顔を覗かせて「お風呂の準備出来たわよー」って伝えに来てくれた。
「はーい、有難うございます。 これからお風呂頂きます。」
私これからお風呂入ってくるからちょっと待ってて。
そう言ったんだけど返って来た言葉が
「じゃあ私たちも一緒にお風呂入る! 勿論ドロシーもね。」
そう言ってリズが立ち上がる。
はい?
何言ってんのよ。
……マジで言ってんの?