第118話 ドロシーが「えっち」って言った
ドロシーが着替えに戻って行く。
私たち3人は顔を見合わせて
「危なかったねー。ドロシーちょっと悲しい顔してたもん。」
「うん、ヒヤヒヤしたよー。オルカの咄嗟の機転で事なきを得たから良かったけど、そうじゃなかったら……。」
「ドロシーにだけ渡し忘れてたのは私の失敗だったね、二人にも迷惑かけてゴメンね。」
お互いに「ゴメンね」、「いや、私こそ」と謝罪合戦になる。
別に誰も悪気があった訳じゃないの。
ないんだけどされた側からするとそんなの関係ないもんね。
あれは私がちゃんとしてなかったのが悪い。
私がもっとしっかりしてればドロシーを悲しませたりしなかった。
そんなやり取りをしているとパタパタと駆けて来る音が聞こえる。
パタパタパタ。
可愛らしい足音。
「どう? ジャーン!」
ドロシーが両手を広げながら満面の笑みで嬉しくて仕方ないと言った風情でその場でクルンと1回転するとスカートの裾がふわりと広がる。
うっ。
可愛い。
ヤバい、ヤバいよ。
ドロシーが可愛い過ぎてツライ。
思わずボーっと見惚れちゃった。
「あらー、こりゃ効き過ぎだわね。」
「だねー、オルカが見惚れて馬鹿になってるよ。」
「ちょ、そんなに見つめないでよー、恥ずかしいよ。」
いやいや、恥ずかしがるドロシーさんヤバいって。
ねぇ、私を殺しに来てる?
絶対そうよね? 私をキュン死させようとしてるでしょ?
恥ずかしそうにはにかむドロシーのこの強力無比な破壊力の凄さよ!
くー、私の推しのドロシー可愛い過ぎる!
「「オルカってほんとドロシー好きよねー。」」
「い、いいじゃない。……なんだもん。」
「え? なにー? 聞こえなーい。」
「ハッキリ言わないと伝わらないよー?」
「は 恥ずかしいでしょ!」
このぉー、二人とも揶揄って楽しんでるんでしょ?
いつか絶対仕返ししてやるぅ!
「ほらぁ、ドロシーも!」
「えっ、わ 私?!」
わ、飛び火した。
ちょっとー、余計な事しなくていいから。
ドロシーも困ってるじゃないの。
そりゃあ顔を赤くしながらあわあわしてるドロシーもすごく可愛いけどさ。
「「ひゅーひゅー。」」
ねー、それくらいにしなさいよ?
それ以上やったらいくらドロシーでも怒ると思うよ?
「言っちゃえ言っちゃえ。」
「そうだー!」
あ、アカンやつや。
幾らなんでもそれはやり過ぎだって。
「いいい 言いません! 知らない! 院長先生も待ってるんですから行きますよ!」
顔を真っ赤にしたままプイと背を向けて足早に歩きだすドロシー。
あーあーあー。
リズたちやり過ぎだよ、もー。
「ありゃ、怒らせちゃった。」
「もー、後でちゃんとドロシーに謝らないとダメよ?」
「「分かった。」」
ホントに分かってんだか。
二人に任せっきりは心配だから私が様子見て来るか。
私はこれからドロシーに謝ってくるから二人は少し遅れて部屋に来るように言って二人から離れる。
スタスタと歩いてゆくドロシーを小走りで追いかける。
「ドロシー、ちょっと待って。」
私の言葉に素直に立ち止まってくれてこちらを振り返るドロシー。
ちょっと怒ってるっぽい感じはするけど怒り心頭って程でもなさそう。
まずは両手を合わせて素直にゴメンなさい。
同時に頭をちょこんと下げる。
同じ日本人同士だからこそ分かりえる仕草。
「ゴメンね。リズたちも悪気があった訳じゃないと思うの。あ、いや、少しは悪気があったかもしれないけど害意がなかったのは確かだから。ちょっと弄りすぎのきらいはあるかもだけど……あの、ドロシーが怒るのも無理はないと思うけどリズたちの事嫌いにならないで欲しいかなって、勝手な事言ってるのは分かってるんだけど。ほんとゴメン!」
バッと腰を折り謝る私を見て慌てるドロシー。
「別にそこまで怒ってる訳じゃないよ? ちょっとイラっとはしたけどそれだけ。大体あの二人っていつもあんな感じだもん。それからオルカが謝る必要は全然ないよ。第一オルカ悪くないじゃない。」
ホント?
怒ってない?
「ほんとほんと、怒ってない。」
良かったぁ。
どうしようかとおもっちゃった。
「私そんなに怒りっぽくないよー?」
「うん、知ってる。知ってるけど、普段怒らない人が怒ると怖いから。」
私は苦笑いを浮かべながらそう答える。
だってルカがそうだったもん。
普段は温厚なあの子が怒るとそれはもう……ぶるるる。
烈火のごとくとは正にあの事だったわね。
「じゃあ今後は怒らせないように注意してね。私を怒らせたらオルカの事嫌いになっちゃうよ?」
ちょっと茶目っ気たっぷりに片目でウインクするドロシー。
「あら? それって今は嫌いじゃないって事よね? 本心は? 好きなの?嫌いなの?」
「そりゃあ勿論 す……って何を言わせるのよ!」
赤い顔をしてプイっと横を向くドロシー。
それってもう言ってるも同然だと思うのだけどねー。
ま、でも、きちんと言葉にして言って欲しいってのはあるかな。
ドロシーの口からきちんと聞きたいなって。
「まっ、私も……す…なんだけどね。」
「え?何? 良く聞こえなかった。」
「ふふ、何でもないよーだ。」
んべーって舌を出す、そして笑う。
それから「そうそう」って感じで話を変える。
実はねードロシーに見てもらいたい物があるのよ。
そう言って背中を向けて
「ちょっと背中触ってみて。」
私の言葉に???を一杯飛ばすドロシー。
「なんで?」
「ヒトコブラクダ?」
「なんでラクダなのよ。」
「いいからいいから。まぁ触ってみて。」
首を傾げながらも言われた通りに私の背中にそっと指先を滑らすように手を当てるドロシー。
くすぐったい。
うわわわ、ぞくぞくーって来た。
ドロシーの指が私の背中の肩甲骨の下辺りを通り過ぎてピタリと止まる。
「ん? 段差がある?」
何これ?って言いながらドロシーが私の背中や肩の辺りをペタペタと触りまくっている。
あひっ。
ちょっ、くすぐったい。
「ねぇ、これってまさか。」
「そうだよー、そのまさかだよ。チラっと見てみる?」
そう言って私は首元の所を指でちょこんと広げて胸元が少し見えるようにしてあげる。
そこには柔らかな双丘がぷるんと、じゃなくて、谷間の存在感を主張するように包み込むブラが見えるはず。
今日のは白の清楚な感じのフルカップのだよ。
服の隙間から覗き込んだドロシーが思わずひと言。
「でかっ!」
そっち?
いや、そうじゃないでしょ?
私ブラしてるのよ?
この世界にはない女性用下着してるんだよ?
驚くのは普通そこでしょ。
なんで胸の大きさに驚いてんのよ。
そりゃあ私は大きい自覚はあるけどさ、大きいからこそのブラなんじゃないの。
ほら、何か言う事あるんじゃないの?
「これってブラジャーよね?」
「そ、私が作ったの。力作だよ!」
「はあ? 作った? オルカが?」
「いい出来でしょ? ドロシーの分も作ってあげようか? リズたちには作る約束してるから遠慮は要らないよー。」
私ので大体のパターンは分かってるし、それぞれの身体のサイズが分かれば後は『創造魔法』に任せておけばちょちょいのちょいよ。
1人分作るのも4人分作るのも大して違いは無いからね。
「いやいや、普通こんなの作れないって、第一材料とかないでしょ?」
「そこはまぁ私の魔法でちょろっと ね?」
「全くこの人は……ホントに規格外の人なんだから。」
「これさぁ苦労したんだよー。胸の下の所とサイドに樹脂ワイヤー入ってて、肩紐も調節式だし、後ろのホックも3段3調節、カップもフルカップのとかハーフカップとか作ったし。なんなら夜のお供にゴージャスな総レース仕様とかね。」
「夜のお供って……えっち。」
ぐへへ。
ドロシーが「えっち」て言った 「えっち」て言った 「えっち」て言った。
えへ。
えへへへ。
ドロシーが総レース、ぐふっ。
「ちょっと! 盛大に漏れてるよ!」
「あら?そう? それはね、私の心の叫びよ。」
「碌な叫びじゃないわね!」
「ねー、ドロシーお願いが……」
「イヤ。」
まだ何も言ってないんだけど?
なんでそんなジト目で見てるの?
「どうせ碌でもない事考えてたんでしょ?」
「そんな事……ないよ?」
「なんでそこで一瞬躊躇すんの!」
取り合えず聞くだけ聞いてみない?
「それで、なに?」
聞いてくれるんだ、やっぱりドロシーは優しいなぁ。
「うん、あのね。ドロシーの身体測らせて。」
そう言った途端ドロシーは両腕を胸の辺りでクロスさせるようにしてズザザザーっと後ずさった。
……そんな逃げんでもええやないの。
「別に裸にひん剥いて測ろうってんじゃなくて、測るのは私のスキルで測るだけだから。」
だから心配しなくていいてっば。
リズたちもスキルで採寸してるから大丈夫だよ。
「リズたちなんてその場で脱ごうとしたんだよー。私ビックリしちゃってすぐに止めたわよ。」
「はぁー、あの人たちらしいわ。 まぁ変な事しないなら測っていいよ。」
はいはーい、測らせて貰うねー。
と言う事でスキルで身体測定をして記録しておく。
夕食会とアルマさんのお披露目が終わって落ち着いたらみんなの下着作るとしますか。
取り合えずドロシーの怒りも解けたみたいで良かった良かった。
リズたちと合流したらいよいよ院長先生のテーブルマナー講座だ。
「使徒様を始め皆さん集まりましたね。」
院長先生がそう切り出してテーブルマナー講座がスタートした。
4人掛けのテーブルを見ると金属で出来たナイフとフォークが並べてある席が1つと木で出来たスプーンが並べてある席が3つ。
なんでだろう?
それは4人とも同じ感想を持ったはず。
それでも院長先生は何も言わずに金属で出来たナイフとフォークが並べられた席を手で指し示して「では、使徒様はこちらへ」と促す。
残りの3人は、私の隣にドロシー、向かい側にリズとメロディが座る。
部屋にパンパンと手を叩く音が響く。
「はい、ダメですね。」
院長先生のいきなりのダメ出し。
えっ?て感じ。
何がダメだったのか全然分からない。
不安になってドロシーと見合わせていたら
「使徒様は合格です、ドロシーも合格。リズとメロディは失格です。着席する時は左側から座るようにして下さい。はい、では最初からやり直しです。」
ほっ。
私は大丈夫だったみたい。
前世の記憶が役に立った。
それはドロシーも同様に思ったようでホッと小さく息を吐いている。
でも最初からこれじゃあ先が思いやられるね。
大変だ。
ここで食器類、カトラリーについて説明があった。
なぜ金属で出来たナイフとフォークが1人分だけだったのかと言うと、それだけしか無かったから。
他の3人のは孤児院でみなが普段使っている物を使って配置したけれども、私の席のは院長先生の個人所有のカトラリーを配置したから。
こっちの世界では貴族や豪商のような富裕層が金属製の銀食器を使い、彼らも普段の食事では陶器製の食器を使う。
平民は基本的に木製の食器を使うが少しお金持ちになると陶器製の食器も使う事がある。
そして貴族や富裕層は食器類を自前で用意するのが常識なんだって。
これは毒殺を避けるためって一般的には言われている。
貴族同士の会食などと言う場合は出席者は自分のカトラリーは自分で持参するのが当たり前でこの時に豪華な食器、派手な人目を引く食器などで自分の財力や権勢を誇示するんだそう。
今回のように貴族でない私がお呼ばれした場合はどうなるのかと言うと、そこは気にしなくて良くて主催者側が用意するのが通例となっていると。
それを聞いてちょっと安心。
銀食器なんて持ってないし、そもそも貴族とはお近づきにはなりたいとは思わないしね。
ん?
ちょっと待って。
院長先生の個人所有のカトラリー?
はい?
院長先生って平民よね?
もしかして違うの?
まさかまさかの貴族?
思わず院長先生を凝視してしまう。
「あらあら、使徒様ったら。こんなお婆ちゃんの秘密を暴こうだなんて淑女にあるまじき行為で御座いますよ。」
ニッコリと笑いながら良くわからない窘められ方をした。
院長先生って領主様のお屋敷で働いてた事があるのよね?
それって実はハウスメイドなんかじゃなくてもっと上の上級使用人だったとか?
それも領主様と比較的距離の近い上級使用人。
十分有り得るわね。
だって考えてみたら普通の平民がテーブルマナーなんて知ってると思う?
普段の生活に必要ないんだからそんなの一々覚えたりしないわよね?
普段の生活からそれが必要な人たちって……つまりそうゆう事よね。
「さぁさぁ、余計な詮索はヤメましょうね。続きをしますよ。」
そう言って私の思考を遮って講義の続きを始める。
次はバッグの置き場所だった。
私は前世での知識があったから、持っていた小さいサイズの斜め掛けポシェットは膝の上に置いた。
どうやらこれも元世界と同じみたいで私だけ正解。
ごめんよ、私のは単なるズルなんだ。
リズとメロディはそのままテーブルの上に置いてダメ出しを食らっていた。
リズとメロディの名誉の為に言うと普通の平民は知らなくて当たり前。
知らないからこそこうやって習っている訳だし。
だからリズもメロディも、勿論ドロシーも偉いと思うよ。
続いてナイフとフォークはどこから手を付けたらいいのかだ。
正解は外側から。
間違えても問題はなくそのままでいいって言うのも元世界のテーブルマナーと同じだった。
なんかそう思うと元世界のテーブルマナーと殆ど変わらないんじゃない?ってくらいこっちの世界のテーブルマナーは良く似てる。
リズとメロディは初めての事で四苦八苦してるけど、私とドロシーは前世での記憶のおかげか思ったよりスムーズに行った。
これは嬉しい誤算だったわ。
ちょっとだけ安心。
この後も院長先生のテーブルマナー講座は続き、一通り教わった所で終了。
ぷはー、疲れたー。
頭をフルに使ったせいでクラクラする、知恵熱出そう。
あー、肩凝った。
頭を左右に振ってコキコキいわせていると
「リズとメロディは忘れないように必ず復習しておきなさい。」
院長先生の有難ーいお言葉に
「「はぁーい。」」
としょんぼりしながら返事をする。
仕方ないよ、リズたちは初めてなんだから最初から上手くいく方が可笑しいって。
上手く出来なくて当たり前なんだからそんなに気落ちする事はないよ。
そもそも私だって前世で初めてフレンチを食べに行った時はドキドキで上手く出来たか自信ないもの。
初めてだったらそんなものよ。
リズたちだけじゃなく、誰だって初めてはあるんだから。
そう言うと
「うん、ありがとう。ちょっと元気出た。」
とリズとメロディがほわっと笑う。
「ところで使徒様はどこでテーブルマナーを学ばれたのでしょう? 私がお教えするまでもなくほぼ完璧でしたが?」
う、答えにくい事を聞いて来るなぁ。
正直に前世ですとは言えないし何て言って胡麻化そうかしら。
これも女神様の加護です! は流石に通らないよね?
それか女神様のご神託?
ないな、そんなの絶対通りそうにないわ。
困ったわ、どうしましょう。
頬に手を当てながら小首を傾げて「んー」とやっていると
「無理に話されなくても結構ですよ。別に問い詰めている訳では御座いません、ただ少し気になっただけですので。」
と笑いながら院長先生が言ってテーブルマナー講座は無事に終わった。
でもおかげで何とかなりそうな気がして来た。
後はもう精一杯やるだけね。
頑張ろう!