第110話 親バカ領主
アシュリー様は護衛と侍女に護られて馬車に乗って街へと戻って行った。
賊に襲われて、更に蟲にまで襲われて、精神的にも肉体的にも疲れてしまって事情を聴くどころの話ではないだろうしね。
それに貴族のご令嬢に事情聴取ってのも些か厳しいものがあるし。
そうゆうのは従者や私たち冒険者の仕事。
だから今私たちはこうして街へと向かって歩いている。
でもさ、何でグレイソンさんが私たちと一緒に歩いてんの?
家令なんだからアシュリー様と一緒に馬車に乗ればいいんじゃないの?
そんなグレイソンさんや護衛要員として連れられて来た衛兵さんの興味は私がどんな魔法でどうやって蟲を倒したかに集中している。
「で、どのような魔法をお使いになられたので?」
とても慇懃な物言いでグレイソンさんが質問して来る。
このお爺ちゃん(失礼だけど)見かけと違って意外とタフで健脚である。
若い人に混ざって同じ速度で同じように何てことない顔で普通に歩いている。
しかも動きやすい冒険者の恰好じゃなくて動きにくい使用人の恰好をしてだよ?
実は何気にハイスペックお爺ちゃんなのでは?と言う疑念が浮かぶ。
「それなんだが兎に角凄かった。たぶん風の範囲魔法の鎌鼬だと思うんだが、あれ程の威力の鎌鼬は見た事ないぞ。」byザッカリ
「威力もだけど魔法なのに魔物みたいな形になるなんて初めて見たよ」byトッド
「あ、それはね、龍の形になる高位魔法とかあるって聞くからそれと同じなんじゃない?」byエミリ
「そう、それが横一列にズラーっと並んでさ、ババババーッて飛んでくの!」byハイデ
「そして『鎌鼬!ヤツ等を切り刻め!』に痺れた。」byドンナ
ヒャーッ! ドンナさんそれはヤメてー!
なんか、掛け声あった方が雰囲気出るかと思ってちょっとソレっぽく言ってみただけなのよー。
うー、私のバカバカバカ。
プチ黒歴史だわ。
「なるほど、魔法が得意なのですなぁ。」
「オルカさんてテイマーだとばっかり思ってたけど、ううん、実際に獣魔を従えてるからテイマーには違いないんだけど、魔法もすごかったんだねー。テイマーで魔法使いなんて今まで見た事ないよ。」byハイデ
「だよねー、オルカさんが魔法使えるのは知ってたけどこれ程までとは思ってなかったわー。ドンナもそう思うでしょ?」byエミリ
「思う。ウチのパーティーに是非欲しい。」byドンナ
「だーかーらー、それはダメだって言ってるでしょ、何度も同じ事言わせないの。オルカさんはもうリズたちと組むって言ってんだから引き抜きはご法度だよ!」byハイデ
うーん、まさかのパーティー勧誘再発とは。
リズたちが聞いたらまたまた機嫌悪くなりそう。
「ふむ、オルカ様は差し詰め『風使いの魔女』と言ったところですかな。」
そう言ってにこやかに笑うグレイソンさん。
ぶはっ。
ややや ヤメて貰っていいですか?
そんな縁起でもない二つ名。
また可笑しな称号が増えたらどうするんですかー!
「おお、そりゃカッコいいな!」
「くぅー、痺れるねぇ。」
ザッカリーさんもトッドさんも他人事だと思ってなに嬉しそうな顔してんのよ。
「しっかし凄かったよねー。オルカさんが居なかったら絶対誰も助からなかったよね。」byハイデ
「間違いねぇ。あれは俺たちじゃあ無理だ!」byザッカリ
「勝てる気がしない」byドンナ
「それでは報酬を弾まないといけませんな。旦那様に進言致しましょう。」
ええっと、私だけじゃなくてハイディさんたちもですよね?
そうじゃないととっても気まずいのですが?
ですよね、ですよね?
「勿論でございますとも。今回の依頼を受けて実際に事に当たって下さった冒険者の方々皆さんでございますよ。」
そう、それなら良かった。
私が安心していると「あのー、私たちは特に何もしてないんだけど……」とハイディさんが言いかけたけど
「皆さんでございますよ。」
グレイソンさんの有無を言わさぬ笑顔で黙殺された。
そう言われてはハイディさんも黙るしかないよね。
それを見てザッカリーさんさんたちは「グレイソンは怖えからなぁ、目が笑ってねぇんだよ。」なんて言ってるし。
何にせよ、領主様の依頼は無事達成出来たし私たち冒険者も冒険者ギルドもひと安心だね。
「それにしても、オルカ様は魔法使いでテイマーでいらっしゃるとはまた類稀なる才能をお持ちでございますな。」
ひぇー、何かメッチャ標的にされてるんですけどー。
ここは前世のサラリーマン時代に培った巧みな話術で切り抜けるしかない!
「いえ、そんな……私など冒険者に成りたてのまだまだ若輩者ですから。」
「ほっほっ、ご謙遜を。」
「メイワース領の冒険者ギルドのギルマスや職員の方々、それに先輩冒険者の人たちには良くして頂いてますから。皆さんとても優しくして下さってますから。」
「それとオルカ様の実力は関係ありませんな。」
「でも環境って大事ですよ? 普段通りの実力を出せる環境がメイワースの冒険者ギルドにはあると思うんです。」
「成程、やはり今回の件はオルカ様の実力だと?」
「はい? いえ、決してそうでは……」
あれ? どこで間違えた?
私確か謙遜してたよね?
あれー?
「ふふ、まぁまぁ、そんなにご謙遜なさいますな。周りの方々の様子を見るにオルカ様の実力は疑いようのない事実でございましょう。なれば胸を張って堂々としておられるが宜しいかと。」
「いえ、私なんてそんな……」
「そうよー、オルカさんもっと自慢してもいいと思うよー。」byハイデ
「そうだぞー、なんならお嬢様の護衛にどうだ? なぁ、グレイソン。」
「そうでございますな、それもまた一興。」
「いえ、そんな恐れ多いです。私は平民ですし一介の冒険者ですから。それにこの子たちも居ますから。」
そう言ってくーちゃんとさくちゃんを慈しむように撫でる。
私としては貴族とはあまりお近づきにはなりたいとは思ってないので、ここは謹んで遠慮させて貰おうと思う。
「そうかー、それは残念。気が向いたら何時でも言ってくれよ!」
「左様、ザッカリーの言う通り、私としては是非にとお願いしたい所ではありますが。」
ひーっ!
ニッコリ笑ってるのに笑ってないよー!
笑みが深いってこうゆう事を言うんだー。
怖いよ怖いよ怖いよー。
もうちょっと普通に優しく笑ってくれないかなぁ。
ザッカリーみたいに分かりやすく笑ってよー。
「グレイソンさん、ザッカリーさん、北門が見えて来ましたよ。」
トッドさんが遠くに見える城壁を指差している。
今朝私たちは東門から出てこちらの北門へ続く街道へと周った。
そんな事しないで素直に北門から出れば良かったのでは?と思う所だけど、実は北門は貴族専用門と言われていて平民は通る事が許されていないの。
だから面倒でも一旦北門以外の門から出て北門方向へと向かうしかなかったって訳。
では今は貴族関係者のお連れと言う事で無事に北門を通る事が許された。
ふわーっ。
北門って他の門と全然違うのねー。
大きさだけなら南門の方が大きいんだけど北門はとにかく美しいのが印象的。
他の門って堅牢で質実剛健の如何にも城門って感じなのに対して北門はそれプラス豪華さと言うか華やかさがある。
彫刻やレリーフで飾られていて扉も大きいし、何より壁が綺麗にツライチになっていて全然凸凹していない。
流石は貴族専用だけの事はある。
こうゆうのがその領地を治める貴族のステータスなんだろうね。
中に入ると、って言っても城門の内部に入るのは実はこれが初めて。
だから他の城門の内部はどんな風になっているのかは知らないけど。
北門の内部は予想通りと言うか、ひと言で言うと綺麗に尽きる。
内勤の衛兵さんに案内され通された部屋は少し広めで縦長の会議室みたいな所だった。
長テーブルに小綺麗な椅子が左右にズラッと並んでいる。
部屋の一番奥の壁にはこの領地の紋章が描かれた旗が飾られている。
長テーブルの短辺、一番奥側に当たる場所にはひと際豪華な椅子が置かれていて、たぶんそれが上座なのかな。
入口から一番遠くにレイアウトされている事から考えても私の考えは間違いではないと思う。
だとすると私たち冒険者は一番下座につくのが正解よね?
だよね?って確認の意味でハイディさんに目配せしたら「分からない」って首を横に振られた。
弱ったなぁ、どうしようと思っていたらグレイソンさんが順番に座る場所を指示してくれたので助かった。
ただ何故か私の席次が高い席でザッカリーさんの左隣りだった。
なんで?
ザッカリーさんは私の右隣りで上座に向かって右側の2番目に高い所。
ザッカリーさんの右隣りと向かいは空いている。
私の向かいはトッドさん。
私の左隣りはハイディさんで、その左隣りがエミリーさん、更にその左隣りがドンナさん。
ハイディさんの向かいがフランさんでその隣りがマシューさん。
なので今席は全部で3つ空いている事になる。
アシュリー様、ベアトリーチェさん、ジャスミンさんはお屋敷に戻ってしまったのでこの場には居ない。
部屋の隅には机が1つ、そこには記録係が座って待機している。
入り口から男の人が2人入って来るのが見えた。
あ、冒険者ギルドのギルマスとランドルフさんだ。
ギルマスは私たちの方を見て片手を軽く上げて「よっ!」て声を掛けてくれた、対してランドルフさんは一瞬驚いて「なんでお前がここに居るんだ?」って顔をしてマジマジと私を見ていた。
ギルマスとランドルフさんは私の居る列の向いに座る。
向いの二人は微妙な顔をして座り、うん、見た所あまり友好的な関係ではなさそうだね。
これで空いているのは一番上座とザッカリーさんの隣り1つだけ。
少し遅れて漸く最後の待ち人が現れる。
壮年の男性が2人と年若い男性が1人部屋に入って来る。
メイワース領の領主様の入場。
威風堂々とした姿、流石はメイワース家のご当主かと思いきや
「アシュリー! アシュリーは無事か?!」
ダダダダダー!
大声を張り上げ慌ただしく駆け込んでくる壮年の男性。
折角の美丈夫も乱れたままの髪では台無しね。
「アシュリーは何処だーっ!」
この方がアシュリー様を溺愛していると言う件のご領主様なのかな。
「父上、アシュリーは無事だと聞いていますよ。」
父上? と言う事はこの年若い男性は領主様のご子息?
「左様、お嬢様は既にお屋敷に戻っておいでです。」
「いや、怪我をしていたらどうするんだ! 嗚呼、怖かったであろう、可哀相な私の可愛いアシュリー。」
「いえ、お嬢様はご無事でございますよ。お怪我もなさっておりません。」
「グレイソンは見たのか?」
「はい、この目でしかと。かすり傷ひとつ付いておりませんでしたな。」
「ほらあれだ、心に傷を負っておるかもしれんし。」
「それならばなおの事館の専属医に任せるが宜しいかと。」
「いや、しかし……」
「さぁさぁ、領主としてのお勤めを果たして頂きませんと。」
「さぁ父上、こちらに。」
グレイソンさんとご子息に宥められ諫められて渋々席につく領主様。
うん、この領主様は本物だ。本物の親バカだわ。
「むう、私はただアシュリーの事が……」
「まだ言われますか。」
笑ってない笑顔で自身が使える主に圧をかけるグレイソンさん。
目が笑ってない所がまた怖い。
グレイソンさんヤバイ。
「わ 分かった。」
「お分かり頂けたようで何よりでございます。」
慇懃なだけに余計に迫力がある。
グレイソンさんには絶対逆らっちゃダメ、私はそっと心の中にメモする。
私たち冒険者以外の人たちは領主様が子煩悩な親バカってのを知っているようで、「仕方ないなぁ」的な少しばかりの呆れを伴った苦笑いをしている。
おかげでさっきまでの張り詰めた空気が少しばかり弛緩した物に変わった。
グレイソンさんともう1人の壮年の男性が領主様の後ろに控える。
ご子息と思われる青年がザッカリーさんの右隣りに座る。
全員が席についたのを確認して、
「コホン、ではこれより件の事件の事情聴取を行う。」
領主様自ら開始を告げ事件後の聞き取りが開始される。
「と、その前に、商業ギルドのギルド長はそこに居るギルバート商会の会頭のランドルフが就任した。前ギルド長は今回の責任を取って更迭された。」
領主様の言葉を受けてランドルフさんは立ち上がり挨拶をする。
それから前ギルド長の無策のせいでアシュリー様を危険に晒した事を詫び、今後このような事が二度と起きないように商業ギルドは冒険者ギルドと連絡を密に取りお互いに協力し合う事を誓った。
「では、ザッカリー、時系列順に報告を頼む。どんな些細な事でも良いので気になる事があったら全て報告するように。」
「はい。」
ザッカリーさんは立ち上がって事のあらましを順を追って説明し始める。
事件はメイデンウッドで足止めを食らった所から始まった。
メイデンウッドの領都の商業ギルド長に確認を取ろうとしたがのらりくらりとかわされて埒が明かず、本来なら2日掛かる所を1日で済ませようと強引に出発した事。
出発した日の晩、何かの、獣かも知れないが獣でないかも知れないイヤな気配を感じた事。
得体の知れない不安感だけが募った事などなど。
翌朝出発し暫く走った頃に賊に襲われたがその賊はぬるい攻撃を仕掛けるばかりで殺気も何もないまるで時間稼ぎをしているようだったと。
そこで家令のグレイソンさんが自分の意見だがと前置きして賊は3人組だったのではないかと補足を入れる。
その際に馬車に蟲の遺骸を括り付けられたのではないかと。
賊に襲撃された後再出発したが蟲に追われて襲われた事。
その時に私たち冒険者に助けられた。
私の従魔が守ってくれてバレットアントを撃退してくれた。
しかし、最悪な事にバレットアントが新たな群れを呼び寄せてしまい絶体絶命の窮地に陥った時、
「この嬢ちゃんが魔法を放ったんだ。ほんとに凄かった。」
「はい、それはもう凄まじい威力であっという間にバレットアントやっつけたんですよ。残った蟲もお嬢さんの従魔が片付けてくれたし。」
ザッカリーさんとトッドさんは興奮気味に捲し立てるように話している。
けど私としては要らぬ注目はゴメンなんだけどなぁ。
ほら、皆がこっちを見てる。
特に領主様を始めその場に居なかった人たちの興味津々な目が私を凝視してるし。
ギルマスは「お前何やったんだ?」的な胡乱な目で見てるけど。
私は助けただけですからね!後できちんと説明しないと。
グレイソンさんが領主様の耳に顔を近づけ何やら囁いている。
「そうか、では貴女たち冒険者には褒章金を弾まないといけないな。」
後ろで満足そうに首肯するグレイソンさん。
その後も報告は続いて、ザッカリーさん、私、ハイディさんが代わる代わる説明を求められた。
なぜ賊に襲われたのか、誰かの差し金なのか等とても気にはなるがそれは領主様の方で調査するらしい。
私的には貴族のいざこざに巻き込まれるのはノーサンキューなので領主様の方でやってくれるのは有難い。
明言はしなかったけれどおそらく政治的なあれこれなのかもね。
倒したバレットアントの権利はザッカリーさんがアシュリー様がこう言っていたと話す事でそれで落ち着いた。
ここでもやはりハイディさんは遠慮していたけれど領主様が「アシュリーがそう言ったのならそれでいい。」と言った為誰も何も言えなくなった。
アシュリー様恐るべし、実はアシュリー様が一番偉いのでは疑惑が持ち上がりそうになっちゃったよ。
そこそこに時間の掛かった事情聴取も終わり各自解散となった所でグレイソンさんに声を掛けられた。
「オルカ様、褒章金でございますが期待して宜しいかと。決まり次第追って連絡致します故いま暫くお待ち頂けますようお願い申し上げます。」
私? え、私だけなの?
確かハイディさんたちもですよね?
「いえいえ、と特にオルカ様でございますよ。」
あ、はぁ……。
これは喜んでいいのかしら?
少々不安なのだけれど。
どうせ帰りに冒険者ギルドへ寄らなきゃいけないのだからギルマスにでも相談してみようかな。
うん、そうしよう。
依頼達成報告の為私はハイディさんたちと一緒に冒険者ギルドへ向かった。