第109話 華麗な家令グレイソン
「なぁ、悪かったって……ほんとにスマン。」
「ゴメンなさい……。」
手を合わせてゴメンなさいのポーズをするザッカリーさんたちやハイディさんたち。
いや、別にいいのよ、いいんだけど何だかね。
どうにもスッキリしないと言うか釈然としないと言うかね。
「そうですわ、皆さまオルカ様に助けて頂いたのに酷いですわ。」
いや、アシュリー様もさっき引いてたよね?
私しっかり見てたから。
けどまぁもういいや。
こうして皆無事だったんだからそれでいいじゃない。 ね。
そう言えばくーちゃんたちはどこ行ったんだろうって思ってたら戻って来た。
「どこ行ってたの? 食事? これ美味しくないでしょ?」
そう言ってバレットアントの骸を指さすと
(いえ、一番奥に女王蟻が居ましたので狩って参りました。)
「えっ、女王蟻?」
(はい、珍しいので取り合えず狩っておきましたので後ほど路銀にでも替えてしまいましょう。)
「あ うん。ありがと。」
くーちゃんたちに掛かったら珍しい魔物も取り合えずで狩れちゃうレベルなのよね。
なんか感覚が狂っちゃうよ。
すると恐る恐るザッカリーさんが話しかけて来る。
「な なぁ、今女王蟻って言わなかったか?」
「あ、はい。」
言ったね、確かに。
でもそれがどうしたの?
女王蟻って蟻ん子のお母さんみたいなものでしょ? 違うの?
「いやいやいや、全然違うぞ。」
そうなの? へー。
「へー、じゃないわよ。女王蟻って討伐される事ってほとんど無いからこうして現物があるってだけでもすっごく珍しいのよ。」
「そうよー、素材としての価値はそんなでも無いけど、研究目的の学術的価値は高いから高値が付く事も珍しくないのよ。」
ハイディさんの言葉を受けてエイミーさんが補足する。
何かね、女王蟻から卵を回収して、それが上手く孵ったらテイム出来るか試してみたりとか、解剖して調べたりとか色々と研究したりするんだそうよ。
私的には「へー」としか言いようがないんだけどね。
だって蟲だもん、私蟲キライだし。
けど冒険者ギルドに買取に出せば然るべき所へ売却して、その差額がそのままギルドの収益になるからギルドは喜ぶよってハイディさんに言われた。
ああー、確かにこれまでもくーちゃんたちが狩ってくれた獲物も良く買い取って貰ってたなぁ。
そう言えばズラトロクってどうなったんだっけ?
領主様案件になってから6日経つけどまだ何にも連絡なかったな。
丁度いいから今回の買取に出した時にギルマスに聞いてみようっと。
「しかし酷い臭いね。」
私も含めて全員が鼻にハンカチを当てているんだけど全く効果がない。
鼻が曲がりそうってのは正にこの事ね。
夥しい蟲の遺骸と酷い臭い、何か気持ち悪くなりそう。
現にアシュリー様は鼻を押さえて青い顔をしてぐったりとしてるもの。
「所でさ、この大量のバレットアントどうやって運ぶの? って言うか運べるの?これ。」
ハイディさんが鼻を押さえつつ「どうすんだ?」的な発言してるけど、
「あ、それなら私に任せて! 私収納系スキル持ってるから。」
と言う私の言葉で私が全部持って行く事になった。
「嬢ちゃん、いくらスキル持ってるって言ってもこの量だぞ?一体何往復掛かるか、いや何十往復掛かるか分からんぞ? ギルドに応援を頼んだ方が良くないか?」
ザッカリーさんが心配してくれるけど、心配は無用だよ。
私のストレージの収納限界は地球1個分相当だからね、まだまだ全然余裕のよっちゃんだよ。
ナンボでもどんと来いさ。
視界一杯のバレットアントの骸を『探知』でポイントしたらいつものように纏めてポイっとストレージに収納する。
これだけで一瞬の内に綺麗さっぱり全てのバレットアントが消え失せた。
ほら、簡単でしょ!
「「「「「ええええええぇぇぇーっ!!!」」」」」
うわ、ビックリした。
いきなり大声出さないでよ。
何で皆そんなに驚いてんの?
私が持って行く事になったから収納しただけなのに。
いや、そんな目で見ないでよ、それじゃあまるで私が可笑しいみたいじゃない。
「んもー。みんなビックリし過ぎ。こんなの普通だから普通。」
手をヒラヒラさせながらそう説明するも
「絶対、普通じゃないから!」
「普通な訳ねーだろ!」
ハイディさんもザッカリーさんもそんな力いっぱい否定しなくても……。
「大体容量が可笑しいだろ!」
「そうよ。倉庫にも入りきらなそうな量を一瞬で収納するなんて絶対変よ!」
そう言われましても、これが私のスキルだし。
「変ねぇ。」
「変なのはオルカさん!」
「変なのは嬢ちゃんだ!」
むう、何気に息ぴったりなのが癪だわ。
そんな変変言わないで欲しいんだけど。
「あ、因みにね、最初の群れが31匹で、後の大きい方の群れが3,345匹+女王蟻だったよ。今日は大猟だね。」
「そんな事まで分かるの? 益々可笑しい。」
「数まで分かる収納スキル? そんなの聞いた事ないぞ?」
皆からメチャクチャ訝し気に見られてるんですけど?
なぜに?
私いい事したよね?
みんなの役に立ってるよね?
それなのにその仕打ちは酷くない?
私拗ねちゃうよ。
実はトッドさんとドンナさんは真っ先に街に戻り、蟲に襲われた事、アシュリー様が無事に保護出来た事、馬車が壊れてしまったので代わりの馬車が必要な事などを報告しに向かっている。
それまでここで待機な訳だけれども、何もせずただボーっと待ってるのもアレなので、果物でも食べながら今後の話をする事にした。
私はストレージから色々な果物を取り出して、あ、「女神の贈り物」は出してないよ、アレは誰にでもって訳にはいかないから、皆に分ける。
んー、疲れた身体に瑞々しい果物が染みるねぇ。
侍女のジャスミンさんが甲斐甲斐しくアシュリー様の給仕をしている。
「どうぞ、お嬢様。」
「ありがとう。」
ニコリと微笑む姿も麗しい。
「とても美味しいですわ。」
流石お嬢様、食べ方がとても上品だわ。
私たち冒険者とは根本的に何かが違うのねー。
とにかく所作が綺麗なのよ。
「このような場所で新鮮で瑞々しい果物が頂けるなんて思ってもみませんでしたわ。」
そうでしょうそうでしょう。
私のストレージは時間停止付きだからとっても優秀なの。
だから食べ頃のままずーっと保存出来るのよね。
ホント助かるわー。
って、ハイディさんイチゴを手に持ってジッと見てるけどどうしたんだろう?
「ねぇ、エミリー。これって今時期だったっけ? とっくに過ぎてない?」
「ほんとね、でもぴかぴかのすっごい新鮮そうだよ? 何でだろ?」
「あー、それね。それ果物屋の店員さんが時期も終わり近いからってオマケしてくれたの。」
あの時の店員さんありがとう!
とっても役に立ってるから。
「いえ、そうじゃなくて。果物が何で傷んでないのかって話のつもりだったんだけど?」
んもー、そんなのいいじゃない。
固い事言いっこなしですよー。
「「ジーッ。」」
んま、熱視線。
そんなジロジロ見てヤダわ、照れるじゃないの。
「はぁ、まぁいいわ。冒険者は自分の手の内は晒さないものだしね。」
リズたちと同じ反応してる。
なぜ?
私普通だよ?
何処にでも居るごく普通のか弱い少女のつもりなのだけれど?
「あー、ちょっといいか?」
ザッカリーさんが上手く話しの腰を折ってくれて皆の視線がそちらに集まる。
ザッカリーさんグッジョブ!
「討伐したバレットアントの扱いなんだが……」と途中で言いよどむ。
なんかとっても言いにくそうにしてるね。
「そう、それ。私もちょっと気になってて」とハイディさん。
ああ、あれですね。
先に戦闘をしていた人に獲物の権利があるって言うやつ。
分かってます分かってます。
みなまで言うな。
私に任せれば万事OK。
ザッカリーさんたち、ハイディさんたち、それに私、
「なら不公平にならないように3等分でどうですか?」
どう? 名案でしょ?
のハズだったのに返って来た言葉は、
「ダメよ!」
「ダメだ!」
何でよ。
何がダメなの? どうしてダメなのよ?
そこら辺きちんとした説明を求む!
「それは何故?」
「何故もなにもないだろう? バレットアントの群れを倒したのは嬢ちゃんと嬢ちゃんの獣魔だ。俺たちはほぼ何もしてないし守られてただけだしなぁ。」
「そうよ、何だったら全部オルカさんが貰ってもいいくらいよ。」
「ええ? それは悪いですよ。」
私は特に何も……って事はないか、凶悪な魔法ぶっ放したわね。
でもそれだけよ?
くーちゃんやさくちゃんにはいつも助けられてるし、ハイディさんたちがしっかりとアシュリー様を守ってくれたから安心して攻撃出来た訳だしね。
だから私だけの功績って訳では決してないのだけれど。
とは言うもののハイディさんやザッカリーさんは中々首を縦に振らないし。
さて、どうした物かと思案しているとアシュリー様が口を開いた。
「わたくしたちはオルカ様に助けられた身ですので討伐した魔物は要りません、と言いますか頂けません。」
そして、最初に襲われた時の小さい方の群れはハイディさんたちが、後の大きい方の群れは私が貰うって事で「いいですね?」と笑顔で強制決着した。
「ええっと、本当に宜しいのですか?」
「ええ、勿論。」
アシュリー様がそう言うのだから従うしかない。
ハイディさんたちにしてもアシュリー様にそう言われては仕方ないと思えるしね。
ただやっぱり貰い過ぎかなぁとは思うのだけどね。
街へ遣いに行っていたトッドさんとドンナさんが護衛の衛兵たちに囲まれながら立派で豪華な馬車を引き連れて戻って来た。
実に物々しい光景だわね。
でもあの光景を目の当たりにしたらそれも仕方ないか。
あれは正直地獄絵図だったもの、あ、いや、私がその当の本人なんだけど……ゴメン。
トッドさんとドンナさんは蟲の遺骸が1つも見当たらない事にとても驚いている。
「あ あれ? 蟲は何処だ? なんで無くなってんだ?」
蟲に襲われたと報告しに行って、その蟲の骸が1つも無い事に動揺を隠せないでいる。
護衛の衛兵さんたちもトッドさんとドンナさんを訝し気に見ている。
ああ、重ね重ねゴメンなさい。
馬車が停まり中から白髪のダンディな紳士が降りてきた。
そのままアシュリー様の側までやって来て恭しく挨拶する。
「お嬢様、よくぞご無事でございました。」
「ええ、こちらの冒険者の方々が助けて下さったの。」
アシュリー様の言を受けてこちらを見た老紳士は柔らかい物腰で謝辞を述べた。
「私はメイワース家にお仕えする家令のグレイソンと申します。此度はお嬢様をお助け下さった事、主に成り代わりましてお礼申し上げます。」
目尻を少し下げ優しく微笑む老紳士。
グレイソンさんは家令なのね、加齢臭漂う華麗な家令グレイソン。
うん、不謹慎だわね。申し訳ない。
私たち4人にお礼を言った後、護衛の3人と馬丁の2人も労をねぎらっていた。
「ねぇ、今日は珍しくグレイソンなのね。執事のメイナードはどうしたの?」
「メイナードは旦那様と一緒に商業ギルドへ喧嘩を売りに……コホン、今回の件で話し合いをしに行っております。」
今、言い直したけど間違いなく「喧嘩を売りに」って言ってたよね。
領主様激おこ案件で話し合いと言う名の言葉の暴力を投げつけに行くんだろうなぁ。
ぶるるる、領主様に面と向かって抗議されるのって肝が冷えるどころの話じゃないわね。
私だったら間違いなく卒倒してるかも。
商業ギルドのギルド長がどんな人かは知らないけどご愁傷様。
「お父様ったら、もう。」
やれやれと言った感じで軽くため息を吐くアシュリー様。
グレイソンさん始め、その他メイワース家の方々の「旦那様には困ったもんだ」的な反応を見るに、どうやらメイワースの領主様は娘ラブなとっても過保護な人なのでは?
嗚呼、そう言えばギルマスが領主様はアシュリー様を「溺愛してる」と言ってたっけ。
ならこの反応も頷ける。
「所で、蟲に襲われたと聞き及びましたが辺り一面にあったと言う蟲の骸が1つも見当たらないのは何故なのでしょう?」
グレイソンさんの疑問は御尤も。
その疑問に両手をパンと叩いて満面の笑みで「それはこちらのオルカ様の収納スキルで」と得意気に話し出すアシュリー様。
えっと、何故にアシュリー様がそんなにドヤ顔なのでしょう?
いえ、とってもお可愛らしいのでイイんですよ…イイんですけどね。
「ほうほう、収納スキルですか。それは興味深い。」
グレイソンさん興味津々ですか。
「ええ、それはもう、こうパッとしてシュッと消えてしまいましたの!」
うん、何を言っているのか全く分からないわ。
でも確実にグレイソンさんにロックオンされているのだけは分かる。
この状況ってあまり良くはないわね。
「では、あちらの壊れた馬車も収納して頂けると大変有難いのですが?」
ほら来た。
私は「ノー!」と言え……ない日本人だからね、
「分かりました。」
と、ここは謹んでお受けする。
ヘタレでごめん。
まぁ、断る理由もないんだけれどと一応の納得はしてみる。
グレイソンさんが馬丁の2人に馬車の壊れ具合などの点検に向かわせる。
「いやはや、どうやって馬車を運ぼうかと愚考致しておりましたのでお運び頂けると大変助かります。」
私はどうやって断ろうかと思って愚考して失敗しましたよ、トホホですわ。
私も愛想笑いでお返しする。
「グレイソンさん、これを見て下さい!」
馬車の点検をしていたマシューさんが大声を上げてグレイソンさんを呼んでいる。
何事かとみながそこに集まって、ある一点を凝視している。
「これって…蟲の?」
「なぁ、蟲の腹部だよな?なんでこんな物が? まさかあの時っ!」
ザッカリーさんの言葉でトッドさんやベアトリーチェさんが「あの時の!」と首肯する。
あの時ってどの時なんだろうと思っていたらザッカリーさんが説明してくれた。
昨日の夜に違和感を感じた事、今朝野営地を出立したあとに昨晩の違和感の正体である賊に襲われた事、その時の賊がどうにも不審な動きをしていた事などなど。
しかし、それだけの情報とブツがあればある程度推測は成り立つよね。
「なるほどなるほど。」
グレイソンさんは綺麗に整えられた顎髭を撫でつつ頷きながら独り言ちる。
「それは嵌められましたね、賊は2人ではなく陰にもう1人居たのでしょう。馬車の前に出て来たのは護衛の注意を引く為、その陰で後ろの馬車に蟲の腹部を括り付ける。用が済めば後は撤収するだけ。実に手慣れた物ですな。」
感心したように軽い口調で話すグレイソンさん。
「つまり自分たちが直接手を下すのではなくて蟲に襲わせればいいと。」
その当事者となったザッカリーさんたちは拳を握りしめ怒りを滲ませる。
そりゃ腹も立つわよね、何たって蟲に襲われて殺されかけたんだもの。
けどその怒りの矛先が無くなって宙ぶらりんな気持を持て余しているザッカリーさんたち。
「さて、ここでこうして居ても何ですから街に戻るとしますか。 詳しい事情も聞かないとなりませんしな。」
グレイソンさんの言葉で私たちは街へ向かう事になった。
アシュリー様と護衛のベアトリーチェさんとジャスミンさんはお屋敷へ戻るみたいだけど、私たちは街へ戻ったら事情聴取が待っている。
疲労困憊なのだけれどもうひと踏ん張りだね。