第107話 強襲 ②
さくちゃんを乗せたくーちゃんが矢のようにすっ飛んで行く。
くーちゃんの走る速度ならすぐに着くだろう、くーちゃんに遅れないように私たちも急がないと。
でもハイディさんたちは思ったほど速度が出ていない。
なんか普通に全速で走ってるだけみたいに見える。
いや、彼女たちは十分に速いんだけど、身体強化を掛けた私には十分についていける程度の速度だ。
ちょっと迷ったけど人助け優先と思い直して先に行く事に決めた。
「ハイディさん、先に行きます!」
私は身体強化LV8まで使えるから8倍まで強化出来る。
つまり女性ならかなり高位の冒険者に匹敵する速度が出せるって事。
私は魔力を身体全体に巡らせ脚にグッと力を込めて全力で解放する!
ドンッ!
衝撃が走り地面が軽く抉られる。
そのまま一歩一歩地を蹴る度に砂煙が舞い上がる。
「なっ?! 速いっ!」
「ハイディ、これ見て。」
「え? これって足跡?」
急いでたから全力でやっちゃったけどやり過ぎちゃった?
うーん、後で説明すんの大変そう。
ま、それは後で考えましょう。
まずはくーちゃんに追い付かないとね。
くーちゃんたちは馬車の周りをグルグルと周り蟲たちを牽制している。
上手い。
さすが私のくーちゃんとさくちゃんだわ。
もう後ちょっとだけ待ってて、すぐ追いつくから。
「クソッ! 新手の魔物か!?」
防戦一方で剣を持った壮年の護衛の人が怒鳴っている。
いやいやいや、くーちゃんは貴方たちを守ってあげてるんですからね。
ちゃんと良く見てよ、ほら。
貴方たちと蟲の合間で牽制してるじゃない。
蟲がワサワサと蠢いている現場が近づいて来る。
わわわわわ、サブイボが出るぅ。
うううぅ、どうにも蟲は苦手なのよー。
アレを突破しないといけないの?
嘘でしょ?
マジかー。
けどそうも言ってられないから根性出して行かないと。
勢いそのままに走ってゆき、群れている蟲の少し手前でぐうーんと大きくジャンプする。
走り幅跳びよろしく空中を歩くようにジャンプ!
たぶん15mくらい跳んだかも。
蟲の群れを跳び越え蟲と馬車の間にズドンと着地する。
「なんだっ!?」
「助太刀します!」
リーダーっぽい壮年の護衛の人に言うと、
「スマン、恩に着る。 お嬢様をお守りしてくれ!」
と頼まれた。
ぐるりと見渡すと、そこには貴族の紋章を付けた豪奢な馬車が車輪を破損して傾いたまま停まっている。
その少し横にもう1台大破してどう見ても走行不能な馬車が横倒しになっている。
豪奢な馬車の方には馬車に背を預けるようにして抱き合って蹲る女性が2人。
1人は少女で、もう1人はお付きの侍女なのかな。
2人を守るように冒険者風の女性が剣を構えている。
大破した馬車の方には馬丁と思われる男性が2人、内1人はどうも怪我をしているみたい。
冒険者風の年嵩の男性と青年風の男性が剣を構えて馬丁と思われる2人を庇いながら蟲と戦っている。
この2台の馬車の間は少し空いておりそのせいで護衛の人が分断されてしまったみたい。
なるほど、了解。
と、なればまずは蟲の動きを止めないと。
「くーちゃん、威圧!!」
私の掛け声と同時にくーちゃんが顔をツイと上に上げ大音量で咆哮する。
グルルグワァオォォォーン!!!
くーちゃんを中心にしてまるで衝撃波かと思う程の圧が放射状に放たれる。
それをまとも受けた蟲たちは全部動きを止めてしまった。
すごっ!
基本的に魔物は自分よりも格上の相手の威圧には弱いからね。
蟲の動きが止まっている内に女性陣の方へ移動する。
そして蹲っている少女、たぶんこの女の子がアシュリー様なのだろう。
ガタガタと震えている少女の前で片膝をついて優しく声を掛ける。
「助けに来たからもう大丈夫よ、安心して。」
少しでも安心して貰えるようにニコリと笑いかける私。
それから結界石を起動して少女の手に握らせる。
「これ は?」
「結界の魔道具よ。起動させたからもうここには蟲は入って来れないから。だから大丈夫よ。この中に居れば安全だから。」
少女とその侍女と思われる女性はハーッと長い安堵の息をつく。
私は側で護衛している女性に向き直り、向こうの男性たちもこっちの結界内へ来るようお願いして貰う事にした。
「分かった、言ってくる。」そう言って向こうへ駆けていく。
これで一安心、もうすぐハイディさんたちもやって来るだろうし、皆で掛かれば蟲退治は何とかなるだろう。
怪我人が1人、若い方の護衛の人と怪我してない馬丁と思われる人が怪我人を支えて歩いているのを年嵩の護衛の人とさっきの女性が守りながらこちらに向かって来る。
早く、早く!
早くしないと蟲が動き出すから。
ほら、ブルブル震えて今にも動き出しそうだよ?
ヤバイヤバイヤバイ。
あとちょっと。
もう少し。
よしっ、結界内に入った。
安心したその時、目の前の少女が大きく目を開いて「う 後ろっ!」と叫んだ瞬間。
ガギィィィーン!
くーちゃんの威圧から解放された蟲が背を向けている私に向かってその凶悪な大顎を向けて攻撃して来たけれど結界に阻まれて届かない。
「きゃん。」
びびび ビックリするじゃないのー!
このこのこのー。
今のはマジでビビったからね。
んもー、怒った。
私はストレージからベレッタを呼び出し二丁拳銃に構え、おもむろに振り向いて引き金を引いた。
パンパンパンパンパンパン。
怒りに任せ左右両方でマガジンが空になるまで全弾撃ち続ける。
パパパン。
火薬の発砲音とはまた違った子気味良い感じの軽い発砲音。
けど、弾かれる! 効いてない!
この蟻ん子の蟲は外殻が相当に硬いみたい。
少しは傷は付くけどダメージとしてはあまり通ってない感じがする。
私はすぐに替えのマガジンを取り出しベレッタに装填。
そして構える。
心臓がバクバクしてる。
私はちょっと涙目になりがらも目の前の蟲をキッ!と睨みつける。
ちょうどその時ハイディさんたちが到着したみたい。
「お待たせ! エミリー、ドンナ、やっつけるよ!」
「応援が来たぞ! ベアトリーチェはお嬢様の側から離れるな。トッド、俺たちも行くぞ。嬢ちゃんたちに守られてちゃ話にならんぞ!」
「分かってますよ。可愛い子ちゃんたちにイイ所見せないとなっと!」
そう言って二人は勢いよく結界から飛び出して行った。
私たちが加勢した事で気持ち的に少し持ち直したみたい。
良かった。
後はみんなで頑張ればどうとでもなるね。
(我が主に牙を向けるなど言語道断!万死に値する!)
(その通り!)
うわ、くーちゃん激おこだ。
さくちゃんも同調してるし。
凄まじいまでの殺気をまき散らすくーちゃん。
グワーッと大きく口を開けて私に襲い掛かってた蟲の首筋辺りにガブリと噛み付いたかと思うとそのままブンと首を振り上げ蟲を放り投げた。
宙に舞った蟲は首と胴体とに分かれて絶命したまま蟲がワサワサと集まっている所にドチャリと落ちた。
仲間を殺され放り投げられていきり立つ蟲。
キキキキ。
ギチギチギチ。
不気味で不快な何とも言えない鳴き声をあげて一斉にくーちゃんに向かって襲い掛かる。
今やくーちゃんが蟲のヘイトを一身に浴びている。
それらを受けても全く怯む事もなく堂々と佇むくーちゃんとさくちゃん。
(ふん、蟲ケラどもが。我らに敵うとでも思うたか。誰に牙を向けたのか思い知らせてくれようぞ!)
凍るような冷たい目でそう吐き捨てる。
くーちゃんとさくちゃんが悪役みたくなってる。
あははー、思わず引き攣った笑いが出ちゃった。
念話だからいいようなものの、もしくーちゃんたちが喋れて誰かに聞かれてたら完全に悪者だよね。
くーちゃんから発せられる圧が高まり、両脚にグッと力を込めて身体を沈ませる。
そして縮んだバネが伸びるようにビュン!を動き出すくーちゃん。
まるでゴムボールが弾かれたかのよう。
ここからは一方的だった。
くーちゃんとさくちゃんの独壇場。
くーちゃんが地面を蹴り蟲と蟲の間を跳ぶように動き回り敵を翻弄する。
蟲の横を通り過ぎる刹那くーちゃんが風の刃を走らせ蟲を切り付ければ、さくちゃんは溶解液を飛ばし蟲の息の根を止めている。
くーちゃんが蟲に噛み付けば、硬いはずの蟲の外殻ですらいとも簡単に噛み砕く吻合力の凄まじさ。
うっわ、エグ。
くーちゃんたち容赦ないねー。
うん、決めた。私くーちゃんには絶対に逆らわないようにしようっと!
くーちゃんが噛み、砕き、切り裂く。
その度に蟲の体液が辺り一面に飛び散る。
ひと言で言えば凄惨、事件現場。
ハイディさんたちやアシュリー様、護衛の人たちはくーちゃんたちの戦闘力の凄さに唖然としている。
そのままだとくーちゃんの攻撃に巻き込まれかねないので安全な結界の中へ入るよう促す。
口をポカンと開けて「何これ……」と固まるハイディさんたち。
護衛の人たちもくーちゃんたちが戦う様子を「すげぇな……」と呆然と眺めている。
そうでしょそうでしょ、私のくーちゃん・さくちゃんはスゴイんだから!
ちょっと誇らしい気持ちに浸っているとくーちゃんが最後の一匹と対峙していた。
残されたその最後の一匹は大顎を
ギチギチ キキキキ ギギッ ギギャ、
っと苛立たし気に鳴らす。
そして威嚇するように大きく胸を反らし頭を持ち上げる。
グギャ!
□×●%?>▼〇@&◆◎ー!!!
耳をつんざくような大音量!
狼の遠吠えみたいに長く、頭の中に直接響くような鳴き声とも叫びともつかぬ不快な声で鳴く。
途轍もなく不気味で、怖くて、これから何か良くない事が起こる、そう思わせるものだった。
くーちゃんは前足でひと薙ぎすると頭と胴体が泣き別れになり、更にさくちゃんが溶解液を胴体に浴びせる。
断末魔の叫びをあげて絶命する蟲の魔物。
ふー、終わったね。
10分も掛からなかった。
ってか、私は何もしていない、殆どくーちゃんとさくちゃんが倒してくれたんだけどね。
「くーちゃん・さくちゃんお疲れ。いつもありがとね♪」
(勿体無いお言葉です。)
(頑張りましたー!)
くーちゃんとさくちゃんは褒められて嬉しかったのか、くーちゃんは尻尾をブンブンと振ってるしさくちゃんはみよんみよんと伸び縮みしてる。
んふー、良き良き。私の家族は本当に可愛いわー。
でも、蟲の返り血で汚れちゃったね。
後で綺麗にしてあげるからちょっとだけ待っててね。
「オ オルカさんの従魔って物凄く強いのね。」
「あれだけのバレットアントの群れを一瞬で……。」
ハイディさんや年嵩の護衛の人が呟いている。
まぁ、くーちゃんたちの事知らない人はそうゆう反応になっちゃうのも仕方ないか。
くーちゃんたちの強さは異次元級だものね。
そう言えば怪我してる人が居たけど大丈夫なのかな?
そう思い探してみるとエミリーさんが怪我した馬丁さんを介抱してて、横には空になったポーションの瓶が転がっていた。
なるほど、ポーションを使ったのか。
見た感じ怪我は治ってそうなので心配はないかな。
もう1人の馬丁さんや若い護衛の人がエミリーさんにお礼を言っているのが見えた。
みな無事で良かった。
ホッとしていると少女が立ち上がりツイっと前に出て来て私たちの方へ向き直り謝辞を述べる。
「わたくしはメイワース領主が長女 アシュリー・メイワース。此度は危ない所を助けて頂いた事感謝申し上げます。」
すごい、見たところまだ少女なのにとてもしっかりとしている。
目の前の少女アシュリー様は少し薄い金髪でストレートのロング、瞳は青だけど紫よりの青。
元世界で良く読んでた異世界物に出て来るお嬢様って金髪縦ドリルってイメージだったんだけどアシュリー様はそんな事はないのね。
ごく普通にサラリと下したストレートでピンクのリボンが女の子らしくてとても可愛らしい。
清楚な白のワンピースに首元には赤いリボン。
整った顔立ちで目力が強いけれど冷たいって感じはしないわね。
なるほど、流石お嬢様!って感じ。
なんて感心しているとお互いの自己紹介が始まった。
年嵩のいった護衛の人がザッカリー、若い護衛の人がトッド、怪我をした馬丁がマシュー、もう1人の馬丁がフラン、それから女性の護衛の人がベアトリーチェ、最後にアシュリー様の専属侍女のジャスミン。
こちらはリーダーのハイディさん、エミリーさん、ドンナさん、私オルカ、それと私の従魔のくーちゃんとさくちゃん。
「私たちは冒険者ギルドの依頼を受けた冒険者です。アシュリー様一行の安全確保と護衛が主な任務です。」
私たちを代表してリーダーのハイディさんがそう説明する。
「冒険者ギルドの……」
アシュリー様はホッと息を吐き胸を撫でおろした。
けれど馬車が2台とも壊れてしまったのでこの後どうするかを話し合わないといけない。
誰かが街まで戻って事情を話し、替えの馬車を引き連れてこないとならない。
その役目を誰がするかだが、当然だけれどもアシュリー様の関係者が最低1人は居ないといけないのでそれはトッドさんがするとして、じゃあもう1人は私がって言ったら「まだ蟲が居るかも知れないからアナタはここに残って護衛してて。」って拒否られて結局残り1人はドンナさんが担う事に落ち着いた。
皆は少し落ち着いたのか水分補給をしながら情報交換と言う名の雑談をしている。
アシュリー様一行を襲った蟲を『鑑定』してみると「バレットアント」と出た。
【蟲型の魔物の中では最強と言われている。
この蟻に刺されるとまるで石でもぶつけられたかのような痛みがする事からこの名前がついた。
毒は弱毒性だが刺されると痺れて動けなくなる。
普段は単独行動を好むが群れでも行動もする。
近づくと金切り声を上げて威嚇し攻撃する。
硬い外殻は武器や防具の材料として取引されている。】
ほー、外殻は武器や防具の材料になるのか。
だったら私の魔力銃の弾丸にコーティングするとか出来たりして?
今は石礫弾だけど、それを鉛弾に替えてバレットアントの外殻でフルメタルジャケット様にしたらいいんじゃない?
そしたら外殻の硬い昆虫型魔物にも対応出来るかも!
この仕事が終わったらベレッタの改造しよっと。
ハイディさんにお願いして蟲を全部買取させて貰わなきゃ。
それまで大人しく地面にお座りしていたくーちゃんがピクリと反応した。
顔を森の方へ向け、鼻と耳をピクピクと動かしている。
スッと立ち上がり森を睨み「ウゥゥゥ」と小さく唸り尻尾をビリビリと小刻みに震わせてる。
かなり警戒してる。
この先の森にまだ何かあるの?
ね、嘘よね?
これ以上何があるって言うの?
すごくイヤな予感がするんだけど。