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第106話 強襲 ①

野営地を出て森の中の道を進むアシュリー一行の行く手を阻む2人の男たち。

それが今ザッカリーとトッドの前に立ちはだかる。

剣を抜き油断なくザッカリーたちを睨んでいる。

ザッカリーは最初だたの賊か?とも思ったが、見た目が冒険者崩れのならず者にしては身綺麗すぎる。

それに金品目的ならば商人や商隊を狙うはずだ。

この道はほぼ貴族しか通らない街道である、貴族の護衛は貴人を守る為それなりに腕の立つ者が多い、それらを相手にしてまで襲う意味は何であろうか。

身代金目的の営利誘拐などこの世界ではありえない。

そんな物力づくで奪ってしまえばすむ話なのだから態々危険を冒してまで手間暇掛ける理由などない。

だとしたら答えは1つ、この馬車の主の命。

昨日の夜感じた違和感の正体はコイツ等で間違いだろうと対峙した瞬間にそう理解するザッカリー。

トッドには賊の対応を、ベアトリーチェには馬車の外に出てアシュリーの護衛を命じる。

ベアトリーチェは馬車から降りる際に自分が降りたらすぐに鍵を掛けて何があっても扉を開けてはいけないと念を押した。


アンガスとタスマニアはまだ襲っては来ないでいた。

行くぞ行くぞと言う素振りは見せる物のまだ動きはしない。

時々肩を入れたり、目線を動かしたりしてフェイントを入れて来る。

実にいやらしい戦い方をして来るものだ、かなり戦い慣れた賊だなとザッカリーは内心唸った。

オージーの動きを確認する為、アンガスはアシュリーの乗っている馬車を見る振りをしてその後ろの馬車へと視線を動かす。

アンガスの目的は如何にこの護衛たちの気をよそに逸らすか、それだけだ。

しかしそれを見たザッカリーはやはり狙いはお嬢様か!と、そう思ってしまったのも無理のない話だ。


「絶対にお嬢様をお守りするぞ!」


大声を張り上げ自分たちを鼓舞する。

アシュリーを守る為、敵を馬車に近づかせないようにする必要があると考えたザッカリーはジリジリとアンガスたちへと近づいて行く。

ザッカリーが近づくと近づいた分だけ離れて行く。

アンガスにしてみれば別に無理して打ち合う必要はないのだ。

今回の仕事は、『アシュリー一行を蟲に襲わせる』事であり、これはその為の下準備なのだから。

こうしてアンガスたちがザッカリーたち護衛と対峙しているその瞬間、後ろの馬車の下ではオージーが『バレットアントの腹部』を袋から取り出し馬車の下に括り付けていた。

『バレットアントの腹部』を馬車の下に括り付け終わったオージーが馬車の下からこっそりと這い出てくるのを確認したアンガスは、ここで初めて剣を振るった。


ギイィィィン!


ザッカリーはいきなりの攻撃に少し反応が遅れた物のどうにか剣で受け止め一歩後ずさった。

それを見て「ニィ」と口の端を上げて薄く笑ったアンガスは続けて攻撃し始めた。

二度三度と打ち合う二人。

タスマニアもトッドと数度打ち合っている。

しかしどこか気迫と言うか殺意の感じられないぬるい攻撃に疑念を抱くザッカリー。

なぜだ?なぜもっと攻撃して来ない。

なぜ手抜きする?

距離を取り警戒を強めるザッカリー。

するとアンガスは左手を後ろに回し何かを掴み取り出して、それを自身とザッカリーの中程へ投げつける。


ボンッ!


爆発音がしたと同時に辺り一面濛々と煙が立ち込める。

瞬間視界が奪われ賊を見失うザッカリーたち。

その隙に3人はまんまと逃げおおせる。

賊に逃げられたザッカリーはギリギリと奥歯を噛み締めて悔しがっている。

しかしアシュリーに危害が及ばなかったのだから不幸中の幸いだと思う事にした。


「お嬢様もう大丈夫です、賊は退けました。」


そう簡潔に報告し、他の者には確認作業を急がせ確認が済み次第出発する。

本来ならもっときちんと確認しないといけないと分かっているのだが、ヤツ等が何時また戻って来ないとも限らない。

そう判断したザッカリーは先を急ぐ方を優先した。



一方、強襲に成功したアンガスたちは森の中を全速力で駆けている。

『バレットアントの腹部』を括り付けた後は急いでそこを離れる必要がある。

何せ『仲間の体の一部』を付けた馬車が走っているのだ、それを見たバレットアントがどうゆう行動をするかなど簡単に分かる、当然追って行くに決まっている。

これが平時なら良かったのだが、今は蟲が沸いている非常時だ。

しかも厄介な『蟻』である、それが森の中にウヨウヨ居るのだ。

バレットアントの内臓や体液などを滴らせ、臭いをまき散らした馬車が走っている。

それがどれ程危険な事かアンガスたちは分かっているからだ。

体液を、臭いを辿り森の中に居るバレットアントが群れて一斉に襲ってくるのだ。

巻き込まれては堪ったモンじゃない。

逃げの一手である。

だから全速力で馬車から離れて行っているのだ。

ここまでお膳立てすればあの貴族は蟲に襲われて助かる事はまずないだろう。

組織のアジトに帰って、そう報告すれば仕事は終わりだ。

バッタリと蟲に遭遇なんて事にならないように細心の注意を払いながら森の中を進むのであった。



何ともスッキリとしない中途半端な強襲を受けたアシュリー一行の馬車は追われるように薄暗い森の中をひた走っていた。

どうしてこうなった?

ザッカリーは自問自答する。


ガサガサガサ。


ギギャッ。


蟲の気配がする。

それもかなりの数が居る。

周りから受ける圧を感じザッカリーはかなり焦っていた。

拙い!

それも1匹や2匹じゃない。

木々が揺れる。

10匹か? 15匹か?

どちらにしても今ここで戦っても勝ち目は薄い。

兎に角囲まれてはどうにもならないのだから、囲まれる前に逃げ切るより他ない。

ザッカリーは無理を承知でフランとマシューにもっと急げと叫ぶ。

普段なら危険だから絶対に出さないであろう速度で走る馬車。

デコボコ道で馬車が跳ねるがお構いなしで走らせる。

中のアシュリーには少し揺れるとは言ってあるが少しどころではないな、後で怒られるなと思ったザッカリーだが、生きて帰れるなら幾らでも怒られてもいい。

全員が無事帰れるように全力を尽くすだけだ。

最悪死ぬ事になってもアシュリーだけは守らねば!と心に誓うザッカリー。


「トッド、もういつ襲って来ても可笑しくないぞ。用心しろ!」


蟲の殺気がビシビシと伝わってくる異様な空気。

木の陰からチラチラと見え隠れする黒い蟲。

蟲 蟲 蟲。


「ザッカリーさん、蟻です。 バレットアントの群れです!」


「クソ! 選りにも選ってバレットアントかよっ!」


高速に地面を這いずるガサガサとした音がどんどん迫って来る。

木々の間に蟲の不快な鳴き声が木霊する。


「ザッカリーさん、後ろに、追い付かれそうです。」


「待ってろ、俺もそっちに行く。」


中に乗っているベアトリーチェに外に出て御者席で指揮を執るように命じて後ろの馬車へ飛び乗るザッカリー。


「来た! 数が多い!」


大きな顎を持った頭部に前向きに伸びる触角、小さな胸部に、丸く細長く膨らんでいる腹部とその先端に毒針を持つ。

地球産の蟻と形態は同じように見えるが最大の違いはそのサイズにある。

こちらの昆虫型魔物は兎に角大きいのだ。

この異世界産のバレットアントも通常の地球産の蟻と比べても比較にならない程大きい。

地球産のバレットアントは18~30mmくらいだが、異世界産のバレットアントは最大で800mmを超える個体も居る程なのだ。

体が大きくなればそれに比例して大顎も大きくなるし毒針も大きくなる。

しかも強い!

それが今馬車の後ろを追いかけて来ている。

黒い波のように数十匹程もいるようだ。

追い付かれるのも時間の問題かと諦めにも似た気持ちなるザッカリー。

だが諦めたらアシュリーはどうなる?

そう思ったら叫ばずには居られなかった。


「いいかお前ら、覚悟を決めろ! 死んでもお嬢様をお守りするんだ! 来るぞっ!」


後ろから黒い波が追いかけて来て今にも飲み込まれそうな勢いだ。

ザッカリーはフランとマシューに「無理でも無茶でも何でもいいから死ぬ気で飛ばせ!」と叫ぶ。

勿論言われなくても二人はもう既にかなり無茶な走らせ方をしている。

ザッカリーも分かっている筈だが、それでも更にそう言うという事は状況はそれ程悪いと二人は理解した。

フランもマシューも睨みつけるように必死に前だけをジッと見つめ馬に鞭をふるう。

馬車が大きく跳ねる、揺れる。

車体がギシギシと嫌な音を立てて軋んでいる。

揺れる馬車の中ではアシュリーとジャスミンは互いに抱き合うようにしてガタガタと震えている。

時折蟻がジャンプして攻撃を仕掛けてくるが、ザッカリーとトッドはそれを剣でいなし防ぐ。

昆虫型の魔物は外殻が硬いものが多い。

バレットアントも例に漏れず外殻が非常に硬く物理攻撃では簡単に傷を付ける事も難しい程だ。

だから中々バレットアントを仕留めきれずにいた。

止む事無くひっきりなしに襲い掛かって来る蟲の攻撃をどうにかこうにか凌いでいると遠くに森の出口が見えてきた。

長かったが漸くだ、あと少し頑張れば、森を抜けさえすれば、その思いだけでここまで走って来たのがやっと報われる。

明るい森の出口の光の中へ猛然と突っ込んでゆく2台の馬車。


「よし、森を抜けたぞ!」


そのまま更に速度を上げて疾走する2台の馬車。

森からはかなり離れる事が出来た。

およそ1kmくらいは離れたのではないだろうか。

けれどバレットアントはしつこくまだ付いて来る。

その緊張感からか、先頭馬車のフランはゴロンとした石があるのを見落とした。

そして、馬車が石に乗り上げ大きく跳ねた。


ドンッ!


強い衝撃を受けアシュリーの乗った馬車が大きく振られて速度が少しだけ落ちてしまった。

そのせいで後ろの馬車は衝突を避ける為に僅かに速度を遅さざるを得なかった。

それがバレットアントの群れとの距離を一気に縮める結果となった。

そして後ろから横から何十匹というバレットアントが耳障りな金切り声を出しながら一斉に襲い掛かって来たのだ。






◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



時間は少し戻ってアシュリー一行が朝食を食べている頃。

オルカたちは随時『探知』をかけながら急ぎ北の森へと向かって歩いていた。


「ん~、本当に反応がないわねぇ。一体どうなってんの?」


ハイディさんがビックリしたように言う。

それは私も思う。

だって本当の本当に反応がないんだもん、それもかなりな広範囲で。


「あ、こっちだよ。」


ハイディさんがこっちこっちと手招きする。

私たちが今まで通って来たのは北の貴族専用門から伸びる街道で、ここで森へ行く道とそうでない道とに枝分かれする。

私たちは森の警戒&情報集が仕事だから真っすぐ森へ続く道を進む。

もうね、余りにも静か過ぎて気味が悪いの。

嵐の前の静けさって感じがする。

向こうの方に小さく森が見える、まだ大分距離があるね。

何だか森が蟲の魔物か何かに見えてちょっと怖く感じた。


するとくーちゃんが何かに反応した。

ツイっと鼻先を上に向けてピクピクと匂いを嗅いでいる。

耳はピンと立ち森の方を向いている。

尻尾もビリビリとして警戒してる時の尻尾になっている。

あれ?

これ、すっごくヤバくない?

私は念話でくーちゃんに話しかける。


(くーちゃん、どうしたの? 何かあった?)


(はい。どうやらこの先で人が蟲に襲われているようです。)


「えっ? ホントに? 人数は? 蟲の数は?」


私の慌てた様子を見て異変に気付いたハイディさんが聞いて来る。


「なに、どうしたの? 何かあったの?」


「ええ、ここからは見えませんけど、どうやら誰か人が蟲に襲われているみたいです。」


「大変! どんな状況なのか聞いて貰っていい?」


「はい。」


(くーちゃん、どんな様子? 人数は? 蟲の数は?)


念話での問いにくーちゃんは淡々と答える。


(あまり良い状況とは言えないようです。 人は…ハッキリとは分からないのですが5人と、蟲はこれはかなり数が多いですね。30程は居るかと。)


私はくーちゃんから聞いたままをそのままそっくりハイディさんたちに伝えた。

明らかに多勢に無勢、このままだと勝ち目は薄い。

こうやっている間にも刻一刻と状況は悪くなっているだろうし。

助け……たいけど、ハイディさんは?

私がチラっとハイディさんを見ると、


「助けに行くよ!」


躊躇なくそう言って駆け出した。

くーちゃんに案内をお願いして先導して貰う。

ここは草原の中の森へと続く街道だから見通しは悪くない。

蟲に襲われている現場もすぐに目視で確認出来るだろう。

すると遠くに何やら黒い影がちょこちょこと動いているのが見える。

きっとあれだ。


「見えた。 でも私の探知の範囲外だ。」


ハイディさんがくーちゃんの探知の範囲の広さに驚いている。

探知って思ったよりも意外と範囲が狭いのよね。

障害物の多い森の中とかだとかなり重宝するけど、こうゆう遠くまで目視出来るような場所だと目で見る方が早い。

目では見えてても探知には引っ掛からないって言うね。

見えた事で駆け足も更に速度が上がる。

もう少しで現場に到着しそうなその時、後ろの馬車が跳ねたのが見えた。

どうも石に車輪が乗り上げ跳ねたみたいで、それで速度が落ちて黒い波のように蟲がワッと襲い掛かる。

ヤバッ、急がなきゃ!


ドガァァン!


蟲に襲い掛かられた後ろの馬車が大きな音を立てて横転する。

横転した馬車はそのまま前の馬車を巻き込んで衝突してしまった。

拙いっ!


「くーちゃんお願い! 馬車の人たちを守って!」


咄嗟に私はそう叫んだ。


(御意。桜行きますよ!)

(はい、葛の葉姉さま。)


さくちゃんを乗せたくーちゃんが軽い風圧だけを残して音もなく駆け出して行った。


「「「速いっ!!」」」


ハイディさんたちがくーちゃんのあまりの速さに驚いている。

見る見る内に遠ざかって行く。

お願い、私たちが到着するまで、ちょっとだけでいいから襲われている人を守ってあげて!






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