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第104話 尾行する者 ①

リズたちと防具屋で別れた翌日。

朝もやが煙るミルク色の時間帯。

人の出入りが集中して混雑するのを避ける為それよりも早い時間に待ち合わせ場所の門の所でハイディさんたちを待つ。

通りの向こうから3つの影がこちらに近づいて来るのが見えた。

どうやら来たみたいね。


「おおーい!」


今のはエミリーさんだろうか。

朝から元気いっぱいだね。

3人が目の前にやって来る。


「おはようございます。」


「「「おはよう!」」」


ハイディさんたちと軽く朝の挨拶をする。


「オルカさん、今日はよろしくね。」byハイ

「よろしくー。」byエミ

「よろ。」byドン


「はい、今日は足を引っ張らないように頑張ります!」


両腕をグイっと曲げて力こぶを作るようにポーズを取る。

そんな私を見て微笑ましい物を見るような目で、


「ふふ、そんなに力まなくても大丈夫よ。私たちに任せておいて。」


ハイディさんが優しく言ってくれる。


「取り合えず、移動しながら話でもしよっか。」


ハイディさんに促されて私たちは東門を出て街道沿いにぐるっと回ってまずは北の森へと続く草原へ向かった。

昨日のギルマスの話だとアシュリー様一行は今日も森の中の野営地での野宿となるはず。

森の中に蟲が居るかもしれないと言うのを知らずにだ。

少しでもメイワースに近い所の野営地で夜を明かしていてくれればいいのだけれど。


それにしても……魔物や獣の反応がないわねぇ。

私の探知にはほぼ引っ掛からない。


(ねぇ、くーちゃん探知に全然反応がないんだけど、これってやっぱマズいよね?)


(はい、わたくしの探知にもほぼ反応がありません。)


(そうなの? くーちゃんの探知で引っ掛からないって相当広い範囲で魔物や獣が居ないって事よね?)


これはいよいよマズいなー。

最悪の事態も想定して行動しないとヤバいかも。

これ程までに広い範囲で反応がないって事は森の中にとんでもなくヤバいヤツが居る可能性がある。

これハイディさんに言った方がいいよね?


「あの……」

「あのさ……」


ハイディさんと被った。

「どうぞどうぞ」とハイディさんに先を譲る。


「さっきからどうにも妙な感じなの。私の探知に反応がないのよ。」

「私も」

「同じく」


エミリーさんもドンナさんも同意する。

って、3人とも探知が使えるのか!

流石斥候に長けたパーティ。

でもこれで言いやすくなった。

なので、私の探知にもくーちゃんの探知にも反応がほぼない事を伝えた。


「ううむ。」


眉間に皺を寄せて考えこむハイディさん。

これって相当ヤバイ状況だってのは、ちょっと考えたらすぐ分かる。


「オルカさんも探知持ちなんだねー。いいよいいよー、私たちのパーティに入らない?」

「探知持ってる、それ最低条件。」


いきなり勧誘かぁ、飛ばしてきたなー。

でもリズからも釘刺されてるからねぇ。


「折角のお誘いなんですけど、もうリズたちとパーティ組む約束してるので……」


この二人には曖昧な物言いをしちゃダメだ。

断るなら断るでハッキリと言いきらないと。


「でもまだ申請はしてないのよね?」

「予定は未定。」


あれ?通じてない?

おかしいな、ちゃんと断ったと思ったんだけど気のせいだったかな。


「本当にすみません。リズたちと組む事になってますので。申請に関してはリズがしてくれます。」


「「でもね……」」


エミリーさんとドンナさんが何か言いかけたけどハイディさんに遮られる。


「二人とも無茶言わないの!オルカさんが困ってるでしょ。 あ、オルカさん気にしなくていいからね。」


助かった~。

これ以上しつこく勧誘されたらどうしようかと思ってたのよ。

ハイディさんが常識人で良かったよ、ホント。


「すごいイヤな感じがするから北の森へ行くよ。二人ともこっからは遊びじゃないからね! オルカさんちょっと急ぐけど大丈夫?」


それから急ぎ足で北の森へ向かう私たち。

それがあんなとんでもない事態になるとはこの時誰も思ってなかった。





◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




時は遡って前日、アシュリー一行がメイデンウッドの領都を出る日の事。


「本当に蟲は大丈夫なのか?」


少しばかり厳しい目で問いかける壮年の冒険者風の男。

隣りには青年と呼ぶに相応しい覇気漲る若者がいる。

そこから少し離れた場所に貴族の紋章を付けた豪華な馬車が2台停車していて、その傍らには帯剣した女性が1人周りを警戒している。

壮年の冒険者風の男と会話していたのはメイデンウッドの領都の商業ギルド長だ。


「大丈夫かと申されましても、何とも……。」


胡散臭い笑顔を浮かべながら適当に言葉を濁している。

そんなギルド長を壮年の冒険者風の男は少しばかりイラついた口調で


「森を通っても問題はないのかと聞いているんだ。どうなんだ?」


と問い詰めるもやはり同じようにニヤニヤ笑いを浮かべながら


「ああして商人たちも出立の準備をしておりますし、何より自己責任の範疇でございますので。」


と、のらりくらりと誤魔化すばかり。

商業ギルド長曰く、「緊急時であろうが平時であろうが蟲と言う脅威はなくならない」と。

まだ公式には規制解除はしてないが通るのは個人の自由だ。

『公式』ではないが『非公式』にはとも取れる物言い。

更にあくまで自己責任だぞと。

なので聞きようによっては通ってもいいと勘違いしそうな発言ではある。

「まだ」と聞くと「もうすぐ」と誤解する人間も出てこよう。

まるでそれを狙っていかのような発言。

商業ギルドのギルド長は『嘘は言っていない』、『まだ』と言っただけで『規制解除した』とは一言も言ってないのだから。

冷静に考えればすぐに分かる事なのだが、森を通り抜けたいと思う者達にとっては自分に都合のいい免罪符となり得るのだ。

一緒に居た若者が壮年の男に問いかける。


「ザッカリーさん本当に大丈夫でしょうか? 今からでも冒険者の護衛を頼みますか?」


「いや、ヤメておこう。今からじゃ腕の立つ冒険者はもう残ってないだろう。」


ザッカリーと呼ばれた壮年の男はそう言って踵を返すと馬車で待っている仲間の元へ向かった。

馬車の横まで行くと馬車の横のカーテンの降ろされた窓から中の人物へ声を掛ける。


「お嬢様、多少危険ではありますが出発しましょう。但し少し急ぎます。」


「分かったわ。頼んだわよザッカリー。」


「はっ!」


「おい、出立だ。フラン、マシュー準備はいいか? どこにどんな危険があるか分からんからな気を抜くな。トッドは後ろへ回れ。ベアトリーチェは中でお嬢様の護衛だ。急げ!」


フランと呼ばれた馬丁は4頭立ての馬車を操作して馬車の向きを変え出立の準備を整え、マシューと呼ばれた馬丁は荷運び用の馬車をその後ろにつける。

前の4頭立ての豪華な馬車と、2頭立てで食料やテントなどを積んでいる荷運び用の馬車の2台編成になっている。

ザッカリーが前の馬車の御者席の横に乗り、トッドと言われた若者が後ろの馬車の御者席の横に乗る。

ベアトリーチェと呼ばれた女性の護衛は前の馬車の中へと乗り込みお嬢様と呼ばれた要人の警護に当たる。

前の馬車の中にはお嬢様、メイワース領の領主の令嬢であるアシュリーとその専属侍女のジャスミン、護衛のベアトリーチェが乗る事となった。

ザッカリーはまだ少しイラついた様子でフランに話しかける。


「フラン、今回は野営は1回で森を抜けるぞ。無理を言って済まないが出来る限り急いでくれ。どうもアイツは信用ならん。」


投げ出すように足をドンと乱暴に前に降ろす。

フランが手綱を操作すると馬車がゆっくりと動き始める。

メイデンウッドの領都を抜け一路南へ、自領であるメイワースへと急ぎ向かう。

体調などを考慮して森で2回野営するのが普通なのだが今回に限っては無理を押してでも1回で済ませる。

その為にギリギリまで馬にも無理をさせる。

ザッカリーは無茶はしない性格だが無理はする。

それも全て仕える主が愛するご令嬢の安全の為。

腕組みをし、睨むように前方を見つめるザッカリーであった。


その様子を一部始終見つめていた男が3人。

一見冒険者風に見えるその風貌だが非常に厳しい目つきが違和感を感じさせる。

温度を感じさせない冷たい目。

普通にそこに立って居るだけ、だたそこに居るだけなのに気配が希薄な3人組。

目で認識していなければそこに誰か居るとは分からない程の気配の無さだ。


「追うぞ。」


アシュリーの乗る馬車が動き出すと3人の中のリーダー格の男が低く呟いて少しばかり距離をおいて動き出した。

その動きは滑らか。

『滑るよう』な足運び、流れるような体さばき。

まるで川の中を泳ぐ魚のように後を追いかけて行った。



馬車はメイデンウッドの領都を出て草原の中の街道をひた走る。

メイデンウッドとメイワースの間にある森へはまだ少し掛かりそうである。

街道には『商業ギルド』で話を聞きつけた旅人や、護衛を引き連れた商人や商隊がそれなりに居る。

その様子を見たトッドは森を抜けるのが自分たちだけでない事に少し安堵していたが、ザッカリーはまだ完全には安心しておらず鋭い眼つきのまま前方・左右と抜かりなく警戒を続けている。

そんな彼らを一定の距離を保ちつつ後を追い続ける3つの影。

気配を殺し、足音を消し、尾行しているのを悟られないように細心の注意を払いながら追っている。


馬車は街道の分岐まで来ていた。

ここで旅人や商人・商隊とは別の道をゆく事になる。

メイデンウッドの南側に位置するメイワースへ入るには東西南北の門を経由して入る事になるが、貴族であるアシュリー一行は貴族専用門である北門からの出入りとなる。

その為これから行く道は基本的に貴族しか通らない道となっている。

平民は北門からは出入り出来ない為最初から他の門を目指して進む。

なので必然的にここから単独で行く事になる。

そのまま暫く行くと森の入口が見えてくる。

しかしアシュリー一行はすぐには森には入らず、安全な内に一度休憩を取っておく事にする。

座ってばかりでは身体が縮こまってしまう。

馬に水を飲ませその間に人間も外に出て身体を伸ばしたりする。

人間もそうだが、馬も休めなくてはならないからだ。


「ふぅ、身体が凝ってしまうわね。」


そう言って軽く伸びをするアシュリー。

その様子を見ながらザッカリーは右手で庇を作り空を見上げる。

まだ陽は高い。

幸いにしてここまで魔獣などには遭遇しなかった。

これなら今日中にかなりな所まで行けるだろう。

少し無茶をしたがその甲斐があったと安堵の息を吐く。


「森の中に入ったらゆっくり休めないからな、今の内にきちんと休んでおけよ。」


ザッカリーが馬丁と護衛の面々に声を掛ける。


「了解!」

「分かりました。」

「「はい。」」


暫し休憩の後また馬車は進み始める。

いよいよ森の中だ。

ここからは気の抜けない厳しい道程になるであろう事は皆理解している。

護衛であるザッカリーとトッドは緊張の度合いを強める。

この街道は主に貴族の馬車が通る前提で作られた為他の街道よりは整備されている。

それでもどうしても多少のデコボコはあるし、所々小石もある。

その為馬車が揺れる、跳ねるは避けようもない。

時々大きく跳ねる時もあり、その度に馬車の中から「キャッ!」と可愛らしい声が聞こえる。

ザッカリーとフランの口の端が「ニィ」と上がり笑みが零れる。

二人にしてみれば快適でない馬車で一服の清涼剤となっていた。

対照的にトッドとマシューは不快なままずっと口をへの字にしていたのだが。


森の中の木立の陰に隠れながら馬車を追いかける影が3つ。

馬車の誰にも気づかれる事なく男たちはメイデンウッドからずっと後をついて来ていた。

木の根っこが地面に出ていたり石があったり傾斜があったり、不安定な足場をものともせず付かず離れず付いて来る。

並みの冒険者では到底出来る芸当ではない所からも彼らがそれ相応の手練れであると推測する事が出来る。

しかし3人は尾行するばかりで他は何もしない。

ただずっと尾行し監視しているだけである。

機会をジッと待ち、その時が来れば躊躇いなく襲い掛かる獣のようである。


「兄貴どうするんだ? アイツ等が野営地に着いたらやるのか?」


「いや、例のブツを用意してからだが、やるのは明日の朝ヤツ等が動き出してからだ。」


この3人組の男たちは血の繋がった実の兄弟で、兄貴と呼ばれたリーダー格の男が長男のアンガス。

質問したのが次男のオージーで残りの1人が三男のタスマニアと言う。

3人は全うでない、法に触れる仕事、世間で言う汚れ仕事の請負人だ。

謂わば裏の人間である。

金さえ払えば人を殺める事も厭わない。

心も揺らさない。

3人は冷酷非道な人種なのだ。

彼らのような人種に仕事を依頼するのは、立場も財力も有る搾取する側の人間が主な顧客だ。

実は今回の依頼主が誰なのか彼らは知らない。

彼らですら組織の末端で、使い捨ての駒でしかない。

彼らの属する組織からの仕事であり、その組織は更に上の、()()()人には言えない所から廻りまわって来ている。

そんな彼らにとって上からの仕事は成功させる以外の選択肢はなく、失敗する事それは己の生を閉じる事を意味する。


「ヤツ等相当先を急いでるみたいだな、恐らく野営1回で済ませるつもりなんだろう。だとすると今夜の野営地はあの辺りか。」


「じゃあ、それからだな。」


「ああ、監視は俺がやる。お前たちは例のブツを捕獲して来い! ほら、行け!」


「ちぇっ、人使いの荒いこって。タスマニア行くぞ。」


オージーとタスマニアの二人はアンガスに言われたブツを捕獲する為に薄暗い木立の奥へと消えて行った。





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