お安いご飯を求めて
つららは、俺が思っている以上に強かった。
少なくとも、俺に勝ったあやめを圧倒するくらいには強かった。
負けを認めたわけでは無いが、その強さは認めざるを得ない。
「はい、今日の食事はここでーす。異論は認めませーん」
自分が言い出した事でありながら、その後の負けが納得いかない様子のあやめが案内したのは一軒の小料理屋だった。
『小料理屋 日坂』と書かれた看板と、落ち着いた雰囲気の外装がよく似合っている。
「女将ー!助けてー!」
開口一番助けを求めるあやめ。口ぶりからして知り合いなのだろう。
「はいはい、あやめちゃん今日はどうしたの?」
店の奥、厨房と思われる場所から顔を出したのは黒髪ロングの、和服のよく似合う女性だった。
「いろいろあって私が奢ることになっちゃったから料金控えめで満足できるメニューを…」
どうにか安く済ませようという雰囲気がありありと見て取れるが、この店は席もほぼ満席。かなりの人気店に見える。
「じゃあ、空いてる席はどうぞ!ハルくん、ご案内と注文お願い!」
「あ、はーい。了解です〜」
ハル、と呼ばれた青年がこちらにやってくる。
桃色の髪を綺麗にまとめた青年に案内され、飽きのできていた大きめのテーブルに案内される。
案内しながら他の席の注文を確認しつつ、店を回していく姿はベテランの店員のようだった。
だが、俺は見た。彼の名札には『研修中』の文字があったのだ…
「あいつ…できるな…!?」
とても研修中とは思えない体捌きには見えない。流れるような
「いや、氷ちゃん何に対抗意識燃やしてるの…」
「氷河がこういう仕事をテキパキこなすイメージって…無いよね…」
どうやら俺はかなり不器用だと判定されているらしい。多分間違ってない。
軽口は叩くがお酒は頼まずに、腹に溜まるものを適当に頼む。
「さて、じゃあ必要な話をしようか。」
すっ、とつららの雰囲気が変わる。
「まずは、私と氷河のことについてから。氷河は私のことは覚えてない、んだよね?」
確認をとられて、考えてみる。
確かに、最初から俺のことを『氷河』と呼んできたり、やけに距離感近かったり。
「うーん…?」
いつか、会ったのかもしれない。すれ違った程度で名前を教えたりはしないし、少なくとも他人ではない。
そのはず、なのだが。
「すまない、思い出せない。俺は、つららと…何か接点があったのか?」
聞くしかなかった。というのも、俺にはこの街に来る以前の記憶がすっぽり抜け落ちているのだ。
「接点どころか、ずーっと一緒だった幼馴染なんだけどなぁ」
こともなげに言うつらら。
その事実を忘れていた、というか未だに記憶を戻す引っかかりすら掴めない俺には実感が湧かないが、相手に忘れられるということがどれだけ辛いかは想像に難くなかった。
謝罪すら憚られる程に、その言葉は俺に突き刺さる。
すまない、と謝るべきなのか。思い出した体を装ってでも話をするべきなのか。
そんなことすら一瞬考えてしまう。すぐにバレてしまうことなど明白なのに。
「でも、謝らないでね?なんでこうなったのかは、私も知ってる。氷河が責められることじゃないし、責任を感じることでもないから」
知ってる、と言う。俺は知らない。知らされていない。
あやめも、つららも。禍福さんも、皆。知ってると。
何故俺だけが忘れてしまったのか。何故誰も真実を俺に教えてくれないのか。
「知らないのは、俺だけか」
言うべきでない言葉なのは分かっていた。
どうしても、口から溢れた言葉だった。
空気が重くなったのを感じる。原因がどこにあるのかも。
数十分、数時間にも感じるほんの数秒の沈黙を打ち破ってくれたのは
「えーと…女将特製まかない飯…です…」
という、なんとも小さな声だった。
見ると、小さな女の子がお盆に料理を乗せて運んできてくれている。
「わわっ、ありがとね!はいこれ!」
素早く受け取り、全員に料理を回していくつらら。
赤い髪をした女の子はぺこりとお辞儀をし、ぱたぱたと駆けていく。
「かぁいいねぇ…氷河もあれくらい可愛けりゃねー」
後ろ姿に手を振りながらつららはぼんやり呟いていた。
別に俺に可愛さを求めなくてもよかろうに。
まずはここまでお読みいただきありがとうございます!
出てきましたね新キャラ達…!
決してやけくそでどんどこ出してるわけじゃありませんのでね!ちゃんと予定建ててますのでね!
そんなわけで今回の登場してくれた方々の紹介になります。
ハルくん(若菜ハル) @_oO_HW
日坂 (日坂雪乃)@Hizaka_IRIAM
赤い髪の子 (リトル・アークトゥルス) @LittleArcturus