あまりにも賑やかなその街で
『異能』というものがあった。
字のごとく『異なる』『能力』のことである。
ここでいう『異なる』という言葉はあくまでも多くの大衆から見て、ということだ。
様々な能力が一般化している現在、異能という言葉は衰退した。
代わりに持たざる者がこう呼ばれるようになった。
『非一般人』と。
「ねえ、あの噂聞いたことある?」
「ああ、知ってる。それってあれでしょ…?」
そんな声が、若者の間でよく聞こえるようになっていた。
だが、囁かれる噂が何なのかも知らないで人混みから逃げるように唸る男が一人。
「ここは、どこだ?」
銀色の髪を持つ男は、一人地図を睨みつけていた。
「確かにあの路地を曲がって左に…その後二番目の交差点を右に…」
地図の持ち方をとっかえひっかえ、どうにか今の自分の居場所を探る。
しかし、あまりに複雑な地形は彼に居場所の理解すら許さなかった。
そんな時、ふいに肩を叩かれる。
「ねえ君、もしかして迷子?ちょっと見てたけどずっと地図見てばっかじゃん」
振り返ると、そこに居たのは金色の髪の眩しい少女だった。
「…ああ、恥ずかしい話だが完全に迷ってしまってな…」
「あー、わかる。この街って初めて来た人から見たら完全に迷路だもんね。どこ行きたいの?分かる場所なら案内したげるよ。」
そう言って男の後ろからひょいと地図を眺める。
「初対面の、しかも女性に頼るというのもやりづらいんだが…」
「えー?じゃあこのままここでずっと迷っとく?みたとこ、このマークの場所でしょ。目的地。」
少女が指差す先には、『逢魔堂』という建物に赤く丸が書いてあった。
「まあ、そうだが……確かにここで時間を浪費するのも無駄か。案内を頼めるか?」
「うん、ここなら私も知ってるし大丈夫だよ!…って、名前なんて呼べばいいかな?」
「ああ、すまない。俺は夜上氷河。呼び方は好きに決めてもらって構わない。」
「じゃあ氷ちゃんで!私は猫宮あやめ。名前で呼んでもらって大丈夫だよ。」
いきなりのあだ名呼びを訂正する暇もなくあやめは人混みをするすると抜けていった。
「ちょっと…待ってくれ…!案内するんじゃなかったのか…っ!?」
人波に揉まれながら何とかたどり着いた場所は確かに逢魔堂だった。
「はい、到着!氷ちゃんもお疲れさまー!」
氷河が目で追えるくらいの速さで人混みをすいすい進んだあやめはジュースを飲みながら氷河を待っていた。
「はあ、はあ…この街の人通りはどうなってるんだ…」
氷河の息はあやめとは対照的に荒くなっていた。
彼女が人混みを抜ける間、目を離さないようにしながら行きかう人々を捌いて進んでいたのだ。無理もない。
「まあそう言わないで。こうして人波に文句言えるくらい平和に過ごせているのも大事なこと何だからさ。」
彼女の言葉ももっともだった。この国、徒来国はほんの数年前まで各国との戦争状態にあった。 長い戦いが終わり、やっとつかんだ平和が今を作っているのだ。
氷河もその戦争で親族をなくしている。今の平和の大切さは身に染みていた。
「…まあ、それもそうか。とにかく、道案内助かった。ありがとう、あやめ。」
「お礼とか言わなくて済むようにちょっと面倒な道通ったのにさ、あんな道通らされてお礼言うなんて氷ちゃんちょっと変わってるね?」
「そうか?ちゃんと目的地には着いているし、俺が一人で悩むよりずっと早く到着している。それにあやめは俺が助けを求めるより先に助けてくれたじゃないか。」
当然だ、と氷河は返す。
「そこまで言われちゃそのお礼は受け取らないわけにもいかないか。また何か困ってるの見かけたら助けたげるね!じゃっ!」
手を振りながら人ごみに戻って行ってしまう。
ふと見ると、彼女の座っていた場所には『氷ちゃんの分!』と書かれた紙が貼られた未開封のジュース缶が置いてあった。
「ほら、ちゃんと案内してるじゃないか……ッぐうっ!?」
口に含んだジュース缶の中身は、あやめ特製の青汁にすり替えられていた。
紙には裏面があった。
『まだまだバテるのが早いぞ!ファイト―!』
「……余計なお世話だっての」
貰ったものに文句をいうこともあるまい。と氷河は全部飲み干してから逢魔堂に向かった。
あとがきです。
何を書こうか迷いましたがまずは多くの参加してくださった方々に感謝を。
参加してくださった配信者の方のおかげでこの作品は今こうして日の目を見ています。
初登場回にはキャラの元になった配信者の方のTwitterを載せておきますので、よければ見に行ってみてください!
夜上氷河 @hyoga_yagami01
猫宮あやめ @AYAME_NEK0