009 - 黒犬族の二人
「第一医務室へ!」
ムーバに乗り移動する。艦橋部からは少し遠いらしく、結構なスピードを出している。
艦内で事故とか起きないんだろうか……起きるわけないか。全自動だし……
変化の少ない通路を進み、1分もかからずに到着した。
おなじみの扉をくぐって医務室に入る。床は医務室らしく深緑のカーペットが敷かれており、壁も薄い緑色で落ち着く空間になっている。
「へー。結構ひろいのねー」
ベッドが40床くらいに、手術台と思われるステーションが6台、ほかにもカプセルっぽいものや、何に使うのかよくわからない設備もある。
近くのベッドに2名(体?)のフワフワした物体が目に入る。近づいてそれの形が分かると……
「きゃぁあぁぁぁーーーーー。何これカワイイぃぃーーーーー。ぬいぐるみみたーーい」
犬だ! それも身長1.2 mほどの! 服は着ているが、毛がふっさふっさだ!
白ベースでところどころに水色から青い水玉模様が入っているのもポイントが高い。
「この子達ほしぃーーーーー。おねーさんが全部面倒みたげるわーーー」
「何言っているんですか、そんなことしたら誘拐ですよ。 ユ・ウ・カ・イ・! 」
「分かってるわよ……言ってみただけだってば……」
エンジュがジト目を返してくる……
「彼らは一応、会話可能な文明人なんですからね。 聞かれたら傷つきますよ…… きっと…… 」
一応、とか付けるあたり彼女も大概だ……
「それもそうね……で、彼らのデータは?」
「黒犬族の……末裔ですね。 年齢で12-13歳と推定されます。 青いポイントが濃い方が男性で、薄い方が女性です 」
男性は犬状のひげがしっかりしていて、女性の方が全体的に柔らかそうな印象を受ける。女性は赤いペンダントをしているようだ。
「子供の兄妹かしら?」
「そうではなさそうですね…… 遺伝子データからも近親者ではなさそうです。 また彼らの身体特徴的には成人前後とみていいかと思います 」
「遺伝子まで調べてるの?」
「はい、通常の防疫プロトコルです。 他に有害な菌やウィルスが、相互に影響しないことも確認済みです 」
地球だとプライバシーとか、その辺にうるさそうな人も居そうだけど、防疫と言われてしまえばそんなものか……
「彼らはまだ目覚めそうにないかしら?」
「いえ、いつ目覚めてもおかしくありません。 少し刺激してみましょうか? 」
「あ、ちょっとまって。せっかくだからあの草原で起こしてあげましょうよ! 私が最初に来た何とかプロジェクションで!」
「リアルプロジェクションインターフェースですね…… 覚えにくければヴァーチャルルームでも、仮想現実でもいいですよ…… 」
「うーん……じゃあ『ホロルーム』で!」
「了解しました。 『ホロルーム:神託の巫女』を前回の続きで開始しますね 」
ポーン 『 ホロルーム「神託の巫女」を再開します。 』
「彼らが居るので、存在確率ジャンプでホロルーム内に移動しますね 」
目の前の光景が、下からの光に塗りつぶされていく。
僅かな時間の後には、あのどこまでも続く草原が出現した。
穏やかな風が流れ、強すぎない日差しが心地よい。
足元には少し離れたところに、二人の黒犬族が横たわっている。彼らの近くに座り頭を膝の上にのせてあげる。頭をなでてみると、手触りが……素晴らしい!
「結構いい生活をしていたのかしらね……」
「衛生状態や栄養状態は、良いようですね 」
男の子側の手が少し動いた。意識が戻り始めたようだ。
「ぅぅ……ここは……、タマミ!」
言ってあたりを見回す。すぐにもう一人の黒犬族の女の子を発見し、起き上がる。
「彼女もケガはありませんよっ。 少し落ち着いてくださいねっ 」
エンジュが声を掛け、男の子の瞳がゆっくりと動きエンジュを捉える。
そして、その瞳が大きく見開かれる。
「ご先祖様!?」
大きく、裏返った声で叫ぶ。かなり驚いているようだ。
その声で気が付いたのか、タマミと呼ばれた女の子が目を覚ます。
「おかあさん……じゃない、あなたは……神託の巫女様!?」
「ぇ。俺たち死んじゃったのか……そりゃあの後だもんな……」
男の子はがっくりと肩を落とし、軽く頭を振っている。
「いーえ。 あなたたちは死んでませんよ! 一回落ち着きましょうねっ! 」
「いやだって、あの事故の後で、体に傷一つないなんてありえないぜ! それにご先祖様がいて、巫女様までいるとなったら……」
「それにここどこですか……この町にこんな場所はありませんし、そもそも季節が違いましゅ! ぁ」
ぁ。噛んだ。耳がぺたんと倒れ、恥ずかしそうにしてるのが滅茶苦茶ラブリー……
そして、この演出も悪かったらしい。確かにこれじゃ死後の世界へようこそ! だ。
「まぁいいじゃないかタマミ、どっちみち俺らは長くなかったんだし、こうして生きている時の姿でご先祖様に会えたってことは、この後も悪いことにはならないさ! そうでしょ?」
エンジュの方に同意を求めているが、エンジュの方は話が通じなくて苦笑いをしている。そして今さらっと爆弾発言があったような……
ぇぇい。このままでは話が進まない。とりあえず自分たちのことを話して、落ち着いてもらおう。
「えーっと、まずは二人のことを教えてもらえる?」
「って言っても何を話せばいいんだ?」
「ちょっと、ラング! 巫女様に失礼よ! 巫女様失礼しました。 私の名前はタマミル・テイラー。ヘリフォード公国生まれの12歳です。先週成人しました」
「俺…… ボクの名前はランゲリア・エバンス。同じくヘリフォード公国生まれで12才です。タマミとは幼馴染で婚約者……でした。先週行われた、皇帝病検査で陽性と診断され、レスター静養所に移動している最中に事故が……」
いかん。話している間にどんどん元気がなくなっていく。
しかし、今ちゃんと状況を聞かないと……
「皇帝病っていうのは?」
「12歳の時に全員検査する病気って聞いています。ここで陽性が出ると、数年後には死んでしまうと……ぅぅ。ひっく」
タマミルが泣き出してしまった……そりゃ成人してるといっても12歳……精神年齢的にも子供と言ってもいいだろう……きつい話だ……
「エンジュ。彼らの病気に関して分かることはある?」
「はい。 彼らの話を元に遺伝子を調べたところ、遺伝子の欠損または転移によって成人後に主要な臓器に疾患が出る可能性高いようです。 彼らの星に対して使用された兵器の影響と思われます 」
「治すことは?」
「可能です。 ただし彼らのホメオスタシス…… 生理学や代謝機能に関する知識がありませんので、数年単位での治療になります 」
「なぁ、俺らはもう死んでるんだから病気は関係ないんじゃないのか?」
ランゲリアがきょとんとした顔で聞いてくる。
「いい、ランゲリア君。よく聞いて。まず貴方達二人は死んでいません。証拠を見せましょう。付いてらっしゃい。エンジュ。艦橋へ行くわよ」
ランゲリアはタマミルを気遣いながら付いてくる。何もないところにドアが出現したことに驚き、ドアをくぐったところでも息をのむ音が聞こえてくる。それでも二人はムーバに乗ってくれた。
「艦橋へ」
「馬のない馬車だ」
「車っていうのよ」
「でも、車輪もなかったぞ」
「……見えなかっただけよ。きっと」
こういう時は女の子の方が強いものだったりするのかもしれない……
「さぁ着いたわ! これがあなた方の世界よ!」
プシュっと開いた扉から見えたのは……漆黒の宇宙 と メカメカしい艦橋…… だった。
≪惑星を出しておいてちょうだいよ!≫
≪それなら、そうと言っておいてくださいよ!≫
≪いいからうまいこと惑星を見せて。≫
「気を取り直して、後ろを振り返ってみましょう」
二人が振り返る。そーじゃない。
「あなたたちは、前を見てていいのよ!」
エンジュの巧みな演出(?)で視界が振り返ったように回転し、目の前に惑星が表示される。
「わぁ。キレイ……」
「これは僕らの星……ですか?」
「そうよ、彼らの街を拡大してあげて」
視界だけがどんどん拡大され、彼らの街が見えてくる。
「馬車が動いてるな」
「あ、ラングの家もあるわよ!」
「これはリアルタイムの映像よ。あなたたちは宇宙船の中にいるけど、あの場所に帰ることもできるのよ」
「ぇ。そんなことを言われても……」
「いい、よく聞いてね。あなたたちが希望するなら、元の世界に戻れるわ。場所もあなたが指定する場所に送ってあげる。そして、その場合は、ここでのことは一切忘れて頂戴。見たもの。聞いたことすべてよ」
「その場合は、病気もそのままなんですよね?」
「そうね。残念だけど、そうなるわ」
「それなら決まっています。元の世界には戻りません。病気は……治してもらえるんですか?」
「おぃ。タマミ勝手に……」
「じゃあ、ラングはあの場所に戻るの? 静養所に行っても結婚もできないし、数年も生きられないのよ!」
「病気の治療は大丈夫よ。ね、エンジュ?」
「はい。 問題ありません 」
「あの星に戻らない場合、どうなりますか?」
ラングが恐る恐る聞いてくる。
「そんなの決まってるじゃない。私たちと来るのよ! 星の大海への冒険に!」