077 - ドルファーズアークの帰還
午前中はドルファ星の調整をしつつ、適当に雑談をして過ごす。
シンリーとも、だいぶ打ち解けてきた気がする。
午後は格闘コースを履修と言うことだが、これも一回で終わるようなものでもなかった。
何せ初回は、様々な重力環境下での歩行訓練からだ。難しいのは低重力環境下での移動で、慌てるとすぐに宙に浮いてしまう。そうなるとスーツの重力補助を使うか、スラスター移動しかないわけで、これもまた別の練習が必要となる。
ラングとタマミちゃんは、すでに移動訓練は終わっているらしく、すっかり後方腕組側だ。
ミルアさんも当然の様に動けている。少し表現が難しいが、わがままボディをカウンターバランスの様に使って動いている様は、なかなか優美で妖艶だ。
コツなんかも教えてくれるが、これはまさに "習うより慣れろ" って感じ。
格闘コースが終わったら、シャワーを浴びてから、テレパス訓練に入る。
精神集中をした後は、前回の復習から始めて、同じ訓練内容を繰り返す。
感情波への対応速度が上がっていることを、ボルグに褒めてもらって、気分が上る。ボルグがいない間も、練習をしておいて良かった。
テレパス訓練になると、シンリーがちょっと冷たくなるが、真面目に取り組む必要があるということだろう。口調は厳しいが、たまにテレパスでデレるのがカワイイ。
テレパス訓練の最後には、テレパスセンサーと放射器の調整に、時間を取ってもらった。
ボルグ曰く、『何か決定的に足りないものがあるが、専門的なところは分からないですね。ですが以前より全然よくなりましたよ』とのこと。
本格的な改良は今後の課題ということにして、今後も少しずつ調整は進めることになった。
これで彩海豚族との翻訳を通したコミュニケーションも、より良くなるかもしれない。
18時には、予定通りドルファ星に到着。
星に着いたことで、シンリーは相談窓口業務が増加して忙しそうだ。
ちなみに私のテレパスは、到着前にオフにしておいた。星の多くの住人が、コンタクトを取りたがっているということで、ちょっとしたアイドル状態らしい。そんなところに不十分なテレパス能力で対応したら危ないとのこと。
基本的には、感謝を伝えたい人や、好意的な人が多いということだけどね。
他のメンバーは、到着してもオペレーションに影響はない。それぞれが、今日の結果と、現状の最終確認をしてコンソールから立ち上がる。
大きくしなる伸びをして、タマミちゃんがこっちを向く。
「順調ですね、艦長」
「そうね。ドルファーズアークも持ってきたし、絶滅種問題も、食糧問題も、何とかなりそうね」
「あとは、星の環境を安定させられれば、ミッションコンプリートですね」
「それが普通は難しいのだろうけど、できそうと思えるのが凄いわよね」
「時間はそれなりにかかりますけどね 」 とエンジュ。
『アークを戻したら、次はどうするのですか?』
忙しそうなシンリーの横で、ボルグも伸びをしている。
「次は中性子星に観光かしらね」
中性性星からの、エネルギー回収用の船一式を持ってきているので、準備は万端だ。
「冒険?」 とラング。
「危なくなければミッションかしらね」 とタマミちゃん。
「観光よ! 多分キレイですごいわよ!」
我ながら語彙力が足りない気がするが、現実が最上級の表現を超えてくるのだから仕方がない。
『すぐに出発するのですか?』
面白そうな匂いを嗅ぎつけたのか、シンリーも乗ってきた。
「そんなに急いではいないけど、出発は明後日の夜辺りかしらね」
『相変わらずせっかちですわね……まぁアルクタクトも修理を急いでいるのでしょうし、私たちも特に困りごとは無いので、異存はありませんわ』
「みんなもいいかしらね?」
全員の顔を見回し、疑問や不安が残っていないのを確認する。
「さぁ、今日はおしまい。夕飯にしましょ!」
【はーい】
「さぁ、それじゃあ、アークの生き物達と、アーク本体を星に戻すわよ。エンジュ、修理とエネルギーは完璧?」
「はい。 修理は完了しており、エネルギーも満タンです 」
「シンリー、戻す場所は、元の場所でいいのよね?」
ドルファーズアークの記録を元に、座標は確認済みだ。
『えぇ。元の場所で、お願いしますわ』
「ミルアさん、解放する生き物と、降ろす場所は大丈夫よね?」
今後、環境が激変する場所にはまだ下せないが、赤道付近の海域は比較的安定している。ある程度捕食されるのも、想定の範囲内だ。
「はい、問題ありません。ルートも最適化済みです」
さすがミルアさん、仕事が早いし、そつがない。
「おっけー、それじゃ惑星降下開始!」
「ドルファーズアーク、惑星降下開始します。軌道速度からの減速を開始します。重力制御開始」
「電離層シールド展開。航路上に障害物ありません」
スクリーンに見えるドルファーズアークは、穏やかにドルファ星に向けて降下していく。十分な減速をすることで、大気圏突入時の高温火の玉状態にはならないらしい。重力制御様々だ。
およそ一時間後に海面付近に到着、さらに30時間後に着底、と言うことで少し休憩タイムだ。
ドルファーズアークは海面付近に到着後、水平飛行に移行した。後はミルアさんの計画通りに、絶滅した生物群を投下していく。もちろん扱いは優しくだ。
「最初のコンテナを放出します。コンテナスラスター起動。減速します」
ミルアさんが緊張した面持ちで、コンテナの動きを注視する。
コンテナの速度や、コンテナに掛かっている加速度を確認している。
ドルファーズアークは止まらずに惑星を一周するので、放出したコンテナは、自力で減速して、着水してもらう。まぁ水面付近での話なので難しくはない。
「最初のコンテナが着水しました。海水循環開始。コンテナ内部の生き物のバイタルは、正常です」
着水したコンテナは内部の海水と外の海水を少しずつ交換してショックを与えないようにする。
コンテナ内の温度や海水は、ドルファ星に合わせてあるとは言え、いきなり違う環境に放り込むのはよくないらしい。コンテナ内の海水は24時間後には完全に入れ替わり、そこでコンテナを開放する手筈となっている。
「コンテナ、目標深度に到達。圧力モニターに異常なし。生物群バイタル正常」
あとはゆっくりと馴染むのを待つ。と言いたいが、コンテナは1万個近くある。
最初の一個が大丈夫なら、後は流れ作業にする予定だが、様子を見つつ問題が起きていないか確認するのも大変だ。
「とりあえず大丈夫そうなので、続けて放出しますね」
聞いて来るミルアさんに、頷いて答える。
コンテナは、それぞれ中に住んでいる生物種ごとに、適切な海域、水深を目指して移動していく。深い所に住む生物の場合は、圧力を掛けたまま輸送しているらしい。
手作業ではとてもできない数だが、ドルファーズアークの記録とエンジュのサポートで粛々と進む。
「ここまでくれば、大丈夫かしらね?」
エンジュに、確認の意味も込めて聞いてみる。
「そうですね。 この後で怖いのは、細菌やウイルスの感染ですね 」
「薬で何とかならないの?」
「万病に効く薬も、すべての生物種を治す薬もありませんからね。 致死性の激しいものがあるとどうにもなりません。 一応、もう一度孵化させるだけの予備はありますので、そうならないように祈るしかありませんね 」
「なるほどね……私も祈っておきましょう」
目を瞑ってそれらしいことを考えてみても、七夕の短冊に書くようなことしか出てこない。
まぁ、それはそれでいいか。
“すべての生物が病気にならず元気に成長できますように……”っと。
目を開けると、シンリーが困った顔で寄ってきた。
『ユメさん、現族長から海底晩餐会のお誘いが来ております。いかがなさいますか? 私が竜宮城のエピソードを話したら、盛り上がってしまいまして……』
「え!? 本当に海底にご招待ってこと? そんなこと……」
できるのかな? と言いたかったところで、シンリーが慌てて被せてくる。
『あ、ご迷惑ですわよね! いいんです! 族長には、私から言っておきますので!』
「あ、違う違う。できるかどうか、分からなかったのよ。エンジュ、可能?」
「そうですね。 海中に空気のドームを作る形なら、大丈夫ではないでしょうか? 念のためにテレパスは切っておいた方が、無難かとは思います 」
『え。出るんですか? 海底晩餐会。あの、危なかったりは……?』
「空気ドームには簡易的なシールドも付きますし、物理的な危険はほぼありませんね。 兵器レベルの物が使われる心配も、ほぼありませんし 」
大丈夫そうなので、シンリーに向き直る。
「あら、出ない方がよかったかしら?」
言葉の節々から、出て欲しくないオーラも感じる。
おばば様か、族長様辺りと合わせたくないのだろうか?
『い、いえ、そんなことは……では伝えておきますわね。予定は明日の夜、だそうですわ』
「了解よ。明日の夜は、みんなで海底観光ね!」
「お~」
「シンリーさんの故郷、楽しみです」
ラングとタマミちゃんは、純粋に楽しもうとしてるわね。
「何か、お土産が必要かしらね……」
ミルアさんは意外に庶民派? それとも外交を考えているのかしら?
お土産か~。何を持って行ったら、喜ばれるかしらね……
でも、帰りに玉手箱をもらってくるわけには、いかないわね。
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