071 - 不安な帰還 その2
「シンリー艦ワープに入りました。ユークレアス艦隊、後に続きます。……ワープフィールド正常。ワープ加速度正常。Void時空断裂領域に侵入しました」 とラング。
「最初の入口は、一番奥まで見通せるところを選択したそうです。0.5光年先まで障害物ありません。幅も戦艦が余裕で通れます」 とタマミちゃん。
外から見たVoid時空断裂領域はブドウの房の様にボコボコとしており、窪みや一見深く見える穴も点在する。その中からシンリーが勘で選んだルートを選択している。
「滑り出しは順調ね」
「通信中継ブイの配置を開始します。今のところ外部との連絡はバリ3です」
ば、バリ3? ミルアさん、表現古くない? 翻訳の問題だろうか……
まぁ細かいことは、気にしたら負けな気がする。
「シンリー、どう?」
『どうも何も、まだ心配するようなことは何もありませんわ。ちょっと感覚調整のために蛇行しますけどいいですわよね?』
「……ほどほどにね。安全率は高めに取るのよ。動く次元迷路は初めてでしょ?」
『全く知らないというわけではありませんが、気を付けますわ。ボルグ、行くわよ!』
『はい。お嬢様』
……元気に飛び回っている。
超次元飛行は前からやりたかったみたいだし、好きにさせてあげよう。
1時間もしないうちに0.5光年を進み最初の曲がり角付近まで来た。
シンリーからの報告で速度を落とし安全率を上げる。とはいえ、この辺はまだ動きが少なく安全なようだ。
ただ、この先は狭くなりそうということで、横幅に心配がある戦艦はここでワープアウトさせる。ワープアウトした戦艦は隠蔽状態に移行し、通信中継ブイを広範囲に撒いてもらう予定だ。
ここからは艦隊行動を蛇型に切り替え、アルクタクトを目指す。
道中は中継ブイを千切ったパンのように落としながら進む。
Void時空断裂空間の通路が少し広くなったところに出たため、休憩を取る。ここまでで約1.5光年。あと3.5光年だ。
ちょうどいいので、ここで高速巡洋艦を一隻ワープアウトさせ、中継ブイの拡散を行う。今のところ通ってきたVoid時空断裂空間に動きが少ないため通信状態はまだ良好だ。
問題は、この先がかなり活発な領域になりそう、ということで全員の緊張感が上がる。
「シンリー、どう?」
『ここからが本番ですわね。とは言えまだまだ道幅も十分にありますし、早く危ない動きもありませんわ。曲がり角の先が見えるわたくしなら、何の問題もなくてよ』
「OK、任せるわ。あと休憩はいつでも言って頂戴ね。特に安全が確保できる場所なら、積極的に休憩を取っていきましょう」
『ご配慮、感謝いたしますわ。ですが彩海豚族は海の種族ですからね。長時間泳ぎ続けるのは、さほど苦ではありませんことよ』
「焦って事故になってもつまらないわ。今日だけで走破しようとせず、落ち着いていきましょう」
『了解ですわ』
お昼になるころには活発な変動領域を抜け、みんなでお昼を取る。
お昼の間とその後は安全な領域が続きそうということで、エンジュに操艦を任せ静々と進む。
そして再び、道が狭くなってきたところから全員で艦橋に集合する。
スクリーンに表示されるVoid時空断裂壁は複雑に動いている。
それに合わせて、進路を微調整しながら進むところも出てきた。
通信もたまに途切れるようになってきており、予定より少し早いが2隻目の高速巡洋艦を切り離す。
『うわっ!』
「どうしたの、シンリー?」
とりあえず進路上まだ空間はありそうなので、緊急事態というほどではない。
『すみません、ユメさん。行き止まりです』
「引き返す?」
『現状それしかありませんね……』
「艦長、修復という手もありますよ 」
エンジュのフォローが入る。
「シンリー、どれくらい "掘ったら" 向こうに出られそう?」
『それが、ミルフィーユ状になっているので向こう側が全く見えません』
次元迷路のミルフィーユ仕立てか……美味しくなさそう……じゃなくて!
「とりあえず壁の直前で10cまで落として頂戴。ラングとタマミちゃん、次元修復をよろしくね!」
「はいな。タマミ!」
「せかさなくても大丈夫よ! Void次元振動投射準備および振動減衰安定化ベクターフィールド準備開始しました。壁に到達するまでの間に準備完了します」
「航路的にはこのまま修復行動で飛び続けた場合、アルクタクト到達は3.5か月後……です」
ラングがずっと壁が続く場合の心配をして、数値を読み上げてくれる。
「まぁそれまでに通路はあるから大丈夫よ。たぶん」
「こういう時の艦長は安心感があるよな」
「そうね……って、また怒られるから!」
二人で内緒話をしている所にススッと近づいて、ちょっと慌ててるタマミちゃんのほっぺをムニッとしてあげる。
「ぇ~、なんれ、わたひなんれすか~」
たまにはラング以外にもやってあげないとね。
「適度に楽観的な上官はいい上官なんですよ~」
ミルアさんのフォローに実感が籠っている。昔、嫌な上官でもいたのかな?
「そういえば、修復ってばれないかしらね?」
ここでのことは、できる限り連邦には察知されたくない。エンジュに確認しておこう。
「おそらく大丈夫です。 連邦もVoid時空断裂領域の内部の情報は取得できないと推定されます。 偶々同じ航路を発見した場合でも人為的な修復とは分からないでしょう 」
それなら安心か。
「なるほどね。ぉ、着いたみたいね! それじゃ、Void時空断裂修復開始!」
スクリーンには、行き止まりを示す袋小路が表示されている。
【アイアイマム!】
『あの硬い壁が "溶けて" いくのは気持ちいいですわね~』
「とりあえず、修復中は危険はないからゆっくりしてていいわよ」
『了解ですわ~』
修復しながら飛ぶこと2時間後、少し広めの空間に出る。
修復行動は距離的には稼げないが、引き返しや回り道することを思えば、圧倒的に楽だ。
「シンリー、飛べる空間に出たわ。今日はここまでにして、続きは明日からでもいいけどどうする?」
『ユメさん、何を言っているのですか。ここからが本番ですわ。さっさといきますわよ~』
ありゃ、変なスイッチが入ってしまったか!? 何があった?
その理由は少し進むとすぐに分かった。
「艦長、この先やばそうです!」 とラング。
「道が現れては、消えていきます。船のセンサーでは航路を見つけられません!」 とタマミちゃん。
「えっ! エンジュ、大丈夫なの!?」
「シンリーさんには見えているようですね。 実績があるので信じるしかありません 」
スクリーンには荒れ狂う海のような複雑な "波" が表示されている。
あれに当たったら死か……
『ビビったら負けですわ~ 思い切りよく突っ込まないと波に飲まれますわよ!』
う~ん。海の生き物が言うと説得力があるなぁ……
「念のため、高速巡洋艦をさらに一隻切り離します。残りユークレアスと工作艦4隻です」
ミルアさんが冷静に艦隊編成と通信中継ブイの操作を遂行してくれている。
「表示を見てるだけで酔いそうでス……」
「艦長、マップの書き換えが追い付きません! 帰りの航路を確保できません」
「ラング、タマミちゃん、無理しなくていいわよ。後これじゃあ、帰りもシンリーにお願いするしかないわね。ミルアさん、通信はどう?」
「外界とのVoid通信はすでに途絶しています。中継器経由のパルス状の通信は稀に通りますが、情報の交換はだいぶ難しくなってきています」
「そっちも可能な範囲でよろしくね」
「はい、了解です!」
永遠に続くかと思われた、荒れ狂うVoid時空断裂領域を超えると、急に静かな領域に突入する。嵐の前の静けさならぬ、台風一過の晴天か? 気象じゃないから関係ないか?
何はともあれ、危険な領域は抜けた様だ。
「艦長、前方に1.2光年の安定回廊に出ました」
「残りの距離は2.4光年です。この先1.2光年は順調に進めるとして、後1.2光年ですね」
「そうね。さすがにシンリーももう疲れたでしょう」
『そういわれると、もっと頑張りたくなってしまいますが、確かに疲れましたわ』
漏れてるなぁ……
『シンリー、おばば様に叱られますよ』
『あ、言わないで下さいね。ボルグ』
「「「???」」」
私以外の陸上組の頭に?マークが並んでいるが、説明するのも野暮だろう。
「とりあえず、今日はここまでね。この先は自動運転で進めるだけ進んでもらって、続きは明日の朝からにしましょう!」
【アイアイマム!】
また今日も起きるとベッドにだれもいない。
二日連続で朝のスキンシップができないと何ともさみしくなる。
主に手が。モフモフが。フニフニが。
……艦橋に向かおう。
「みんなおはよう。大丈夫?」
「あ、艦長。おはようございます。エンジュの自動操縦でだいぶ進んだみたいですよ。あと0.8光年らしいです」
「住んでた星がどうなってるか……緊張して来たなぁ……光学望遠で見えているのは10か月前の星なんでスよね」
いつもならセンサーで詳細が分かる距離に来ているが、センサーが全く使えないため状況は不明のままだ。
「ミルアさん、体調は大丈夫?」
最初の頃に青い耳をしていたイメージが結構残っていて、つい体調を気にしてしまう。
「はい。大丈夫ですよ。朝のサラダもペロッと行けました」
そう言って舌を出してはにかむミルアさん。華があるなぁ。
『ユメさんが起きてくるのが待ち遠しかったですわ。近場を飛ぶのも、エンジュさんがどうしてもダメって……』
エンジュに軽くサムズアップして、シンリーに向き合う。
「エンジュの言う通りよ。何かあれば命に直結する世界ですからね。海の中の10倍は慎重な行動が必要よ」
『了解ですわ……』
「そんなに焦らなくても、今日もたくさん飛んでもらうんだから。期待しているわよ!」
『お任せくださいな!』
ちょ、チョロインだ。
そして、ボルグは黙して語らず。仕事人だねぇ。
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