068 - 幼生達の海
「ただいま。どう、タマミちゃん。アークの方は?」
「はい。調べた範囲では、次元迷路以外の防衛機構は動作していませんでした。生命維持装置は大丈夫ですが、その他の装置に関しては故障しているものも多そうです。居住区画はドルファ星の海と同じ成分の海水で満たされていて、10cm以下の生命が多数見つかっています。おそらくですが、ドゥーボーンさんが、最後にライブラリから孵化させたのではないかと思います」
「なんで孵化させたのかしらね?」
『最後に魚が泳ぐ光景を観たかったんでしょうか……もし誰も来なければ残酷な結果になるというのに……』 とシンリー。
『その場合は、どちらにしても忘れ去られた遺物になるだけでしょう。彼を責めるのはやめましょう』 とボルグさん。
『そうね……』
いつもの二人よりも、少ししんみりしている。
「現実的な解としてだけど、私たちが来ることを見越して、生物を育ててくれていた可能性もあるんじゃない?」
「時系列的に我々に出会う前から行動に出ているようです。 その説にはすこし無理がありますね 」
あらら、私の案はあっさりとエンジュに否定されてしまった。
「彼らはテレパスが使えるのでしょう? 未来予知的な能力は無いの?」
『無茶を言わないでくださいな。そこまで万能な能力じゃないですわ』
『能力ですか……そういえば、お嬢様。言い伝えにある “我々の精神は星の命に帰る” って話を覚えていますか?』
輪廻転生的な考え方が彩海豚族にもあるのか……
『それがどうしたの?』
『“星の命” の解釈として、“海洋生物の精神ネットワーク” という考え方をしている人もいるとか……』
『ドゥーボーンが、自分の精神の移動先を作ったってこと? そんなこと可能ですの?』
『確かめる術はありませんが……』
『そうですわね……どちらにしても、海洋生物たちはドルファの海に返してあげましょう』
「それで、アークの話の途中だったわね。他に分かっていることはあるかしら?」
話をタマミちゃんに戻す。
「そうですね、あとは……ドックにワープ可能なシャトルと、私たちが見たドゥーボーン氏の身代わり素体を確認しています」
「なるほど。危険もなさそうだしアークに行ってみる? ホログラム投影の方で」
「一応より安全を確保するために、コントロール権の確保を試した方がいいと思います 」
「そうね。じゃエンジュお願いね」
「かしこまりました ……帝国標準プロトコルに反応なし ……軍事標準プロトコルに反応あり。 コントロール権取得しました。 ……各システム掌握完了。 艦長、安全に乗り込めます 」
あっさりと主導権を取ってしまったようだ。さすがエンジュ。
「シンリー、アークの中をみんなで確認しに行ってもいいかしら?」
彩海豚族の聖域だろうし、お伺いを立ててみる。
『えぇ。私達ではどうにもならないし、何か宇宙で見ると宇宙船としか思えないのよね』
『印象が工作艦っていう船に近いのも、そう思う原因かもしれないですね』
「なるほど、まぁみんなで行ってみましょう」
【はーい】
「じゃあ、アーク内の大空間スペースにホログラム転移するわよ。水の中だけど呼吸は出来るはずだからあわてないでね」
【らじゃー】
「エンジュはアークのシステムを確認して、必要なら修理をお願いね」
「はい。 かしこまりました。 それと艦長、先にVoid時空シールドを解除して置いてもよろしいでしょうか? 」
あぁ、次元迷路は任意に解除できるのか。
「帰りは普通にワープできるのね?」
「そうなります 」
それは楽ちんだ。
「じゃそれもよろしく。他は大丈夫?」
「はい。 問題ありません」
「それでは、転移開始!」
目の前の艦内空間が光に包まれ、直後には青く澄んだ水の中に転移する。
「水族館の中に入った気分ね! いろいろな魚がいっぱいいるわ!」
上を見れば、日の光に輝く魚がおり、下を見ればカラフルな魚もいる。
どの魚も大きくはないが、群れで泳いでいるものも、単独で優雅に泳いでいるものも色々な種類がいる。
「わぁ~すごいキレイ~」 とタマミちゃん。
「小さい魚がいっぱいだ~」 とラング。
「あわわわ……魚が足の裏をくすぐってきます……」 とミルアさん。
『絶滅した魚たちがこんなに……』 とシンリー。
『魚だけじゃないぞ、サンゴやカニやエビもいる』 とボルグさん。
『これを戻せればドルファ星は甦るわね!』
『あぁ、間違いなく!』
この光景を見て、二人も元気を取り戻したようだ。
「ドゥーボーン氏はこれを見たかったのかしらね……」
『『確かに……』』
どの生物も若く、活発で、生き生きとしている。まさに生命力に満ち溢れた宝石箱だ。
その後1時間ほど見て回り、本当に色々な種類の魚や軟体類、貝類や甲殻類などを見ることができた。
「さて、一回戻りましょうか。エンジュよろしく」
《了解、艦長 》
再び目の前が光に包まれ、ユークレアスの艦橋に転移する。
「いいものが見れたわね!」
「海の中の散歩っていいもんだな!」 とラング。
「本当の海の中も行ってみたいですね!」 とタマミちゃん。
「艦長、これ環境を記録して置いてください! 何度も行ってみたいです」 とミルアさん。
なるほど、環境ビデオ的な使い方もいいわね……そうだ!
「これ、売れるかしらね」
「……」
『……』
みんなの視線が痛い……
『くっ、アークのリアクターを買い戻すためならば……これくらいの事は……』
シンリーが小さい声で悲壮な決意を固める前に撤回しよう……
「やぁねぇ、ジョーダンよ。ジョーダン……それは置いておいて、エンジュ。アークの状態はどうかしら?」
不利な時は、迷わず戦術的撤退だ。
「はい。 アークの現状把握、および修理が必要な個所のリストアップは完了しております 」
「そういえば、結構壊れている箇所があるって話だったかしらね。一応確認しておこうかしら」
「はい。 そうしたら、まずは、大まかな設備の破損状況からです。 ディスプレイにも出しますね。
主機関 一部異常 出力低下
ワープフィールド発生装置 異常 使用不能
インタラクティブインターフェース 異常 起動不能
ベクトル推進機関 一部異常 出力低下 」
「そう……ワープできなかったのね……インタラクティブインターフェースって?」
「私と同様の機能です。 この機能が起動できなかったために、ドゥーボーン氏はかなり頑張って船を動かしていたようですね 」
なるほど、私なんてエンジュがいなかったら1ミリも前に進めない気がする。
「それは大変な状況だったみたいね……それで、ドルファ星までは移動できそう?」
「艦隊のサポートがあれば移動は可能です。 修理もそれほど時間はかかりません 」
「と、いうことだそうよ。このままドルファ星まで持って行けばいいかしら?」
念のため、シンリーに確認をとる。
『はい、お願いします。あ、あと、私からも質問してもよろしいかしら?』
「えぇ。 どうぞ 」
『アークの、箱舟としての機能に関しては、問題なかったのですか?』
「はい。 受精卵凍結機能、コールドスリープ機能、インキュベーターに問題はありません。 保存されている生物種の損耗率も規定範囲内です。 一部の受精卵や、コールドスリープした種が発育を始めているのはご存じの通りですが、種の保存という目的のために実施・運用されており問題ありません」
『知識の方はどうですか?』
「はい。 そちらも問題ありません。 生息環境や食事栄養に関するデータベース、代謝・医療に関するデータベースはすべて健在です 」
「ドルファ星で栄養不足になっている子達の食べ物も、なんとなるってことですか?」
タマミちゃんも気になるらしい。
「はい。 何を食べていたかも分かりますし、栄養剤を作ることもできますよ 」
「よかった~。よかったですね、シンリーさん!」
両手を上げて喜ぶタマミちゃん。安心した笑顔がとてもまぶしい。
『そうですわね! すぐにでもあげたいところですが、もう一つだけ。やはりアークのリアクターは報酬の品でしたか……?』
「はい。 そちらに関しても間違いなく…… 」
『そうですか……』
そこで一度言葉を切ると、意を決したようにこちらに向き直る。
『ユメさん、なんとしてもお支払いしますので、アークはこのまま戻させてもらえませんか? お願いします!』
リアクター自体はそれほど欲しい訳じゃないけど、言い出せる雰囲気ではなくなってきてしまったな……どうしよう。
「とりあえず、アークに手は付けないから安心して。まずはドルファ星の復興を全力で進めましょ!」
『はい。ありがとうございます!』
「頑張りましょう! シンリーさん!」
シンリーとタマミちゃんが頷き合って、いいはなしだな~ と纏まりかけたところでエンジュが近づいてくる。
「艦長。 アークのリアクターに関して報告しておかないといけないことがあります 」
「え、なに?」
ちょっと怖いんですけど……
「実は、アークのリアクターの型番は私の知らないものでした。 その理由が先ほどデータベースを確認して判明しました 」
「ふむ。続けて」
「アークの建造ですが、アルクタクトが封印された後であることが記録されていました。 そして、建造に使用されたテクノロジー世代は、12.5世代のようです 」
アークの方が新しいのか……
「確かアルクタクトは12世代型……だったけ?」
「よく覚えていましたね。 その通りです。 アルクタクトに限らず、積んでいる艦隊もすべて12世代型です。 そしてスペック表によると、アークのリアクターは、12世代型に比べて14%ほど出力が向上しているようです 」
「それで……?」
話が読めない、アークの性能が高いと何かいいことがあるのだろうか?
「この0.5世代分の差は、ユニット追加レベルで能力向上が可能なことを意味しています。 そしてその図面があります。 つまり、我々が使っている全リアクターの出力を強化することができます 」
全艦アップグレードできるってこと!? それって凄いことなのでは……?
「本当のお宝はアークの図面……だった、ってこと?」
「はい。 ほかにもワープ技術やコールドスリープ技術も性能が向上しているようです 」
「と、いうことのようよ……」
シンリーに話を振ってみる。
『よくわからないのですが、報酬は図面? ……でいい、ということでしょうか?』
「価値としては十分すぎるとおもいますね! 」
久しぶりのエンジュの満面の笑顔だ。
『いいんでしょうか?』
私にも確認してくる。
さっきまでの悲壮な決意が、あっさりと必要なくなってしまって、混乱しているのかもしれない。
「私もそれでいいわよ」
『ありがとう……ございます』
シンリーとボルグが頭を下げているが、頭を下げないといけないのはこっちかもしれないな……
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