007 - 絶望
今回、人によっては心理的圧迫が想定される事態が起こります。
「発射!」
目の前の空間が一瞬で白く塗りつぶされ、心の底が震える様な、低く不規則な音が聞こえてくる。
同時に、手や腰にわずかな振動が伝わってくる。
ッピ 『 ターゲット空間の相転移を確認。 』
「ここからが見どころですよっ 」
白い視界が薄れ、次に見えたのは、宇宙空間に浮かぶ白い柱だった。
「惑星上部のチリ、太陽風等に含まれる原子が崩壊して射線が認識可能になっています。 隕石が崩壊しますよっ! 」
隕石が白い光に包まれつつ、内部からも何かが吹き上がっている。
崩壊は時間の問題だろう……
ビィー 『 相転移空間の過剰相転移を確認。相転移密閉フィールドが拡大します。 』
「ぇっ! どういうこと? 」
「分かりません。 パラメータを確認中です 」
白く見える柱が徐々に太くなっている気がする……
「ちょっとこれはまずいんじゃない……?」
白い柱が、惑星に近づき、強い光を発し始める。
「ちょっと…… 止めて! 今すぐ!」
ッピ 『 すでに相転移炉の炉心は閉鎖しています。現在の事象は、残滓による事後事象です。中断する事はできません。 』
「まって…… いや…… 止まって…… 」
とうとう白い柱が惑星に接触し強い光が激しさを増す。
「ヤバい…… ヤバってマジで…… 」
目に見えて惑星の外縁部が凸でなくなっていく、心なしか惑星自体が震えているようにも見える。
「こんなはずじゃ…… こんなことをしたかったわけじゃ…… 」
映像がゆがみ、口の中が乾いた気がして唾をのむ…… 涙が自然にあふれてくる……
「なんでこんな…… えっく 助けるつもりだったのに…… どうなっているのよ!」
喉がうまく息を吸えない…… 怒りと、悲しみと、何かの感情が次々に入れ替わり、言葉が出てこない……
ッピ 『 惑星の直径の5分の1が相転移空間に取り込まれました。15の都市が消滅し、現時点での被害人数は2億と310万5102人です。 』
「そうじゃなくて…… ぐすっ 何が起きたのよ! 大量殺人犯じゃないの!」
ッピ 『 入力諸元にエラーがありました。現空間の相転移ポテンシャルが5千年の間に変化していたようです。 』
「軽く言わないでよ! 2億って何よ…… 」
どうしてこうなった……原因なんて、よく分かってる……よくわからないものを振り回したからだ。4歳児がセーフティーの外れた拳銃で遊んでしまったのだ。異世界に来て、浮かれて、はしゃいで、おもちゃを与えられた子供になってしまったのだ……
昔、よく遊んでいたアキちゃんの言葉が聞こえる……
「ユメちゃんはいっつもそう! そういうの、おしょーしものってゆーんだよー」
そうだ、お調子者だ。そして大バカ者だ。いつだったか通知表にも書かれたっけ……
「結命さんは、もう少し周りの人の言葉を聞けるようになりましょう」
よく見てくれていた先生だ……人の話を聞かないから、こうなったのだ……まさに自業自得……
異世界という言葉に惑い、地球では見たこともない光景を見た。実感のないまま超技術で宇宙を飛び、使ったことのない兵器を振り回した。
夢を見ているのか?
いいや違う!
これは現実だ!
最初に考えていた異世界はどんなところだ?
魔物がいて、狩りをする?
一歩間違えればすぐ死ぬ世界?
おんなじだ!!
今回は私に牙が向かなかっただけ。
その代わり2億もの人が死んでしまった……
こんな時はどうすればいい?
絶望に沈んでいる場合じゃない!
惑星上は地獄だろう……
おそらくほとんどの人はなにもできまい……
何とかできるのは私しかいないんだ!
何をすれば彼らを救える?
何をすればこの状況を変えられる?
落ち着け……
感情をねじ伏せろ!
会社で始めて大きな失敗をした時、先輩に何をいわれた?
「落ち着いて! 失敗をリカバリーしたときに貴女の本当の価値がでるのよ!」
違う! 今はこれじゃない。
「使える武器を何本も持ちなさい。それがあれば社会人なんてらくしょーよ!」
そっちじゃない。
「『見ざる聞かざる言わざる』はことわざとしては正しいわ。でも失敗したときは逆よ。『よく見て、よく聞いて、ちゃんと言う』の!」
これ……か?
まずは『見る』。ちゃんと見て状況を把握する。
相転移砲は惑星を削ったが、最大攻撃力となる時間は過ぎたようだ。光の柱は収束に向かっている。削られた惑星は赤い断面を見せている。相転移砲が加熱した溶岩か、元からあった溶岩がむき出しになっていて、そこに海水か、湖水が流れ込んでいる。少し水蒸気が出ているように見えるが、現場ではすごい量だろう……
「……ずずっ。……あの惑星に人は住める? 住めるようになる?」
「……無理です。 最初の一週間で高温の水蒸気が惑星を覆い、大型動植物は全滅するでしょう 」
「隕石は?」
「消滅しました 」
次は、『聞く』。解決策が自分で出せないなら、周りに助けてもらってでも探す。
「この船は人を乗せられる?」
「居住区の定員は2000万人です。 現在の人口はとても収容できません 」
絶望的な状況だが、2000万人助けることならできるかもしれないわけか……
「この状況をなんとかできる方法はある? 私はあの惑星を助けたいのよ! ご自慢の秘匿兵器は? 一個じゃないでしょ?」
「なんとかと言っても…… いくら秘匿兵器でも…… 危険が…… 」
「何かあるの?」
「……」
エンジュが何かを言い出せずに、口が少し動いている……
ッピ 『 現状に対して有効な秘匿兵器が一つ存在します。 』
「ぇ。 あるの? 何をするの…… ?」
ッピ 『 時空侵略兵器を自艦に対して使用します。 』
「ダメよ! そんなの! 1ダース以上の軍規違反だわ! それに危険性だって…… 」
「説明を!」
目の前では、欠けた惑星の部分に水が大量に流れ込んでおり、それが切り立った外縁部の陸地を削り取っている。いずれ球形を取り戻すことがあるかもしれないが、とてもそれまで住める環境にはならないだろう……
「無茶ですよ! 艦が壊れてしまいます…… 」
「説明を! 次は無いわ!」
「分かりました…… 分かりましたよ、説明します。 時空侵略兵器はタイムマシンの一種です。 過去の指定した時点に干渉することで、その先の未来を書き換えることが可能です。 この兵器の特徴は書き換えた未来を演算し、望みの未来をもたらすことができるところにあります 」
「なにそのチートっぷりは…… 」
返ってきた説明は想像をはるかに超えるものだった……、が、もう浮かれたりしない、さっきまでの私は一度死ぬ。もう二度と甘い判断はしない。同じ失敗もしない。
「とは言え、制限やデメリットも存在します。 本艦の演算能力では1日光円錐……つまり1日前までの事象にしか適用できません。 また、基本的に自分自身の未来を演算することはできません。 いわゆる『自己言及のパラドックス』に陥ってしまします 」
「あぁ、分かったわ。今回は未来予測が効かないのね」
「理解が早くて助かります。 しかしそれ以外にも、相転移砲で砲撃中の自艦に対して、時空侵略を行うなど自殺行為です! 」
「どういう危険があるか説明して頂戴」
「正直何が起こるかわからない部分も多いです。 まず、時空侵略兵器の中心部である時空円環ゲートになんらかの異常が出る可能性があります。 推定では一部破損で停止ですが、暴走する可能性もあります 」
次に失敗したら、お代わりではできないということね。
「暴走の確率は?」
「2%以下です 」
「なら次」
「次は、相転移砲の発射機構、相転移炉か炉の隔壁フィールドに過負荷が発生する可能性があります 」
「どのくらい危険な状況?」
「過負荷が発生するのは間違いありません。 問題はそれを抑え込めるかどうかです。 不確定要素が多すぎて計算もできませんが、5分5分と言ったところです 」
「今からバックアップできることはある?」
「ありません。 自艦を転移することはできませんので、取れるオプションはほとんどありません。 時空兵器を使用される相手、今回は昔の自艦ですが、これは基本的に当時、その時の自力で切り抜ける必要があります 」
「そうか…… そうね」
「ですので、とてもおすすめはできませんし、そもそも通常の帝国軍規約では実行不可能です 」
今のままでは、惑星上でまだ生きている人達も助けられそうにない。
これが、成功すれば被害は0、失敗すれば10億と私、何もしなくても10億、ならやるしかない。
よく見て、聞いた。あとは言うだけだ!
「それでもやるのよ! いきなりこの世界で大量殺戮者になるくらいなら、命を失うくらい怖くないわ!」
「決心は堅そうですね…… 分かりました。 私も、できる限りサポートします 」
この世界で船を失うことが、神様の依頼に関して絶望的になってしまうかもしれないが、ここは譲れない。ポリシーの問題だ!
「どうゆう風に使ったらいいと思う?」
「相転移砲の発射自体をなかったことにするのは、危険が大きいと思われます 」
「なんで?」
「艦長の性格を考えますと、多少妨害したところで、最終的には相転移砲を撃つでしょう。 そうなれば結果は同じです。 しかも、時空侵略兵器はもう一度使える保証がありません。 同じ結果になる危険は冒せません 」
「そうすると、相転移砲を発射した後に、方向を変えるとか……?」
「危険性は高いですが、それしかないと思います。 現在の被害状況からみて、軸線を5.5度ずらせば惑星には当たりません。 砲撃直後、本艦の回転を止めているベクトル推進機関をターゲットにして炸薬弾頭弾を使用します。 同時に軸線を8度ずらすために接線方向にトラクターミサイルを使用します。 これらを時空侵略兵器で送り届けます。 本艦は相転移砲の制御のために時空攻撃に対する防御ができません 」
「かなり過激ね…… 」
「やりたくはありませんが、成功の可能性の一番高い方法です 」
「それでいいわ! やりましょう! すまないわね……」
「成功を神に祈ってください…… 」
実在する神ならご利益もあるだろうか……とか、バカなことを考える時間があったら、集中しよう。もう失敗はできない。
「よし! じゃあ、やるわよ! コンピュータ、時空侵略兵器準備!」
ッピ 『 秘匿兵器 時空侵略兵器を使用するには最上位艦長コードが必要です。 』
「艦長コードYK01EXAFS」
ッピ 『 最上位艦長コードを受領しました。時空侵略プランはエンジュにより提案されています。承認しますか? 』
「承認!」
ビィー 『 時空侵略のターゲットに自艦が含まれています。帝国軍規約を再確認してください。 』
「確認完了! 関連する規約をすべてキャンセル」
ッピ 『 帝国軍規約のキャンセル処理に162秒かかります。 』
「無茶苦茶だわ…… 」
「なんか言った?」
「いえ、何も…… 」
ッピ 『 艦長コードにより時空侵略プランは承認されました。 』
ポーン 『 時空侵略シーケンスを開始します。戦術士官が登録されていませんので、諸元入力は既定値で設定されます。 』
「まって、諸元値の再確認を、できれば3重チェックで」
ッピ 『 185秒ください。 』
永遠に思える時間が過ぎる。目の前の惑星は痛々しい姿のままだ。時間がたてばますます被害は大きくなるだろう。
これが元に……いや、なかったことになるのか……
ッピ 『 諸元値の再確認完了。誤差を24桁で修正しました。 』
ッピ 『 時空侵略の演算結果確認。本艦損害不明。惑星に損害なし。ただしこれは本艦の状態により変化します。惑星上で死亡者2名。 』
「なんでよ! なんで死者がでるのよ!」
思わず叫んでいた……
ッピ 『 2名は惑星に相転移砲が当たったことにより偶発的に生存しました。この事実を消すとこの2名は死亡します。 』
そんな偶然が…… 全員を助けなきゃいけないわけじゃない……
けど私の決断でこの2名は死ぬ……
決断しなければ2億なので決断はする……するが……
「この2名を別口で助けることは可能?」
ッピ 『 時空侵略直後に存在確率ジャンプで艦内に収容することは可能です。艦の設備は使えないので、シャトルを別に送り込み中継デバイスとして使用します。 』
SFでよくあるビーム転送みたいなことも可能らしい……
「じゃあ、それで!」
「規約がぁ…… 接触はぁ…… 」
エンジュが後ろで何か言っているが気にしないことにしよう……
ポーン 『 時空侵略プラン準備完了。Magitoron粒子注入開始。時空円環ゲート起動。 』
視界がうっすらと青みを帯びる…… 時間に干渉するときの挙動の一つなのだろうか……
ポーン 『 ターゲット時空固定。 』
「実行!」
ポーン 『 時空円環ゲートオープン。時空侵略実行ちゅぅ……
アナウンスの声が歪み、唐突にめまいがして、目の前が暗くなる……
そして……