006 - 小惑星破壊ミッション
「少し休むわ」
「それでしたら、少々狭いですが、奥のベッドルームをご使用ください 」
奥にはすこし照明が落とされたベッドルームがあった。
狭い……? いやいや……全然狭くない。めっちゃ広い!
広さは、40畳ほどだろうか。
SNSでしか見たことがない贅沢な部屋の中央に、明らかに一人で使うには大きいベッドが置いてある。
「ご説明いたしましょうか? 」
「いえ、今はいいわ。ちょっと横になるだけだから。そうね……到着の40分前になったら呼んで頂戴」
広い部屋とベッドに感覚がおかしくなりそうだが、今は横になってしまおう。
「かしこまりました。 それでは失礼いたします 」
そう言うと、エンジュは光の粒になって消えていく。
「そうね……彼女もホログラムだったわね……」
非常に精巧だし、受け答えも不自然なところはない。冗談や感情の変化まで感じるが、実体として存在するわけではないことを改めて思い知る。
この先もずっと一人なのだろうか……?
旅の仲間とか友人とか……ライバルとか現れるのだろうか……?
宇宙にいるということが、心を弱気な方に倒しているのだろうか……?
まだ始まったばかりじゃないの!
すごい船もある!
有能なAIもいる!
チートもある!
後は私にできることをしていくだけよ! ファイト! ぉ~……
あ、でも、ここにきてふと気が付いてしまった……これチート必要だったんだろうか? 船がチートすぎて個人の力とか役に立たないんじゃないだろうか? まぁあって困るようなもんじゃないけどさ……
何ができるんだっけ……今のうちにメモを残しておこう……あ、あと依頼内容も……
幸い、ベッドサイドテーブルにはメモ用紙とペンが置いてある。この世界観で使う人いるんかな……
えっと……依頼は確か…… "装備をそろえて、奈落の穴に魔法を撃つ" だったわよね?
装備はたぶんだけど、船の追加パーツってところでしょ?
この世界観で奈落の穴となると……ブラックホールかそれ系の天体ってことかしら?
撃つのは魔法なのか……船の装備ではないのかしらね?
貰ったのは……言語パック、次元収納、魔法ときて、追加で思考加速+行動加速、あとは年齢を少し調整か。
言語パックはところどころ役に立っている気がする……今のところ会話以外がメインだけど、コンピュータのアシストが使えないシチュエーションはこれから多くなるだろうし……
次元収納は……船がこれだけ大きいとなんでも積めそうだしなぁ……食べ物もディスペンサーあるしなぁ……出番あるのかなぁ……
魔法か……世界観違いすぎるでしょ……でも "高度に発達した科学は魔法と見分けがつかない" ともいうしなぁ……一応科学の一種なのかなぁ……
思考加速は戦闘時とか役に立つかなぁ……コンピュータに指示とか出すには早い方がいいよね? 後で相談してみるか……
行動加速はなぁ……対人戦があるかどうかはわかないけど、に有利になるかなぁ……
いずれにしても、覚えることや試すことが多すぎるわ……もう少し時間をかけて…………
色々考えても思考がまとまらない……
緊張の糸が解け、疲れが押し寄せてくる。
そのまま私は、闇に惹かれる意識を手放し、まどろみの中に落ちていった。
「かん…… …… 、かんちょ…… 、艦長っ 」
「ぅ、あ……おはよう……」
「おはようございます。 艦長っ 」
「もうちょっと、寝かせて……」
サラサラのシーツと、適度な空調がとても気持ちがいい。
「いいところが終わっちゃいますよ! 」
「録画っといて……じゃない! 状況は!?」
ベッドから起き上がると、エンジュが微笑んでいる。あぁ、少し寝てしまったか……
「まだ大丈夫ですよ。 軌道到着まで、まだあと40分あります 」
「隕石……だっけ? そっちは?」
「特に変わったところはありません。 物理法則通りに移動中です。 衝突時刻まで22時間と少しです 」
とりあえず、予定通りという事か……ベッドに座り、頭を軽く振って、眠気をとりあえず横に押し出しておく。
惑星の方はどうかな?
「SOSの方は?」
「最初の発信源からは引き続き発信されています。 それ以外で、2か所からSOSのようなメッセージが発信されました 」
「惑星上の混乱は?」
「まだそれほど騒がれていません。 一般には流れていないようです。 政府系の高官や軍が使用する回線の負荷が上昇しています 」
「自力対応はやっぱり無理そう?」
「そうですね…… 観察できる範囲ですと無理ですね 」
「じゃ、予定通りやりますか!」
勢いよく立ち上がると上着が少しはだける……そしてちょっと汗臭い……気がした……ま、気にする人はいないけど着替えておくか……
「シャワーを浴びて、着替えてからにしましょう。着替えってあるのかしら?」
「同じのがよろしいですか? 艦長服もご用意できますが……? 」
「うーん。同じのでお願い。艦長服は講習会が終わってから着ることにするわ」
何かまだ、艦長になったという実感が持てないのよね……
あと、エンジュの服を見ると、デザインに不信感が……
SFご用達のぴちぴちスーツとか用意されてもね……
「かしこまりました。 ご用意しておきますので、行ってらっしゃいませ 」
トイレの化粧台の横を通ってバスルームに向かうが、脱衣所がない。とりあえずガラスで仕切られたバスルームに入ると目の前にパネルがあり、色々なメニューが見て取れる。その中に『脱衣』というボタンが点滅している……恐る恐るボタンを……ポチ。
はい。すっぽんぽんになりました! もう何でもありだな……
続けてシャワーボタンを押してみる……方向は上からだけでいいか……ポチ。
はじめ部屋の一角から始まったシャワーがだんだん近づいてくる。手を水にあててみると普通のシャワーだ。いきなり全面で降り出さないところが少し心憎い。適温なので待っていると、シャワーの領域が広がり全身がシャワーの中に入る。
石鹸は無いものかと周りを見ると、『SONIC』という文字が点滅している。超音波洗浄か? ポチ。
当たったところがピリピリするかと思いきや、全身が柔らかく抑えられる感覚で不快ではない。それも20秒ほどで終わった。洗浄完了の文字が出ている。洗車機みたいだな……
ぉ、SONICの横にはリンスとボディ乳液の表示もある……香りを選んで……ポチ。
シャワーが止まり、ミストか雲のような気体が髪の毛と体に近づいてくる。そのままの姿勢で待っていると髪の毛に触れたミストも、体に近づいたミストも薄く均一に体についたようだ……ふわっとフローラルの香りが鼻孔に抜ける。
最後に『脱水』のボタンが点滅している……脱水って……もう少しいい表現はなかったのかね……ポチ。
何と表現していいか分からないが、髪の毛が乾いていくのがわかる。同時に全身も水滴がなくなっていく。髪の毛サラサラの、お肌しっとりだ。
この調子だと着衣もボタンでできそうだけどシャワー浴びた直後にパンツ履きたくないのよね……って、着衣ボタンが点滅しているのを見つけてしまった……今回はいいか……ポチ。
魔女っ子戦隊モノのように、下着から順に着衣状態で現れていく……って慣れないなぁ……
ついでにバスルームから出ようと足を上げたら、靴下と靴も出てきました。さすがに地面との接触状態では出せなかった模様……
綿の下着にゆったりとした白衣とスカートなので、お風呂上りでも結構快適だわ。最高~。
バスルームから出たらお化粧だ……本当の14才の時は化粧なんて全くしなかったけど、一度慣れてしまうとお化粧をしないことが不自然すぎて耐えられない……化粧道具とかあるのかしら……
「無事にシャワー浴びれましたねー 」
「わ! びっくりした……」
「さすがに一緒に入るわけにもいかないので、ボタンでサポートしてみましたが、うまくいきましたね! 」
覗いていたということか……まぁ相手はAIだし気にしたら負けだ……
「お化粧道具とかある?」
「お化粧は、その鏡に向かって立ってみてください 」
鏡? トイレの化粧室の鏡の前に立てばいいのかな?
「そうしたら、鏡に化粧アイコンが出てきますので、鏡の中の自分に化粧をしてあげてください。 口紅を塗る場合はこうですよ…… 」
エンジュが化粧アイコンの口紅から形と色を選択して、鏡に映った私にタッチする。すると、鏡の中の私の唇に選択した色と形の口紅が塗られた。
「まだ決定していないので、これでよければ決定ボタンを押してみてください」
とりあえず無難な形と色の口紅が塗られているので、決定ボタンを押してみる。
と、唇に何かが触れた感触がある。
「これでお化粧完了です。 手鏡をどうぞっ 」
確かに先ほど見たのと同じ光景が、手鏡の中にも映っている。これは便利……言ってしまえば顔面プリンター……怖いからやめよ……
その後、ファンデとアイシャドウからやり直し、最後にもう一度口紅を引く。
若い肌ってすばらしい!
「さて、そろそろ帝政軌道に入ります。 艦橋に行きませんか? 」
「そうね。ムーバで移動だっけ?」
「はい。 その通りです。 一応直通ルートもありますが、非常用ですね 」
杖を取り部屋から出ると、ムーバが待っている。人が多い時は待たされることもあるのだろうか……
「艦橋へ」
ッピ 『 第一艦橋でよろしいですか? 』
「そうよね……?」
エンジュに聞いてみる。
「はい、第一艦橋で大丈夫ですよ 」
「艦橋っていくつあるの?」
「艦橋と呼べる場所は3か所ですね~ 」
「第三艦橋があるのね……」
思わずニヤリとしてしまう……そこには行かないことにしよう……
「何か? 」
エンジュが不思議そうに首を傾ける。が、説明するような物でもないだろう。
「いえ、なんでもないわ」
と、ムーバがすぐに止まる。
「……もう着いたの?」
「えぇ、隣ですから…… 」
走ってきた方向を見れば、艦長室の扉が普通に見える。30mほどだろうか……
「気を付けないと運動不足になりそうね……」
第一艦橋の扉は艦長室のものよりも3倍くらい大きな扉だった。
近づくと、やはり縁の中が白い光となって消えて行く。
「Wow~!」
目の前にはパノラマで広がる宇宙! そして正面中央には第3惑星と思われる星が浮いてる。黒い背景に青と緑と白の絶妙な模様と、時折光り輝く反射は宝石より奇麗で美しい。先ほど、ここでの映像もディスプレイと言っていたが、この迫力とシャープな輪郭はとてもそうは思えない。左を振り向けば、衛星と思われる灰色の天体が少し後ろに大きく映り、9時の方角にはこの星系の恒星と思われる、ギラギラと輝く光の点が見える。
「すごい迫力ね! 艦長室とは一味違うわっ!」
視線をわずかに下すと、第一艦橋が見渡せる。広い。形は違うが体育館くらいあるのではないだろうか? 基本的には2層構造になっているようだ。
「艦長席はこちらですよ~ 」
うん。言われなくても分かる。
上層の中央が階段で3段分ほど高くなっており、三角形に席が並んでいる。おそらく、艦長と副艦長2名分の席だろう。艦長席の右肘掛けの先には小さめのカップフォルダーの様なものがあり、中央に穴が開いている……杖を入れるのか……
とりあえず、艦長席に近づき、座ってみる。
「これは…… 特別な体験ね!!」
うまく言葉にできない感動がある。
学生なら、校長の椅子に座ってしまったような……? 社会人なら休出して社長の椅子に座ってしまったような……? 私……? 私はやったことないけどね! とにかく棚ぼたでも、今は私の席だ! 遠慮はいらないだろう。
見える光景も格別だ。ここまでストレートに『偉い』とか、『全権』とか、『中心』とかを感じられる場所が他にあるだろうか? 部下がいれば、上層の部下の後頭部が見えるような配置だ。……残念ならが部下は一人もいないけど……
気を取り直して、杖をセットしてみる。いつの間にか羽を閉じていた鳥のレリーフが再び、シャランと音を立てて羽を広げる。……特に変わったことは起きないが、まぁそんなもんか……
「艦長、予定通り第3惑星の帝政軌道に到着しました。 目標の隕石は10時の方向、恒星と惑星の中間の方位に存在します 」
「隕石見える?」
「肉眼では少々厳しいでしょうか…… 拡大して、明度を上げます 」
画面の一角に円形のカーソルが現れ、その丸が大きくなりながら隕石が拡大表示されていく。
ちょっといびつなラグビーボールの様な形だ。
「大きさは?」
「長い方の直径が200 km程です 」
「いくつかオプションがあるんだっけ?」
「はい、大まかに8個のオプションがあります。 準防衛兵装、準攻撃兵装、雷撃兵装等が順当でしょうか。 ユーティリティ装備や秘匿兵器なんかも…… 」
「秘匿兵器! それよそれ! それでいきましょう!」
「しかし、秘匿兵器は艦長の最上位認証コードが必要です。 それに明らかに過剰攻撃力ですよ…… 」
「いいからいいから、認証コードを教えてちょうだいっ」
「だめです。 認証コードは新任艦長講習を修了しないと発行できません 」
「ぇー。固いこと言わなくてもいいじゃんさー」
「ルールなので、ダメなものはだめです 」
押してもだめなら引いてみるか…… これは搦め手で行くか……?
「今って、緊急事態よね? 救援行動中よね? 講習会をスキップすることはできるんじゃない?」
「……確かに、認証コード取得に関する特例がありました。 でも、新任艦長講習は後で必ず受けてもらいますからね! 」
「大丈夫よ~、心配しなくても、ちゃんと受けるから~。じゃぁ、秘匿兵器発射用意! って発射でいいのかしら?」
「……そんなことも分からないのに撃とうとしないでくださいよ…… この場合の秘匿兵器は『相転移砲』といいます。 現象的には放射とか投射の方があっていますが、発射でも間違いではありませんね…… 」
「相転移砲に関して、今北産業で!」
「またそれですか…… 分かりました。 ご説明します。
相転移砲は、艦内……球体部中心にある相転移炉の内部を一時的に外部に接続することで、相転移場を外部に投射します。
投射された相転移場は光速を超える速度でまっすぐ進み進路上の空間を相転移させていきます。
相転移した空間内では中性子の安定度が変化し通常物質は核分裂し、同時に放出される膨大な熱量で爆発、四散します 」
「……なかなかえげつないわね…… 質問! 撃った後はどうなるの? その……相転移した空間は?」
「問題ありません。 相転移炉の接続を切れば、現在の宇宙の相転移ポテンシャルによって、再度元の相に相転移します。 少しわかりやすく説明すれば、砲を撃つと水が凍り、しばらくすると溶けると考えていいかと思います 」
「空間が凍っている間は、原子が不安定になると……?」
「はい、その通りです 」
「爆発した物質の影響は? 惑星は大丈夫かしら?」
「おそらく問題ありません。 相転移場を投射する際に、本艦から近接するエリアには相転移場密閉フィールドを展開しますが、今回は隕石、惑星も含めて、この密閉フィールドの範囲内です。 この密閉フィールドには電磁場や粒子をある程度抑え込む能力がありますので、惑星上からは恒星が現れた程度に見えると推定されます 」
「よし! じゃあ、サクッと撃って解決してあげましょう! コンピュータ、相転移砲発射準備!」
「もう、勝手に……あと、発射に際しては量子クローキングデバイスを解除する必要がありますからね 」
ッピ 『 秘匿兵器 相転移砲を使用するには最上位艦長コードが必要です。 』
「艦長コードよろしく!」
「コードは口頭またはキー入力が原則です。 復唱してください。『艦長コードYK01EXAFS』 」
「艦長コードYK01EXAFS」
ッピ 『 最上位艦長コードを受領しました。相転移砲のターゲット及び出力はエンジュにより提案されています。承認しますか? 』
「大丈夫よね?」
「はい 」
「承認!」
ポーン 『 相転移砲発射シーケンスを開始します。戦術士官が登録されていませんので、諸元入力は既定値で設定されます。 』
ポーン 『 軸線をターゲットに向けます。 』
艦橋のスクリーンに映る映像が回転し、隕石の方を向く。実際の艦首は少し俯角を取っており、隕石を少し見上げる形になる。
ポーン 『 量子クローキングデバイス解除。通常空間に復帰しました。 』
ッピ 『 相転移炉内 相転移ポテンシャル低下。 』
ポーン 『 相転移場密閉フィールド展開。問題なし。 』
艦の周りとおそらく軸線となる場所に赤い霞が掛かったようになる……あれが密閉フィールドか……
ポーン 『 相転移炉隔壁解放 炉心密閉フィールド異常なし。 』
ッピ 『 相転移砲発射準備完了。 』
「発射!」