053 - 出発準備
クィーンバタフライ号に戻ってきた私たちは、早速、氷の惑星に向かう準備を始める。
「エンジュ書類は?」 「届いています 」
「準備は?」 「完了しています 」
打てば響くという感じで、エンジュが返答をしてくれる。
艦隊編成は昨日のうちに決定済みだ。
接続済みの工作艦と、隠蔽状態の高速巡洋艦の計2隻を、グルンフィルステーションに残していくことにしてある。
「それじゃ、まずはクィーンバタフライ号を、ドックから出しましょうかね。ミルアさんよろしく」
「はーぃ。発進しますよ~」
一昨日はこの発進作業中に、私たちに密航疑惑が掛かって、大変なことになったんだよな……
もちろん、今日は何事もなく手続きが進む。発進作業も順調だ。
そしてゲートが開き、クィーンバタフライ号は、星の瞬く世界に滑り出す。
「ユメさん、合流ポイントまでおよそ1時間です」
私たちの船はまだ公式には認められていないので、移動はクィーンバタフライ号で行う必要がある。
クィーンバタフライ号がワープに入る時に、ワープに入ったと見せかけて、戦艦に収納する。
そこから後は、見つからずに好きに動けるという訳だ。
とは言え、あまり高速で移動していると、それはそれで厄介事になる可能性がある。
なので、多少は自重するつもりだ。 ……つもりだ。
「艦長~、目的の惑星って一日で着くんだっけ?」
いつもなら艦隊操作やナビゲーション画面を操作しているラングが、スクリーンを眺めている。
クィーンバタフライ号の艦橋では何も操作ができないので、手持ち無沙汰そうだ。
「何も情報が無いと、結構不安ですね……」
タマミちゃんもミルアさんの手元を覗き込んでいるが、イマイチ表示が理解できないようだ。
ミルアさんも発進シーケンスが終わって手が空いたようなので、情報を整理しておこう。
「エンジュ、目標の惑星に関しておさらいしておきましょうか」
「はい、それでは目標の惑星の位置や特徴に関して説明してきますね 」
「あ、その前に惑星の名前を決めておかない? 何かいいのはあるかしら?」
「凍っているから、“アイス” とか?」 とラング。
「“フローズン” とかも美味しそうね!」 とタマミちゃん。
いやいや、食べ物じゃないんだから……
「溶かしに行くんだから、溶けた後を考えて “ウォーターボール” とかどうでしょうか……」 とミルアさん。
ピンとこないなぁ……
「元々は何か名前は無かったの?」 とエンジュに話を振ってみるも、
「帝国で、ですか? 記号的な名前しか付いていませんね 」
記号は、あまりに味気ないよなぁ……
「固有名詞ぽいのがいいわよね……あのおじいさんの名前から取ろうかしら……なんだっけ?」
「“ドゥーボーン・ドルファ” ですね。 ドルファ星でいいですか? 」
「異議なーし」「いいんじゃないでしょうか?」「いいと思います」
3人の承認も取れたようなので、ドルファ星で話を進めることにしよう。
「ではドルファ星ということで、話を進めますね。 まず、ドルファ星の位置ですが、グルンフィルステーションからは220光年の位置にあります。 ちなみに方向は、アルクタクト方向でもなく、古戦場方向でもなく、銀河の外縁部の方位になります 」
ドルファ星を含めた星図が、立体映像として目の前に現れる。
これまでの移動が銀河腕に沿った円周方向だったのに対して、ドルファ星は半径方向で外側に向けて移動するらしい。これまでの移動から見ても最長距離だ。
「今回の移動は、途中でエネルギー資源を補給してから向かいます。 ちょうど一昨日停泊した恒星系の外縁部に小惑星帯があったので、そこで一度ワープアウトしてエネルギー資源を回収・収容します。 そこからは一気に現地まで向かいます。 本艦隊の現地到着までの時間は25時間後の予定です 」
星図上は近場で少し寄り道する感じだ。
あれ、自重は?
まぁ寄り道分はゆっくり動いたことになるし。
大丈夫、大丈夫。
「えっ、一日で着くんですか! この船で移動したら…… 9日以上かかりますよ」
ミルアさんがコンソールで直接座標をセットして試算してみたようだ。
「最大ワープ速度がだいぶ違いますね…… 本艦隊の最大ワープ速度は10万cとなります 」
「銀河系を端から端まで一年で移動できると……」
ぉー、そう聞くと凄くわかりやすい。
そして、ミルアさんの理解が早い。
そのままコンソールで何か確認しているようなので、補給の予定を確認しておこう。
「とりあえず、補給が3時間後ね。補給は何か条件あるのかしら?」
「特にありません。 岩塊でも氷の塊でもなんでも大丈夫です 」
「へ~、便利ね~。好みも無いの?」
「強いて言えば、密度の高い、単一組成の塊の方が扱いやすいですね。 鉛とか鉄とかですね。 岩塊からの場合は、シリコンインゴットと固体酸素を分離することになると思います 」
「量は?」
「ドルファ星の人工太陽のストレージサイズが分かりませんが、5500年分としてざっくり直径500mの隕石があればよいと考えています 」
「その位なら、ドルファ星から取っても問題ないんじゃない?」
「その辺は、もう気分の問題ですね。 ずっと星からエネルギーを取り続ければ “どこか” で生態系が崩れてしまうのは間違いありません。 しかし、一方で全く取らないということは、誰かが補給する必要があるわけです。 放置すれば今回のように環境が維持できない、ということにもなりかねません 」
なるほどね……
「現地に着いたら、何を最初にするべきかしらね?」
「まずは、人工太陽の状態の調査でしょうね。 その後は状況に応じて、修理かエネルギー補給となります。 あとはドゥーボーンさんによれば、知的生命体が居るはずですので、コンタクトを取ってみるのがよろしいかと思います 」
「どこに住んでるんだろうな!」 とラング。
「陸地がほとんどないんでしょう? 水の中かしら?」 とタマミちゃん。
「氷の上だったら、今の方が過ごし易そうですね……私は嫌ですけど……」
ミルアさんの発想が自由だなぁ。
「さすがに今がいいというのは無いでしょうね。救援要請が出ているくらいだから……」
「そうですよね。暖かい方がいいですよね」
「そういえば、人工太陽が元に戻ったとして、環境はどれくらいで元に戻るの? すぐには戻らないわよね?」
「実はそこは少し課題があるところになります。 というのも凍結が進んでいるので、惑星のアルベドがだいぶ高くなっています。 結果的に人工太陽の光をあまり吸収できずに、環境が戻らない可能性もあります。 また仮に温度が上がっていく場合でも、惑星規模の気象異常や生態系の混乱は避けられません。 現地の知的生命体と話し合いをしながら進めていかないと、助けに行ったのに被害ばかりを与えてしまうことにもなりかねません 」
「え“、意外に面倒な依頼を受けちゃった?」
簡単な依頼かと思って、安請け合いしちゃったかしら……
「ずっと張り付く必要はないかもしれませんが、数年がかりのプロジェクトになる可能性もありますね 」
周りからの視線がちょっと痛い。
ここはドーンと構えるしかない。
「そ、そぅ…… ま、私に任せなさい!」
「また艦長の行き当たりばったりが出たな……」
「シッ! また頭ぐりぐりされるわよ!」
ラングとタマミちゃんに目を向けると、ススッと離れていく。
「いつものこと?」 ミルアさんが、タマミちゃんに囁いている。
「そうですね~」
ミルアさんとタマミちゃんも、仲がいいようで……
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